第十五話 - 激突
「ん……んん?」
「起きたなら自分で歩いて欲しいのだが」
目を覚ました蒼月を迎えた第一声は、イリーガルのぶっきらぼうな声だった。
背負われて運ばれていたらしく、すでに森から離れた場所だ。隣にはゼロと漣が並んで歩き、ゼロは蒼月のダブルブレードを軽々と抱えている。
「あ、あれ……ここは? スコールは?」
「ここはまあ……黄昏の領域とでも言おうか。スコールならさっき消えた」
「え……」
「いや、冗談抜きに消えた。さすがに暴走状態であれだけ耐えると体を構成する物質が崩壊するから。ついで言うと、キャパシティを大幅に超えた力を長時間溜めていると存在枠……魂が耐え切れずに砕け散るからな」
「じゃ、じゃあスコールは」
「死んだ、つうよりか消滅か? ただまあ、記憶があるってことはまだ完全にロストしたわけじゃないが。……と、降ろすぞ」
イリーガルがしゃがんで、そっと自分の足で立つと、ふらつくことはなかった。
手を握って開いて、目を閉じて意識を内側に向けると力も戻っている。
「神魔の力は、一応この”偽りの世界”だけで通用するエネルギーだ。すべての物質はエネルギーに分解できる、逆も然り。そういう訳で、この力には大半のやつが無意識のうちに頼ってるから、いきなり消されると身体機能も狂う訳だ」
「……えっと」
分かることには分かるが、分かりづらい。そこにゼロが口をはさむ。
「分かりやすく言おうよ」
「十分に分かりやすいと思うが? あることが当然と思って忘れていると、いざなくなったときに困るだろう。例えば電気ガス水道とか」
「なんで先にそういうのを言わないの」
「理解させる気はありませんからー」
おどけた様子でイリーガルが言い、ふらりと歩いていく。
「あ、ちょっと」
「まあお前らは勝手にしろ。いまのところは漣をこの世界から切り離すのが目的ということで、ほかについては敵対しない限りはこっちからも手を出さない。レイアについてもスコールが”恩返し”を終了したから、無条件に助けるってのも無しになった訳で」
「え、えと、レイジ君? それは酷くないかな?」
くるりとイリーガルの前に躍り出て、顔を見上げる。
だが、どうでもいいとイリーガルは言う。
「あのなあ、日本みたいな平和ボケした安全国と、このどこもかしこも子供から老人、亜人や魔物までいて戦争ばっかりの世界で歩いていくには、目的は最小限で狭い範囲に設定するべきなんだ。最大で広い範囲を設定するのは力のあるやつだけだ」
「レイジ君って力あるよね? あの……なんだっけ、魔法の国? あそこでおっきなロボットに襲われた時も一人で壊してたじゃん」
「戦って殺せるのだけが力じゃない訳だが。それに、とかく護るべきものがあると、その分だけ弱くなるからなるべくフリーでいたい訳でもあるが」
前に立つ漣を避けて、イリーガルは歩き出すが、真後ろからゴヅンッ!! と。
「……何のつもりだゼロ? 同調したやつがいなくなったからストレスか?」
振り下ろされたブレードの側面を掌底で受け止めて。
「結局、あなたもわたしたちと同じ”人形”なの? プログラムされた行動しかできない、高性能な人形なの?」
「間違っちゃいないだろう。所詮は確率が観測されて、レイズの妙な召喚の影響で存在を確定させられたアレがベースになった……」
横に逸らすと、ゼロと視線を交わし。
「「人型召喚獣」」
声を重ねて、そう言った。
それを聞いて驚いたのは蒼月だ。いままで人だと思っていた者がいきなり召喚獣だと言われて、まず信じられない。そしてもう一つ。
「で、でも……それじゃ誰が召喚し続けてるの? 影響ってことは召喚されてる訳じゃないよね? それに、召喚兵クラスでも、レイズだって寿命を設定しないと魔力が足りないのに、人間そのものを召喚してまともに動き続けられる状態を維持するなんて、長くても一日が限界じゃない」
召喚に関する基本事項に反する。召喚者がいないというのは、自然に場が出来上がって龍脈だとか魔力溜まりだとかから、召喚が成立してしまうことはある。だがその場合は安定した力の供給がなくなると、即座に召喚が切れてしまう。制御もされないし、与えられた命令がないのなら待機状態で動けなくなる。
「だから? それはお前らが使う召喚魔法や召喚魔術での話だろう。これは召喚獣との直接契約という訳でもない。フリーの召喚獣は自分たちの思うように動き回っているだろう? それと同じだ」
