第二十四話 - 敵対する仲間たち/3
白き乙女の基地跡地に展開していた解体業者とその護衛PMCを単独で排除したレイズは、燃え盛る兵器群の合い間を縫って機材の搬出記録をかき集めていた。ほとんどは事前にアカモートの騎士団が押し入って"回収"し、運び出せないモノは"処分"してくれていたようだが、地下に埋められていたクオリアAI・ヴァルゴの"処分"はさすがにできなかったようだ。
重機で掘られた大きく深い穴。そこには四角く何かが抜き出された跡があった。
「くそ、行き先は……アーサーか」
なにやら資料を読み進め行くと売り払った記録まであり、レイズの頭の中で何かがプッツンと切れた。
心をもった人工知能でしかない。しかし生体素子の集まりであり、生命体とも言える。
最初はアカモートで集まったプログラマ集団が遊び半分で起業。アカモートシステムズと名乗り、だんだんと大きくなってアカモートから出ていった。そしていつの間にか大手のAI事業の一部をかっぱらって開発を始め、その中から数体のAIを貸与してもらっている形だ。
しかしそれは形だけ。実際は白き乙女だけの管理AIとして動いている。長い繰り返しの中で、何をどう学習したのか、はたまたインストールされたのか時空を超えた通信を可能にして、スコールの世界全体の"巻き戻し"が行われる前、まだ繰り返しが一桁だったころからずっとサポートしてくれている特別なAI。
好き勝手に弄ばせてなるものか、とレイズは魔法による転移で姿を消した。
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桜都国より南に。
そこに浮かぶ浮遊都市は猛攻撃に曝されていた。
大地に根を伸ばし、地殻ごと空に浮かばせた巨大な都市の中心には湖があり、まるで城塞のように高い壁が外縁を囲む。
「さて、では始めようか」
拠点型VTOLの甲板で雇われ兵士のイリーガルは呑気に言う。
今頃ネット経由でほかの仲間が攻撃を仕掛け始めた頃だ、現実と仮想からの二面作戦。これを凌ぎ切れる訳はない。
基本的に拠点を攻めるには三倍以上の戦力で当たるのがセオリーだが、そんなものを真正面から否定するフェンリルの仮想部隊と現実での実戦部隊、加えて傘下組織とおこぼれを狙って共同戦線を申し出てきた空賊までも混じった混成部隊。
数十万の人口を誇る都市に対してたったの数百人規模で攻勢に出て、ほかの空賊に指示を出して包囲網まで完成させる始末。それも対空砲火のギリギリ届かない位置且つ切れ目がギリギリ出来ない配置でだ。
「さあてそれでは諸君、いつかの借りをきっちりとここで返済してもらおうではないか」
と、目の前に暗い顔をして並んでいるのは浮遊都市フリーダムの戦術級魔法士(仮)だ。例の戦闘の際に逃げたはいいが都市に合流できず、帰るための航空機を買うためにこつこつとお金をためている最中の不幸……。
「こちらの仕事は簡単だ。包囲網の外から近づいてくるやつらを一人残らず撃ち落とすこと。ただでさえ規律だとかいうものがない空賊が混じっている、これ以上に混じると全体の指揮と連携が不可能になるからこれ以上混ぜるな。そして、下手したら撃ち落とすぞと言う脅しでもある。手加減なしに魔力が枯れるまでやれ」
「…………野良魔法士が」
「文句があるか、えぇ? お前たちも今のところ魔法士協会にも傭兵協会にも登録されていない上に、フリーダムは正式な所属証明書を発行していないから野良であることに変わりはない訳だが」
「"も"ってことはあんたもだろ?」
「文句がおありかな? 意気揚々とアカモートに仕掛けてものの見事に全滅した雑魚魔法士の諸君」
変えようのない事実に一切に口ごもる。
