第二十一話 - エンジェリックハザード
セントラ北部。
仮設整備基地が敷かれ、侵攻してくる天使部隊への戦線が構築された場所。
突如として現れた天使たちは狂っていた。大地の力を吸い上げ瞬く間に砂漠化させながら侵攻を続ける。草木は跡形もなくなり、細菌すらも生息していない死の領域。
「通常兵器では有効打を与えらない……って定説がない訳ね、はい」
通常の天使と違いそれほどの力がないからだろう、ロケット砲や戦車砲による攻撃でなんとか退けることはできている。加えて運転試験として投入されたヴェセルも一役買っている。
砂漠を高速で移動し、天使の集団に突っ込んで勢いのままに暴れて離脱、というのを繰り返してかなりの戦果を挙げているのだが、その中でも仮想とは違って"G"が凄まじいため使いこなせるパイロットが少ないという問題がある。とくに瞬間的なブースト回避などした暁にはコックピットが血に染まるだろう。
「どーでもいんだけどさーそういうの。どうするの? アブダクターって無人ヴェセルが無人機に護られて出ちゃってるよ?」
「どーするもこーするも、破壊するに決まってるだろう……あぁめんどくせえ。中佐は壊せって言うし、上層部は多分そんなことさせたくはないだろうし」
クロードは配属された最前線で出撃準備をしつつ、ぐちをこぼす。
結局ログアウトしたあとに直接キャンサー隊に問いかけてみれば、別部隊が造った機体を保管していて、その起動キーも保管していたとのこと。そして一つ箱を受け取っていた。
「てかさ、これなんだよ。このままロッカーに入れとくわけにもいかないし」
「んー、たぶんアテリアルと同系統の不明生物を使った生体兵器じゃない?」
「生体兵器ぃ? まーた面倒なのを」
真っ黒で固い直方体。
それがこの箱に対する第一印象である。
グローブを外して箱を持ち上げてみるが、どこにもスイッチや指を掛ける場所が見当たらない。
「お前の解析で中まで見えないのかよ」
「見えないから断定できないんだってば。なんか色々どろどろして混ざってるもんそれ」
「はぁ……だったらさ、ちょっと分解魔法でバラしてみろよ。中身が分かるかもしれない」
「いぃーそんな気持ち悪いもの分解したくないよ」
「そう言わずに」
「あっ、もしかしたら固い膜みたいなので覆われててその形かもしれないじゃん。下手に分解かけたら中身がどばーとかありそう」
「まさか」
と言って、もう一度よく見てみると無慈悲な異能の力が反応を示し、頭の中に声が響く。
『防護術式認識、解析完了、自動破壊発動』
レイアからフィーアへ、フィーアからクロードへと受け継がれた対魔術用の異能(魔法とはちょっと違う)が勝手に動く。
青い光が箱から飛び散り、表面のナニか……薄い膜のようなものを破壊し尽くしてしまう。
「ッッ!?」
咄嗟に投げ捨てようとしたが遅かった。
バリィッ!! と。
さらに膜のようなものを打ち砕いて中身が飛び出し、フィーアの分解をぶつけられるよりも先にクロードの腕に食らいつく。
明らかに狂った現象だった。箱の体積以上に中身が多い。とめどなくあふれ出て、右腕から右手へ、右肩へと浸食するその黒い粘性をもったナニかは、咀嚼するような動きをしながらクロードに食い込む。
「な、ななんなんなんあ、なんだこれっ!?」
「ちょっと動かないで、今すぐに完全に消失させるから!」
「いや待て、いたたたたたたたっ!」
肉を、骨を、そして神経に食い込んだそれは脳へと。
『外部干渉を感知・排除不能。反撃式生成、起動』
「んぎゃああああああああああああああああああああああああああっ!!」
男らしからぬ叫び声に、同じエリアに配属されていた他の部隊の兵士たちが更衣室に駆け込んでくる。
「なにがあっ――魔物か!?」
「まも……魔物だ! 銃を持ってこい!」
ばたばたと駆け込んでくる兵士たちが銃を構え、クロードに食らいつく真っ黒でスライム的な謎生物に斉射する。しかしすべての弾丸は穴を穿つどころか運動エネルギーもろとも吸い込まれてそれきれだった。
「一体どこからこんなものが侵入した」
「んなことより食われてるぞそこの野郎が」
