第十八話 - ゾディアック駐屯基地攻略戦
「でぇ?」
目の前で漆黒武装小隊の隊長は、机の上に足を上げた状態で片手に書類の束、顔には青筋という状態。
「……(まずいっすよ! これブチ切れてるっすよ!)」
「……(仕方ねえだろ!? いきなり正体不明の敵に襲われたんだから)」
「お前ら、そんなにこの俺に面倒事を押し付けたいか」
「「滅相もありません!」」
イラついた様子で、指で机をコツコツと叩きながら怒りのオーラが見えそうなほどだ。
「……(おいジーク、お前あの黒い影をどうやって説明するよ!)」
「……(分かんねえっすよ! いきなり変なのが来たら全部消えたんすから!)」
「……(防犯カメラに全っ然映ってねえんだからな? あれは見るだけじゃ次々に人が消えてるホラーだぞ!)」
「おいガキども」
「「はいぃぃぃっ!」」
「面白い命令が下りた」
隊長の瞳を見れば、展開されている電子データが見える。
「貴様ら、次の配置は最前線だ」
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日付が変わるころには、約五十名の漆黒武装小隊はセントラ北部の仮設ベースゾーンに到着していた。主な任務は後方での物資の輸送及び敵性勢力の分析(ただし数名除く)。
「…………」
「…………」
それぞれ割り当てられている部屋に向かっていた。ただ青年二人はとても沈み込んだ暗いオーラを纏い、ベースゾーンの端の方で座り込んでいた。
「なージーク。知ってるか? 最前線の生還率」
「いまのご時世仮想なんて一人相手に壊滅はよくあるっすよ」
「いや、現実だよ。ブルグントとやりあってる方面の帰還率は一パーセントだと」
「俺らってその一パーに入れるんすかね?」
「無理だろ。最前線の一番の死因は後ろからの味方の銃撃だぞ。しかも俺たちの部隊はあちこちから厄介扱い」
「撃たれるっすよねぇ……」
なんて話していると、視界にメールの着信を知らせるアイコンが映りこんだ。意識を向けると思考感知デバイスが動き、メッセージを視界に広げる。
『攻撃目標・キャンサー隊配下メメント・モリ工作分隊
備考・試験兵器アブタクター及び魔装アテリアルと呼ばれるものを保有』
ジークに共有すると、二人そろって厄介な命令が追加で下りてきそうだなぁと、さらに暗くなる。
「なあジーク」
「なんすか?」
「これ絶対そこらの妙な武装集団が誤送信したパターンだよな!」
「もしくは軍内部のいざこざが原因かもしんねえすけど」
二人が無駄な議論を始めると、タイミングを見計らったように、
「よろこべ貴様ら、仕事だ」
「「嫌な予感しかない!!」」
隊長が手ぶらで歩いて向かってくる。
「ほら、そう逃げるな」
踵を返して全力で走り去ろうとすれば、道を塞ぐように真横から超長距離狙撃ようの銃身が突き出される。
「わたしもいるんだから」
支給された戦闘服の上は完全に脱いで黒のタンクトップでヘソ出し。脱いだ上着は腰に巻き付けて、下は膝まで捲り上げていた。戦闘服の意味が無い。
そもそもなぜここで普通にしていられるのか、そこから謎だ。
「隊長、こいつは一応”敵”ですよ?」
「そうだよ」
真顔で答えられてしまった。
どうもこの上官、肯定するは「そうだよ」というのが癖らしい。それも語尾を若干疑問形にする感じで。
「分かっててなんでうちの部隊の制服支給してんですか!? 色々不味いでしょう、とくに上層部とか」
「貴様の制服だ。いつも私服なのだから一着余っている」
「なに普通に言ってんですか! てかよくサイズが合いましたね!」
「そこはほら、魔法?」
「フィーアもなんで馴染んでるんだよ!」
「えー、だってクロードいるしぃー、何かあったとしても護ってくれるでしょ」
「そりゃ護るけど……ってそういう問題じゃない!」
「ではどういう問題なのだ? ん? 言ってみろクロード准尉」
「んぐっ…………」
「言えないのであればいい。仕事だ」
アクセス要求が無ければ認証、許可もなく、権限の関係で一方的に転送されてくる命令を流し読みする。
無駄に長い形式ばったものがダラダラと表示されては消えていく。
「事象動揺……不確定空間の調査及びセキュリティシードの設置……雑用じゃないですか」
「新人研修だ、行って来い」
「はぁ!?」
「それと貴様宛てのファイルだ」
