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第二十四話 - 敵対する仲間たち/4

 クロードは狼谷少佐にコールする。


『狼谷少佐、あんたの息子が学費で困ってますよ』

『ぬぁにぃ? いますぐ口座を教えろ、卒業までに必要な額全部振り込んでやる』

「と、言っているが?」

「なんだよ……! 母さんが死んだ日にも帰ってこなくて、桜都が爆撃受けた日にもいなかったくせに!」

『少佐、とりあえず後で向かわせます。親子でゆっくり話してください』

『…………まあ、なんだ、顔を合わせるのが』

『長年合っていないからと言って親と子で恥ずかしがってどうするんですか、他人でもあるまいし。俺みたいに家族が誰もいないなんて状況じゃないんです、お互い話せるうちに話しておいた方がいいですよ』

『チッ、ガキに言われちゃしゃあねえな』


 通話を終了したクロードは狼谷に話しかけようとして、狼谷が別の方を見ているのに気付く。

 つられて目を向けると、


「なあ、あいつらだんだん近づいて来てないか?」

「確かに……って逃げないと巻き込まれるぞ!」

「くそっ、ここ外縁の微妙なラインにシフト妨害展開されてやがる!」

「ストレージに梯子かなにかないのかよ!?」

「ある訳ないだろ! 拳銃と手榴弾だけだぞ!? お前はっ」

「ナイフばっかりだ」

「お前は戦場にナイフを売りに来ているのかバカ野郎!」

「なんか前にも誰かに言われた覚えがあるなチクショウ!」


 こんな様子でバカ二人は死にもの狂いで数キロほど階段を見つけるまで走ったのだった。


 ---


 眩しいほどによく晴れた空。ところどころで閃光が瞬くのは魔法の撃ち合いか。

 破壊された都市の残骸や撃墜されたVTOLが降り注いでくる危険な海面に背中を預け、ほとんど水没状態で顔を少しだけ出してレイズは浮かんでいた。


 なぜレイアの模倣体があちら側にいた? 

 なぜ召喚してもいないのにイリーガルは模倣体を従えていた?

 なぜヴァルゴを買い取った浮遊都市に近づけさせまいと攻撃してきた?


 知らないが故の推測は意味の無いことばかりを生み出す。

 これからどうするべきか。

 今の自分ではあの存在に勝てない。

 スコールやイリーガルはやることは無茶苦茶だが、その中には分からないほどに細いが絶対に曲げられない"芯"がある。根から腐ったクソ野郎であることに変わりはないが、それでもどこかに妙な優しさがある。

 クロードにはヴァレフォルを殺すという変わらない思いがある。

 霧崎には失ったものを取り戻すという思いが。

 狼谷には取り戻した"今"を護り生き抜くという思いが。

 白き乙女にいた者たちにも、それぞれの曲げられない思いがあっただろう。

 それを思うと自分にそれはあるか?


 最初、取り返しのつかない魔術を使って世界を改変したのは、仲間を死の運命から遠ざける為だった。


 それがすべての始まりだったのかもしれない。すべてを考えていけばもっと前に始まりはあったのかもしれない。

 だが、思えば世界を改変しすぎてしまって始まりの形が分からなくなった。もとに戻すことができず、記憶の中にある姿を一生懸命に世界に組み込んだところでどこかが違う。

 あの改変が終わりの見えない繰り返しを始めたのだろうか。

 メティサーナと出会ったことで、偶然スコールを召喚してしまったのだろうか。

 それとも、あの観測者とやらにすべてを仕組まれていたのだろうか。


 最初は誰かを助けたいと思った。

 いつしかそれは障害を排除するに切り替わっていた。

 気付けば敵を殺すことばかりに執着していた。


 護るために、障害を排除するために、敵を殺す。

 障害を排除するために、敵を殺す。

 敵を殺す。


 いつの間にか変わりすぎていて……。

 今の自分はどうだ?

 護るため、傷つけないためと言い訳して、傷つけて遠ざけて、それでいて自分勝手に助けようとして失敗して。

 ネーベルにバカと言われたことが分からないでもない。いつかのスコールと同じだ。

 最初から関係を持たないことで誰も傷つけず、気付かないところから手を回して気付かせずに終わらせる。それでいいのではないか、なんて思えない。

 やはり、すべての悲劇に自分が関わっていたいとまでは思わないが、共にいることでなんとかなるのならば……。


「……あ」


 ふと影が落ちたことで意識を現実に戻してみれば、今更どうこうしたところで避けようのない落下物があった。城壁をそのまま切り落としたかのような長大な落下物。


「……確かあれって耐魔障壁だったような」


 つまるところ魔法攻撃によるダメージは大幅に減衰されるということ。


「……ダメもとで逃げるか」


 レイズはそのまま海面に立ち上がると、表面張力と加速と重力を増幅させる魔法を同時発動して全力で走った。一歩ごとに再展開しなければならないが、この程度の魔法は苦にならない。

