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第二十五話 - ある意味平和なサイド/1

 彼女の思考回路は完全に狂っている。いや、表面上はとても"普通"で見えないところで、そして"命令"というワードが出てきたときだけ、というべきか。彼の命令に対しては絶対服従であり疑いを持ちはするが逆らおうとは絶対にしない。それが正しいことだと絶対的に信じ切っており、そしてそうなるように隷属の術をかけたのが彼だ。例え命令が自害しろであったとしても、性処理のための道具になれであったとしても、それが彼の命令であれば嬉々として受け入れるだろう。そう、"命令"というワードが含まれていれば、思考回路が完全に狂った状態へとシフトするのだ。


 ---


 朝、目が覚めたスコールは隣で寝ているウィステリアを見る。

 昨晩、珍しく蛇女(毎度特製媚薬を使って騒ぎを起こすためスコールは嫌っている)から生牡蠣と人参とレモンが届き、どうせが魔法薬(媚薬)が盛られているだろうということで焼却処分しようとした……ところまでは覚えている。その後なにがどうなったのか焼き牡蠣、牡蠣シチュー、牡蠣グラタン、人参のスープ、レモネード、エトセトラエトセトラをすることになった。

 そして気付けばなぜか「まぐわいの順番わぁ、きょーわぁ、ウィスちゃんですから」と言われ、なぜか今に至る。いつもまぐわいだなんだと言われ、いつもいつもベッドの上でいかがわしいことをしている訳ではない。実際は人間湯たんぽとして一緒に寝ているだけ。

 しかしながら……。今回はそれを完全に特定の方向に誤解したウィステリアだった。


「…………、なんでこうなった」


 隣では淡く青みを帯びた薄い藤色をした髪の美少女が、パンティーだけというあられもない姿で枕に横向きに眠っている。安心しきった、まるで警戒心の無い無防備な寝顔だ。

 スコールはとりあえずむわっとした布団の湿気に嫌悪感を覚えながら、さっさと洗濯して干してしまおうと考えている。昨晩色々とやりすぎたこともあってか、枕元の時計に目をやるともうお昼の二時間前。

 いくらなんでも食後すぐに焼きを入れに行ったのが疲れの原因になっていることはよく分かっている。PMCの本拠地に殴り込みをして単独で蛇女ことウェイルンを締め上げてきたのが。そしてその後の何連続か覚えていない行為が。


「…………、」


 こう、なんていうのだろうか、やった後で急に冷静になるあの状態。

 もう少し隠密にやれたような気がしてならない。エアダクトから忍び込んでいった方が良かったのではないか。客のフリをして入っていった方が良かったのではないか。

 とりあえず考えても無駄なので思考を放棄して起き上がる。

 布団がめくれると、隠れていたウィステリアの裸体が現れる。元が天使ということもあってか身体つきはとても綺麗だ。胸は大きいとは言えないが、ちょうど手に収まるサイズ。

 蠱惑的な絵。しかしスコールのナニが反応を示すことはない。

 求められたならば相手をするが、自分から仕掛けることはない。あるとすれば性魔術などでやむを得ない場合のみだ。……そんなこんなで襲ってくる彼女たちはどうかと思うのだが。

 ベッドから下りて大きく背伸びをすると、ウィステリアが朝の寒さに身じろぎをしてきゅっと体を縮める。起こさないように布団を掛け直し、着替えると下に降りていく。


「PE4を百キロと信管を百五十くれ」


 下ではハンス商会と取引をしている者たちが。

 主に食料と戦闘用物資。あとはお金が余れば嗜好品。


「ハンス、このところどうだ?」

「どう、と言われてもな……。あちらではすでに一週間ほどたっとるが、お前さんらが起爆剤になったのか浮遊都市同士の衝突が激化しよるぞ。儂らは儲かるがそれでええが、お前さんらはどうじゃ?」

