第二十話 - がーるずはざーど
朝日が差し込むスコールのハイドアウトで、朝から事件は起きていた。
「スコールー! ごはんできて……る……あ、え?」
ドアを勢いよく開ける。その途端、にこやかだった表情は引きつった。
「な、ななななななななにしてるのっ!?」
ドアを開けて一番にそれがあれば誰だって驚く。
「うえぇぇ苦い」
「バカ……さっさと吐いて口の中洗ってこい」
「なでぃごれぇぇ」
乱れた服装のスコール。
完全に生まれたままの姿のレイ。頭の先から腿のあたりまでねっとりとしたものに濡れている。
そしてゴミ箱に白く濁ったやけに粘り気のある液体を吐き出す構図。
「……朝からエッチなことしてたの?」
口でして、それから本番に行こうとしていたのかと疑わせる構図。
「この揮発剤の臭いでなぜそっち方向に考える」
無言で指差された方向には白濁した粘性のあるものでべとべとのレイのシャツと半ズボン。下着がない。
「うん?」
「その先」
目を向けると瞬間接着剤を使ったトラップ……。
「量が多かったからすぐに脱げば服がくっつくなんて惨事にならないですんでるんだ」
呆れた様子でスコールが言い、なかなか下りてこないから見に来たイリーガルが、
「お前何度目だ? 寝ているときに近づくなと警告したはずだが」
「だ、だっでぇおええぇぇ」
「イリーガル。倉庫に溶剤入った一斗缶あるから頼む」
「はぁ」
階段を下りていく音を聞きながら、スコールは棚にあったウエスと缶を取り、缶の中身を布に染み込ませてレイの身体を遠慮なく拭いていく。まずは一番固まってもらっては困る髪から。溶剤で多少痛むのはこの際我慢してもらうほかない。
そして別段、彼に劣情があるだとかなんだとかいう訳ではないが、胸とか股とかに付着したぶんが固まっていてなかなか取れず、必然的にそこばかりに手がいくようになる。
「よかったなハイジニーナで」
全身のムダ毛処理がされているのが幸いして、接着剤で固まって地獄を見ることはないようだ。
もしこれがレイアであったならば、情報構造の面から体表面にポイントを設定して、一気に弾き飛ばすか分解でもしただろう。しかしながらここにはそんな高度な処理を短時間でできる者はいない。
「うへぇぇ……精液より苦い」
「どっちとも口に入れるもんじゃない」
「あー……思い出したら吐きそうになってきた」
「誰だったかな、やめろと言っても無理やりやってきた挙句盛大に吐いたのは」
「うぷっ、い、言わないでよ。……でもAVとかじゃ飲んでぎゃぃっ!」
脳天に溶剤の入っていた缶を振り下ろし、最初から僅かしかなかった溶剤が尽きたところで拭くのをやめた。
「ちぃとまともな思考をもてよ。シャルティとかのサキュバス系は置いておくとして普通は……」
「うっ……げぇぇぇぇ」
本格的に吐き始めたレイの背中をさすりながら、ため息をついたスコールは顔を上げる。
「どうした? ウィステリア」
部屋の入り口で固まったままの、少女へ顔を向ける。淡く青みを帯びた藤色の、肩に掛かる程度の髪。瞳も同じ色だ。
しかも、もと月姫。
「いや、なんていうか……やっぱりまだ、ここに慣れないっていうかなんていうか……」
「お前が決めたことだ。白き乙女からの鞍替えともなれば敵が多いぞ」
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あの日。
「だったら私も一緒に戦う。私だって月姫に選ばれるだけの力はあるんだから」
「はっ、だから? 悪魔どもはともかく、それ以外はいつ裏切るか分からない。一緒に来ると言うのなら奴隷にでもなってもらうが」
奴隷になれ。尊厳と権利の一切を放棄し、所有物になれと。
