第二十六話 - 変わりゆく戦場/3
「お、おい? あんた大丈夫か?」
あれから数日。
雪の中で海水を浴び、半ば凍結……否、本当に氷漬けになっていた白髪の知り合いを引き摺りあげたカルロは、得意な加熱の魔法で解凍していた。いや、冗談抜きに。
「…………げ、げぶほぁっ!!」
唐突に起き上がったそいつは、ゲロゲロと海水を吐き出して、自分で魔法を使って一気に体温調節と乾燥まで終わらせてしまった。
「ぜぇ……はぁ……。あの野郎……! いきなり訳の分からん攻撃した上に海に沈めるとはいい度胸してんじゃねえか」
海水と過度の冷却でパサパサになった白い髪に、血の色がそのまま出ているかのような紅い瞳。
現存するすべての魔法に加え、オリジナルの魔法と魔術まで使いこなす"最強"に分類される男。
「……レイズ、だよな?」
「ロイファーだ! 弟と一緒にするな!」
「いやなんかこう、どこが違うのか分かんないんだけど?」
「ここ!」
髪を指さす。
「あいつは毛先が跳ねてる、だが俺はそんなに跳ねていない!」
「それのどこをどう判断して見分けろと!?」
「あと身長も俺の方が少し高い!」
「で?」
「ついでに俺はいつもこのローブを着ている!」
「それでどう見分けろと?」
「…………。」
「…………。」
「いや、もういい。このくだりは別のところでもやった、もういい、いいんだ」
勝手に燃え始めて勝手に燃え尽きて。
以前こいつのせいで異世界のどこかで死にかけたカルロだが、燃え尽きた燃えカスをどうやって燃やしてやろうかと思うほどにはうぜぇと思っている。
「撃つぞ?」
「なんで?」
これ以上厄介ごとを持ち込まれると、マジで軍の少年兵部隊(の捨て駒部隊)から生還率ゼロに送られそうなので、ここで撃ち殺して海に投げ捨ててしまいたい。
だが兄弟そろって不死身であるという厄介すぎる特性を持っている。
「俺さあ、いま危ない立ち位置なんでね。……お前みたいな変なのが来るとチョーーーーー困るんだよ!!」
引き金に指をかけ、銃弾に干渉する魔法『フレイムバレット』(……ビュレットと言うべきだろうか?)を発動させる。これで撃てば着弾地点が燃え上がるインセンダイアリー。追加で銃口の先に相対座標上の領域干渉魔法で、加速用の仮想的な銃身を付け足せば徹甲焼夷弾にもなる。
「……おい、待てよ。それは普通に痛んだけどね、カルロ君よ」
「知ったことかアルビノ野郎」
PDW(異常に銃身が長く妙なオーラを纏っている)を突きつける少年兵カルロ。
相手はレイズの兄だ。
レイズよりも多彩な魔術を操る、本来ならば喧嘩を売った瞬間にお空の彼方に飛ばされていてもおかしくない存在だ。そしてこの場においては不審者であり、軍の行動からすれば発見と同時に捕まえられてごうも……尋問である。
くいっと銃口で海を示す。
「……はっ?」
「海から来たんだ、海に還りやがれ」
「海に"還る"ってのは凍死しろと!? ここ確か北アメリカ……アラスカだぞ!?」
「……? セントラだろ?」
「どっちにしろ北極海! 入っただけで死ぬわ!」
「大丈夫大丈夫、あんたさっきまでそこで氷漬けになってたから」
「どういう理屈だそれは!? もうクレバスの中に落ちるのですら御免だぞ!」
「むしろなんであんたはそれでも生きてんだよ!」
無意味な争いがいつまで続くのか、それは長くとも後半日のことだ。
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ボン!! という爆発音が真っ白な吹雪の世界に炸裂した。
吹雪に霞むその場所で戦っていた市街戦用の対人制圧兵器は、黒煙をもうもうと上げながら動きを完全に止めている。
「ピエロかこいつら」
などと軽口を叩きながら、クロードは雪の上を滑って弾丸の雨を躱し、すれ違いざまに真っ黒な刃を使って敵機を切断していく。
小型ヴェセルよりやや大きい七メートルクラス。上半身と下半身の構成で、接続部はぐるりと回ることができる。片腕に八メートルもの複合装甲盾を、もう片方にガトリングを装備し、脚は四つの無限軌道を並べたタンクのようなもの。そのタンクが球に、上の半身が人に見えなくもないからピエロだ。
市街戦では役に立っているようだが、クロードの機動力に追いつくことはできずに片っ端から撃破されている。通常戦力を相手にすれば無類の強さを誇るが、例外にはまったく太刀打ちできないポンコツ。