「ま、やることをやるだけだ。まずは漣をこの世界から切り離す、その後は適当に」

「そうかい。まあぁ、死なんといてくれ。取引相手と経路がなくなるのは困るでのう」

「あーはいはい、死にゃあしねえって」


 金の入った封筒を渡し、釣りの確認はしない。

 庭におかれた大量の危険物をそれぞれが地下に運び込み、食料を冷蔵庫に入れる。宅配物も確認するが、今日は何もないとのこと。


「さて、と」


 久々に男性比率が高くなったが、またすぐにそれぞれ行動を開始するため変に女性比率が高くなる。


「簡単に報告を」

「九界でベインの勢力が大きくなり始めている。エスペランサも集結して随分と殺気立っているから始まるな」

「ヴァルゴはアカモート騎士団に。それと睦月とシャルティがいつも通り行方不明、ほかの隊長格はロスト」

「月姫も確認した限りは大半がロスト」

「ブルグントとセントラの戦争は再び拮抗状態。セントラ各所で五十メートル級、百メートル級のヴェセルが配備され始めている」

「白月がレイズを沈めたのを見ていたらしく仕掛けてきた。返り討ちにしたが再び来るだろう」

「紅月についてだが、恐らくアキトのつながりでエスペランサ側に合流する可能性あり」

「確率の収束で発生した存在はレイアに撃破された模様」

「こんなところか? 他の連中の消息は不明だが死んじゃいないだろうからほうっておけ。外の連中が仕込んだ術式の破壊と連中を引き寄せることを目標に。以上」

「一つ、オブサーバーを撃破、捕獲した場合は」

「ここまで引き摺ってこい。首輪アンカーつけて帰れなくしてやる」


 皆が皆おなじ服装、一言で表すならば黒一色で出発していく。

 庭に設置されたポータルクリスタルに触れて次々と転移して消える。

 これが彼らの日常。必要以上の会話はなく、互いを信頼し合う訳でもない。ただ互いが使って使われる駒という関係であり、必要であるから敵対しないだけであり、そこに理由があれば殺し合いを辞さない。

 ただ、この中で通常戦闘に限って最も強い者がイリーガルであり、束になったところで勝てないために若干従っているに過ぎない。


「さて、どうしようかね」


 ソファーに寝転がるイリーガル。服装はお早うからお買い物、激しい戦闘、お休みまでどこでも通用しそうなジャージだ。黒をベースに藍色の線が入っている。


「今は待ちだろ。とくにやることもない上に、連中が仕掛けてきそうな感じでもない」


 スコールが答えながら、お出掛けしたいと訴える視線の漣を指さす。


「暇になるな……………………」

「…………、」


 スコールが無言でお出掛けしたいと訴える視線の漣を指さす。


「…………、」


 スコールが無言でお出掛けしたいと訴える視線の漣を指さし続ける。


「…………、」

「護衛対象にストレスを与えて体調を悪くさせるのは」

「だぁぁぁぁっ! もうっ」


 ソファーから飛び起きると、


「そんなに外出したいのならばしようではないか!」

「やたっ!」

「……単純なやつめ」


 漣を連れて出かける準備に行く。

 部屋に残された二人、スコールとキモオタ風味……もといウォルラス。いつもパソコンの前に座り、必要最低限の動きしかしない。


「…………、」

「…………、」

「……お前、いつまでそれ着てるつもりだ」

「……そろそろ洗うか」


 その場で服を脱ぐと、ファスナーが見える。ファスナーを下ろすと着ぐるみのように"分厚い脂肪"の形をしたものから出る。頭も何かゴムでできたものを被っていたようで、脱ぐ。

 全くの別人。

 それをもって洗濯のためにウォルラスが動くと、スコールも布団を思い出して動く。

 二階に上がるとちょうど部屋から出てきたミラに鉢合わせする。

 ヘソだしのタンクトップにスウェットのショートパンツというラフすぎる格好だ。


「ダーリン昨日はすんごい声がしてたねぇ~」

「黙れ」

「あんなの聞かせられたらぁ~あたしもしたくなっちゃうんだけどぉ~」


 鬱陶しいが払いのけたところで無駄なのは分かっている。

 ユキやフェネたちがいなくなったことで多少静かになったかと思えば、べったりと引っ付いてくる一番厄介な者が残っている。こいつとだけは何があっても離れられない。


「ねぇだーりぃーん」

「…………、」


 殴って黙らせてもいいが、それをすると夜襲しかえしを受けるのでしない。

 片腕に絡みつかれながら自室のドアを開けると、ちょうど身だしなみを整える途中のウィステリアの姿があった。


「あっ、えと、ごめんね」

「構わないが」


 いくら部屋に居座られたところで邪魔にならなければ。着替えを見たことへの謝罪と罪悪感はない。

 赤い染みの残るシーツをはいで、布団と一緒にまとめていく。マットレスを運ぶのが少々大変だがそれだけだ。


「しかしまあ」

「ねぇねぇどーだった? ダーリンとやってるとすごいでしょ、ねえ? それにあの声って演技なんかじゃないよねぇ? ね?」


 ウィステリアに詰め寄るミラを見て、スコールはガムテームと麻紐を手に背後から襲い掛かった。首に手を掛けて絞めながら引き寄せるとガムテープで口を塞ぎ、足を掛けて倒し、うつ伏せにして背中で手を組ませて縛り上げる。夜襲はトラップで対応しよう。