追加でもう一つ送り付けられる。視界に表示されたファイルのサムネイル画像は『S』とだけ。
差出人を見てみればスコールと記述されている。
「中佐、なんですかこれ?」
「俺ではない。この俺にお前を押し付けたほうのスコールだ」
「なっ……ホントですか」
この上官の名はスコール・クラルティ。以前クロードをこの部隊に売り払ったのもスコールという名のものだ。
クロードはそれを聞いて、ウイルスなど考えることもなくファイルを展開した。このご時世、頭の中を弄っている者にはコンピューターウイルスによる殺害も可能だというのに。
しかしそんなものは仕組まれていなくて、短いメッセージと添付ファイルが表示される。
『好きに使え』、それだけの短いメッセージ。添付ファイルを開いてみれば仮想空間の地図だった。それもAI直轄の危険エリアを経由して軍の管轄エリアに忍び込むためのものだ。
仮想空間でも表面上は現実と同じ景色が再現されている。それでもそれの土台となっている構造体の深部。処理の核となっている場所にはすべての処理の基本となるものがある。それを掌握してしまえば構造体そのものへのアクセス権限を奪取できる。そうしてしまえば現実と違ってそのエリアそのものを制圧できる。
好きに使え、地図には一か所、メメント・モリ隊の保管庫に印がつけられている。これが意味するところは、奪い取れということだろうか。
「中佐」
分かった上での仕事だろうか。
「俺は知らんぞ。もし研修中の新人が迷子になって、それを探しに行ってうっかり迷い込んだとしても」
「ありきたりなこと言わんといてください!」
「ふん、この部隊のことについてはすべて俺に責任がある。いついかなるとき、どんなことであってもだ」
「……(うわぁーい、ぜったいうそだぁー)」
「何か言ったか? 准尉」
「いえ、何も」
「では仕事をするように。ジーク工作兵、貴様はリーンの手伝いをしろ」
「……クラルティ中尉、もしかしてまた酒と女で使ったんすか」
「げふんっげふんっ、ついてこい」
「中佐!」
「うっかり迷い込んでがっぽり稼ぐように。以上!」
不自然な早歩きで、今にも走り出したいのを我慢するようにクラルティ中尉は逃げていった。
「言いやがったよ、公認しやがったよ!」
「いいんじゃない? レイズのとこもおなじようなものだし」
「いやいや、PMCも軍もこんなのはいけないだろ」
もっともである。
「一昔前ならそうだったかもしれないけど、今って色々変わっているからね」
「一つ聞かせろ。お前にとっての一昔は何年前だ?」
「だいたい……五千年くらい?」
「おおう……」
ちなみにクロードの年齢は体は十六、七。精神的には……というか、いままでに体感した時間で言えば確実におじさんクラスを越えているはずだ。それでなお、二桁以上の年の差がある。幼く見えるフィーアが遥かに年上で、クロードの方が遥かに年下。
「じゃ、いこっか。ダイブルームってどこ?」
「バカ。攻め込むのに位置情報バッチリ割れる"コンソール"使うなよ」
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『パイロットデータ――承認。これより、作戦行動を開始』
『ヴァルゴサポート――リンク。全部破壊していいんだな?』
『やれるものならやってみろ。向こうさん、シャドウウルフとジェットだぞ』
『シャドウウルフ……って』
『現在の所有者はクロード・クライス五等准尉。機体名の登録は死神、スヴァートゥグリムリーパーだ』
『なあ、俺たちって今はまだ学生のはずなんだけど』
『横に同じー』
『まあそう言うな。久々の肩慣らしと思って出撃だ。いまんとこ白き乙女の戦力は仮想化戦闘部隊以外がほぼ使えないからな。こうして日陰暮らしの仮想部隊が引っ張り出されてんだ』
『それって予算確保のために動くってことじゃないんですかね』
『ひとつ教えてやる。うちの部隊は結果を出せなければ赤字だ』
『だから?』
『なんだって……あ、もしかして処理の使用料は個人持ちとか』
『その通り。戦闘出力の使用はかなり料金とられるから……。まあヴァルゴの管轄下なら構造体壊したりしない限りは金掛からないけど』
『『うはぁーい……』』
『つー訳で斬り込みは任せるぞ、特別枠賞金首ども』
『アキトはともかく俺は』
『RCシリーズの狼型を使っている時点で狂犬認定が下るよ。俺なんか血色の狂犬だぞ』