「じゃあスコールは」
「アレの召喚は矛盾している。自分が召喚しつつ、召喚した対象に召喚される状態で縛られていなくて縛られている。そもそもつぎはぎだらけのボロボロの枠に無理やり何もかも押し込んだから万能であり不安定なんだよ。アレの十三回という制限は演算領域の強度の問題上、他の魔法がまともに使えないのは、あの術を何度も展開し直すと起動時の負荷で脳の回路がぶっ壊れるから常時展開し続けていたからだ」
「矛盾した召喚……? でも最初に召喚したのは誰?」
「それは分からない。観測されていないものは確率でしか表せない。だが生物はそこいるからこそ、自分で観測して存在していた。だが、アレは最初の発生から不明だ。少なくとも人間であるとは言えないし、この”偽物の世界”を創りだしているナニかのバグのようなものである可能性は高い。外から召喚されたことにはなっているが、ここに入った時点で記憶の改竄も疑う必要があるからな」
ついてこられない彼女たちは、なにも言えなかった。
「ただまあ、一番可能性が高いのは”観測者”どもが意図せずに発生させたダークプロセスか。ダークネットみたいにないはずなのに存在していて、特定の方法以外では干渉できないようなのだ」
「ね、ねえレイジ君?」
「なんだ?」
「もうちょっとわかりやすくお願い」
「…………あー……後で話そう、今は都合が悪い」
勝手に切り上げて走り出した。
何事かと思えば、すぐにイリーガルが走った方向とは逆から巨大な飛龍が。
灼熱色の鱗と、アンバランスにも見えるほどの巨大な翼。
「え、ちょっと……なんであんな大昔に絶滅したような巨大なのがいるの」
「考えてる場合じゃないよ、今は分解を使えないから逃げたほうがいい。ほら漣も行くよ!」
「……ひっ、ぃ」
自然と理解できる、狩る側と狩られる側の関係に足がすくんでしまう。
「怯えんなバカ! あんたはこんなところで死にたいんじゃないでしょ!」
ゼロがきつく言って、漣の手を引いて駆け出す。
「蒼、あれなんとかできない?」
「無理だよ。力が戻ってるけどいつもの出力はできないから」
「あぁもう、イリーガルが逃げるってことはカードも使えないってことだし……ねえイリーガル」
走っているうちに追い越せるほどのペースで追いついてしまった。
「なんだ」
「どうするのあのドラゴン」
「うん、倒せないから逃げる。あの森に普通に入ったら時間に応じて力を抑えられるから、当分の間は戦えない」
「こういうときだけ素直に言うね」
「変えようのない事実だからな」
次第にイリーガルだけが取り残されていく。連戦続きで疲れがあるから仕方がない。
「あー、サボったことを後悔はしない……」
獲物に狙いを定めた飛龍が勢いよく降下してくる。やつらの狩りに定まったものはないが、だいたい獲物の近くに降り立って尻尾の一撃がくる、もしくはそのまま丸呑みかのどちらかだ。
「しないけどただでやられる気もない」
身体を投げ出すように地面に伏せると同時に頭の上を龍の長い尾が通り過ぎる。
攻撃後のわずかな硬直、その間に龍に飛びつくと、振り落とされないように巨躯の上を駆けて頭の上に。そして容赦なく大きな眼に蹴りを入れる。それでも硬い装甲を蹴ったような痛みが返ってくるが、龍が咆哮を上げて暴れているのは効いている証拠だろう。
「おっ、と、無理か」
首が振り上げられ、思い切り振るわれて飛ばされる。
先に行っていた蒼月たちを飛び越えて、五十メートル以上の錐揉滑空で地面に激突。
「つぅ…………」
「だいじょぶ?」
「かすり傷で生きてるのが不思議な訳だが」
飛び起きると再び龍を視界に捉える。蹴りが効いているらしく、龍の瞳には涙が溢れていた。
そのお蔭か龍のヘイトは完全にイリーガルに向いている。
「さて……デイビー・クロケットでも欲しいが」
※戦術兵器。
「やりすぎ。フレシェットかキャニスターで十分だと思うよ?」
※戦車用砲弾。
「キャニスターは古いな、シュラプネルだろ」
※戦車用砲弾、榴散弾。
「なんのこと話してるの?」
蒼月が割り込んでくる。彼女にとっては知らないことだ(かなり昔のことなので知らないで当たり前)。
「戦術核兵器と戦車砲の話」
「えと、そんな名前聞いたことないけど。それに今の戦車って基本武装は量子砲と機関砲だよね?」
「ああそうだな。ま、こんなこと話してる暇があったら逃げてほしいのだが」