恐らくスコールはこうでも言えば誰だって嫌がってどこかへいくだろうと考えていたのだろう。だが答えは――
「…………いいよ。スコールのなら、いいよ。蒼月の名に誓って、ここに」
「意味のない形式だけの宣言は要らん。本当に覚悟があるのなら、お前の魂まですべてを握らせてもらおう。不要になった時には一切の拒否を許さずに死んでもらう、すべての命令に拒否を許さない。お前のすべてを認めない、それでいいのなら」
じゃらりと、黒曜石のように輝きながらも澄んだ綺麗な黒をした鎖が現れる。
隷属の鎖。
対象を縛り付けそのすべてを意のままに掌握することができる魔装。鎖を構成する素子の一つ一つに"縛りの言の葉"が刻み込まれ、こと細やかに制約が刻み込まれている。
「取り返しのつかない選択をする覚悟が有るのなら、取れ」
鎖の端を投げ渡される。先端には細く長い針のようなものが取り付けられている。
そして、蒼月はそれを拾い上げる。同時にスコールはとてつもなく嫌そうな顔をした。常識的に考えていくら恋に酔った乙女でも一気に醒めるだろ、思うし考えるしそれ以外にありえない。
「あぁ……」
やっちまったなぁ……と、思いつつ、もう流れでやってしまえという思いに駆られる。
「いいだろう、ならば…………を」
ぼそりと呟いた途端、鎖の針が蒼月の胸に突き刺さる。
「名は体を表す……新たな名を授けよう」
鎖を伝って力が流れ込む。それを一切の抵抗なく受け入れる。
「うん……いいよ、スコールの色に、染めて……」
「蒼月の名と位を捨て、守護天使としてウィステリアを名乗れ。これが……新しいお前だ」
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なんてことがあった上で。
終わった後にいきなり「最初に。今後は自分以外、この世の誰も信用するな」と言われ、さらに「情報管理の観点から縛らせてもらった。命令以外、実質他の縛りは何もないから好きにしろ」と言われ、しかも首輪をつけられた。
平常時は一切見えない上に触れることもできない代物だが、鎖を、縛りを意識した時に顕現する。これはよく分からないが「所有者と所有物の関係、まあ主が手を加え、主から従に渡されたって言う縛りの記号的なもの」とかなんとかで……。
「主様~」
「えっとぉ……」
現状、朝食を終えた彼女たちの首をよく見れば色々と首輪が……。
「誤解の無いように言っておくが、そういう趣味じゃないし縛っている意味も違うし首輪型以外のストックがなかっただけだからな」
「主様ー」
「つーか指輪とかのちっさいものだと刻み込むのが面倒で、下着とかの衣類系だとすぐにダメになるしほかも別の魔術的な記号が混じってくるから使えない訳だが」
台所で食器を洗うイリーガル。ここの家事全般はスコールとイリーガルがやっていて、手伝いにユキとリムといった様子だ。そもそも「魔力が混じるから触るな」と言われてやらせてもらえないのだが。
朝食後はそれぞれが思い思いのことをして、どこかへと散っていく。
「ぬ~し~さ~ま~」
時折、外から入ってくる者がいるが、それらは適当に携帯食料と雑貨を取ってすぐに出ていくためとくに関わりはない。イリーガルやスコールは手を上げて挨拶し、たまに壁に掛けられたホワイトボードに書かれたことや付箋を貼ったり剥いだり。読もうとしても独自の暗号で書かれているのか、内容はさっぱりだ。
「それにしてもウィステリアね。意味は"恋に酔う"とか"決して離れない"だったかな?」
イリーガルが縁側で"火"にあたりながら言う。庭先では魔神フェネクスの幼体であるフェネと魔神リヴァイアサンのオマケ的な存在のレヴィア、そしてレイが余りに余ったパワーをぶつけ合って発散していた。