『………………』
『さて、それでは諸君。こん作戦の指揮はいつも通り"しない"から各機、投入指示後は個人判断で動くように』
『『了解!』』
通信回線越しにおよそ八十人分の返答が返ってきた。
白き乙女仮想化戦闘部隊、彼らの現在の居場所は仮想でのセントラ管轄空間の遥か上空。ウィングユニットによる飛行ではなく、もちろん機体備え付けのブースターでもない。
エンブレイスという追加パック兵装。これ単体でも動作は可能で、人間サイズの操縦席もある。だがこれの主な使われ方は、シェルに装着してただでさえカバー範囲の広いバリエーションを持つそれを強化することだ。追加装甲、追加武装、追加機能。
今回の場合は追加機能として超長距離転送と飛行に加え、ステルス装甲だ。
『んじゃまあ……暫定階級でいいな。霧崎二等兵、狼谷中尉、追加パックをパージ。先行して対空兵器とレーダー設備を無力化しろ。終わり次第残りを随時投入する』
『りょーかい……』
やる気のない声で霧崎が答え、追加パックをパージして降下する。バラバラになったエンブレイスはパーツ単位でグリッドに包み込まれ、リソースに還元されて消えていく。
『それが終わった後って、俺たちは例の敵性コード"キャリア"と"アブダクター"の破壊でいいんですか』
『状況に応じて、な』
『了解』
静かに、狼谷も降下を開始する。
二人が使用する機体はRC-fenrirの個人カスタム機。この機体、コアシステムだけが重要であり、まわりの外装は個人に合わせていくらでも自己進化して変わっていく。
例えば霧崎が使う機体は変形型で、第一形態はラクカラーチャと呼ばれ(本人は嫌がっているが)気色悪いほどの四足機動で地面を這い回り、その姿勢から飛び跳ねて壁に張り付いて登り、または敵機に飛びついて一撃離脱などを行う。そういう訳で戦場で彼を見かけて命からがら生き残った兵士たちがつけた渾名の一つが"ゴキブリ"。とかくしぶといのだ。ただでさえ生理的嫌悪を彷彿させる機動力を持ちながら、純粋に早いためロックオンが追いつかず、攻撃が当たっても障壁と自己修復能力で実質ダメージが入らない。
狼谷が使う機体は、白をベースに青色の装甲で覆われた人型。軽装甲高機動であり、(違法な)追加システムによって現存する武装のほとんどを使用できる。本来であれば機体の相性上、使用できないはずの武装まで。ちなみに装甲が薄いため、敵の攻撃は躱せることを前提にしないとあまり使えない。
『敵軍管轄域に侵入、交戦開始』
自殺行為に等しい高度から自由落下し、着地した。足の裏から脳天までを貫く衝撃が駆け抜け、鉄の軋む音が全身から響く。
最初、兵士たちは兵器が暴発したのかと思い、音のした方向へと目を向けた。
そして、そこにある白い機体を見て誰かが呟いた。
『……ご、ゴキブリ野郎』
恐怖が通信回線に広がった。
かつてそれを経験した兵士は恐怖で逃走、それを知らない兵士は突撃。逆方向の流れがぶつかってまともに陣形を組むことができず、そのパニックに乗じて殲滅が始まった。
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戦闘の波は瞬く間に基地全体に広がった。
たった二機。対してこの基地には各地から集められた人員が六〇〇〇。如何に腕のいいパイロットであろうと、真正面から撃ち合えばまず勝ち目のない戦力だ。
「どこの部隊だよ、まったく」
「ポータルのセキュリティをクラックするまでなんとかしてね」
ダークネットへの進入権限を申請しようとした矢先にこれだ。おかげでオペレーターが指揮に回ってこちらの相手をしてくれない。そのためクラッキングという強硬手段に出た。騒ぎに乗じてさっさとやってしまおうという算段である。
「やりますかねぇ……あぁ、賞金首だったら小遣い稼ぎができるな」
クロードは使いたくもない軍用シェルにシフトしつつ、戦場に飛び出した。
「まだ居やがったか!」
「あ……」
IFFの設定を忘れたまま飛び出したせいだろう。いくら機種が同じとは言え、敵と判断されてしまうと少々どころの困り具合ではない。
『十二小隊より本部、こちらにもう一機確認。同型だが識別信号がない』
『待て待て! ジェット所属のクロードだ! 階級は准尉。識別信号は――うぉぅっ、撃ってきやがったよもう』
