第二話 - 氷の大地
「この口か、この口がこんな状況でそんなことを言うかー!」
「みぃやぁ~~~~~~~~~~~!」
お昼時。
浮遊都市フリーダムの食堂で一組の男女が痴話喧嘩? をしていた。
フード付きパーカーの下に半袖のシャツを、下は運動用のジャージという朝から夜までどこでも通用しそうな服装の青年が同じくらいの少女の頬を思い切り引っ張っているのだ。
少女の方は若くしてかなりの白髪が混じっていて灰色の髪が目立つ。
「だって死ぬところだったんだよ! あんなガ○ダムみたいなのに襲われてさあ!」
「いいじゃないか結局こうして生きてるわけなんだし。そもそもお前が邪魔してくれなければ綺麗に全部終わってたはずなのに! まず自分がしたことを考えてから人にものを言ったらどうか提案しようではないか」
「そんなこと言うなら私に懐中時計押し付けて自殺未遂のあんたはどうなんだ!」
ビシッと少女は指さしながら言う。
青年はつい先日までブルグントの戦場で丸腰でセントラの部隊を退け続けていた猛者である。現代兵器の数々に加え、趣味的なのかどうなのかは分からないが費用対効果でみれば間違いなく使われない人型兵器を相手に暴れていた化け物だ。
ここ最近のセントラの兵器の配備状況を見るに、仮想現実空間で使われていた人型戦闘兵器を現実に作ってしまえ、なんていう勢いだけで数々の無駄に高価で扱いづらい兵器を多数投入しているのだ。人の形に拘らなければいくらでも有用な兵器が作れるというのになぜ人型にするのか? 答えは簡単だ、人間の頭に機械をぶち込んで生身の肉体と同じように機体を操れるからだ(一部の者のみ)。
「くそが、やっぱりスコールと契約を切ったのは間違いだったな」
言いながら青年は本当に久しぶりである米、おにぎりへと手を伸ばすが。
「もーらい」
「って、こら」
少女に奪われてしまう。
「なあ」
「なあに?」
「……お前はなに勝手に人の飯さらっと奪ってんだよ」
そんな言い争いを延々と繰り広げていたところにフリーダムの戦闘員がやってくる。さすがにこんなところでまで武器は携帯していないが、その雰囲気だけで周りを黙らせるには十分だ。四十前後の皺のある顔の軍曹。前線に出たいがために昇進を蹴り続けているバトルジャンキーに近いおっさんだ。
「おらガキども、終わったら会議室に来い」
すると青年がふざけた様子ではなく真面目な顔になる。そこらの一般人の顔ではなく、戦いなれた顔だ。
「了解、アカモートへの侵略戦か」
「そうだ。せいぜい役に立てよ、召喚士」
「生贄召喚の供物にされる気はないが」
「それはお前でなく上が決めることだ」
「はいはい。まあ、たかが浮遊都市と一国の戦力であそこを攻め落とせるのか。あなたなりの結論は?」
「…………、」
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世界暦999年・四月
雨の降りしきる暗い空の下。
浮遊都市フリーダム、浮遊都市リベラル、魔法国ブルグントの連合部隊は洋上を航行中である浮遊都市アカモートへの侵攻を開始する。
予め展開済みのステルス状態の飛空艇団と浮遊都市、傭兵によって三方向を固め、宣戦布告と同時に交戦距離に迫っていた部隊が一斉に進軍を開始。また、それに合わせて召喚獣ヴィルジナルを召喚。
敢行された奇襲攻撃にアカモートの防衛部隊は全方位に向かって防衛線を構築するが、召喚獣の攻撃によりあえなく凍結され身動きが取れなくなる。
「なんで始まって早々こんなことになるかねぇ」
「ぐちぐち言っても仕方ないよ。仕掛けてくるのはいつもあっちなんだから」
召喚獣と飛空艇を主戦力とするリベラル、ブルグント、傭兵に対してはメティサーナ直属の騎士団が応戦。数こそ少ないが一人一人が一騎当百を地で押し通すフリーダムの部隊に対してはレイズ率いる白き乙女の駐屯部隊に加え、ネーベルの召喚兵部隊が応戦。
圧倒的な数の差によってアカモートの騎士団が押されるが、圧倒的な戦力差によってレイズたちが押し返す。戦況は瞬く間に膠着状態に陥り、消耗戦へと移行するかに思われたがそうはならなかった。
「雨……それに氷属性の召喚獣ともなれば」
雨足が強まり、黒い雲が降りて浮遊都市を包み込み始めた頃に召喚獣により空間が凍てつかされた。
雲そのものが檻となりアカモートを空に縫い付ける。
浮遊都市同士をつなぐ道ができたことにより、侵攻部隊がなだれ込むかに思われたが展開された魔力障壁に阻まれてそれを食い止めることとなった。
仕切り直しとなったことで、展開中の部隊は一度アカモートの障壁内へと退避していた。
「どうするんだい? さすがに寝起きで全力はきついよ」
