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第二十五話 - ある意味平和なサイド/5

「……紅月、お前、自分の名前を憶えているか?」

「なまえ、ですか……。言われてみると、思い出せませんね」

「おかしいんだよな、それ」

「おかしいとは?」

「いや、今はいい。今はまだ分からない」

「?」


 首をかしげる紅月だが、スコールは思考を切り替えて鎖を用意していた。


「"こちら側"に一時的にとはいえ所属するにあたり、名前と姿を変えてもらう。そしてここのことは漏らすな」


 手の平に針のついた鎖を乗せ、紅月に差し出す。


「最後はお前が決めろ。いいのなら受け取れ、嫌ならば」


 ポケットから術札を一枚。


「こちらを」

「それは?」

「シナプス結合を弄らせてもらう」

「……?」

「記憶を消させてもらうということだ」


 恐らくこちらを取ることはないだろう。

 少し間を置いて、紅月は鎖を手に取った。


「汝の全てを我に捧げよ」


 必要な言の葉は、意味さえ合っていればどんなものでもいい。

 詠唱に続いて鎖に力が流れて紅月の胸に突き刺さる。


 ――名前、名前か。なにがいいか?


 みすぼらしい姿、それをスコールはみすぼらしいとは思わない。

 その中にも美しさが隠れている。


 ――紅、赤に近い色の花……。同情? まさか、それはない。しかし同情……思いやり? 共感? 考えるな、考えるな、影響が……。あぁ、赤系統ならば……アルメリア。海……の意味は無視でいいか。


 さっと考えるとそれに決める。ほかに考え始めると次々と浮かんで決められなくなる。

 スコールはそれに決め、鎖を通じて"縛り"を入れていく。


「私のすべて、いまはあなたに預けます」

「いいだろう。魔法使いが与える名は強い強制力を持つ、いいな?」

「はい」

「汝に名を授ける、その名はアルメリア。これまでの名を捨て、この名を使え」

「分かりました」


 名を受け取った彼女は、スコールの前に跪いて契約を確かなものとする。


「以上終わり」


 スコールは手鏡を取り出しながら、鎖の実体化を解いていく。


「一応見ておけ、気に入らないならある程度は変えることができる」

「えっ?」


 受け取ろうとしないその手に鏡を押し付けると、家の中でヒートアップしすぎている彼女たちを止めるために術札を取り出す。

 恐らく口で言うよりもこっちの方が早い。熱くなっているのなら冷やしてしまえばいいのだから。


「おーまーえーらー……いい加減にしろ!!」


 複数の術札をまとめて放つ。

 冷却系統を重ねがけした少々どころではなく危険なもの。

 青く淡い光を放つ術札を浮かばせ、あとは励起するための魔力信号を送ってしまえばいい状態に。


「ひぇっ!?」

「主様それはやめてほしいであります!」

「主殿……翼が傷みますから」

「スコールゥーわたしはいいけど姉さん属性的には赤だからね」

「ね、ね? 私も冷却とかの属性は大丈夫だけどちょっと無理があるよ」

「だ、ダーリン? 氷漬けはもう嫌だけど」

「…………。」

「どうしたの?」

「……なるほど、そうなるか」


 札を回収して空を見上げる。

 何も変わらない空、スコールはそこに何を見たのか。


「アルメリア、早速仕事だ。自分の顔に見入っている暇があるなら……」

「……あ、ありがとうございます」

「一応言っておく。擬装魔法じゃなくて根本的な改変だからそばかすとかは隠したんじゃなくてなくなっている」


 コンプレックスがなくなった。いままで隠すだけだったものがなくなった。人それぞれ思い方はあるが、彼女にとってはそれがとても嬉しいことだった。


「スコール、あなたは」

「どうでもいいから、今は武器を」

「その必要はない」


 背後から声が聞こえた。

 それにアルメリアはもう使えそうにないロングソードを掴んで向き直る。


「なぜここに!」

「あぁ、まあ不審者扱いされたがここの所属、なんで味方のつもりで。イリーガルの方にも行った、なんで、まあ負ける訳はない」

「み、味方っ!? レイズ様沈めたというのによく言えますね」

「あれはヴァルゴ救出作戦を邪魔しようとしたからだ、なんで悪いのは向こうさん、こちらはやるべき仕事をしただけだ」

「しかしあそこまでやる必要は」

「あった。中途半端にやればどうなるか知っているだろう? 主人公ってのは妙な力があってな、あそこで巻き返されると救出どころじゃなくなるんだよ。あぁそうそう、スコール、ヴァレフォルがちと面白いことしようって言ってきたが」

「なんだ? どうせろくでもないことだろう?」


 黒い楽しげな笑みを浮かべたスコールがいる。

 レイズを瞬殺した憎い敵が目の前にいる。

 だが体が言うことを聞かない、細胞の一つ一つが怯えて動かない。


「あぁ……ろくでもないことだ。エクル……クレヴィースをやるぞ」


 ---


 次なる問題はイリーガルと漣が帰ってくるなり起こった。


「捨てて来い!」

「いや!」


 怒鳴るスコール、しかし漣は引かない。

 なにかといえば、海岸でリヴァイアサンに襲われたイリーガルたちは丸呑みにされ、中から腹を突き破って脱出。その際なぜか飲み込まれていた黒月を回収。イリーガルはそのまま捨てて帰る気だったが、かわいそうだから連れて帰ろうと漣がうるさく言い、負けてしまった。そして、ここに猫耳と猫尻尾を生やした黒月がいる。


「黒月!? 生きていたのですか」

「にゃあ? ……紅?」

「そうです。今はアルメリアという名で、メリアと呼ばれています」


 そんな彼女たちの隣で男二人、スコールとイリーガルは沈んでいた。


「おい、二度あることは三度あるというが、月姫が二人来たら三人目が来るのはどういうめぐりあわせだ?」

「つまりそういうことだろう、諦めるしかない。それに腹の中に結構な数の死体があったからありえないほどの奇跡的な確率だぞこれは」

「…………。」

「…………、」

「「はぁぁぁぁぁぁぁぁ……」」


 もういい、と。

 鎖を一本取りだすと黒月を引き寄せてその胸に突き刺す。

 まだまだここには増えそうだ……。



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