シールドを展開しつつブースターで回避軌道を描く。生存性重視で無駄に防御性能だけが高い機体は思った通りに動かない。機体の良し悪しによらず使いこなせと言われそうだが、日頃からハイスペックなものを使っていると使えないものだ。
――あぁ、くそっ。
日頃からナイフばかり使うクロードだ。武装セットに銃は一種類しかない。そう、標準装備の拳銃(装弾数二十発以上の近距離用)。
隠れた兵舎は撃ち出されるライフル弾で容赦なく削られていく。
『リーン少尉!』
『はい……って、なにしているんですか! それ味方ですよ!?』
『撃ってきたんだから仕方ないだろ。ガトリングでもサブマシンガンでもなんでもいいから遠距離武装を転送してくれ』
『現在の権限では……』
『分かりました。殺さないように努力させていただきます』
『准尉!?』
手の中にストレージから手榴弾(の形をしたオモチャ)を取り出して放る。
ピンを抜いていないからレバーが弾けることはない。そのため爆発することはないのだが、グレネードに対する対応として手近な遮蔽物に隠れようとする"現実世界での慣れ"には逆らえない。
一時的にやんだ弾丸の嵐を見計らって、クロードは飛び出す。全力でブースターを吹かし――逃げた。
「逃がすな撃てぇっ!」
「おおう……これで何度目だよ」
一応の友軍に狙われるのは。
今度は本物のスモークを足元に叩きつけて、視界を塞ぎつつ電子体にシフト。まともにやってられるかと、近くの入口から構造体内部に逃げ込む。さすがに人間サイズの入口には銃口を突き込むので精一杯のはずだ。
「さてと。ログアウトするかな……」
とりあえずの安全を確保したのもつかの間、新たなアラートが響く。
『基地上空に敵増援! 対空設備とレーダーをやられた!』
『ジャマー及びアンカーの展開を確認。リミッター設定がレベル零に強制変更された』
「……ログアウトできないじゃん」
『ジャ――グがつ―すぎ―――こ――じょう―――しんはふか――』
「あーらら……」
外で盛大な爆発が起こり、こそっと隙間から覗いてみると、見覚えのありすぎる真っ白な機体が通り過ぎていった。
霧崎だ。
そちらから視線を離すと、ちょうどこちらに向かって飛んでくるチャフで狙いを外されたミサイルが見えた。
「運がねえな」
飛び出すと同時にシェルにシフトし、同時にシールドも展開する。
爆風に散らされる建物の破片が弾丸となって襲うが、大したダメージにはならない。
『リーン少尉、状況は』
『かなり不味いですよ。そちらについてはジャマーで確認できませんが、現実で所属不明の……天使たちが仕掛けてきています』
『相分かった。こっちが終わったら一匹残らず撃ち落としてやる』
『不味いのはそっちじゃなくてですね。その、隊長が』
『まさかとは思いますが両手にライトマシンガンもっていつも通りの大暴れですか。いくら下級天使が相手でも人間が勝てるような相手じゃないはずですが』
『しかし隊長ですから……あはは』
『やるよなぁ……。で、後どれくらい対応できる?』
『うちの部隊の通信方式は強力ですから、後四つジャマーを重ねられても大丈夫です』
『了解。何かあったら連絡します』
通信を切ると、前方で大暴れしている機体を見る。
ゴキブリじみた動きで翻弄しつつ、飛びついて余剰エネルギーを使った自爆技で一気に破壊して離脱。距離が開けば背面にショルダーウェポンの連装砲を顕現して横薙ぎに放つ。
囲まれている状態でさすがに避けきれないのか、かなり被弾しているようだが動きはまったく鈍らず傷もない。
「相変わらずの障壁だな……」
今まで何度あれに撃破されたことか。そしてよく死ななかったものだ。
「各機続け! ワイヤーで固定して集中砲火を加えるぞ」
「了解。あれを倒せば二十年は遊んで暮らせますね」
すぐ隣をエースパイロットと手下、そのサポートが走り抜けていった。使っている機体は軍用機ではなくカスタム機。ある程度の功績があれば自前の機体を使用する許可が下りるのだ。
しかし、それで敵うかと言えばノーだ。早速飛びつかれて、圧縮された余剰エネルギーがサファイアカラーに煌めくと大爆発が起こり、跡形もなく吹き飛ばされ、小さな金属片の雨がパラパラと降り注ぐ。霧崎は着地前に武装を切り替え、地上を焼き払って火の海に落ちる。
煉獄から覗く白い悪魔のカメラアイが次に捉えたのは、クロードだ。
