第二十六話 - 変わりゆく戦場/2
一日前。
セントラ北部、砂漠地帯の隣にいきなり氷雪地帯があるという不自然な環境の、氷雪地帯側にクロードは居た。
そして隣にもう一人。
茶髪の中にピョコンと立つイヌ耳と、腰のあたりから伸びた同じ色の長い尻尾。
「時空を超えて来ちゃいました」
「じゃねえよ!! いきなり飛びついてくるからつい殺しそうになっただろうが!」
ついさっきのことである。
いきなり頭の上に黒い穴が開いたかと思えばそこから獣人の少年、ルーが顔面キックを放ってきた。そのためクロードの危機察知能力が自然と反応してベルトに差したナイフでヤってしまいそうになったのだ。
「ったくよぉ、なんで俺のところに来る? お前はスコールの側だろう? な?」
「いさや、ほら、いまあっちはヴァレフォルがいっからさ、ボクがいるとまずい訳」
「あっそう」
クロードの目的はヴァレフォルの殺害だが、今に限っては幼馴染であるエクルを軍部の理不尽な状況から引きずり出すことだ。
パイロット条件は仮想空間で大型シェル、大型ヴェセルの使用経験があり尚且つ底辺でもいいからランカーであること。……ちなみ実力で変動するランクはそのまま賞金首のランクと結びついていることが多い、理由は言うまでもない。
そうしてその他の条件諸々を満たした者は半ば拉致される形でその後の人生を縛られ、軍部で薬品漬けの人体改造にさらされる。ただ一機のためだめの心臓、パーツとしての短い余生を送るため。
いまのところは仮想で使われているシェルやヴェセルと違って、現実のものは人に合わせた機体ではなく、機体に合わせたただ一つのパーツとされている。つまり、その機体の為だけの消耗品。
その機体が破壊されたならば、現役とその予備は廃棄処分だ。恐らくは次なるパーツのための人体実験か、そういう名目で連れていかれて辱められるか。
クロードはそんなことをさせないためにエクルの所属する部隊を追いかけていた。
傭兵としての仕事の傍ら、軍関係に喧嘩を売るようなものばかりを引き受け、仕事中に数人捕まえて大人だろうが子供だろうが男だろうが女だろうが構わずに、人に言えないことをしてまで情報を入手している。
フィーアの亡骸から回収した追加生体機械によって取り戻した能力により、レイズでさえも防げなかった強力な精神干渉や、ネットワークを通じた脳内チップへの攻撃に対する強力なカウンターを備えるようになり、グラビティギアを必要としない重力操作までも可能となった。他にもいくつかの異能の力が使えるように。
……そんな訳で、気付けば賞金首としての順位が跳ねあがって傭兵斡旋協会から追い出された。
「ついてくるなら死んでも知らねえぞ。この先にいるのはセントラ正規軍、戦車だとかVTOLじゃなく歩き回る砲台やら全速度域対応マルチロール機がわんさか配備されているはずだ」
「忘れてないよね? ボクはスコールと一緒に行動してたんだ。化物相手にしてるとあんな人間が作ったオモチャなんてどうってことないね」
「オモチャって……あんなでも市街の制圧戦だと脅威だぞ?」
「だろうね。でもボクらの探知能力があれば回り込んで撃破もできるし回避もできる」
「なるほどねえ……非現実的だな……」
吹雪に霞む視界。
どこに敵が潜んでいるか分からない。
しかも人間より亜人より、氷雪地帯の魔物がとくに厄介だ。
この動きづらい雪の上を走り回り、また吹雪をものともせずに飛び回って一気に仕留めに来る。事前に察知して近づかれる前に対物ライフルで仕留めなければ殺されてしまう。
「あ、そう言えばさ、狼犬族のあの娘は?」
「……死んだよ」
「あー……じゃあ、シルフィさんは?」
「……死んだよ」
「フィーアは?」
「……死んだ」
「いつもべったりだったリリィは?」
「……死んだ」
「ベルさんは? リナさんは? クレナイさんは? エレインは?」
「……みんな死んだよ。俺がなにもできずにみんな死んだんだよ! だから……だから今度はそうならないように……そうするために向かってんだよ!」
「……うん、わかった。仲間が死ぬのはいつだって辛いよ」
「お前も何かあったのか?」
「天使が出たとかで少し前に騒いでたじゃん。あれ、あれでセントラの兵士たちが移動してボクの里を通ったんだ。その時にさ、あいつらボクらを魔物だとか悪魔だとか言っていきなり撃ってきて、それでみんな……ね」
「悪かった、俺だけ言って」
「いいよ別に。セントラの人間どもは亜人に対しては良く思っている方がほとんどいないから」
白い雪をザクザクと踏みしめ、道なき道をゆく。
一面白一色。前を見れば山、そのふもとに針葉樹がぽつぽつと。
道路も標識もないが、行軍で固められた雪だけは不自然な窪地を残している。これを追いかけていけば追いつける。百メートル級、駆逐艦クラスの大きさの物であり、そうそう解体できるようなものでもない。専属、その機体の為だけの整備部隊を引き連れて移動しているのだから哨戒部隊に挟まれてさらに護衛部隊が配置されているはず。