「ラストォ!」
最後の一機は真正面から蹴りを打ち込んで、複合装甲の盾を綺麗に破砕した上で上半身の反応装甲を気にせずに右腕のよく分からない生物で喰らう。
腕の中でどんな化学反応が起こるのか不安ではあるが、アテリアルは今までにも核爆発を起こすための魔法を飲み込んだまま平和に終わったという過去もあるので大丈夫だろうという思いだ。
「後方の地上哨戒部隊はこれで最後か……空は…………おおう」
マルチロール機を相手になぜか空中戦を行えている獣人なんて見なかったことにして、クロードは食わせたガトリングを再現させて空に向ける。
右手が少々おかしな兵器になってしまっているが、今まで散々爆破されたり切り落とされたり焼かれたり喰われたりしているのでもうどうでもいいと本人は思っている。
片腕にマシンガンがついているあの人のように構えて空を綺麗にする。鉄と揮発油の雨なんか無視してさらに進んでいく。
なんだか引火して派手に背後で爆発が起こっているが、そしてその中に獣人の少年が落ちているが無視して進む。
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切り裂くほどに冷たく鋭い吹雪が顔の皮膚を凍てつかせ、裂傷を生じさせるほどの痛みを与える。
先の見えない白一色の世界は無意味に不安を増大させ、彼らを孤立させてゆく。
泥沼のように歩きづらい、柔らかい雪を踏み固めながら拉致したパイロットを連れて陣の後方へと進む。
スコールはベルトにテレコ(レコーダーの方)をぶら下げ、聞こえないほど小さな音を再生しながら歩いている。
「では各自、作戦通りに」
「おいオメェ」
「白馬の王子様的なアレだ、殺さない範囲で思い切りやれ」
「無視すんじゃねえぞオイィィ!」
「しかし来るのかあの野郎は」
「お前ら!」
「来るさ、主人公ってのはそう言うもんだろ? 仲間がピンチの時は都合よく間に合うって言う変な規則があるからな」
「なるほどな、それでまあこのまましばらくは」
「迷い続けてんだろうがよ!」
「ヴァレフォル、珍しくお前が叫び役か。事実を封殺するためにあえて無視しているというのに出してくるなクズが」
「そーだそーだクズは黙ってりゃいいんだよ」
「ゴミクズの魔神さんよぉ」
「……テメェら、人数揃うと口まで悪くなりやがるか」
「「「もとからこうだが、なにか?」」」
スコール以下二名の黒尽くめ。この状態ならばいくら魔神が相手であっても"神様が相手でも一対一に限って勝てます"と言える三人がいる、ヴァレフォルにも勝てる。
「あ、あのぉ……」
「クレヴィース二等准尉、クロードが来たら三十秒以内に走って向こうに抱き着くなりしろ。できなければ後ろから撃つ」
カシャンッとわざとらしく拳銃(魔法の補助具)のスライド(飾り)を往復させる。
ちなみにスコールは自分用に調整した特化型でないと何もできない。そこらの汎用型だと体質的に一撃で補助具が壊れる、というか壊してしまう。直流電圧で動くものに交流電圧を加えるとどうなるか、最初は動くだろうが、見えないところから壊れ始めてコンデンサがあれば爆発だ。
「ピィッ!!」
「猫系獣人のクセに"ぴぃ"か、鳥か? こいつ」
周りの二人もどさくさに紛れて奪ったバトルライフルを抱え、いつでも撃てるようにはしている。
狼三人、ライオン一人、猫一人。
女の子一人というのは、いくら過酷な環境下で訓練されたとしてもまだ若い彼女にとっては怖いだけでしかない。
しかもここにいる狼のうち一人は意図せずに多数と関係を持ち、二人は避けるために容赦なく葬った実績がある。ライオンに関しては力を完全に吸い取って残りはインキュバスに投げたという過去も。
『イリーガルだ、厄介なのが出たからもう帰る。後は適当に』
「了解、こっちも来たようだからもうすぐ帰る」
殺意の塊のような、本来見えもしないドス黒い負のオーラが立ち上っているのが見え、スコールは行動を始めた。
あれは人の形をした死神だ、まあこちらにはそれを完封し続けているヴァレフォルがいるため問題はない。
「やるぞ、ある程度引きつけてから……逃げろ」
「……、」
「……、」
どうせ撃ったところでレーザー狙撃ですら回避するのだ、たかだか音速越え程度の弾丸が当たる訳がない。