「来るか……!」
青い爆発が見えた。その時にはもう打ち上げられていた。
余剰エネルギーを盛大に解放した瞬発的な超高速移動だろうか。遅れて衝撃波と破壊の音が響く。
ガコンッ! と金属がぶつかり合う音、真後ろから組み付かれ、エネルギーがチャージされる嫌な音。リミッターがないならばフィードバックは一〇〇%。すなわち仮想の死を体験した瞬間にそれが現実での死となる。
「く……そっ」
視界が光に包まれ、凄まじいエネルギーの奔流に身体が引き裂かれ、度を過ぎた痛みによって感覚が消失する。ドンッ! と地面に叩きつけられたのを感じたときには、低スペックな軍用機のありがたみが実感できた。生きている。
「やりやがったなこの野郎」
目の前に着地した霧崎を睨みつけながら、クロードは再びシフトする。破壊された機体は後で再インストールか自動修復が終わるまでは使えない。だから使うのは漆黒の機体。
死神と呼ばれる、賞金首としての機体だ。
以前の所有者は霧崎の不意打ちにより一撃で撃破され、そのパイロットの死体からサルベージしたものを使っている。これの意味するところは、この機体では勝てない可能性があると言うことだ。いくら不意打ちとは言え、それを許してしまうほど性能が低い証拠でもある。
『シフトプロセス起動。武装セットリード。パイロットデータ承認クリア』
ほんの数瞬の間にクロードの身体がエフェクトに包まれる。足元から青い円が広がり、そこから上に円筒形にシールドが展開され、シールドに沿ってヘックス状のステータスウィンドウが広がる。身体の感覚が拡散して、一度分解されたクロード・クライスという情報が白紙化された新たな枠に再構成される。
『リーン少尉、すみませんが』
『いいですよ。いつも通りやりましょう。コールを』
『了解。クロード・クライス五等准尉、コールサインスヴァートゥグリムリーパーで戦闘行動を開始します』
『認証しました。できる限りの支援はさせてもらいますね』
目前の白い機体を睨み付けると、なぜか後ずさりしていた。
「なに逃げてんだよ賞金首」
「……やるってんなら死んでも知らないぞ」
「当たり前だろ。ここは仮想の戦場、死ねばそれは本物になるんだから」
両腕を頭の上に掲げ、振り下ろす。細く長い爪が装備される。
これの使い方は単純だ。装甲や障壁のわずかな隙間から突き刺して直接パイロットやコアシステムを貫く。シェルであれば一撃で強制除装か即死、ヴェセルであれば機能停止か即死、エンブレイスも機能停止か即死させることができる。どんなに頑丈な装甲だろうが処理に食い込んで無理矢理に貫通させることもできるため、防ぐには情報構造の強化が必要だが、現在では爪の鼬ごっこに負けてアップデートがされていないため新型機に効果がない。
「どさくさで裏切った野郎が」
「目的のために手段を選ばないだけだ。スコールも言ってただろ?」
「だからって仲間を死なせていい理由にはならない!」
「だろうな。だけど俺の最優先はクズ野郎を殺すことだ。そのためには他はどうだっていいんだよ」
嘘だ。
だがそれだけで霧崎を爆発させるには十分すぎる。
「て、めぇっ!!」
愚直に飛び掛かってきたところで、ブーストダッシュで後方に下がりつつ地雷を散布。即席に地雷原に霧崎の機体が落ち、爆風と黒煙を散らすがすぐに気色悪い動きで突撃してくる。
すかさずサブマシンガンを手の中に顕現させ、威嚇射撃。霧崎が飛び退いて避けたところへ、サブマシンガンを投げ捨てて無反動砲を顕現させて撃ち込む。煙で視界が遮られるが、クロードの視界はサーマルスコープ機能によって煙の向こう側を映し出している。
「どうした賞金首一位!」
何も考えずに突っ込んで来れば勝てるのになぜ仕掛けてこない。
『いちおー報告しとく。勝手に入り込んでみたけどやばそうなものがたくさんある』
『やばそうなもの?』
『現実で配備されているヴェセルの設計図みたいだけど、作りがおかしい。なんか、自動操縦型で操縦席がある場所には檻みたいなのがついてる』
『上の連中はなにを……』
『それともう一個。スコールからのメッセージがあるよ……暗号化されてるから読めないけど』
『じゃあそれの解析を』
『はいはーい』
意識をもどすと、ゆっくりと下がっていく霧崎の機体が見えた。
まるで何かを警戒しているような様子だ。
『准尉、急接近中の機体があります。注意してください』
