第二十四話 - 敵対する仲間たち/2
もうすぐ橋の上に差し掛かるところで、クロードは追加パックをパージする。切り離されたブースターは空中分解し、燃料タンクに引火しながら勢いよく飛んでいく。
『狼谷、お前の機体は相変わらず飛行できないのか』
『当たり前だ軽量機だぞ。お前みたいな出所不明機とは違う』
『一応はレイアが途中で捨てた機体なんだがな』
『つまり廃棄予定のゴミだったと』
『おまっ』
『来る! エンゲージ! 俺たちでアキトを抑えるぞ』
『チッ、了解。フィーア、上空から砲撃頼むぞ』
『おっけー』
『三人がかりだ、核シェルター以上の強度があろうが釘づけにはできるだろ』
第二戦線あたりに着弾したブースター爆弾を見ながら橋に着地。勢いそのままにブースターを吹かして突っ走る。
『中尉、後方から砲撃します。タイミングはお知らせしますので巻き込まれないようにしてください』
『クロード、てきとーに撃つから勝手に避けてね』
言われると同時にフィーアの"爆撃"が来た。貫通爆弾なのか分厚い橋を貫いて内部で爆発し、構造体の一部である橋を崩す。
『なんつー威力だよ!』
『狼谷、あれは例外だ、驚くな』
爆炎の中から飛び出てきたラクカラーチャに照準を合わせ、ロックオン。
武装セットからマイクロミサイルのポッドを顕現させ、全弾撃った。黒い軌跡を描いて、白い機体に迫り、ラクカラーチャは回避行動の予兆を見せつつもブースターが動かずに被弾。装甲が弾け飛んだ。
『んっ、なんで効いている?』
『分からないが今のうちに無力化だ』
『砲撃します』
二人が左右に分かれて挟撃しようとしたタイミングで砲撃の合図が来る。左右に避けたため射線はばっちり開いている。
『発射』
カァァン! と装甲がまた一枚弾け飛び、遅れて発射時の爆音が響く。
『もしかしてドローンか?』
『まさか』
気色悪い動きでラクカラーチャが迫る。それでも以前のような速度ではなく、そのまま飛び掛かってくるも見て避けられるほどに、遅い。
『システム・非殺傷モードにシフト。狼谷! どうせだ一気に終わらせるぞ』
『俺だけで十分だ、シオンも手出しするな』
狼谷がブースターを吹かしながらタックルをかます。それだけでラクカラーチャは勢いよく飛び、何度か橋の上でバウンドした後、落ちた。
『…………、』
『…………、』
『命がけの激戦を予想していたんだけど……』
『……フィーア、お前何かしたか?』
『べつに?』
『……なんなんだ』
壊れた橋から下を覗き見ると浸水して機能停止、そのまま水没していく姿が見えた。第三世代機でも飛行用のブースターユニットがない機種は水上戦に向かない。一度浸水してしまえば後はどこまでも沈んでいくだけだ。現実の海と違って仮想の海に底はない。誰かが進む限り、AIがそれに合わせて空間を再現し続けるから……。
『敵戦力、ルージュ・マッドドガーのシグナルロストを確認
敵主戦力、デストロイング・エンジェルの損傷及び後退を確認
フローティングシティ・アーサシステムズ構造体より不明機出現
警戒してください』
クライアントのオペレーターが逐一視界に情報を表示しながら更新し、さらに共有回線を通じてアナウンスをかけてくれる。おかげで味方機のレーダーを通じて統合処理されたマップデータがどんどん鮮明化されていく。
『さよなら、クロード』
『はっ? いきなり何言ってんだよフィーア』
空を見上げると過剰なまでの武装を展開し、相対座標に固定された大量のブースターから青い粒子を発している。
『たぶん、これ無理』
音が消えた。
なにか、なにかがフィーアにぶち当たって、光がブワッ!! と膨らんだ直後、莫大な純白の閃光と鋼鉄の身体をも捻じ曲げるほどの衝撃波が発せられた。
一瞬動きを止め、それを見ていた味方の機体は体をくの字に折れ曲げさせながらノーバウンドで遥か遠くまで薙ぎ払われた。クロードたちは咄嗟に脚部に取り付けられた砲撃用のパイルを打ち込んで耐える。爆心地のほぼ真下にいたクロードたちだけが意識を保っていた。
だから、それが何なのか分かった。
『中尉! ご無事ですか!?』
『シオン、俺なら大丈夫だ。それよりクロード、あれは……』
