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第二十二話 - その日・大切な者のために

『戦況報告、北部にて限定的な空間の歪みを観測。そこから所属不明勢力以後"天使"と呼称するが現れている模様。周辺は急速に砂漠化しており、生息する生物は魔物を含めて極端に衰弱、このことから長時間の天使への接触は危険と見られる。また西側海岸に新たな不明勢力を複数確認、注意されたし』


 無線機越しにそれを聞きながら、レイズは砂漠を飛んでいた。

 レイシス家の者がまとう、白地に赤色の刺繍が施された修道服のようなもので日差しを避けながら、わずかな気配を頼りに突き進む。

 両手に光の剣を創りだし、周囲には浮遊銃座とも呼べる迎撃術式を複数展開している。


「雑魚どもが、邪魔をするな!」


 一薙ぎ、瞬間的に伸張する光の剣で扇状に薙ぎ払う。たったの一撃で掠りもせずに天使の集団が消し飛び、巻き起こる風で砂が巻き上げられる。

 今のレイズの頭の中には、取り返しがつくうちにやるべきことを片っ端から終わらせると言うことしかない。その第一にメティサーナを助け出すことが挙げられた。

 障害として立ちはだかるのならば容赦なく排除する。もうここに来るまでにどこから差し向けられた刺客を数えるのが面倒なほど海に沈めてきた。殺してはいないが、出血する怪我を負わせたうえでサメと水棲魔物のいる海域に落としたためどうなっているかは予想できる。

 だだっ広い砂の海を一直線に走る。気配だけを辿れば、何かに乗って移動しているような速度だ。まだあの影に捕らわれているのか、思った瞬間に答えが違うと分かった。

 砂丘の向こう側から影が現れたからだ。

 すでに何者かと交戦した後らしく、ぼろぼろだ。アレに触れることができ、尚且つ損傷を与えることができる時点で"理から外れた者"だと分かる。


「誰だ……? いや、いいか」


 考えても仕方がない、無駄だ。

 レイズは光の剣を影に向け、撃つ。吸い込まれるように正確な誘導で飛んだ剣は、影を貫いて霧散させる。


「ふぅ、スキャン」


 魔力の波動を放ち、跳ね返りを受け止めて周辺状況を走査する。

 返ってくる情報は天使の群れと、機動兵器ヴェセルと、スコールと他二名と、詳細不明が一名。ヴェセルの座標とメティサーナの気配がある座標が一致したため、その中に捕らわれていることをレイズは確信する。そして同時に、そのヴェセルに向けて一直線に近づいていくスコールたちを警戒する。


「やらせるかよ」


 やつらより先にヴェセルを機能停止させ、メティを助け出す。


 ---


 勢いのままに天使を喰らい、敵陣の奥深くまで斬り込んでいたクロードは、新たな命令を受けていた。

 コールサイン・ノブレスオブリージュの救援。

 知ったことか、勝手に突っ込んでいった貴族のぼんぼんが悪いんじゃないか、と完全に命令に従う気はない。適当に苦戦するフリをして、全力で助けに向かいましたが到着した時には手遅れでしたと言おうと決めている。

 どうせ軍の上層部は衛星から戦場全体を眺めて、貴族組が空調設備の効いた部屋から命令を出すだけの現場を知らない連中だ。ジェットの隊長が中佐止まりなのも、どれだけ能力があろうが下賤なものに大きな顔をされたくがないためだ。


「腐ってやがるな」


 軍の上層も、狂った天使も。

 すでに喰わせすぎて右腕の魔装は銃の他、剣や槍といったものにも変形できるようになっている。しかも触れた端から"喰らう"ため、どんなに強固な神力の障壁だろうが、兵器の装甲だろうがお構いなしだ。ついさっきも爆発で飛んできた戦車を一両ほど何の抵抗もなく切断している。