そもそも基地や安全な戦場での整備をする者に過酷な環境を進ませるともなると、それこそ行軍速度が落ちているだろう。
「……にしても」
カチカチカチカチカチカチカチカチ……。
寒さで震えて歯がぶつかって鳴る。
「フランダースの犬……マッチ売りの少女……」
「おい、寒さで死ぬなよ」
「いや、なんかこう寒いとさ……は、はは、さむ、寒いよここ、なんかあったかくなってきた」
「末期じゃねえか!」
クロードは頭の中で魔術陣を思い描く。魔術陣は種類にもよるが、クロードが扱いやすいと思っているのはスコールから教えてもらった方法だ。図として覚えるのはそうだが、図の一つ一つを電子回路に置き換えて考えるというものだ。
電子回路は電子部品の組み合わせで複雑な計算や信号の増幅、機器の制御ができる。
ならば魔方陣、魔術陣は魔法回路、魔術回路として。
どの図が何の効果を生み出すのかを覚えておいて、電子部品を組み合わせて作るようにして図を組み合わせ、望む現象を引き起こす魔術用の陣を組み上げる。セントラの学校ではおおまかな形でどういう形がどういうものを発動する陣としか教えてくれなかったが、スコールやレイズに細かなところを教えてもらい、簡単なものならばすぐに構築できるようになっている。
魔法を使う素質はない。
しかし魔術に素質は要らない。
魔法はよく知らないが、誰かが作った魔術を誰でも使えるようにしたものを呼び出しているらしい。もしくは呼び出したものを一度分解して必要なエッセンスを混ぜ合わせたものだとか。素質は呼び出すために必要だ。そして現在を生きる者の中でセントラの人間は素質を持たない。
だが魔術は必要な手順を踏めば誰にでも使える。……ただし、誰にでも使える代わりにその代償は命を削ることもあり、一度の使用で死ぬこともある。
「断熱障壁でいいか……それと加熱か」
基本的に魔術は神話だとかのある意味"異世界"の法則を無理やり貼り付けるのだとか。当然使い過ぎれば世界が歪む。神話、異世界、自分が認識する現実の理。それらの中から必要なエッセンスを抽出し、自分なりに理解、曲解して強引に反映させて使う。
このすべてのプロセスは個人によって異なる。
人の数だけ理解の仕方があり、その数だけの発動方式がある。
その中でもクロードが使う、否、使えるのはレイズと同系統の概念魔術。理、世界そのものを捻じ曲げるようなものであるため、事実上すべての魔術を扱えることになる。
魔力制御等の前提条件を省くと、第一の条件としては自分がそれをできると信じること。
クロードはさっと断熱障壁を張り、暖気の空間を創り上げた。
服や髪についた雪が融けてゆく。
「お、いいなぁ魔法使えんだ」
「お前は使えないのか?」
「あれ? 聞いてないのか気付いてないのか知んないけどさ、こんかいまたルールが変わったぽいからまだ使えないんだ。まあ聞いたところだと統一性がないみたいだから"人によってそれぞれ違う"らしいし、ボクはまだボクのルールが分からないからうまく使えない」
「へぇ……まあ俺のは魔術なんだけど」
自分の手を見て、少し意識しただけでそこに青く燃え盛る火の球がボッと音を立てて出現する。
何もなかったあの頃。
すべてを奪われたどん底からのスタートはすぐに変わった。
屋敷でヴァレフォルに襲われたところをレイズが助けてくれた。
路地裏で死ぬところだったのをスコールが助けてくれた。
戦うための力は兄とスコールからもらった。
疑似魔法の使い方はスコールから学んだ。
術を壊すための異能の力はフィーアからもらった。
魔術を使うための異能の力はレイズからもらった。
陣の設計方法は魔法士、魔術師に対抗するために学んでいるうちに基礎は身に付き、そしてスコールに少し教えてもらった。
ほかにも色々とあった。
いま、この右手に宿る魔装アテリアルもある。
「うーん……俺の目指す"普通"ってめちゃくちゃ贅沢だな」
「スコールと関わった時点で"普通"なんてなくなるよ」
「そりゃそうだが……。そういやスコールの行動理念ってなんだよ? 自殺だとか聞いたけどどうなんだ?」
「あいつは……面白ければやる、じゃないかな。基本的に人助けなんてしないし、自分に火の粉が降りかかったり不利益が出るときだけ積極的だからさ。ほら、よく助けてるように見えるけど、あれ、結果的にそうなってるだけなんだってさ」
「……知っとるわ。俺が助けられたのも実験的に因果律を捻じ曲げる為とか言ってたぞあの野郎」
「そのまま言っちゃうんだ、あいつは……っと、なにこれ? 消しゴム?」
クロードがちぎって投げ渡したもの。
レーションだ。
栄養素だけを練ったものであり、栄養面では満点、食べ物としては兵の士気がガタ落ちするほどの点数。
「あー……まあ食べ物であることは間違いじゃない、俺は好きじゃないが」
「まずっ」
「だろ」
二人は吹雪の中を進んでいく。
クロードは電磁波を使った走査で監視されていることに気付きながら。
ルーは流れてくる嫌な臭いで存在に気付きながら。