と、口では言いつつもネーベルは使い慣れた杖をくるくると回しながら召喚魔法を使い続けている。呼び出されているのは霧の幽霊と名付けられた召喚兵だ。
簡単に分けると、召喚獣は契約して呼び出す強力な存在。対して召喚兵は術者が魔力によって作り出した幻獣だ、その大半は伝説に語られるものをイメージのベースとしているため似通ったものが多い。
「俺だってきつい。恐らく後数時間は障壁が持つだろうから、白き乙女の本隊を呼んで到着して、それからだ」
「総数七千で常備隊は二千くらいだったかな? なに、休暇中の部隊も呼ぶの?」
「もちろんだ、勝った後の報酬は向こう側から賠償金を当てればなんとか……なるよな?」
「表向きは民間軍事会社だからねぇ。消耗品と各種兵器の使用料、燃料、人員コストに色々かかってくるけど」
言われてレイズが慌てて紙を用意して計算を始める。一応言っておくがここにいるのは、表向き世界最強の魔法士でありPMSC白き乙女のトップだ。実態は張りぼてトップであり、配下(主に女性陣)にこき使われることも多々ある。おまけに複数人と体の関係(やらしい意味+召喚契約含む)まであるちょっとそういうところにだらしない野郎でもある。
「た、たりる、多分たりる」
「僕はお金貸さないからね。セーレとかに貸した分はきっちり清算したけど結局は直接還ってきてないわけだし」
「じゃ、たりなかったら頼む」
「こらそこ勝手に話を進めない」
ゴツンと固い杖の先端で脳天を叩く。
本来は杖の先についている魔石は大事に扱わないといけないのだが、ネーベルのはかなりの強度があるためハンマー代わりにもなっている。追いつめられたときは杖を使った殴打まで行う、殴りウィザードだ。
諸々の費用について話し合いが終わると、二人は凍てついた雲を眺めた。
そこはまるで凍てついた氷の大地と化した凍獄だった。ちょうど雨雲に上から突き刺さる形でアカモートが固定され、タイミングが悪かったのかフリーダムやリベラルの一部も囚われていて、三つの浮遊都市をつなぐ架け橋となっている。
次の戦闘の主戦場となる氷の大地。足場が氷ということもあり双方の手札が制限される。
「具体的にどう攻めるの? 浮遊都市同士の戦争って、基本は制御中枢にジャマー撃ち込んだら終わりでいいんだよね?」
「基本はな。アカモートは魔力制御に機械制御が使われているから簡単には墜ちないが、ほかは魔力を掻き乱すジャマーでやれる。それに制御中枢を無力化してしまえば都市それぞれの支援がなくなるから殲滅も楽になる」
「殲滅って……そこらの戦争じゃ生かして捕えて売り飛ばすなりしてるだろうに」
大抵は男は捕まってセントラやブルグントの暗部に売り飛ばされ、女はその場でより凄惨な目に遭わされることもある。そもそもそんな手間を惜しんでその場で殺害されることのほうが多いが。
「そーだよなぁ……条約云々は形だけだもんなぁ」
一応その辺の条約も決められてはいる。どこも守らないので形だけになっているが。
「一つ思うんだけどさ、白き乙女ってほとんど女性じゃないか」
「それで?」
「捕まった時危なくない? とくに月姫小隊とか美少女揃いだし」
そう言われてレイズは考えてみた。
仮にもし自分が誰かを捕まえたとして、ジャマーをものともせずに魔法を使える彼女たちに殺されるビジョンが浮かんだ。
「……大丈夫だろ」
むしろその危険性を知らない敵が、捕まえたつもりで基地まで連れて行って皆殺しにされないか心配になる。所属の大半が見た目二十歳以下、生きてきた年数で言うと最低でも今までのループの回数をかけたものになるので二百は超えている。
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数時間後。
各地に派遣されていた白き乙女の部隊と休暇中の部隊が、アカモートへと攻撃をかける敵性へと総攻撃を開始。補助具を用い高速展開される魔法の数々に加え、浮遊都市を浮かばせるのにも使われる大型動力炉を搭載した二キロメートル級飛行空母・暁から次々と戦術級魔法士たちが飛び立っていった。
その圧倒的戦力は連合軍を押し返し、各浮遊都市へ攻め入るまでに達した。
フリーダムの兵士たちが呼び出す強力な召喚獣たちも、初めのうちは押し返すことに成功するがすぐさま撃破されて魔力の残滓へと消えていく。
内部へと侵入した部隊は制御中枢の掌握に成功、敵性の魔力供給源を絶ち瞬く間に制圧を進めていった。
連合側の奇襲作戦は、連合軍の全滅により失敗するかに思われていた……。
「さて、この結果が見えていた上で仕掛けたのか。それとも数で勝てるなんてバカを考えたのか」
浮遊都市フリーダムの兵士たちの再編成が行われる中で、藍色のフードを目深に被った青年は惨状を眺めていた。傍らには耳を押さえている灰色の髪の少女がいる。こちらはそもそもこういうことにまったく慣れていないので恐怖だろう、酷く震えている。