『ピクシーよりジェット、支援を要請する』

『こちらフレイ、深入りしすぎて戻れない』

『クロードだ、座標をくれ』

『貴様ら司令部をとお』

『本隊からの通信を遮断します。以後部隊ネットワーク内のみの通信となります』

『ありがとよリーン』

『全部隊に連絡です、一度第三ラインまで後退してください』

『いつものカン?』

『はい。私たちには何も通達がありませんでしたが、半円を作る形で戦線が下がっています』

『海上から掃射砲撃でもするつもりか……?』

『分かりませんが……』

『こちらビュレットフェアリー、シルフィエッタが取り残された! あのクソども俺たちの退路を護りもしねえで逃げ――』


 ぶつりとノイズと共に通信が切れる。と、同時にクロードはログから居場所を割り出して走り出す。


『ビュレットフェアリー応答してください、ビュレットフェアリー』


 リーンの声が通信回線に響くが、返事はなく、代わりに割り込んでくる通信があった。


『こちらメメント・モリ』


 その声はイリーガル。どうやって専用回線に割り込んでいるのかは分からないが、頼りにはなる。


『ジェット以外の部隊にはすでに撤退指示が出ている。あと八分もあれば魔槍グングニル聖槍ロンギヌスが射撃位置に着く、予測図を送るからリーンの指示で各自退避しろ』

『情報提供、ありがとうございます』

『構わない。それよりそちらのクロード准尉をお借りしたいのだが』

『個人判断に任せます。准尉』

『先にシルフィを助けてからだ!』


 砂の上は思ったよりも走りづらく、ところどころには天使に喰われる兵士の姿がある。担当エリアを飛び出していけば、すでに最前線は崩壊状態だとよく分かる。

 炎上する戦闘車両、数機のヴェセルであっただろう残骸、乾いて茶色くなった血の跡。

 遥か遠くに、蠢く天使の群れの中に開けた空間がある。目に映る情景を第三世代の能力で拡大処理してみれば、たった二人で耐えている様子がうかがえた。


「シルフィ! リンドウ!」


 叫んだところで声は届かない。襲い来る天使を斬り伏せながら、二人の傍に倒れている仲間二人を見る。身体をごっそりと削られ……食い千切られたような傷跡で、死んでいる。


 このまま死なせてなるものか。


 白い悪魔(レイズ)は言った、事実上運命は変えられないと。


 災厄を運ぶ風(スコール)は言った、理から外れた者ならば運命に逆らえると。


 ならば……。


『……仕方がないな、ダメもとで手伝ってやる』


 頭の中に、通信回線を通して囁きが聞こえた。

 砂漠。クロードの背後から強風が迫り、身体を包み込んで浮かび上がらせ、高速で運ぶ。


『現状こちらも交戦中、攻撃術式の支援はできないから、そのつもりで』

『はなから期待してねえよ!』

『ならいい。やってみせろ死神、どうせ変えられないんだ、不可能だと言うことを身をもって知れ』

『…………、』


 ---


「厄介な……」


 砂に加熱と移動魔法をかけてドロドロに溶けた状態で放つ。

 しかし相対する青年は、それを真正面から殴りつけるだけ。それだけで事象の定着しきっていない改変は解除される。ドロドロに溶けたものが砂に戻り、若干の定着を見せた慣性に従って風に流れる。

 邪魔する以上、いきなり砂漠で鉢合わせになった見ず知らずの誰かでも、容赦なく葬り去る気である。

 レイズはぐっと手を握ると、その中に小さな太陽とでもいうべき火焔弾を顕現させた。重装甲兵器の外面を蒸発させ、貫通できるだけの威力は余裕で持っているそれを投げる。

 手を離れた瞬間に亜光速で飛翔した火炎弾は青年にぶち当たり、莫大な衝撃波を散らして周囲一キロ程度を吹き飛ばし、キノコ雲を形づくる。

 それでなお……。


無効化ディスペルの極化型か?」


 煙の向こう側に、レイズの"眼"には立ち尽くす青年が見えていた。

 言い知れぬ恐怖を感じる。そして恐怖ゆえか、レイズはベクトル操作と加速魔法を使った簡単な攻撃を仕掛ける。

 その足が砂を軽く蹴った途端、砂は融けて真っ赤な液体に変わる。そこに加速とベクトルの集束が加わり、恐るべき速度で空気を引き裂く。速度はそこまで速くない、しかし体感的にはレーザー。

 しかし青年は羽虫を払うかのように腕を振るう。それだけで終わる。

 攻撃が効かない。

 青年が身をかがめて走ってくる。

 原因の分からない怖さを感じ、とっさに作れる範囲内での最大出力で光の剣を顕現させながら振り下ろした。キロメートルオーダーの破壊の剣。腕の先、相対座標上に固定して顕現された光。