『白き乙女の最終兵器だな……少しなら知ってるが、どれもこれも戦っていい相手じゃない』
フィーアが消されたことよりも、そこに静かに浮かんでいるその姿に意識が釘づけだ。青色のショートヘア、水色のシャツとクリーム色の半ズボン。身に纏う鎧は死をイメージさせるほどの純白を基調に鮮やかな青色で飾られている。翼のように背後に広がる自立稼働式の砲、自動追尾式の斬機刀の数々、女王蜂を護るように飛び回るビットの群れ。
以前クロードは"PMSC白き乙女"の名の由来となっている"白き乙女"呼ばれる者と交戦したことがある。あの時は冗談抜きに"死んだ"。対抗術式の効かない圧倒的な手数と威力、反応のできない速さとミスリードを誘う動き方に翻弄されて勝てる気がしなかった相手だ。
『ゼロ……なのか?』
『……まだ、たりない。まだたべないと、しょりのうりょくがたりない』
『なにいってやがる……? まさか食ったのか?』
第一世代、第二世代、第三世代、消失世代。すべての世代の間に挟まれた試作世代の能力に、他人を食べてその思考回路を支配、自分の演算能力に追加してしまう悪魔的な機能がある。
仮想戦闘が激化してくるにつれて脳死するものが続出。しかしそれは偽りの死をもって身体が停止した状態。ならばどこも壊れていないのにもう動かない脳を使って強化できないかと、どこかの誰かが作り出した機能らしい。
『お前は誰だ』
『わたし……? れいあ? きさらぎ? いいや……ちがう、わからない。でもいっぱいたべてもっとつよくならないとこわれちゃう』
ゆらりとした動きで謎の模倣体が迫る。武装的に考えれば超大型機だか、エンブレイスに生身で乗って何ができる? そう思いたい状況だ、操作席が剥き出しなのだから一発撃ち込めば終わりそう、だがそんな手が通用しないことは分かり切っている。
『第一戦線ブリッジエリア消失
第二戦線に展開中の方々、こちらの戦力が到着するまで耐えてください』
『無茶いうぜまったく、こうなりゃランク1でも用意してもらわんと割に合わんぞ』
『無法者のランカーが従う訳ないでしょうが』
『てめえら少しはクライアントに――っ!? フェンリルだと!? フェンリル!!』
『いい年した大人が狼少年化してどうする。んなこといってもそんな戦力がくるわ』
『マジでふぇんりぎゃぁぁぁぁぁぁっ――』
通信回線越しによそも大変なことになっているようだと知れるが、こちらとしては目の前のアンノウンをどうするかが大事だ。最悪この場でバイタルフラット……殺される可能性が否定できない。
距離が近くなり、後ろに下がろうにも橋は壊れている。飛び移ることはできるがその場合は狼谷を置いていくことになる。
『狼谷、お前の武装で対応できるか?』
『隔壁とか戦艦クラスを破壊できたんだ、恐らくは』
『なら無理だな。あいつらのエネルギー装甲は核の直撃すら無効化する』
『マジかよ……』
距離が五メートルほどにまで縮まると、アンノウンはふわりと操作席から浮かび上がってクロードに迫る。
「お前は」
「…………、」
じり、と後ろに下がろうとして危うく踏み外しかける。落ちたところで飛行用のブースターとウィングユニットはあるため問題はないが、万が一にも浸水した場合は水底への片道切符が切られてしまう。
「あなたが、欲しい」
触れられると同時に強制的に処理が割り込んでくる。鋼鉄の身体が分解され、もとの体に再構成されていく。
「俺を食うつもりか」
伸ばされる手を見て、触れられるとただじゃすまないと思い咄嗟に腕を掴む。捻りあげるまではしない。
「食べる? ふふっ、そんなのもったいないよ……赤ちゃんが欲しいなぁ、あなたとわたしのかわいいかわいい赤ちゃん」
淫靡な香りを漂わせ、艶めかしい声音で頬を上気させながら誘うそのさまは、サキュバスのように思えた。
「おまっ……いったい誰を食いやがった!?」
昔の記憶を掘り起こせば確か、他人を喰らい、その記憶と性質が自分と混ざり合ってしまった者がいたと覚えている。子を失った者を喰らった者が、いるはずの無い子を探し求めるといったこともあったらしい。
「どーだっていいよぉ、そんなこと」
五十キロ越えのライフルを片手で振り回す怪力で手を払われ、飛び掛かられる。
