第二十六話 - 変わりゆく戦場/1
「旧アラスカ領……っすか」
百メートル級ヴェセルの影に隠れて……というか、砲身が突き出されてその中に入り込んであの爆撃を生き延びたジークは工作兵科から整備旅団に転属になっていた。
というのも、そのままでは窓際送り、"兵士の最終処分場"に送られるところだったのをヴェセルのパイロットの我儘で助けてもらったというのが正しい。
結局、あんなことがあったからと言って戦争はなくならない。
科学国セントラは対地掃射衛星により天使勢力を一掃、そこを狙って侵攻してきた魔法国ブルグントに対処するため、正式配備されたヴェセルとその整備の為だけに編成された整備旅団が展開している。
魔法国ブルグントも不明勢力の介入によってほぼ壊滅させられた悪魔勢力の後始末を早急に終え、物理的な距離の近い場所を越えて侵攻を始めていた。
両国の戦争のルールはあの出来事で大きく変わり始めている。
セントラ――
大型兵器――ヴェセル。特殊装甲により既存の兵器を越えた耐久性を持つ。それは通常魔法の干渉力では何もできないほどの強度を持ち、その巨体故に必然的に魔法規模の増大を引き起こし、並みの魔法士では構築できない魔法を必要とさせる。これによって直接干渉魔法はそのすべてを封じられたに等しい。
また投擲や爆破などの魔法は大型の砲やミサイルの破壊力を生み出すが、ヴェセルの装甲は核の直撃をも凌ぐ。実質ブルグント側の主戦力である魔法士部隊を気にしない戦いができるようになった。
当然ながらヴェセルはセントラの主戦力の座を奪い取った。
ならばそれ以外、今まで主力であった大型戦車、歩行戦車、エアリアルフレーム、艦隊、歩兵。
それはまとめて"時代遅れ"の烙印を押され始めている。
新しい機種が出ると旧世代機がそう呼ばれるように。
ブルグント――
戦略級魔法士。極めて高い魔法適性を持ち、戦略クラスの魔法を行使、または行使できる素質を持つものがそう呼ばれる。実際は艦隊、航空隊、敵基地、都市などを一撃で壊滅、もしくはそれ以上機能を維持することが不可能な状態に陥れることができる魔法とされる。また戦術クラス――数発から数十発で同じ状況を創りだせる、もしくは戦艦等を一撃で戦闘不能にできる魔法――であっても、魔力総量や戦闘技能によっては戦略級とされる場合がある。
ひとたび発動されたなら、大きな損害と共に戦争の継続が不可能となるのが大抵である。
現在は各方面に一人いればいいというほど人数が少なく、唯一単独でヴェセルに対抗できる存在。また魔法の限界を超えた行使は命を削る行為に等しく、全体的に寿命が短かったり、身体的特徴に障害を来したりすることが少なくない。
……結局、戦争なんてものはルールが変わっただけでそのものは変わっていなかった。
生身の体にフル装備をして、ライフル抱えて走り回ったところで戦略級魔法士には敵わない。
小さな人の身に魔法を宿し、戦場を魔神の如く闊歩したところでヴェセルには敵わない。
だから。
双方の通常戦力と呼ばれていた者たちのあり方が変わった。
セントラの兵士たちは如何に迅速に補給と整備をこなし、ヴェセルを的確にサポートするか。
ブルグントの魔法士たちは如何に素早く戦略級を運び、その魔法が発動されるまで耐えきるか。
そんなものになっていた。
如何にうまく主役を引き立たせるか。
自分たちでは敵わない。
だから、主役なんて彼らに任せてしまえと。
化物たちに戦いは任せて、自分たちは後方からのんびり眺めて、戻ってきたら迅速な整備をするだけでいいと。
……そんな風に考えていたからこそ、いつも通りの白兵戦に持ち込まれた時にパニックに陥って対応できなかったのかもしれない。
いや、それは通常戦闘ではない。単なる虐殺。
どちらかの主役が勝てば、負けた側は対抗手段を失ったことになる。もうどうしようもない。
と、そういうのならまだよかったかもしれない。