 青年は身をかがめて、タイミングを合わせて真横から殴った。馬鹿正直に受け止めるのではなく受け流す。


「っ!? グングニル!!」


 最終兵器とも呼べる広域掃射魔法を使う。セントラの軍が使用する衛星兵器と同名、効果も空から地上を掃射すると言う形で同じ。違いはそれが魔法であるか科学であるか。

 そしてこれもまた奇跡的な巡り合わせである、セントラ軍の衛星兵器"槍"とレイズのグングニルが同じタイミングで発動する。

 離れたところに光の槍が突き刺さる。確かあちらはセントラ軍が展開してはずだ。


「くそっ!」


 だがそちらを気にするよりも目の前のことだ。真上に手を掲げ、そこにレイズの精密照準されたグングニルが狂いなく落ちる。その手に触れた瞬間、砕け散り、代わりに白い破片が降り注ぐ。


「なんなんだよお前はっ!?」


 メティを捕えたヴェセルが近い。スコールたちとの距離も近い。

 このまま戦闘を続けたならば不利になる。


「覚えていないか、確率が観測され収束、顕現した負の思考パターン(かんじょう)の集合体だ」

「はっ?」


 そんなことを言われても記憶の中には思い当るものが何もない。


「まあいい、スコールを殺す邪魔はさせない」

「……? お前、何か勘違いしてないか?」


 ---


「諦めろクロード! いま行ったら焼け死ぬだけだ!」

「でもっ、でもシルフィが!」

「もう死んでる! あんなものの直撃で生きている訳がない!」

「でもまだがはっ!?」


 腹にきつい一撃を入れ、腰に掛けた水筒の水をかける。


「いいか、ジェットは"前のループ"でも"あの世界"でも死んだ。死の運命が定着している、変えられないことはないが十数回は繰り返して経験を積む必要があるぞ」

「…………くっ」

「なんだ、もう大人しくなったのか」

「いいよもう。俺の目標はあのクズ野郎を殺すことだ。そのためにここに来た、そのためにあいつらと知り合った、ただの通過地点だこんなもの」

「はぁ……それでいいのか」

「よくねえよ、よくねえけど……いいんだよ……もう……俺だけ残されて……」

「悩むのは後にしろ、行くぞ」


 イリーガルがカードを取り出し、指に挟む。記述された魔法は長距離転移。

 ポッと火が付くと指をはなし、砂の上に落ちると黒色の炎が自身とクロードを包み込む。

 ほんの一瞬。転移した先にはスコールによって破壊されたヴェセルが三機。うち一機は絶賛解体中だ。


「サルベージは」

「アンカーの回収は終わった。後はメティを取り出すだけだ。クロード、お前はどうする気だ?」


 ゼロがマイクロオーダーで装甲や内部の衝撃吸収機構を解体し、スコールが電気回路を素手で引き剥がしていく。お分かりだろうか? こういう大型機械というのは家庭用電源の三倍から四倍の電圧がある。下手に素手で触ろうものならば一発で大事故につながる。