隊長格が一人入ってきてとんでもないことを言う。
「一人の犠牲で済むのなら焼き払ってしまえ」
「ちょぉぉぉぉっ! 俺まだ生きてますけど!?」
「ジェットだろう。賞金首が死んだところで我々には金が入るだけだ」
「それが目的か!」
魔物に食われて死にました。
その一言で片づけられてしまう。しかもフィーアはいつの間にか女性兵士に危ないからと連れ出されてしまっている。助けはない、ギアがないから重力操作もできない。万事休す。
「は、はははっ、冗談じゃねえぞおい」
プッツンと頭の奥のナニかが切れた。
このまま焼き払われてなるものか。
腕に纏わりついた意味不明モンスターを力任せに振り回して窓を壊し、そこから飛び出る。
『生体データを承認 これよりマスター登録を開始 解除キーを要求』
腕から浸食する何かが大人しくなり、クロードは神様の力でも何でも切り裂ける黒いナイフを取り出して突き刺す。
『解除キーを確認 同調処理を開始』
焼いたゴムのように粘って斬れたものではない。しかも何やら視界にいままでに見たことのある危ない処理ウィンドウが次々と表示されている。身体に埋め込んだ生体機械を書き換えてしまうものだ。
「なんなんだよこれはぁ!?」
一心不乱に突き刺し続けるが、手ごたえがない。自分の腕があるはずの場所を抉るように掻っ捌いても粘液を切るばかり。
「が、あああああああああああああっ」
『武装 認証登録を完了』
最後に凄まじい痛みと共に、嘘のように馴染んだ黒い謎生物が大人しくなる。
「はぁ、はぁ……」
そしてもうなぜか殺す気満々の味方(?)兵士たちが無反動砲やLMGを抱えて迫ってくる始末。
一応のところクロードも軍属でありながら賞金首というなんだかよく分からない状態であるため、いつどこで誰に襲われてもおかしくはない。
しかしまあこの状況。ナイフだけのクロードにフル装備の正規軍の屈強な男性たち。勝てるか?
『中佐、これから交戦します。そこから砲撃してもらえませんか』
『生憎いまは榴散弾しかないが』
『あ、結構です』
さて、飛び道具のある相手にこの手札。どうするか。
「う、動いたらどうなっても知らねえぞ!」
こうする。
クロードは両方のポケットから取り出したグリップの太いナイフを握って兵士たちに向ける。
「怖すぎてあたまんなかお花畑か? やっちまえ」
乾いた破裂音が連続する。
撃ち出される九ミリの弾丸は兵士たちを襲う。
「……ナイフ形拳銃だ」
「「「「…………で?」」」」
さて、再び問題だ。九ミリ程度でしかもこんなものから撃ち出した弾丸でアーマーをノックしてなんの意味がある? そりゃ近距離で撃てば怪我はさせられるが、こんなもので撃てばきちんと飛ぶだけでもいい方だ。
『リーン少尉、確かそっちにシルフィいましたよね? アウトレンジで狙撃してもらえません? 二キロくらいならできたはずですよね』
『すみませんがいま手が離せないようなので』
『さいですか……』
銃口が向けられる。
こうなれば寿命を削ることになるがやるしかない。
昨今のセントラ人は頭の中まで結構、生体機械によって強化されている。ならばオーバークロックという手段もある。やれば発熱と負荷により生体機械が破損、脳の組織も壊れるが死ぬよりはましだ。
「そこまでだ! 貴様ら、それ以上やるならばメメント・モリ隊が相手になろう」
助けが来たか? と振り向けばまずクロードには負けた記憶しかない人物が。
「げっ、イリーガル!?」
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ときは少し戻り。
「よし、死んでこい」
砂漠にゲートを開いて現れた五人。スコール、イリーガル、ミラ、ゼロ、ウィステリア。
ゲートアウトと同時に会敵、イリーガルの開口一番はミラに突撃しろというものだった。
「おっけー」
そしてミラもそれを一つ返事で承諾する。
攻撃対象はたった一人。
「ワースレス……あれも一つの派生か」
「役立たず? ……それにしても、なんか怖いよあの人」
ウィステリアが聞き返す。
「ピーキーだからな。たぶんレイズとかには圧勝するがそこらの一般兵に惨敗する」
