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第二十五話 - ある意味平和なサイド/2

「それじゃ後はよろしく」


 臙脂色の軍服を着た金髪の青年が立ち去る……のを、肩に手を掛けてスコールは止める。


「いきなり来てそれはないだろ」

「いや、ありだね。おおありだね! 内政干渉だぞ!? 月姫ってレイズの配下だから俺ら"ラグナロク"と"クレイドル"の問題に首突っ込まれた時点で超困ってんの!」


 青い瞳に怒りを宿してスコールを睨み付けるウィリス。


「ラグナロクはレイズの傘下のはずだが」

「……ああそうか、お前いなかったもんな。エスペランサもラグナロクも紅龍隊もほかも全部、独立して行動しているんだ。だからもう昔みたいに困ってるね、じゃあ助けに入ろうかって感じでできないんだよ」

「はぁ、それで……まあそれはいいとして。なんで紅月がここにいる? そもそもどうやって黄昏の領域に侵入してきた?」

こうがここにいる理由? こっちが聞きたいね。狼谷とアキトに突っぱねられたか無視されたか知らないけど直接エスペランサの方に行って問題起こしてその流れで俺らの方に来たんだぞ? しかも戦争中でリーダー不在、俺としては厄介ごとを増やしたくないから押し付け……お前に頼ろうかと」

「相分かった。今すぐに連れて帰れ!」


 紅月を指さして追い払おうとするが、スコールの前に割って入って紅月が頭を下げた。


「お願いします、レイズ様を助けてください」

「なぜ?」


 スコールとしては助ける理由などまったく持ち合わせていない。


「もうあなたしか頼れる人がいないんです、ですからお願いします」

「普通、誰かを助けてほしいのならそれなりに力のあるやつ、もしくは"味方"であるべき者のところに行くべきだと思うが」

「ぅくっ…………」


 その言葉に泣き出しそうになるが、ウィリスが捕捉する。


「回れるところは全部行ったんだと。セインツは門前払い、ベインのところは話を聞いてもらったうえで拒否、後は『あんな国際指名手配の凶悪犯の味方ができるか』の一言で蹴り返されたとか。んでもってうちとかは戦争中で所属が曖昧なやつを受け入れること自体が勢力の危機につながるから拒否だ」

「で? 助けたところでこちらになんの利益が? まさか見返りなしで働けと?」


 追撃を受け、崩れ落ちた紅月が泣き始める。

 見るからに対価となるものは持ち合わせていない上に、髪はぼさぼさで顔も薄汚れ、着ているものもあちこち破れている。大事な補助具であるロングソードは刃こぼれし、盾がないのは砕かれでもしたか。

 冷ややかな視線で見下ろされる紅月は、みすぼらしい姿でぼろぼろと泣く。


「なあスコール、まあ、なんだ、最後の最後で敵対したとはいえさ、助けてやれよ」

「拒否する」

「なぜ?」

「助ける理由がない」

「お前は理由がないと仲間も助けないのか」

「いいや。誰かを助けるのに理由は要らない、助けたいと思えば助けるだけだ」

「じゃなんでだよ。お前は単独で一勢力とやり合えるだけの力があるのに」

「報酬がない。ただ働きは御免だ、頼むのなら先に確実な報酬の支払い能力を見せてもらいたい」

「無報酬でいつも助けているお前がなんで今更そういうことを言う」

「気分だ。今はそういう気分じゃないから何もしない」


 踵を返して結界の中に戻ろうとする。


「おい待てよスコール!」

「じゃあな」


 そして結界を超えると同時、いきなりステイシスが飛んできて反射的に蹴り飛ばして反動で再び結界の外に出る。たたらを踏みながらなんとか踏みとどまると、もう一度結界の中に入る。


「ごめーん!」

「お前いい加減にしろよ……!」


 謝り倒すレイと、恐らくは顔面を蹴られたであろうステイシス。鼻から滝のように血が流れおちている。しかもスコールに蹴りばされて顔面で地面を滑ったのか擦り傷も酷い。


「ステイシス、エスペランサに合流どころかこっちに来たぞ」

「知るか……人の動きは完全に予測できる訳じゃない」


 ハンカチで鼻を押さえながら家の中に入っていく。押さえているにもかかわらず点々と血の跡が残る当たり、かなりの出血だろう。すぐにウォルラスが救急箱を用意して手当てに当たっている。