悲鳴や怒号紛いの報告が行き交い、遠くからは魔法による衝突の音が響いて体を震わせる。そもそもこの場所自体が作戦司令室や兵舎ではなく、路地裏の開けたスペースだ。すでに都市内部はアカモートの部隊に制圧され、都市の各所も白き乙女との交戦で火の手が回っている。
「内部との通信、完全に途絶!」
「召喚部隊がやられた、もう召喚獣はないぞ」
「なんだよやつら。女子供ばっかりのくせして容赦がねえ」
「本隊の方も遅滞防御戦に切り替えて逃げに移ったらしい」
もはや部隊一つがまるまる残っているのはここだけらしい。
名前も知らない隊長の率いる傭兵との混成分隊に割り当てられた青年は、慌ただしく駆け回るフリーダムの兵とは対照的に、路地の入口で壁に背中を預けながら腕を組んでいた。
彼は目を閉じて音を聞いていた。音の反響によって周囲を探るエコーロケーションという能力がある。彼は得意ではないが意識を集中させることである程度はそれを疑似的に行うことができる。
しばらく音を頼りに戦況を探っていると、近づいてくる足音があった。
「こうなることは分かっていたのでは?」
「貴様……フリーダムに助けられたのだから少しはフリーダムのために戦え」
「……なぜ? 頼んでもいないのに勝手に助けて恩を返せと言うのがあなたたちのやり方か?」
「何を……!」
怒鳴ろうとする気を押さえた隊長に変わって、隊員が声を出した。
こんな子供を戦場に放り出して何になる、と。
連合側で戦っているのは殆どが大人だ。見た感じ十八歳以下が混じっているのはブルグントの魔法適性の高い部隊とここにいる青年と少女だけ。対して白き乙女の方は少女ばかりで大人たちがほとんどいない。ところどころからは子供を戦場に送り出す卑劣な傭兵部隊だ、と罵声が飛ばされていた。
「それでは一つ賭けをしようではないか。これから敵の部隊を戦闘続行不能にする。成功したらあなたたちはその凝り固まった固定観念をすべて捨て去るという条件、どうだ」
「その観念とはなんだ」
「子供、女イコール戦場に立つものではないという考えな訳だが」
青年がそう言った途端、近くに砲弾が落ちた。パラパラと建物の残骸が降り注ぎ、魔力稼働式の無線機から声が響く。
『フェンリルだっ! フェンリルまで来やがったもうお終いだ!』
こういう戦いの場に身を置くものならば二人に一人は知っている。わずか二百名弱の正規部隊と傘下に控える多数の人員を用い、金次第でどんなことでもやる傭兵集団。電脳戦、魔法戦、兵器を用いた大規模な戦争介入から裏の要人警護までなんでもお任せあれな恐ろしい者たちだ。
「フェンリルねえ……厄介だな」
青年がぽつりと呟くと、隊長が号令をかけた。
「これより敵陣を突破して撤退中の本隊に合流する。このまま残って死にたいやつはついてくるな」
そして、
「イリーガル、本当にやれるんだろうな」
「もちろん。これでも戦略級魔法士だ」
当たり前のように藍色のフードを被った青年、イリーガルは言う。たくさんのポケットがついたカーゴパンツ、そして膨らんだポケットの上からさらに下げられたレッグポーチ。その中から一枚のカードを引っ張り出す、トランプを二枚縦につなげたような大きさでラミネート加工が施された丈夫なつくりだ。
「こちらの戦力はフリーダムの非公式戦術級が数百名と、同じく非公式戦略級が数名。対してあちらは白き乙女のほとんどに加えてフェンリルとアカモートの騎士団と都市の長。推定だが戦術級が数千に戦略級が最低でも六十程度はいるだろう」
「なっ……」
戦う前から話になっていない。
そもそも戦略級は一つの戦場に複数人もほいほい出てくるようなものではない。
「ついでに国際指名手配の白い悪魔とやらがあちらにはいるらしいではないか」
こちらは誰もが知っている。噂される年齢は優に千を超えて、単独で一国の軍とやりあえるなどというふざけた噂がまかり通っているほどの脅威だ。実際に遭遇して全滅どころか殲滅された部隊も数多くあるらしい。中にはセントラの機甲師団がまるまる溶かされたなんていう話まであるのだ。
「確か、あれは戦略級ではなく災害級だったか。これから戦うが余波で死ぬなんて間抜けはしないよな」
その場にいた兵士たちは「こいつ口から出まかせ言ってるんだ、絶対そうだそうでなければ困る」といった表情で固まっていた。フリーダムらしく軍服なんてもので統率されず、思い思いの服装にそれぞれの獲物を持ったままの姿は市民に武器を持たせて絶望を突きつけたようにも見えた。
「では、始めようか。雑魚らしく往生際の悪い足掻きを」
イリーガルは怯える少女を連れて路地の外へと歩き、指に挟んだカードを空に投げた。