目の前にいる戦場であるのに上下ジャージの青年は、若くして自分たちを壊滅寸前に追い込んだ連中を単独で逆に壊滅寸前に追い込んだ猛者である。フリーダムの魔法士たちは自分たちの半分にも年が届かないガキのクセに、と――
「文句があるのなら言ってくれて構わない。召喚魔法の供物として使う用意はできている」
――思うことすらできずにしぶしぶ従わざるを得なかった。
「では始めよう」
無線機に手を掛け、
「こちら異端者。停滞者、無用者、準備はいいな?」
『ワースレス、クリア』
「ステイシスは」
呼びかけても返答がない。
「ステイシス、状況は」
『こちらワースレス。レイズが出た』
「……撃破されたか」
なんとも都合が悪い。
今回の仕事はヴァルゴを取り戻すことだというのに、レイズは何も知らない。最悪フェンリルのほうは元白き乙女と一緒なので奪還中と取ってもらえるだろうが、イリーガルの方は前科があるため問答無用で敵に取られる可能性が高い。それがいくら記憶をなくしていたとしても。心に残るもやもやしたものまでは消せないから。
『いや、レイアクローンだ。ステイシスの転落を確認、恐らくはVTOLを分解された模様』
「あー……なるほどねぇ、カード持ってたか?」
『術札を』
「なら大丈夫だろう……で、クローンの数は?」
『三体。すでにこちらで交戦中、ステイシスにも一体。そちらで残りとレイズを』
「はぁ、まったく……一番の年長者にはいつも重い仕事が来ることで」
イリーガルはカードデッキをぶら下げ、数枚ドローすると風除けのシールドを飛び越えて、酸素ボンベも体圧スーツも何もなしに高高度の青空に身を放り出した。
「早速か」
青い空に光が煌めき、魔弾が飛来する。当たれば容赦なくバラバラにされる魔法の弾丸。
イリーガルはカードをばら撒いて、一枚、風の術を発動してデコイとしてカードの壁を作り上げる。一発で一つのものしか分解できないからこその対抗手段。領域消失を使われようものならばどうしようもないが、あれの使用には少々の時間がかかる。
「こいよクローン。もうスコールのことがないから遠慮なく消すぞ」
「やれるものやればいい、スコールをころさせはしない!」
「あらら、どこからバレたのかは知らないがそれを知られたからには全力で消させてもらうしかないのだが」
クローンが迫り、ライフル型の補助具を向けてくる。あれの射線に入った状態で引き金を引かれると一発でアウトだ。
ただし、
「それの設計図と術式の定義内容はすでに知っている」
引き金に指が掛けられると同時に一枚のカードが布に変わる。
視界を遮るだけの簡単なトリックだが"射線上の一番近いもの"という条件(空気や一定以下の大きさのものは除く)であるため、布に遮られる。
後はこれの繰り返しだ。分解の発動に合わせてカードがある限り延々と"盾"が展開される。
「……っ」
「クローン、一つ聞く。どこで知った? もしくはどうやって知った? 言えば見逃してやる」
「わたしたちはしょうもうひんだよ。しぬことなんてこわくない」
「ではなぜ声が震えているのかな? なぜ身体が怖がっているのかな?」
「…………、」
「言えば、今だけは見逃してやる。もうこちらには無条件にお前たちを助けるなんてことはない訳だが。敵として出てきた場合にはきっちり敵として扱う用意がある」
カードを侍らせ、いつでも攻撃できるように構えるイリーガル。かつては裏で様々なサポートをしてくれた、表の誰も知らない仲間。
「どうする? 回答の制限時間はレイズが来るまでだ」
「…………ぅ」
「言いたくないのならそれでいい。だが、お前たちはお前たちのネットワークですべての記憶と経験が共有される。そう、死ぬ恐怖も体を冒される嫌悪も。いつかその情報量の多さに耐えられなくなるぞ、レイアが」