「ふざけ――――
すぐ後ろは倒れるスペースなどなく数百メートル下の海面に真っ逆さまだ。
――――んなっ!!」
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『イチゴ、霧崎のシグナルが海中にあるぞ』
『大丈夫だ。いま橋脚におりている』
ぷかぁーっと。
水死体……霧崎が浮かび上がってきた。
「死んでないなら動け」
「死んでねえよ!」
「だったら早く上がってこい。やっぱりヴァルゴのサポートなしじゃ処理能力不足だな」
「……このままだと防衛依頼は遂行できないだろ」
「こちらのクライアントはASではなくフェンリルだ。衣食住の提供の対価に仮想空間でのヴァルゴの解放をすることになっている」
「でもだからって」
「最初から裏切ることが前提で防衛隊になるのが嫌か。だったら先にログアウトしていろ、近いうちに如月寮も廃寮になるから荷物整理でもしているといい」
「行き先は自分で見つけろってか。なんの伝手もないこの俺に?」
「そのシェルの操作技術と十五歳以上という条件があれば傭兵としてやっていける。恐らく斡旋協会に顔を出せばすぐに逮捕されるだろうが」
「…………。」
「とりあえず第二フェーズへ移行する。工作班がシステムを書き換え終えたから脱出を支援しつつ管理者権限を奪取、その後ASの構造体からヴァルゴを解放。現実ではすでにフェンリルとRWが交戦距離に入っている」
「どっちが悪者だか……」
「仮想と現実とじゃ契約が違うからなぁ、ヴァルゴを売った桜都も桜都だが……。っと、来たな」
遥か上空に無数の機影が出現する。夥しい数の小型機の中に一機だけ大型機が混じっている。
「あれが……」
「RW側が雇った最高の戦力、ランク1の調停者だ」
「…………。」
「行くぞ霧崎。あちら側とは何の取り決めもない、無差別攻撃に巻き込まれる前に撤収だ」
「りょうか……ぃ?」
上を見上げれば爆音とともに黒をベースに赤で装飾のされた戦闘機が通り過ぎる。
「シルファ!?」
「おおっと。お前の苦手なやつだったな、たかが解体屋のくせにどんだけ数揃えてんだか」
華麗にループを決め、降下しながらいつもの軽量二脚型に変形する。
こいつの武装はシンプルに両手に解体用具とその付け根にチェーンガンだけだ。霧崎の障壁とは滅法相性が悪い。ガリガリと削りながらめり込んでくるため、障壁の再生処理があるべき座標にチェーンソーが重なって再生ができなくなるというはめになる。
「はてさて生身でシェルとやりあうのは自殺行為だな」
イチゴが逃げるために転送プロセスを起動しようとすると、ふと思い出したように言った。
「あ、無差別に転移妨害プロセス張ってたな……」
「ちょっ! えっ、それ俺たちは!?」
「無差別だよ、む・さ・べ・つ。変なところに抜け穴があったら敵が一気に飛んでくるだろう」
「つまり逃げられないということですね、はい」
『お二人さーん、悪いんだけど目ぇ瞑ってて、ねぇっ!』
「「?」」
疑問を抱いた瞬間に青色の軌跡を描きながらビットの群れが飛来し、シルファを取り囲んで全方向から蜂の巣状態にしてしまう。眩い閃光に目がくらむが、とりあえず助かったと言える。
『やほー。ケガないよね?』
「レイアか、こっちは大丈夫だ。それよりお前どこからログインしている? 女性陣が総出で探しに行ってるぞ」
無数の小型ビットを従え、その中央に自作ウィングユニットをつけてふわりと浮かぶ姿は妖精のように見える。ビットが放出して散らす青色の粒子、妖精の翅のような仮想の翼。鳥の翼のように羽が集まっているのではなく、妖精やトンボのような薄い翅のようなものが四枚広がっているものだ。
「ごめーん、それは言えない。そんなことよりちょっとやばそうなやつと一騎打ちするから周りの雑魚を追い払っといてよ」
「お前にとっては雑魚でもこちらにとっては手のかかる敵なんだがなぁ」
「とりあえずお願い。基本構成は量子兵器搭載型とチェーンソーと実弾だけみたいだから」
そう言ってレイアはビットだけを従えて、青い軌跡を残しながら飛んでいく。
その方向はアンノウンがいる方向だ――