「それに、本来その感情は逆であるべきな訳だが」
「どういうこと?」
「お前はスコールの安定に惹かれている。でも安定で言えばワースレスのほうであり、こっちは排除なんだ。ワースレスは極限の安定状態に変える、スコールは不確定因子の排除による安定をもたらすような感じだ」
「でもそれって、どっちも同じような……」
「あぁ、あっちは暴力的なまでの改変だからな」
突っ込んでいったミラに、ワースレスの拳が飛ぶ。
その瞬間、赤色が爆ぜた。
灼熱の砂漠に赤色が混ざる。
「えっ……」
ウィステリアが息を呑むが、男二人は通常運転だ。
「逆算完了、仕込まれた術式は強迫観念の増幅だ」
「さっさと破壊するか。ゼロ、いつも通りに」
「りょーかーい」
背面に三重の魔方陣を広げ、妖精の翅のような形状の魔方陣を追加で展開し、空へと飛びあがる。
「挟み込むぞ」
男二人は駆け出し、
「邪魔になるからそこで見てろ」
そう言ってウィステリアを放置していく。
「え……私も……」
言う前にカードを、術札を取り出した二人は次第に砂の上を駆けるのでなく滑り始める。身体全体に加速の術を掛けているのだ。
あっという間に一人残されたウィステリアはそれを眺めるしかなかった。接敵していく二人、放たれる魔法。そしてワースレスが魔法を殴りつけると砕け散る様子を。
「なに……ディスペル?」
『ウィス、あいつは安定への変化だよ』
新たに掛けられた隷属の魔法。それは術を掛けられた者同士での精神接続を可能としている。レイズの使う精神ネットワークと違い、介入の余地がないガチガチのホワイトリスト制。
ちなみに相変わらずスコールとその関係者は参加できない。
「変化……」
『魔法は不安定な世界でしか使えない。物質になり切れなかったもののなれの果てとか言われてる力だね。彼はそういうのをまとめて安定した何かに変換して見かけ上の無力化を行ってる』
「そう、なんだ。でもそれじゃゼロが触ったら」
『一撃で消し飛ばされるね。わたしたち遊離体なんて不安定すぎるもん。それに、外から入ってきてる人たちにとっては天敵だね、あれは異物だから容赦なく消される。たぶん、ウィスも触ったら即消滅だよ』
「私も? 天使だから?」
『いいや、世界のあるべき"理"から外れているから』
離しているうちに男二人は無傷で帰ってきた。
その手に何やら紙切れをもって。
「ここからは別行動だ」
「その前にどうやって契約書を盗み出して来たんだかそれを知りたいのだが」
「さあ? お前が知らないなら時空の歪みでも使ってんじゃないか」
「……まあいい。これからメティサーナを仕留めに行く」
イリーガルがどこかへと歩き出す。
スコールはそれを止めずに、
「ならばこちらは」
空を見上げてそれを見る。
アカモートからメティサーナを連れ去った黒い影、大型のファージだ。
「ゼロ、ウィステリア。あれに攻撃を仕掛けるぞ」
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「ま、そういう訳だ。メティサーナを殺せばお前の呪いは解けるし、どうせ堕天使だから殺したところですぐに復活する。百利あって一害なしだ、やるだろ?」
「……具体的にどうやってダメージ与えるんだよ」
とりあえず危ない状況から解放されたクロードは、相変わらず軍服ではなく黒尽くめだ。これから出撃だと言うのに。
「あいつは今、動けないから探し出して一刺しで終わる」
「居場所は?」
「恐らく砂漠のどこかだろう。連れ去ったファージが何も持たずに飛んできたからな」
なんだか嫌な予感がしてきた。
もしかすると。
「アブダクターに捕まってねえかな」
「アブダクター……あぁ、やつらきちんとやってくれたか」
「その兵器ってなんなんだ? いま戦線に出てるけど」
「ん? オブサーバーをこっちに縛り付けるためのアンカーだ。隠し場所が無かったから試作段階のヴェセルに組み込んだんだが、まさか使われるとは……」
露骨に嫌そうな顔をしながらイリーガルも戦闘準備をする。こちらは砂色の軍服にアサルトライフルだ。わざわざ敵地に入り込んでまで目立つようなことはしない。