「レイ」

「…………ぅぅ」


 怒られるのかと、身構えるが出てくる言葉は違った。


「暇があったら専用の補助具を創るから部屋に来い」

「……はーい。あ、そう言えば誰が来たの?」

「紅月とウィリス」

「え、もしかした追い返したの?」

「…………、」


 無言でうなずくと立ち去ろうとするが。


「ちょっと待った! 入れて上げればいいじゃん、敵じゃないんだし」

「入れて何の得がある?」

「逆に聞くけど入れて何の損があるの?」

「…………、」

「はいけってーけってー入れて上げよー」


 レイはスコールの腕を掴むと、


「ちょ、ちょっと待て!」


 そのままずるずると引き摺って結界の外に連れ出す。スコールの弱点は強引にやられると仕方なくやってしまうところだ(むしろ抵抗できないだけではあるが)。


「っ、くそ、なんでこうなる」


 めそめそと泣く紅月だけが取り残され、ウィリスは帰ったのか姿が見えない。レイはスコールを突き出すと、結界の内側に戻って様子見に徹する。中から外は見えても外から中は見えない。


「紅月、内容次第で条件付きだが受けてやる。言え」


 白き乙女所属であった頃ならば、ただの工作兵と主力部隊のエースの差がある。口の利き方が悪いと怒られること間違いなしだ。

 しかし今は違う。レイズと一部のメンバーしか知らないがスコールは白き乙女なんて言う枠組みとは書類上縁を切って、レイズにはっきりと宣言して敵対している。


「…………レイズ様を助けてください」

「具体的に」

「もうこれ以上酷い目に合わせないでください。昔みたいに……皆で仲良くやれていた頃のように……ぅぅ」

「酷い目に合わせるなって言うのは護れということか?」

「そうです、あなたなら」

「無理な内容だな。こちらの目標とレイズの目標は途中こそ同一だが最終地点が異なる。だから最後には敵として正面からぶつかる。そんな時にこちら側についていたということを持って、レイズの不安材料になりたいのか?」

「えぁ……そういう……のは」


 頭になかったのだろう。

 しかしこちらから明確な拒否をするのではなく、遠回しに言って自分から諦めさせる。そうしておけば"自分で断った"という思いがつっかえ棒になって後々余計なことがない。

 このまま言葉だけで攻めていけば勝手に折れてくれるだろう。

 そのまま帰ってくれるのならば転移用の札を渡してしまえば後はなるようになる。どこにも頼れず、レイズのもとに戻って共に行動し、最終的な障害として倒した後のフォローもしてくれそうではある。

 これ以上の面倒事と厄介ごとへの巻き込みを増やしたくないスコールにとっては、とりあえずでも遠ざけることが大事なのだ。

 だというのに。


「だぁーーーー! もう、そんなの引き受けちゃえばいいじゃん! レイズにきちんと説明してそれで一回でも何回でも喧嘩してさっ、それでいつもみたいにやればいいじゃん!」


 レイが飛び出してきて一気に言う。

 その無駄をしたくがないために拒否しようとしていたのに。


「れ、レイ!? なぜあなたがここにいるのですか!」

「うーん、なんでっていうか」


 スコールの腕に縋り付いて、


「今はここに住んでるから」


 なぜ縋り付いてきたのか分からないが、とりあえず振りほどけないのでスコールもされるがままだ。


「す、すす住んでいるとはどういうことです!? いままでなんども失踪していたのはここにいたからですか!?」

「いやー……間違ってるというかあってるというか……あたしは……」


 紅月はスコールの腕に縋り付くその姿を見てあらぬ方向に誤解した。


「まさかレイズ様からその男に……」

「うっ……」


 二股かけているこの状況。しかもかけている男二人は現状敵同士。


「そうなのですね……そういうことなのですね」

「あ、いやいやいやそういうんじゃなくて!」

「ではどういうことなのですか」

「えーと…………」


 助けを求めるようにスコールを見上げるが、この男は無視を決め込む。女性の争いほど巻き込まれて面倒なものはないからだ。……すでに巻き込まれてはいるのだが。

 しかも運が悪いというかタイミングが最悪というか。


「あれ? 紅月だよね?」

「その声、蒼月ですか……変わりましたね」


 ウィステリアが結界の中から姿を現す。


「うん。私はスコールと一緒にいくことにしたから」

「そうですか。あなたは以前からスコールと組むことがあったようですから分かるのですが、レイがなぜその男に寄っていくのかが分かりませんね」

「あ、それは多分」


 ウィステリアがふると、


「だって自由だしご飯おいしいし気持ちいいし」

「……最後の気持ちいいとは?」

「……………………えっちなことが」


 …………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。

 そこそこ長い沈黙が場を支配した。

 そして妙に微笑んだ紅月は言う。


「つくづく…………男というものは!!」


 足元に置いていたロングソードを拾い上げると攻撃に特化した魔法が発動される。


「なんでその流れでこちらに来るのか」


 呑気に言いつつ、レイを除くと白き乙女最強の攻撃力を誇る紅月の攻撃を防ぐためにレイを持ち上げて盾にする。守備力であればレイの魔力障壁だけで十分に防げる……ただし突き抜ける衝撃で両腕は複雑骨折だ。骨が複雑に折れるという意味ではなく、骨が飛び出すという意味で。