「俺は…………」

『准尉! どこにいるんですか!』

『リーン少尉、ちょっと戦域外に』

『こちらの通信が聞こえていたら大至急第二戦線の六番に向かってください! 隊長が囲まれて大変なんです!』

『少尉?』

『とにかくお願いします、聞こえているのかどうか分かりませんが、私たちの部隊はほとんど全滅で――ッ』

『少尉!? クライム少佐! 応答してください、まだ生きて』


 続きは爆音に掻き消された。

 "槍"の第二射だ。


「あ……あぁ……」

「こりゃ全滅か?」


 スコールが無線機を取り出し、


「メメント・モリ、生き残りを報告しろ」

『こち――メルマ――ちょう、せいぞ――――――』

「ジャミングか」


 ろくな通信ができない。"槍"の攻撃による磁気嵐もあるだろうが、


電離層(Es)だな」

「上空百キロの電離層がなんだってんだよ」


 クロードが聞き返す。手持ちの低出力無線機にとってはそんな距離は関係がない。


「まあどうでもいいさ、説明が面倒だ。っと、これで」


 バギャリッ! 大きな金属板を蹴り落とし、スコールが機体内部に潜り込むと意識を失ったメティサーナを引き摺りだしてくる。


「今のうちにやれ。クロードの呪いはまだ深くまで食い込んでいないはずだ、お前のだけなら解呪できる」

「はぁっ? スコールたちは」

「無理だ」


 砂の上にシートを敷いて、メティを横たえるとスコールはナイフを取り出す。特殊加工のされたものだ。


「これで刺せ」

「……なんか、こういうのは」

「やれるうちにやっておけ。どうせ刺した程度じゃ死なない」

「……っ、分かったよ」


 そしてナイフを突き立てようとした瞬間。

 視界が白に染まった。感覚が消失した。


「死………………?」


 視界は白一色、酷い耳鳴りがする。手を動かそう、動いているのか? 立ち上がろう、足はどこを捉えている?

 分からない、分からない、妙な浮遊感を感じる。


 ---


「やらせるかよ!」


 レイズはクロードたち目掛けて、砂丘の上から精神干渉、移動、加速、爆破、収束、ベクトル反転障壁、広域掃射、そのほかありったけ一気に詠唱キャストしてメティサーナにだけ障壁を張って一思いに殺しにかかった。

 どれかを防げばどれかが防げない。そもそもの量が防げる魔法の量ではない。それでもレイズにとっては確実にやれたという手ごたえがない。この程度で封殺できる程度のやつらならば、ここまで生き残っていないのだから。

 案の定、思った通りだ。藤色の髪をした少女が倒れ、ゼロとスコールとイリーガルは無傷。クロードは吹き飛んだらしく、適当に見回して見つけた影と太陽の方向を考えて空を見上げると、落ちてきていた。


「メティはやらせない!」

「あれほど嫌がっていたくせに、いざこうなると自分の不利益は無視で助けに来るか。救世主メサイア

「ま、どうでもいいのだがこの数相手に勝てるとか思っている時点で愚かだ。ワースレス、レイヴン」


 話をしながらも突っ込んだレイズの背後から、矢が放たれた。その矢は狂いなく脹脛を貫く。

 障壁を多重展開していたはずだ、だがなぜ?


「記憶を壊しておけ、イリーガル」

「あいよ。そういう訳だ、お前は相変わらずだよ、誰も助けられずに忘れていくのさ」


 スコールがメティサーナの胸を突き刺す。

 その瞬間、黒くドロッとした気持ち悪いモノが溢れだす。隷属の呪いで縛り付けた相手につながるナニかだ。縛り付けたのはもう何人になるだろうか。一度でも術を掛けてしまえば、後は白い布についたカレーの染みのようにしつこく、そして気付けば取り返しがつかないほどに広がって、何をしても落ちないほどにこびり付く。


「メティィィィィィィィィッ!!」


 無意識が殺意をくみ取り、攻撃系の魔法をデタラメに弾き出す。

 イリーガルはそれを一つ残らず、なんていうことはせずに、ゼロに任せながら自分を狙ったものだけを奪い取る。頭の中に描き出された魔法の設計図と生の起動状態。いままでに蓄えた経験と魔力操作の知識をフルに使って"頭の中"で"分解"して"再構成"する、そして撃ち出す。


「リリース」


 よく分からない魔法だった。ただ分かるのは、見えないナニかがレイズに喰いついて、身体の制御を失わせたことだ。


「さようなら救世主、また会うことがあるだろう」


 頭を踏まれながら言われ、レイズの瞳は光の粒子になって消えていくメティサーナを捉えていて……。


「あれ? 失敗したかな?」


 なんていうスコールの一言を最後に、記憶破壊を使われた。



157,157文字


第二部の第一章だけで本一冊分に届くかもしれない文字数になっちゃいました。

当初のプロット通りでいくと18万文字くらいいくかな? と思っていたのですが、えっちぃところを削りまくったおかげで消化不良気味ですが少なくなりました。

しかしまあ、登場人物の名前を決めているのですが月姫の名前やっとですよ。


蒼月→ウィステリア


第二章でも数名、出す予定ですがえっちぃところとか洗脳的な表現のところを削るかもしれないので、出ないかもしれません。


それにしても『レ』で始まる名前が多いし、『リア』で終わる名前も多いし……。

絵師さんに頼んだイラストは全然来ないし……。



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