様々な部隊が入り乱れているからこそ『あいつ誰だろう? でも部隊章あるしどこかの味方だろう』なんて思わせることができている。
現在ここにいる部隊は大きく分けると三つ。機動部隊、ギアテクス隊、陸戦隊。機動部隊は戦車隊や自走砲隊、これらに加えヴェセル部隊がある。ギアテクス隊は文字通りギアを扱う技能士たちの技術部隊、ようは疑似魔法士だ。そして陸戦隊は単なる陸上戦闘部隊、編成は兵科を無視して一纏めになっている。
このうちクロードの配属は機動部隊から陸戦隊に変わっている。ヴェセルの運転適性がすこぶる悪かったからだ。グラビティギアがあれば別だろうが、すさまじい慣性に適応できない。パイロットのほとんどはそのためだけに身体を弄られた者か、戦闘機のパイロットだ。
「オブサーバーってのは? どうせそっちのことなら意味が違うんだろ?」
「いいや? ラテン語で監視の意味からとって、単純に外から見ている観測者どものことを指しているが」
「まんまかよ。で、その観測者って?」
「この世界が偽物ってのは知ってるな。連中は本当の世界からこちらに侵攻し、資源を略奪しようとしている。ま、その過程で世界自体の再起動権限的なのと管理者権限的なのを奪取して何度も繰り返す世界として利用させてもらっているがそれは置いておくとしてだ、観測者だったな。観測者は」
「おい待て! さらった大事なことの方を流すな!」
「お前が聞かなかったんだ。流すとして、観測者は」
「流すなよ!」
「うるさいな。身体が若いなら精神的にも若いってのは思い込みの効果じゃない訳か。テメェ中身は――過ぎのおっさんだろうが」
「んなこというならテメェこそ――――――過ぎの本来墓に入って骨がなくなってるような年だろうが」
「まだそこまではいってない」
意味の無い争いを片手間に、イリーガルはフィーアがいない理由を考える。クロードについてくと宣言したからには、今までの模倣体同様に"パートナー"の近くにいるはずだが。
「フィーアはどうした?」
「あ、そういやいない……」
「心配だな」
「確かに」
変な輩に襲われでもしたらとても危ない。
何が危ないかって?
遺品も何もすべて完全になんの痕跡も残さず分解してしまうため、絶対に解決されない行方不明事件の発生だ。そうなると色々変な噂がでてしまうだろう。それが困るし、危ないのだ。
とかなんとか思っていると作戦開始時刻だ。
腕時計のアラームが鳴り響く。
「こっちで勝手に進めるから、ころ合いになったら空に合図を打ち上げる」
「分かった」
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『コールサイン・ピクシー、ビュレットフェアリー、ツァウヴァクゥゲル、フレイクゥゲル活動を開始しました』
部隊回線で仲間の状況が知らされる。
主に狙撃手と観測手、その護衛という形で配置されていることだろう。
「おっそろしー」
肌を焼く強い日差し。青く晴れ渡った突き抜けるような青空に、遠くの方から銃声が響く。ジェット所属の狙撃手たちがキロメートル単位での攻撃を始めた音だ。
『貴族部隊、コールサイン・ノブレスオブリージュ、出撃します』
一方的に流れる放送。駆動輪が砂で空回りし、ブースターで滑るように進んでいくうるさいヴェセルの音が響く。本来ならばクロードも没落貴族としてあのヴェセル部隊に入れられる予定だった。なんでも貴族は"安全"に超危険なところに飛び込んで活躍して戦果をあげないといけないのだとかなんだとか。
すなおにこう思う、全滅しちまえ腐れ貴族共が。
クロードはよその歩兵部隊に編入され、一人だけ私服ということもあり、なおかつ物理的距離もあって浮いている。
このまま二百人ほどの編成でクソ暑い砂漠を練り歩き、各個散開しながら戦闘に移行していく予定だ。
「あーくそめんどくせーな」
現実では使い慣れないアサルトライフルを勝手にかっぱらってきて持っている。
『コールサイン・エクルヴィス、出撃します』
「っ!?」
エクル、その名前を聞いてクロードはようやく見つけたと思った。
