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第二十五話 - ある意味平和なサイド/4

「主様がいいならリムは反対しないであります」

「姉さんがそういうなら私も反対はしない。でもスコールに変なことしたらすぐに消し飛ばすから」

「ゼロ、それちょっと言い過ぎじゃないかな……。私は紅月がいてくれると嬉しいな」

「わたくしも主殿が良いのであれば」


 紅月と向かい合って座るスコールの後ろに並ぶ少女たちは揃って歓迎の意思を示す。

 悪意はないのだろうが、家事の負担とその他の負担が増える。それを考えていない。


「だーりんの妾がぎゃあっ!」

「あまり言うようであれば最下層に蹴り落とすが」


 髪を容赦なく鷲掴みにしつつ、脅す。


「…………、」


 叫びを上げるでも嫌がって暴れるでもなく、純粋にじわっと目元が濡れた。

 最下層とは…………スコールでも下手をすると上がってくることができない場所だ。ウィステリアが一人で彷徨い歩いた場所でもある。

 手を放すとそれでなお懲りていないのかスコールの隣に陣取る。


「……気絶するまで槍で突き刺すか」


 部屋に試験的に造った魔装が眠っている。突き出せば数百メートル先まで魔力波を飛ばして射線上を薙ぎ払うモノが……。もちろん試作段階ということもあり、使えば即死するレベルで魔力をバカ食いする。攻撃力への変換効率がすこぶる悪いのだ。

 そしてその"槍"を別の意味で捉えるのがミラ。


「いいよぉ~ダーリンの逞しいのでずぼずぼしてぇ~――ぶごふっ!」


 隣、ちょうどいい位置に顔があったものだから思わず肘鉄をくらわせてしまった。


「あ、あの、やり過ぎでは?」

「紅月、ここに住むのなら一つ言っておく。こいつに何かされたらすぐに痛めつけて分からせてやれ」


 パブロフの犬。ベルを鳴らしてエサを与えるということを続けていると、ベルを鳴らされただけで唾液が出るというアレ。変なことを言うと、もしくはやると痛い目に合うと本能に学習させるのだ。


「それと、ここに住むというのであれば対価を払ってもらおう。そして蒼月と同じように名と姿を変え、お前を縛る」

「縛る、とは?」


 虚空で何かを掴むように手を動かすと、そのまま引っ張る。連動するように後ろの少女たちが前のめりになり、スコールの手元から隷属の鎖が実体化して首輪につながる。


「奴隷」


 その一言で答えになる。

 ちなみにスコールの言うここでの奴隷は通常の定義である『名誉、権利・自由を認められず、所有物として取り扱われ、所有者の全的支配に服する』ではない。

 隷属の鎖で縛り付ける為に事実上『奴隷状態』になるのであって、実際にスコールが縛るのは"命令"というワードとセットになった命令による意識の強制とその者の命だ。


「な、ななな、ななな…………」

「ダーリンのはねぇ、おっきいから最初は痛いけど病みつきになどげふっ!」

「ミラ、お前は少し黙っていろ」


 何度沈めても浮かび上がってくるミラに、次やったら簀巻きにして軒下に干してやろうかという考えが頭の隅によぎった。


「あ、ああななたたちは」

「うん? 全員スコールとヤってるよ?」


 さも当たり前のようにレイが言った。


「レイズ様というものがありながら浮気ですか!」

「いや……私はレイズとしたことないし……」

「浮気って言うならレイズのほうだよ。何十……いや何百人に手を出したと思ってるの、紅月は。たぶんあたしたちなんか美少女コレクションの一つにしか見てもらえてないし、都合のいい女的な扱いだって」

「そ、そんなことは」

「だったら紅は知ってるの? 霞月をレイズが無理やり襲って処女を奪ったって言う話」

「カヅキ……カスミですか、とてもレイズ様を嫌っていたあの娘」

「大勢が死んだあの日からすぐにだってさ。あたしは詳しく知らないけどさ、ああやって手籠めにして都合のいい女を増やしてんじゃないの? 大勢死んでからすぐにだよ? ありえないってあんなの」