プラズマ球と水を無理やりに圧縮した水球がぶつかり、モノを焦がすほどの水蒸気が飛び散り、その熱波の壁をフェネが殴って吹き飛ばす。
「主様ー、ぬぅしぃさぁまぁーーー」
「なんだリム? さっきから」
遠火で火に炙られているイリーガルをよそ目に、ホワイトボードの付箋や伝言を整理していたスコールは振り向く。
そこにはゆったりとした服を着たリミットリアが、後ろに手を組んで立っていた。よく見れば、本当によく見れば下腹部が若干膨らんでいて、そして濡れている。
「リム、卵……出そうであります……」
俯きながらの小さな一言に、ほかの少女たちが敏感に反応する。一気に間合いを詰めてくると。
ユキが。
「す、すすすすすすすこーるさんいつの間に!? いつの間にこの子とできちゃったんですか!?」
ウィステリアが。
「ね、ねえ……もしかしてしちゃったときにゴムしてなかったとか……?」
フィーエルが。
「…………………」
凄まじい重圧の黒い笑顔。
「避妊用のピルは飲んでたであります!」
「じゃあどーいうことリムちゃんっ!?」
「いつ!? いつピル飲み忘れてシタのっ!?」
「そそそ、それは……わきゃいっ、主様恥ずかしいであります!」
スコールがどーでもいー、という顔でリムの服の裾を上に引っ張って、下半身を露出させる。
お腹が膨らんでいて、ショーツからぬめった液体が垂れていて、そしてヘソがない。
「翼がないから分からないだろうが、リムは飛竜族だ。飛行系の種は一部を除いて身籠ってしまうと飛べなくなるというのに対応するため卵生。卵生ということは当然"無精卵"がある」
「「無精卵?」」
「そうであります……」
「ちなみにストレスでたまに詰まるからその時はその時で」
「軽く、その……触ってもらうでありますぅ……」
「つかどうでもいいから出そうなときに出してしまえ。また変に我慢して詰まったりしたら大変だから」
「わひゃいっ!」
スコールはリムを軽々と抱え上げるとソファに寝かせて慣れた手つきで服をたくし上げると、ショーツを取り払って脚を開かせる。
「あ、ちょっとスコール」
「主殿、毎度のことですが少しは」
「恥かしいですってそんないきなり」
「効率性重視、知ったことか」
その後スコールは敏感なところに指を伸ばし嬌声が――
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またそんな騒ぎとは別の騒ぎ……というか火事一歩手前を眺めているイリーガルの方には。
「レイジ君、見て、この服。どう? 似合ってる?」
ファッション雑誌のモデルが着ているようなものを着こなした漣がくるりと回ってみせる。
その後ろにはいつの間にか復活したミラが胸を張って立っている。
「ん、似合っているんじゃないか。それとミラ、お前の服とは言え着こなしはまったくお前のおかげではないだろう。胸を張るところじゃない」
「えぇー、そーゆーれーじだって」
フード付きパーカーに運動用のジャージ。ベッドの中から戦場、家着までなんでもどこでも一応通用する服装だ。
「服なんざどうでもいいだろう。それより近づくな、危ないから」
目の前のものが。
「レイジ君なにしてるの?」
「液火を煮詰めている」
固定台の上にカップを置いて、下には枯れ枝に火事寸前の騒動からもらってきた火をつかっている。
中身がどろっとしてくれば注ぎ足してさらに煮詰める。
「こうするとよく爆発するんだ」
ほとんど飴状になるまで煮詰めていく。
「でもまあ、スーパーチャージなんてものは部品に亀裂を入れるし好まれるものじゃないけど。……おーい、お前らそろそろその辺で」
やめておけ。そういう前にレイが放ったプラズマ球をフェネが蹴り飛ばし、イリーガルの方に弾き飛ばされるという不幸現象。
「ホワッツッ!?」
