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第二十三話 - レイシス

 ざぁざぁとバケツをひっくり返したよりもひどい土砂降りの雨の中。

 白髪の青年、レイズは何もしたくない、気力がない、生気がないといった様子でどこかの端の下で雨宿りをしていた。いや、ホームレスを満喫していると言った方が正確か。

 光の粒子となって消えたメティサーナ、後には白い宝石が一つ。それが彼女をこの世界に繋ぎ止める最後の希望だとは分かっていた。宝石を自らに同化させ、自分という存在の中に入れて護る。もう失えない。


「…………。」


 車の走り去る音、ほかのホームレスたちの気味が悪いと言った視線。中には襲ってくる者もいた、裏ルートでブルグントの魔法士に売ろうという魂胆らしい。未だに生贄魔法の供物としてアルビニズムの存在は使われているようだ。もちろんすべて返り討ちにしたが。


「…………、」


 あれから何日経ったのだろうか。気力が失せて何もせず、時間の感覚が曖昧になっている。

 起きて、襲われて、撃退して、寝て。

 夜襲されて、起きて、撃退して、寝て。

 何度も繰り返した。

 寝ている時には、メティが消える瞬間、クレスティアの消える瞬間を何度も夢に見た。


 観測者とかち合って、クレスティアの胸に刃が突き出る。

 メティを助けに行って、何一つできずにメティをやられる。


 そして飛び起きる。

 そしてまた寝る。

 そしてまた飛び起きる。

 無駄な繰り返し。しかし何かをするという気力はなく、記憶を押し流すことはできない。

 いままでどれだけ一緒にいたのだろう。もやもやした感情はあったが、失って初めて、言えなくなって初めて、伝えられなくなって初めてそのもやもやが好きという感情だと気づいた。


「…………、」


 哀しさと悔しさで、涙がとめどなくこぼれる。

 あいつらがいなければここまで来ることはなかった。

 だがあいつらがいなければ、ティアもメティも仲間たちとも別れることはなかった。

 力ばかり有って何ができた? 失っただけじゃないのか?

 考えて、無気力になって、思考を放棄して、ただぼーっとして。

 やるべきこと、やらなければならないことはまだたくさんある。あると分かっているのに、気力がない。最初の一手目で躓いた、盛大に失敗した。

 魔法が使えない、それも一般兵を相手にすれば負けてしまうようなやつらに負かされた。

 目の前で大切な者を続けて失った痛みは、レイズの心を砕くには十分すぎた。昔からこうだ、なにかあればうじうじと長く引き摺る。そのくせなにかきっかけさえあれば振り切ってすぐに立ち直る。


「いつまでそうしている気だ?」


 聞きなれた声に顔を上げてみれば、白い髪に赤い瞳の青年が立っていた。

 服装は焼け焦げたぼろぼろの白いシャツと汚れたズボンの上に、白い修道服ローブのようなものを纏っている。レイシス家の者だろう。だが強固な魔術を施されたそのローブも、裾が擦り切れてところどころに斬られたり突かれたりした痕がある。


「…………。」

「まあどうでもいいこととは言わない。俺もレイシス家を敵に回した。親父に刃向って追放の上で召喚兵と分家連中どもに追われている」

「だから……。俺は兄貴より長い間そうしてきたんだぞ」

「お前と俺は違う。お前は当主候補として連れ戻すため、俺は危険因子として排除されるためだ」

「…………、」

「お前の無駄な努力をやめればすぐにでもすべてが手に入る。それを忘れるな」


 青年が立ち去ろうと動く。


「…………。何が、すべてだ……」


 だがその一言に止まる。


「閉じこもってあんな場所で望むものを望むままに? だからなんだ、そんなものは望んじゃいねえ。そこに俺が仲間と呼べるやつらはいねえ」

「で、いまのお前に仲間と呼べる者はいるのか? いないだろ?」

「…………、」

「大人しく本家に戻れ。五つの分家もいまや三つだ、それでもすべてを相手にできるほどの力はある。面倒な戦いに身を投じる必要はない。世継ぎの為といえば分家や本家の娘たちを好きにできる。生活も自分で面倒なことは何一つする必要はない。自分より下の位の者に任せておけば楽ができる」

「…………。だから……そんなものは望んじゃいねえ!!」


 怒鳴り、立ち上がり、兄の胸ぐらを掴んで引き寄せる。

 文句を言って殴り飛ばそう。


「俺は道具じゃない!」


 思い切り殴った。

 魔力も、神力も。どちらも使わずに己の力だけで。


「俺は親父のいいように使われてやる気はねえ。この"力"を気味悪がって捨てたクセに、有用性が分かった途端に戻ってこいだ? ふざけんなよ! 父親も母親もどうでもいい。他の分家の当主共もだ。これ以上俺に執着するなら殺してやるさ!」

「……それで? いまのお前にそんなことができるか? 力の供給と増幅を行っていた者たちとのつながりが消えて、助けてくれる頼もしい仲間もいなくなって、そんな状態でどうしようという?」


 立ち上がった兄、ロイファーに間合いを詰め、再び胸ぐらを掴む。

 腕を引き、突き出す。


「変わらないな」


 だが、当たる直前で止めてしまう。


「昔っからそうだ。感情的になればそうやって動けるのに、なにか失敗があれば、あのときああしていればと悩めばまったくの役立たずだ」

「……っ」


 殴らずに腕をひき、そのまま突き放す。


「ふっ。今のお前にはまだやるべきことがあるだろう。こんなところでうじうじしてんじゃねえよ」

「んなことくらい! …………、分かってる」

「ならさっさといけ! お前はまだ取り戻せる。俺みたいになるなよ」

「ぐっ……分かってらぁ!」


 別世界の、世界樹の上での決戦でレイシス家に刃向い、護りたかった者を失い、仲間を失い、形だけの家族を敵に回し、頼れるものが誰一人としていないロイファー。

 それに比べれば自分はどうだ、と。今一度思い直してみれば、どれほど揃っていることか。どれほど満ちていることか。

 レイズは港へ向けて歩き出した。アカモートの位置は分からないから帰ることはできない。セントラとブルグントは戦争中で行き来はできない。しかし桜都とラバナディアには向かうことができる。

 ならばやることは、ヴァルゴの解放。クオリアをもった人工(A)知能(I)だ、再び使えるようになれば強力な情報プラットホームとして頼りになる。


「単純だな。簡単に落ち込んで簡単に浮かび上がって」


 レイズが立ち去った橋の下。ホームレスとロイファーだけが残るその場所に、追手の足音が響く。


「はぁあ。力がなくなったから頼りに来たが、あれはあのまま行かせるのが正解だろうなぁ」


 このままここで殺されたとして、それで誰かが悲しむわけでもない。


「来いよ、レイシス家。レイズの編み出した魔術(無断使用・不正コピー)で道連れにしてやる!」



第二章開始

タイトルにも書いたレイシスですが、お気づきの方は読み飛ばしてください


RASISです

評価指標のあれです

Reliability

Availability

Serviceability

Integrity

Security


偽物の世界で動く彼らと外から眺める観測者

ある意味、仮想世界、電脳世界的なところで動く彼らですからそういうのもありかと思いこの名前に

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