「とりあえずお前は控えるように」

「んーっ! んんーっ!!」


 なおも騒ぐので腕と足をつなげて輪っか状にしてみる。背中が反り返ってかなり苦しそうだ。


「や、やりすぎじゃない?」

「いいんだよこいつはこれで」


 着替え終わったウィステリアに軽い方を持たせ、自分はマットレスを持ち上げると洗濯機が置いてある場所へと向かう。

 赤い染みに漂白剤を掛けて洗濯機に放り込むと後は自動で。

 やることを終えてリビングに戻ると、ちょうどイリーガルたちが出発するところだった。


「海までテキトーに散歩してくる」


 と、言いつつ戦闘用に動きやすく且つ街中でも不自然ではない服装で、背中には棍を抱えている。雰囲気ぶち壊しになることは確定だろう。


「そっちは媚薬が抜けきっていないだろう?」

「…………」


 やけに距離が近く、頬が薄く上気しているウィステリアを見て、


「だな」


 大丈夫だろうかと少々不安になるスコールだ。何かの拍子に妙な誤解が生まれると厄介なのだ。レイズを相手にした際は単なるからかい(で済まないがその)程度だが、女子を相手にした場合は色々と困る。


「ん、どっかいくの?」


 レイが二階から下りてくる。散々行方不明になっておきながら最近はずっとここを拠点として活動している。


「海まで散歩だ。来るか?」

「いや、いい。そんな気分じゃないし」

「そうか。じゃあ行こう、漣」

「うん! 二人きりってなんかデートって感じだね」

「お前は身の危険を感じたりしないのか……?」

「え? だってレイジ君そんなことしないでしょ? するんならいつだって襲えてたじゃない」

「…………。いや、女として男を疑うのは自己防衛の基本だと思うのだが」

「ん~、でもレイジ君ってそういうことしないよね?」

「はいはいしませんよ」


 二人が出発するといよいよ家の中は静かになる。

 スコールは一人リビングで紙と製図道具を使って術札を書き始める。一度でも書いてしまえば後はプリンターで量産可能であるため、使い尽くさないようにしておけばいくらでも用意できる。

 256の黄昏の領域での決戦じみた戦いではタトゥーシールにして分からないほどの薄さで指先に貼り付けるなんて言うトリックまで使ったが、刻印型を体に使うと制御術式を組み込んでおかないと常に魔力を吸われるため危険だった。適当にでまかせでそれっぽいことを言ったが、レイズがどう誤解したかなんていうのはどうでもいい。


「なに作ってるの?」


 ウィステリアが背中側から手を回してしなだれかかってくる。そしてわざとらしく胸のふくらみを押し付けてくる。


「複合術札」


 スコールはそれを気にせず答え、作業に意識を向ける。


「なにそれ?」


 そしてレイも向かい側に座って身を乗り出してくる。こちらは位置的に首周りから中の桜色が見える。


「いままでに使っていた術札も一枚で複数の魔法を発動していた」

「……? 単発じゃなかった?」

「あの頃……あの世界の魔法の基礎を分かっているか? 単純に発火させただけならそこで火が弾けて消えるだけだ。消えないように詠唱し続けるか、そこに空気中の酸素や水素を引き寄せるかしつつ移動魔法とかで飛ばしているんだぞ」

「あ、そだっけ?」

「これだから力技で見かけ上おなじ現象を引き起こすやつは……。まあ一般的にそのワンセットで魔法と呼ぶが。その工程一個の場合もそれはそれで魔法だが」

「むぅ、だったら別にいいじゃん! 力押しで魔法使っても、ね! ウィス」

「そう言われても……私は防御系統がメインだから、そういうのは紅月に……」


 だんだんと声がフェードアウトする。

 今頃どうしているのだろうかと思う。白き乙女の基地でマジックナイフ(血糊+複製召喚仕込み)で刺され、勘違いによるショック症状で倒れて成り行きでここに来て。それ以来何もわからない。


「なんか来たな……」

「?」

「なにが?」

「結界の外に誰かいる」


 ウィステリアの手をのけると、壁に立てかけてあった神力結晶(他の面子の私物)を持って裸足のまま外に出ていく。

 そして結界を越えて目にした者は――



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