「…………ヴァルゴをハックしたオリジナルのきおくから」
「それともう一つ、答えなくてもいいが誰に召喚された?」
「わからない」
今度は詰まりながらではなくすぐに答えが出た。
「きづいたらそんざいしていた」
「なるほど……つまりは観測者どもの認識可能範囲外ね。だったらお前は消さない、存在しているだけでやつらに対する切り札になり得る。そう、メティサーナが呪いを掛けてまで自らの力を分け与えた者たちのように……」
イリーガルがカードをドローして、飛行魔法の上書きを行う。
自分で詠唱できない分、長時間効果を維持するにはそれなりの素材を使わないといけないがコストと生産の問題がある。
「それってどういうこと?」
「その回答はまた後で。まずはあれの相手が先だ、ヴァルゴを取り戻す作戦を掻き乱される訳にはいかない」
超高速で白い光が迫る。それが何なのか直接見なくてもレイズだとは分かる。
こんなところに来るフリーランスの魔法士なんてあれ以外にいる訳がない。
「救世主がいないことを前提に組んだプランだ。今更来たところでそれは、彼らにとって作戦そのものを破綻させる要因以外のなにものでもない」
一枚カードを引くと、魔力を流す。
パチパチと弾けるような光を伴って、一振りの剣が顕現する。勝利の剣とも呼ばれるそれはレーヴァテインと呼ばれたこともあったとか。しかしまあ、ここにあるのはそのレプリカだが。
「レイズをたおしたらこたえてくれるの?」
「そのつもりではある。そしてまあ、そのスコールを殺すとかいうことの誤解も解いておきたい訳だが。やはり同一名が複数存在すると不要な誤解を増やすだけな訳だ」
「え?」
「レイズを落としてから答えようではないか。片手間に何かできるほどの余裕はない」
「……わかった、じゃあいっしょにたたかう」
「はっ?」
「いいから、やろうよ」
「……いいだろう。簡単に落ちてくれるなよ」
向かってくるレイズに対し、前衛イリーガル、後衛クローンで構える。
言葉なんてものは要らない。魔法を扱う者であれば、否、魔法戦の中に身を置く者ならば自然と身に付く攻撃と妨害。
魔法障壁を無力化し、残りが攻撃魔法で仕留める。ブルグントや浮遊都市の教科書にも乗っている、自分たちより相手が少ない場合に有効な戦法だ。……相手が普通の魔法使いならば。
レイズの意識がイリーガルを捉える。
「悪いがここで落ちてくれ」
剣を構え、レイズが殴りかかってくるタイミングに合わせて横に飛ぶ。剣による斬撃が来ると思っていたところにいきなりの回避行動。そしてイリーガルに隠されたクローンの姿、認識外からの連続した術式の破壊攻撃が飛ぶ。
レイズは反射的に回避行動を見せた。恐らくは無意識が絶対的な危険を感じて体を動かしたのだろう、一瞬の遅れもなかった。だがそれでも、弾丸のように飛ぶのではなく対象物に直接作用する魔法を躱すことなどできなかった。
百枚ほど無意識下で展開していた防御障壁が連続して分解される。それはほんの数秒の間真っ黒な膜に覆われているようにも見えた。
「なんで模倣体がそっちにいる!?」
「ごめんね、オリジナルがきめたことだからあなたはてきなの。だから、いまはさよなら」
トリガーが引かれる。
レイズの胸に焼け付くような痛みが走り、血が溢れだした。
12.7粍の穴。使用する補助具はもともと装甲車や戦闘ヘリに損傷を与えるためのスナイパーライフルの口径だ。射出するのは弾丸ではなく魔法、銃身の内部には三つの素子が埋め込まれ、対象を立体的に捕捉するようになっている。
「……っ、お前」
「クローン、やれ」
回復用の魔法を発動しようとしたレイズに対し、さらに分解をぶつける。飛行魔法が解体され、身体を包み込む魔力と神力が霧散し、身体を構成する物質が完全分解されて消失する。
「ジ・エンド」