いま確かに結界の方に向けて蹴ったよな? なんて思いながら命の危機にさらされた思考は超高速で強奪を実行していた。当然レイの魔法なんて規模が大きすぎて奪えない。
奪うのは魔法の中核。周りはもはや脳に過負荷がかかることを承知の上でスティールとリリースを繰り返してぶつけ合わせて相殺させる。
「うぉっ、ああぁぁっ!!」
見た目はベクトル反転。しかしそこまで精密な制御はできず、とりあえず跳ね返そうとしたのがいけなかった。極限まで濃縮された液体火薬に引火してしまい、脅威レベルこそ低いものの、大爆発で縁側もろともイリーガルは家の中に吹き飛ばされた。
家具をぶち壊し、余波で食器が落ちて割れる。
「お前らっ、いい加減にしろよ…………」
肩を揺らしながら怒りを、ストレスを押さえるのも無理だ。
「仕置きだあああああっ!!」
パーカーを脱ぎ捨てて、見た目家の中で一日中ゲームに明け暮れていそうな平凡すぎる学生風味で、最高峰の魔力総量を誇るレイと魔神フェネとレヴィアに殴りかかった。
「うわぁっ!?」
「近接格闘で敵うと思うなよ」
サイドステップで躱したレイに足を伸ばし、容赦なく頭部を蹴ると立て直す前に腕と肩をもって投げる。それも途中で離して魔力ブーストして。自称奥義『五十メートル投げ』それは冗談抜きに総飛行距離が五十メートルを超えるものである。
「うひゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
ドップラー効果で小さくなっていく叫び声と、空高くに豆粒同然に消えていく姿。そんなものを無視して次の狙いは魔神フェネに。いくら幼体だからと言って容赦しない。そしていくら白いワンピースだけで下になにもつけていないとしても、そんなものは気にしない。
一点に圧縮した魔力を爆発させて一気に距離を詰めると、的確なコンボを決めてトドメに踵落としを入れてダウン。過剰すぎる攻撃でワンピースが破れてしまっているが、気にしない。修繕は自分でやってもらおう。
「死ね」
水を蛇のような形にして、首を狙ってくるレヴィアの魔法。
「スティリース」
もう詠唱も面倒なのか(そもそも詠唱の必要すらないが)部分的に端折って混ぜて、触れた瞬間に反転した蛇がレヴィアを襲う。手足に絡みつき、瞬く間に拘束すると逆さ吊りにしてしまう。改造チャイナ風ですぐにめくれてしまう。ちらりと見えた下着は大事な部分だけを隠す薄青色のストリングショーツか。
イリーガルはそちらに目もくれず、落ちてきたレイ目掛けて煮詰めていなかった液体火薬をぶちまけると周辺でくすぶっていた火を蹴り上げる。
一瞬で火だるまになった。
「ギャアアアァァァッ!」
「いくら先天属性が火とはいえ別に火が効かない訳ではない!」
転がりまわるレイに容赦なく別の缶に入れていた液体火薬も振りかけて、イリーガルはようやく攻撃の手を止めた。
「あっっっっつうっ!! あんたっ!」
「あぁっ? お前ら人の家を消し飛ばす気か? あぁっ!?」
「あ、いや、その……ごめんなさい……」
「はっ」
焦げてすっぱだかになったレイを見向きもせず、イリーガルは家の中に引っ込んでいく。
一応今回の戦力を分かりやすく言うのならば、白き乙女の(レイズ等を除いた)最強である霧崎を一度一撃で殺したレイを無力化し、同じく霧崎を殴って半殺しにした魔神フェネを無力化し、強大な魔神リヴァイアサン(霧崎を瀕死に追い込んだ)のオマケを無力化している。
霧崎が何をしたのかといえば、異界送りにされたことを語らねばならないが、簡潔に表すのならば女の子を縛って動けなくしたうえで裸体を触りまくったとか……だ。
「で、とりあえず出撃予定地とメンバーだが……ついてきたいやつはついてこい」