 しかも月姫だ。一撃で一発の攻撃とは限らない。接触点を基点に追加魔法がある可能性も否定できない。


「チェストーーーー!」


 掛け声と同時にスコールの中で迷いが生じた。

 スティールを行うべきか、ディスペルを行うべきか。どちらとも似たような見た目の結果を引き起こすが、一つだけ違うところがある。

 スティールは触れた魔法を奪い、奪い取っている間は術者の詠唱を場合によって封じることができる。

 対してディスペルは神力を用いて瞬間的にすべての魔法を消し飛ばす。

 条件発動式はレイズやレイアなどの"情報の次元を見る眼"がないと見ただけでは分からない。スティールでは危険がある。


「吹っ飛べ!」


 レイを紅月に向けて蹴り飛ばし、避けるために動いて時間ができたところで手の中に力を圧縮し解放する。魔力と神力。相反する力が結びついて相殺され、消えていく。

 紅月の姿が変わる。鮮やかで赤いロングの髪は赤茶けた色になり、染み一つなかった顔は汚れはそのままにそばかすが目立つようになる。

 ロングソードが振り下ろされる。

 スコールは横に身体を倒しながら勢いを利用して回転する。剣を振り切った紅月の後ろに立つと、素早く首に腕を回してちょうど肘の曲がったところが顎の下にくるようにして、軽く絞めた。


「へぐっ」

「動くな」


 空いた手の親指を背中に軽く押し付ける。人間視覚に頼りきりだが、なにかをされた時の感覚を覚えてしまうと見なくてもそうされていると思い込んでしまう。そう、親指が銃口を押し付けられたときの感覚にそっくりだとそう思い込んでしまう。


「……私の、負けですか」

「別に勝負でも何でもないんだ、勝ちも負けもない。これ以上攻撃しないのであれば解放するが」

「分かりました」


 ロングソードを手放し、身体の力を抜く。


「いいだろう」


 スコールも解放すると、警戒しつつ数歩下がる。

 その手に何もないと分かると、


「まんまと引っ掛かった訳ですか……」


 紅月は騙されたことに少し顔を暗くした。

 そしてなぜか自分のことを呆然と眺めるレイとウィステリアを見て、ふと気になって自分の体を下から見て、髪が視界に入った途端。


「…………! み、見るなぁぁぁ!!」

「そう言えば紅ってそれがコンプレックスだったよね」

「私、初めて見たかも」

「見ないでくださいぃぃぃぃ!」


 姿を擬装する魔法。白き乙女の月姫は戦った相手に本当の姿がバレないようにするために使用しているが、それは見た目を必要以上に美しくするために少し盛っている者もいる。


「まあ、見た目に関しちゃどうでもいいが、結局お前はどうしたい?」

「どうでもいいとはどういうことですか! どうでもいいとは!? ふっ、うぅ、こんなのでは……う、あぁぁぁ……」

「泣くことはないだろうに」

「こんな見た目ではレイズ様に嫌われてしまいます……」

「…………、」


 チラッとスコールは振り向いて考える。

 思えばレイズは関わった中で女性に関しては美(少)女のみをそばに置いているような……。


「ありえそうで困るな。ブスは要らないとか」


 という余計な一言で完全に涙腺が決壊したのか本格的に泣き始めてしまった紅月。


「スコール、それ、酷い」

「うん」

「事実だろう。いくら性格が最悪なメティとかアイリとかフェネとかレヴィアでも傍に置いてるようなやつだぞ?」

「……確かに」

「……それを言われると」


 というさらに余計な言葉で追い打ちを仕掛けてしまっている。

 崩れ落ちておいおい泣いている紅月に対し、同情なんて言う"感情こころそのもの"を持ち合わせていないスコールは邪魔、以外には思わない。


 ――こういう場合はどうするのが正解だ?


 失った感情、あるべき思考ロジックを仮想的に再現してシミュレート。それは経験則からはじき出される予測でしかない。あるべき本物の感情ではない。


「はぁ……とりあえず中に入れ、ここで騒ぐと――――」


 その続きは轟く龍の咆哮に掻き消された。身体の芯まで恐怖を響かせる"狩る側"の力。生物的に見れば捕食される側の人は、それを本能的な恐怖として覚えこんでいる。


「戻れ戻れ!」


 巨大な影が横切る。

 遅れて爆音が轟く。

 音速越えの飛行をも可能とする生物、それが飛龍。現実的に見ればあの巨体で飛ぶことは不可能に近いが、それを魔力というもので捻じ伏せて空を駆ける。


「紅月、立て」


 本人が反応を示すより先にスコールは肩に支えると無理やり立たせ、歩かせて結界の内側に避難する。

 黄昏の領域には通常の生態系は無い。常に生体ピラミッドの形は変化し続け、上に行くほど少ないという一般論は通用しない。



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