展開して向かってくるブルグントの軍勢に備えていたら、いきなり陣形のド真ん中に、それも魔法妨害用のジャマーを多重展開していたにも関わらず、転移してきた黒一色の男たちにヴェセルのパイロットを人質に取られた上に殺戮が始まったから。
だから、
「逃げろおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
そんな悲痛な叫びを聞いても現実というものを受け入れることができていなかった。
いきなり現れたアンノウンに壊滅させられる? ふざけるな、と。
「おい、逃げるぞ」
「……無駄っすよ」
「逃げるつってんだよ! パイロットがいなけりゃヴェセルなんざ鉄の塊だ! まだあの小娘が人質になってんだ、俺たちだけでも逃げきれりゃ御の字だ!」
「ふざけんじゃねえっすよ!!」
「ふざけてんのはおめーだろうが!」
バゴッと、殴られる。
「いいか逃げるんだよ整備兵! 俺ら護衛の兵士だって逃げてんだ! 非戦闘員のテメェが逃げたところで上の連中はなにも言やしねえ!」
「そうじゃねえんすよ……あいつ……知り合いなんすよ!!」
ギャハッ、と狂った笑みを浮かべながら腕を振るごとに真っ黒な魔法弾を撒き散らし、同時に召喚魔法を操る怪物。
「たーのしいねぇーーーー!! ハハハハハァッ! 雑魚どもが、踊れ、逃げ惑えぃ!」
くすんだぼさぼさの金髪。獅子の鬣を思わせるその男は、逃げ惑う兵士たちをゴミのように薙ぎ払い、実地訓練に参加していた学生部隊をも容赦なく吹き飛ばす。
その隣、
「ヴァレフォル、あまりやり過ぎるな。これが終わったら向こうのやつらとぶつける予定だから」
怯えるパイロット、百メートル級ヴェセル『エクルヴィス』の操縦者にしてクロードの幼馴染の手を取っているスコール。
「エクルヴィス・クレヴィース二等准尉。下手に動くと殺すから、そのつもりでいるように」
「ひぃっ」
通常戦力に対しては滅法弱いスコール、通常戦力に対しては滅法強いヴァレフォル。
かつて殺し合った二人が組んでしまえばどうしようもない破壊を撒き散らす。
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同時刻、上陸したばかりのブルグントの軍勢の前に三人、たった三人の青年が立ちはだかっていた。
補助具がなければ一切の魔法を扱えないイリーガル。魔力操作で似たようなことはできるが、紛い物だけで本物は使えない。
そもそも触れるだけで魔法(+異能の力全般)だとかいうモノを打ち消してしまうワースレス。魔法士、魔術師の天敵とも呼べる存在だ。
そしてまた補助具がなければ一切の魔法を扱えないステイシス。こいつは一つの戦闘で特定の系統のみを使うと決めている。
「なんだお前たちは」
「野良魔法士。ちょっと暴れたいんでお相手願おう」
前線で殺戮が始まった頃。
その後方では"捨て駒部隊"に振り分けられていた使えない魔法士たちの中にカルロという青年の姿があった。
彼は武装強化と火系統の魔法しか扱えない。銃火器の使用はされているが、それが主ではないブルグント軍において武装強化は単品だと評価されない。加えて彼が使える魔法は何かしらの武器がないと使えないという欠点を抱えているものがある。
「火柱? なにやってんだよ」
「魔法の試し撃ちじゃねえの? それか魔物が出たか」
「だったらいいけどさぁ」
ほかの魔法士が防寒装備をして武器の点検を行う中、カルロは少し前のことを思い出していた。
――思えば、レイズとかクロードとあったのはこんな雪のすごい場所だったな……。
そう、確かあの時レイズは薄着で武装なしという状態で北極に放り込まれていたはずだ。そしていきなり現れたヴァレフォルに首を切られそのまま……。
「なんかデジャブだけど、さすがにねえ……よ?」
ふと上陸地点に目を向けてみると、白い雪の中に白い髪の青年が。
「…………。」