 それよりも落ちてくる壁の中心から離れておかないと一緒に海の底まで落ちて、水圧でなにもできなくなる。それだけは御免なのだ。


「間に、合え……っ!」


 あと五十メートル。

 その距離で長大な壁に押された空気の圧で押し出された。ギリギリのタイミングで海面に壁が落ちる。

 そしてまだ終わらない。


「存外復帰が早いな」


 海原に立つ何者かがいた。


「誰だお前?」

「それよりも先にあちらを助けるべきではないのか」


 指差される先には意識を失い落下してくる紅月の姿があった。

 あのまま海面に激突しては命が危うい。


「くそっ!」


 転移系魔法で引き寄せるには遠すぎ、またジャマーや魔法を妨害する物質の破片が降り注ぐために飛び込んでいくことも危険。


「障壁で包み込み斥力場を展開」

「的確なアドバイスありがとよっ!」


 イラつきながらも、乱暴に魔法を使う。そこらの一般的な魔法士であれば間違いなく魔力欠乏で気絶するような無茶だ。

 紅月の落下が緩やかになり、とりあえず安全になったところで真下まで走り、受け止める。

 真上に投擲系爆破魔法を打ち上げて落下物を吹き飛ばすと、紅月の傷を癒して、やりたくはないが精神干渉魔法で無理やり起こす。


「レイズ……様?」

「なんでこんなところに来た? お前はレイアを探しに行ったんじゃなかったのか?」


 ボロボロになった服と、汚れてパサついた髪。落ち着いて休めるような場所がなかったのだろうか。


「そうですが……襲撃を受け、皆、散り散りに……」

「襲撃? 月姫が勢揃いしているのにか」

「……はい。橙月、黒月、水無月、神無月がやられたのは見ました」

「やられたって……死んだのか?」

「恐らく……飛行中にいきなり海から現れた龍に一飲みにされ、同時にシグナルのロストを確認しましたので」

「……そう、か。その龍の見た目は覚えているか?」

「いえ、多数出現しましたので、逃げるのに精一杯で……すみません」

「…………、」


 謝るな、そう言いたいが言ったところでどうにかなるわけでもなく、むしろ言わせて少しでも助けられなかったとか、もっとも攻撃力のある自分が逃げたとかの自責を吐き出させた方がいいかもしれないと思うレイズ。


「そろそろいいか? こちらもやることがある」


 海の上に立つ不審者に視線を戻す。

 魔法を使っている気配はないが、魔力が規則的な流れ方をして魔法を使っているのと同じ状態を作り出している様子が、レイズの"眼"には映っている。詳しく見ようとすれば解析の力そのものを無力化されているのかまったく見えなくなる。


「観測者か?」

「どちらかと言えば観測者たちの世界の側。しかしまあ、どちらでもないのが現状か。一応勢力的な挨拶でいいか? 所属陣営はシミュラクラム、目標は観測者の排除及びスコールの殺害。そちらは所属陣営セインツか?」

「生憎いまはフリーだ。それにしても、そのしみゅらくらむ? だっけか、聞かない名前だな」

「十一の大本の分岐から伸びた世界はそれぞれ数百。今回だけでも257だ。どこかで発生した小さな勢力など知る由がない」

「そりゃそうだが……お前らスコールの巻き戻しで分岐した流れを……?」

「ああ、関わってきた。お前が知らないところでな」


 と、不意に不審者が耳に手を当てる。


「……了解、ウォルラスのほうも終わったか」


 小型の通信機器でも備えているらしく、どこかに返事をしては指示を出して、突然気配が変わる。


「しばらくお相手願おう。その女は避難させた方がいい、少しだけ待ってやる」

「テメエ……」


 いきなり殺気のようなものを向けてきておきながらそういう対応はありなのか?

 それともターゲット以外には被害を出さないためなのか。


「勘違いするな。スコールを殺したうえでお前たちの運命を変えるための手だ」

「チッ、そうかよ……紅、離れていてくれ」

「分かりました。ご武運を」

「ああ、こんなやつに負けたりはしない」


 レイズが拳を打ち合わせると火花が散る。いつの間にか真っ赤なガントレットが装着されている。

 ふらふらしながら飛んで離れていく紅月を確認すると、双方ともがなんの合図もなく戦闘に移行する。


「こちらには通常戦闘用の用意がない、なんでそちらがへますれば最悪へんな所にぶっ飛ぶけどまあそのつもりで」

「はぁ?」


 とりあえず一撃必殺で終わらせるかと、殴りかかった瞬間に秒速およそ三十キロメートルで世界が流れた。


「…………?」


 最初なぜか分からなかった、だが大気圏を突き抜ける頃になって分かった。身体が動かない、絶対座標上に固定されている、と。


「ふっ――――ざけんなぁぁぁぁぁ!!」


 即座に転移魔法を使い、帰還すると同時に今度は顔面に蹴りが。


「ふごっ!」

「さて、どうだったかな停止の極化型の力は。万能型のお前ではまずレジストはできてもその瞬間に防ぐことはできない」

「げふ」


 鼻から血を流し、口の中が切れて血混じりの唾を吐いて。


「現行のルールに魔法の縛りはないはずだ!」

「そっ、ないよそんなもんは。ま、適当に言うけど騙された時はそのときで、なんでそちらが勝手に誤解してくれたらいいな程度に思って仕掛けるからそのつもりで」


 若干イラついたレイズは不審者の足元、海水に干渉して派手に水柱を上げようとした。移動魔法を使い、そしてそれを上回る干渉力、押さえつける力によって魔法という形が現れずに魔力を無駄に使うだけに終わる。