 レイの言葉を聞いて、レイズに対する評価がガクッと下がる。実際は異なるが傍目から見ればそうなるだろう。


「いいじゃん、体の関係で裏切ったのはアッチが先だよ? だったらあたしだってスコールとしても文句言われる筋合いはないもんね」

「裏切るというよりはレイズ様は皆を愛しているからこそ」

「どこが? レイズは愛しているというより」

「レイ、その辺でやめておけ。思い方はそれぞれ違う」

「でも」

「でも、じゃない。言いたいことがあるなら本人の前で直接言って来い。いままでに見た限りは、レイズは関係を持ったからには例外ありで大切な仲間として扱う、だから都合のいい奴、なんて考え方はしてないだろうさ」

「それはスコールが思ってることでしょ!? あたしはあいつが」

「貶している割にはそうやってムキになれるあたり心の底では"好き"なんだろ? 違うか?」

「……ぅ。……違わない、違わないけど……いまは好きになれない。レイズのおかげでいまのあたしがあるのは分かってる。レイズがいなかったらあたしもレイアもこっち側にいることはなかったのは分かってるけど、でもあたしが好きだったレイズはいまはなんか違う」

「姉さんがそう言うのも分かる。私なんか最初だけでスコールと一緒になってからは完全に放置で見向きもしてくれなかったもの。ときたま来たら来たで見せかけの優しさだけ振り撒いてはいさようならだったから、ね、スコール」

「それは否定しない。ほかの男と仲良くなった途端にいきなり放置はよくあったからな。それだけ見れば自分に靡かないやつはどうでもいいとも取れるな」


 目の前で繰り広げられるレイズの悪口というか侮辱というかを見ながら、紅月はそういう見方もあるのか、なんて思っていた。激昂するどころか、スコールに長々と言い包められたせいで考える力が疲れて怒りに結びつかない。

 会話に参加していない少女たちは苦い顔で聞いているが、事情はある程度知っている。


「どうした紅月? 変な顔して」


 笑みと不安を混ぜたような顔だ。


「いえ、少し、別の場所からレイズ様を見るのもいいかなと思いまして」

「どういう心変わりだ? 奴隷という単語を忘れていないだろうな、こちらに来るとは、そういうことだが?」

「蒼月もレイも嫌がっていないようですし、酷いことはされないと思います。それに、今のレイズ様は私たちを見ていない、だったらレイズ様の別の面を見るいい機会でもあると思いまして」