言われて視界端にあるレーダーに目を移す。
『了解。こっちのレーダーにも映ってます』
このシグナルはよく知っている。
『影秋か』
『クロード……。お前たちが何をしようとしているのか分かっているのか』
『何のことだ?』
『白を切るか。やはり軍は信用できない、実力で排除させてもらう』
『おいおい、やってることが分かってるのか! これは他国への侵略行為になるぞ!』
そういうと同時に、また聞いたことのある声が回線に入ってきた。
『こちらは白き乙女仮想化戦闘部隊である。貴国の所有する兵器、"アブダクター"及び"キャリア"を直ちに破棄せよ、さもなくば基地構造体もろとも破壊する』
『イチゴか』
『久しぶりだなクロード准尉。今なら投降を認めるが、どうする?』
『そういわれても』
返答をしようとすると、タイミングを見計らったように、
『隊長から命令です。メメント・モリ隊の構造体にあるデータを完全に抹消せよとのことです』
『なにがある?』
『天使を鹵獲するための新兵器の起動キーだそうです』
『チッ、嫌なものが思い当ったぞ畜生め』
『准尉?』
『リーン少尉、ほんとに悪いんですが、ちょっとだけ監視システムを落としてくれませんか』
『なにをする気ですか?』
『中佐の大好きな金儲け』
『…………』
『…………』
『隊長からやれと指示が出ましたので』
それだけ聞くと秘匿回線で狼谷につなぎなおす。
ちょうど向こうも交戦距離に入ってきたところだ。この距離なら砲撃戦ができる。
『狼谷、俺を攻撃するフリをしながらついてこい』
『なんだ、気が変わったか?』
『上から命令が出た。たぶんお前らの攻撃目標と同じだ』
『なるほど、だったら話が早い。いくうおあぁ!?』
なにがあったか、叫び声と共に通信が切れ、レーダー上からロストする。
『准尉、新たに接近中の機体を複数確認しました。うち一機は賞金首第一位です!』
「厄介だなおいっ!」
視界に警告表示が出たと思ったときには、逃げようとした霧崎にアンノウン機が襲い掛かっていた。
黒をベースに血のような赤で塗装された機体。それはクロードにとっては見覚えがあるもので……。
「シルファ!?」
死者数の多い戦場に現れては機体の残骸をバラバラにしてリソースへと急速に還元させる、戦場の掃除屋。確かこいつは調停者と呼ばれる賞金首第一位が暴れた後によく見る……ならば?
『少尉、特別枠じゃなくて政府指定賞金首ですか』
『そうです。第一位調停者です!』
『…………あの、生きて帰れる気がしないんですが』
『そう言われましても……』
クロードとしてはもうこの仮想空間から生きて帰ることができたら軍属止めたい気分である。
なにせ特別枠賞金首で狂犬という枠の第一位霧崎。かつて州政府指定賞金首の一団を相手に単独で防衛戦を行った狼谷。純粋に相手にしてはいけない賞金首第一位調停者。
怪獣大戦争か、そう言いたくなってしまう。
シェルやヴェセルを使用した戦闘の大前提は、適性のあるパイロットが一人いればそれだけで戦線を維持できるということ。基地に勤める兵士たちは平均クラスで、怪獣たちは最高クラスの適性あり。
『基地構造体で交戦中の全隊員に通達。これより対地掃射衛星を使用し構造体ごと敵を排除する。直ちにログアウトせよ』
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仮想の空から幾本もの光の柱が舞い降りる。
「っ…………」
狼谷はそれを見て忌々しい桜都の参事を思い出していた。自分だけが生き残ってしまったあの出来事。人の壁に守られて海まで吹き飛ばされて、セントラ軍が散布した有機物を分解する微小機械によって学友を文字通り消されてしまったあの忌々しい思い出。
『狼谷中尉、ストラクチャの深層部まで潜り込め! そこなら衛星攻撃も貫通できない!』
『了解! それとその後は』
『悪いが機を見て離脱してくれ。以上通信終わり』
狼谷は遠くで響く破壊の音を聞きながら、いましがた無力化した十機以上のシルファを見る。すべて無人機だ。どこかに指示を出している有人機がいるはずだが、いまはどうでもいい。
シルファの兵装を剥ぎ取る。これならば通常の構造体ならば切り抜ける。現に狼谷は奇襲を受け、足場を崩されて構造体内部に落とされているのだから。
「間に合えよ……」