「ま、一つ言っておくと極化型の強みは単一系統のみに限れば最強であるということ、なんで他の系統の高等魔法じゃ太刀打ちできないからそのつもりで」

「だったら魔術なら!」


 無から創り上げる自分だけの術。

 イメージを作り、それを世界に向けて投射する段階で魔力が凍り付いた……ように感じられた。動かない。


「魔法はすでに定義された関数を呼び出す、魔術は関数自体の作成。んな訳だが魔力という共通項は変わらない、なんで魔力自体を相対座標上に固定してしまえばそれまで」


 海の波が止まる。

 その上を走る不審者。

 レイズは魔法も魔術も通じないと分かるとすぐに格闘に思考を切り替える。マーシャルアーツならやれると。

 不審者が懐から拳銃を取り出す。

 "眼"で見てそれが補助具だとはすぐに分かる。構造情報のすべてが頭の中に映りこむ。もとから整備のために分解しやすく作られた上に、自分も使ったことのあるタイプ。内部構造は複雑で短時間で理解するのは不可能、だが外装部分は単純だ。

 思い付きの模倣分解魔法を組み上げ、放つ。

 案の定、銃は不審者の手の中で弾けて散らばった。パーツは海に沈まず、波の間に落ちる。

 相手が構える前に距離を詰め、鳩尾を狙った拳を打つ。

 しかし不審者の方が早かった。

 狙いは腹。

 鳩尾を、身体の一部分ではなく、とにかくあてることを最優先にしたがための差。

 命中と同時に素人同然の衝撃が腹に走る。

 大した威力ではない、が。


「っ!」

「極化型、固定の時点で気を付けるべきだ。例えば殴ろうとしていた体の動きを、腕の関節だけに絞って止めてしまうとメチャクチャ痛いだろう、くくくっ」


 痛い、どころではなく本気で殴ろうとしていた体重移動がそのまま手首にかかったことで折れている。


「そんな訳でまあ、ここで沈むのはお前だ、なんでこの戦闘はお前の負け」


 後ろに引こうとして、固定された手首が激痛を発し、続いて固定された足首からもゴキュッと音が響く。

 動けなくなったところに、頭から順に急所攻撃が連続して叩き込まれ、瞬く間にレイズの体に致命傷と呼べるものが増える。


「がっ、ごぼっ――――――――――!!」


 頭、首、そして喉が潰された時点で苦悶の声を上げることすらも封じられた。


 ---


 レイズの姿が消えたかと思った瞬間、風が吹き荒れ目を閉じる。

 そして目を開けたときには顔面に蹴りを入れられているレイズの姿が見え、そこからあっという間にボコボコにされていく。

 そんな様子を見て紅月は助けに入るという選択肢を選びたくてもできないと悟る。

 いくら白き乙女随一の破壊力を持つとはいえ、止められてしまえば、あてることができなければ意味が無い。


「さて、そんな訳で次の標的は紅月、お前なのだがどうする? 誰かに助けを求めるのならば見逃してやらんでもないぞ」


 凍った川の氷が解けるように、部分的に動き始めた波間に沈んでいくレイズを眺める事しかできなかった彼女の耳によく響いた。


「……誰に、助けを求めろと言うのですか」


 こんなやつに勝てる者に心当たりはない。

 そもそも自分が思うもっとも強い者が撃破された時点で、復讐以前に恐怖の感情が湧き上がってくる。

 身体の奥底から震えている。怖い、早く逃げたい、でもレイズを置いていきたくない。


「そうだねぇ~、ベインとかどうだ? いや、あいつぁ敵だったな……。あーあー、ま、てきとーに白き乙女の枠組みの中でトップクラスにでも泣きつけばぁ? って、もう隊長クラスは全滅だけどなぁ」

「っ、どういうことですか!? あの方たちは戦略級の」

「戦略級だからどしたよ、あぁ? 言ってみんさいな、大丈夫だと思うそのりゆー。向こうさんの通常戦力があんたらの戦略級と同程度だってことなんだがな、その辺分かってないようだな」

「…………、」

「ま、とりあえず現実を見ることだ。まずは"理"から外れるところからやってみな。ヒントは白き乙女の中でいきなり変わった不自然に強い野郎だ」


 言い終わると不審者は消えた。瞬きをする一瞬の間に消えていた。


「……いきなり変わった……不自然に強い?」


 そう言われると、心当たりは二人。

 "万年引き籠もり"と呼ばれた如月隊の青年、霧崎アキト。

 "一般人"として如月隊の所有する如月寮に入寮していた狼谷影秋。

 霧崎は何があっても引き籠もりだったというのに、あのアカモートの襲撃の日に出撃していた。

 狼谷はふと気付けばなぜか仮想空間ですさまじい動きを見せていた。


「彼ら、ですか……」



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