「奴隷堕ちして解放されないという可能性を考えないのか」

「あなたは烙印を押すことも、無理やり襲うこともないでしょう? 白き乙女の中で狼と呼ばれながらも評判は良かったわけですし」

「……昔のことを」


 苦虫をかみつぶしたような顔でスコールが薄く笑うと、ウィステリアが思い出したように言う。


「そう言えばキリエに頼られてたよね。白き乙女でトップクラスのソーサレスだった」

「あれはたまたま得意分野が同じだったから手伝っていただけだ。それに引き籠もりでもあった訳で……」

「じゃあアズサは? いっつも料理のことで話してたようだけど」

「白月に料理をやめさせる算段とあいつが執拗に健康にいいからと何にでもニンニクとかショウガとかネギとかの野菜を放り込もうとしていたからだ」

「あ……それであんな変な味とにおいが」

「聞く限り、あなたもそういう関係は広かったようですね」

「あくまで同じ寮の住人として、その関係から上にはどれも行ってないぞ」

「でしょうね。いつかは忘れましたが、寮の中では頼りになるお兄さんだったと聞いた覚えがあります。そんなあなたなら、信用できます」

「……これを見てなぜそう言える?」


 手に持った鎖。そこから少女たちにつけられた首輪につながっている。見れば見るほどに危ない人だ。


「皆、嫌がっていないのが証拠ですよ」

「洗脳という可能性を考えないのか」

「あなたはその技術を持っていますが、実際にやるとは思えません。それにやっていたとしたらこんな自然な反応が返ってくるわけがありませんよ」


 深層意識からの書き換え、刷り込みは著しく自我を崩壊させる。いままでのその人を知っている者からすれば明らかに変わったと分かるほどに。


「…………、」


 スコールは沈黙してしまった。紅月の考えることが理解できない。なぜすべて自分にとって都合の悪い方向に考えない、なぜ警戒しない、なぜ、なぜ、なぜ……。


「あの、それでここに住むための対価というのは」

「…………、」


 もちろん追い返すために適当に言ったことなので、それの内容なんてまったく考えていない。

 今の姿をさっと見ても、みすぼらしいの一言で片が付く。汚れた体に破れた服、持ち物は刃こぼれしたロングソードが一振りだけ。

 白き乙女、月姫所属の女。スコールの考えにぽつりと浮かんだのは。


「pay with your body」

「…………はい?」

「身体で払ってもらおうか」


 決してそっちの意味ではない。

 申し分ない戦闘が行えるため、それで稼いでもらおうかという意味。もう一つは破壊力があるので黄昏の領域の整地作業をしてもらおうかという肉体労働的な意味で。


「身体でというのは……つ、つつまり、せ、せせせせ、せっくすですか……あの、ゴムをしてくれるのでしたら」

「きっまりー! よかったねダーリンまた増えた」

「おい、ま――」

「これでまたまぐわいの順番が回ってくるのが遅くなるのですねぇ」

「リムはそれはちょっぴり嫌であります」

「ちょっとはな――」

「ふぅん、紅月もスコールとしちゃうんだ。浮気とか言ってたくせにぃ」

「むしろダーリンとしたら寝返るんじゃにゃいかな? あんな外人のふにゃふにゃより、おっきくてかたいたくましーいのに病みつきになっちゃてぇーそれでぇ」

「おまえら――」

「ねえ、スコール。わたしの相手はいつしてくれるの?」

「ゼロ、こういうときに――」

ゼロ、いっそ3Pとかしちゃわない?」

「姉さんがそういうならいいかも、やろ」

「おい勝手に――」

「やるのでしたらわたくしも混ぜてください、主殿はわたくしの命の恩人でわたくしの」

「ダメであります! 主様はリムのものでありますよ!」

「…………。」


 なんでこうなるのか分からない。

 どこをどうやっても自分の常識と経験に照らし合わせてみれば、平手打ちか蹴りが飛んできた後に怒ってさようならというパターンか訴訟問題に発展するくらいにしかならないのに。

 望んで自分からハーレムを創ったやつらからすれば、そういう風に頑張ってコツコツと関係を創ってきたやつらからすれば、流れでハーレム創るダメ男は死んでおけなんて言われそうだ。

 なんかもう話の内容がピンクから品の無いマゼンダに変わり始め、スコールは戦略的撤退を決めた。

 勝手にヒートアップしていた女性陣の中からするりと抜けだすと、開けっ放しだった窓から庭に出て新鮮な空気を一杯に吸う。

 太陽は空高く、ちょうど昼だ。しかし一歩でも結界から踏み出せば変わらない黄昏。


「ふふっ、大変ですね、あなたもあなたで」


 同じように抜け出してきた紅月が隣に並ぶ。


「紅月、お前はいいのか」

「するのには少し抵抗がありますが、男性が複数の女性と関係を持つのが良くて女性はダメということはないでしょう?」


 なんでそっちなんだ、思うが流れ的にそれしかない。そしてもうここまで来ると言い出しづらい。言うべきだが言えない。


「無いと思うが? 他は知らんが」

「そうですか。その……処女ではないですが、嫌でしたら魔法で再生しますので、言ってくだ、さい」

「そういうのは気にしない。ただ一緒にいて、それで嫌な気分にならないのならいい。そんでもって妙なものをうつされなければ」

「あ、それは大丈夫です……たぶん」

「……思えばレイズは人間以外に竜人とか獣人とかの亜人系ともやっていたな」

「一つ思うのですが」

「なんだ?」

「レイズ様にこどもはいるのでしょうか? それだけ、その、しているともなると、いくらできにくい種族といえどもできてしまうのでは……」

「その辺は知らないが……」


 居る、なんて言えない。

 言ってしまえばレイズのお相手の女性陣から何か来そうで怖い。レイズ大好き"軍団"だから、きっと都合いいように受け止めて嘘をついたとかなんとか言って殺しに来そうで怖いのだ。

 いくらスコールとて数の暴力には勝てない。


「はぁぁぁ……後でミラに言ってから着替えをもらえ。風呂は勝手に使っていい。それで、一段落したらいつでもいいから夜に部屋に来い」

「分かりました。……その、精一杯頑張らせてもらいます」

「…………。」


 とりあえず働いてもらうために必要な補助具か魔装を創る為なのだが……。

 なんでこの女性たちはそういう方向に対して抵抗が少ないのか……。



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