売り払われた幼馴染かもしれないと思った。
同じ名前でなければ助け出す機会だ。
「……クソ軍部が」
そろそろ潮時なのかもしれない。力をつけるために軍属になり、力はついた。助け出す対象は見つけた。すべてを敵に回したなら生き残るすべはないが、スコールやイリーガルといった反則クラスの協力者がいる。
ならばこれ以上に離反するいい機会はないだろう。……心残りはあるが。
『コールサイン・ノワールガーディアン、戦闘行動を開始します』
今はそれよりも目前に現れた不自然な盛り上がりだ。砂の下に何かいる。
シートを被って潜っている兵士か? 否だ。
答えはそう、簡単に、この世界にはごく普通に魔物が生息している。
「バカでかいサソリだことで」
アサルトライフルを向けるよりも先に全力のダッシュで距離を開ける。
近くにいたはずの味方も、それぞれいきなり現れた全長三メートルクラスの化け物相手に銃撃をしながらじりじりと後退していた。
虫ならばあの大きさはあり得ないが、それが魔物ともなると魔力による変質でありえてしまうのが怖いところ。もしかしたら尻尾の先からニードルを飛ばしてくる可能性もないことはない。
振り返りつつバースト射撃してみれば火花が散るのみ。弾丸を弾くほどに硬い甲殻らしい。
『近くに魔法兵かヴェセルはいないのか』
位置情報と一緒に救援シグナルを飛ばすと一瞬の差でプラズマ砲から撃ち出された灼熱がサソリを焼き払う。赤熱した砂が恐らく発射地点であろう場所までつながっている。ほぼこの場所からは地平線の境目にしか見えないが、恐らくは百メートル級。
陽炎に揺られてよく見えないが、白い機体、二本の巨大なアーム、複数関節の足が多数。
『エク……ル?』
『こちらエクルヴィス隊、オペレーターです。現在パイロットとの双方向通信は遮断されています』
『その機体に乗ってんはエクルなんだな?』
『回答を拒否します。作戦行動に復帰してください、クロード准尉』
『チッ、オペレーターの分際で』
一方的に通信を切断され、仕方なく歩き始める。
地平線の向こう側から煙が上がっているのを見るに、先行したヴェセル部隊が交戦しているのだろう。
空に見える黒い影にマイクロミサイルが飛んで撃ち落とす。狂った天使たちの集団だろう、あの程度で撃破される程度まで弱体化しているのであれば、飽和射撃で撃破可能だ。
「どうす――んっ!?」
ぞわりと、背筋に嫌な感覚が走る。異能の力が危険を察知するが、いつもと違って方向が分からない。
そして何もできない内に、味方部隊の中心地点に何かが落ちた。その衝撃だけで身体がふわりと浮かび、飛ばされる。
「ぐほっ、が、……なん……」
転がりながら体勢を立て直し、着弾地点を見ると衝撃波と散弾のように散らされた砂利でものの見事に全滅だ。生き残り一名、クロード。
周囲が濡れているのを見るに水による攻撃だろう。
見上げれば翼を広げた天使。その背には、翼のさらに後ろには燦然と降り注ぐ太陽光でも決して溶けない氷の翼があった。しかも、触れれば簡単に斬れてしまいそうなほどに鋭利で、空高く、五十メートルはくだらない長さ。
「来たか天使……」
ぴちょん、と水滴が落ちる。それは小さく円を描きながら、物理法則を無視して水で軌跡を残す。
陣の円が、文字が、記号が描かれる。
白い光が集まって術を発動へと導く。
そして力が溜まるほどに、右腕に宿ったアレが、イリーガルには魔装と呼ばれたアレが疼く。
「天使は問答無用で排除だっ!!」
アサルトライフルを構え、銃身が曲がっていることに気付く。
「くそっ」
投げ捨てようとすれば、右腕の何かが飛び出して銃を食らう。
突然のことに驚くが、そういう捕食行動を知っているクロードはすぐに理解する。食らったものの特性を引き継ぐ。ならばこれは特別な銃として扱えると。
腕から浸食するナニかが、頭の中に情報を吐き出す。自分の使い方を知れと無理やりに押し込んでくる。天使を食わせろと蠢いて、暴れたいと訴えてくる。
「いいぜ……やってやるよ」
青い燐光が舞い、染み出した黒い魔装が腕の先に銃を形作る。
「…………、」