仕上げにイリーガルが特殊な術をこめたカードを投げる。
これでしばらくの間はこの付近に接近することができない。
「それでまあ、立て続けで悪いがアレも頼もうか。なんで紅月がこちらに来ているのかは知らないが」
「おとしたらおしえてくれる?」
「落とすより、落ち着いて話せる状況になったら」
「わかった」
レイズの反応を追いかけてきた紅月は、訳の分からない内に障壁を砕かれ飛行魔法を破壊され、神経を直接切断するというえげつない分解方法で激痛にさらされて意識を失い落ちてゆく。
「さてと」
無線機に手を掛ける。
「状況」
その一言ですぐに返答が来る。
『ワースレス、クリア』
『ステイシス、クリア』
「オーケー。フェンリル本隊へ、こちらイリーガル。月姫とレイズと模倣体を撃破した、そちらの状況と長距離レーダーに敵影があるか教えてほしいのだが」
『APです。いまのところ周辺のやつらは様子見のためか一定の距離で止まっています。進行状況についてはヴァルゴのコアシステムの切り離しが終わったところです』
「ということはすでに達成したも同然か。楽な仕事だな」
『では最後に撤収時の殿を要求します』
「……厄介な仕事を。聞いての通りだ、いいな?」
『了解』
『了解』
無線機を腰に掛け、
「これが終わったら話し合いの時間を作ろうか」
イリーガルは浮遊都市に向かう。
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仮想空間ではすでに決着が付きつつあった。
アーサーシステムズの防衛部隊に対し、いきなり反転した傭兵が攻撃を仕掛けたことにより戦線が崩壊。都市構造体への侵入を拒む隔壁にも穴が開き、侵攻部隊が続々と突入している。
「終わったな、これは」
クロードは騎士団所属の機体、ケイとボールスを戦闘不能にしてアンノウンとレイアの戦闘を眺めていた。飛びつかれてもろとも海に落下した後、死にもの狂いで逃げたためにびしょ濡れだ。
もはやついていける速度域ではない。瞬間的なブーストで見るからに大爆発が起こっているように見えるが、解析アプリを使ってみれば温度やその他の情報から判断するに、瞬間的にプラズマを放出しているのだ。
もうこれだけで回避と同時に攻撃が成立するのだが、彼女たちはそれを純粋に回避と高速移動としてしか使っていない。ドリフトターンを決めて背後に回ったかと思えばその瞬間にはすでに相手が上を取っていたり、上を取ったかと思えば離れたところから射撃体勢に入っていたりと、ついて行ける戦闘ではない。
「なあ、あれって耐G装備してないよな?」
「してないな。狼谷、お前ならできるか?」
「無茶いうな、身体がバラバラになる」
量子兵器を容赦なくぶっ放し、様々な方向から自立浮遊ブレードで切り付けるアンノウンに対して、レイアは最小限のビットだけを操って(それでも常人の処理能力では不可能な数で)ブレードの軌道に干渉し、海面に打ち込んで水柱を上げて量子兵器の攻撃を拡散させている。
「ああいう戦い方するとすぐに赤字だよな」
「確かにな。とくに遠距離系の武装は使用料が……」
「それ思うとあいつらの使用料ってどこに請求されるんだろうか」
「言われてみると不思議だな」
遠くから眺めると瞬きの度に位置が変わって、何もない空中に青色の大爆発が起こっているようにしか見えない。
「てかそれよりも今回の報酬はどうなる?」
「さあ? 排除対象は逃げたし、構造体の制圧報酬がはいんじゃねえか?」
「だったらいいが。あぁ、学費が……」
「お前は親父に頼れよ」
「できるか!」
「なんなら俺から頼んでやるよ」
と、クロードは狼谷少佐にコールする。
大佐から少佐に下がってはいるが、それなりに収入はあるだろう。