イリーガルが急に伏せ、ゼロは飛び退いて、龍の方へと背を向けていて反応が遅れた蒼月だけが強烈なテイルインパクトをまともに食らってしまう。あまりの激痛に叫び声を上げる暇なんてものはなかった。
鋭い尾の先端でその長い髪ごと背中を切り裂かれ、深い裂傷を刻まれ、弾き飛ばされてしまう。
「蒼!」
「気にしてる場合かゼロ!」
飛龍の口内に火が灯った。吐き出さるのは灼熱の息吹、走ったところで逃げ切れるような射程ではない。
「漣、停止させろ!」
「ど、どうやって!?」
「普通に止まるって思えばいい!」
そう言われたところで漣は今の蒼月のことで慌て、しかも目の前にいる怪物はどうやっても止められないのでは? そう思ってしまう。魔法も魔術もまずは自分ができると信じないといけない。
できるとは思っていなかった、そういう術者もいるが心のどこかでできると思っているからこそ挑戦して成功させるものだ。できないと完全に思い込んでしまえば、迫ってくる大きなトラックは人の力で止められない、そう固定観念で決めつけてしまえばどうしようもない。
「打つ手なし……か」
いくら強くとも、戦略級魔法士と呼ばれようともそれはそう呼ばれるだけの魔法を扱えるから。魔法を抜き取ってしまえば残るのは兵士ではなく一般人以下の存在だ。魔法を使うに当たっては一般兵とは訓練課程がことなるからだ。
ただ、この場合には”遊離体もどき”と”天使もどき”と”人間もどき”と一応ごく普通に人間に分類される漣ということになる。
「イリーガル、なにか手は」
「お前の分解がないなら、何もない」
その瞬間、龍の息吹が吐き出された。シュッと熱した鉄板に水を垂らしたような音と共に、
「風よ舞え、疾風斬」
火焔がイリーガルたちに届く前に何者かが割り込んで、息吹ごと龍を真っ二つに切り分けた。
「さてさて、これはどういうことなんだろうねえ?」
さらに背後からも声が聞こえてくる。
「ベインの手下二人か」
「手下っていうか、まあ間違ってはいないけど僕たち基本は勝手に行動してるからね」
「キリヤ、こいつらどうするよ」
「状況証拠だけってのはあまりよくないけど、蒼月がなんでこんな大怪我して飛龍に襲われているのか気になるね。それに僕ら二人を相手にして引き分けで白き乙女の大半を殺したとなれば、ここで蒼月も片付けようとしていたと考える方がいいかい? 飛龍にやられたって考えもあるけど、そうなるように誘導したとも考えられるからね」
魔法士、杖を構えた仙崎キリヤが魔法を詠唱して発動寸前で待機させる。挟むように反対側では城崎ソウマが長剣を光らせて突きつける。
「制御がなってないな、発光現象は無駄に力を消費している証拠だ」
「呑気に観察なんてしてる暇があるのかい。時川連、そこから離れて。これから戦略級の激突を始めるから巻き添えで消し飛ぶよ」
「え、えっ? いきなり現れてなんなんですか。って、レイジ君この人たち誰?」
「馬に乗って走り回った時に戦った二人組だ」
「それは分かってるけど、でも、敵なの?」
「ごちゃごちゃ言ってないでさっさとどいた方がいいぞあんた。キリヤの魔法は」
「こらソウマ! 勝手に魔法を言わない」
「へいへい。ま、そういう訳だ、巻き込まれたくないならこっちに来るかそいつから離れな」
次々に言われて漣が迷っていると、ゼロが口を出す。
「わたしのことは無視? あんたらみたいな小物が勝てる相手じゃないことくらい分かるでしょ?」
「はったりだね。今の君は領域分解、いや消失かな? それを使えないだろう。個別分解しかできないのなら翼の掃射には対処できないだろう」
「それはスコールの複合魔法。レイズ以外には使えないはずの」
「だから? 全属性の飽和攻撃だけど数種類を数百発同時使用すれば同じような効果はあるんだよ。どうせ一種類でも二、三十発撃ち込めば対処できないんだから同じだね」
「そうそう、キリヤは少ない工程の魔法なら百単位は」
「ソウマ! 勝手に言わないの。だいたい君はなんでそうやって――」
二人がイリーガルたちを挟んで口論を始めたところで、彼らもどうするかを話し合う。
「どうする」
「漣を連れて”結界”まで走れ。なんとかする」
「レイジ君?」
「現状の目標はお前をこの世界から切り離すことだ。だから生きてもらわないと困る」
「でもレイジ君が怪我するのはヤだよ」
「そこは漣が気にすることじゃない。こういうことは任せておけ」
「でもぉ」
「でもじゃない。ゼロ、連れていけ。お前もその状態じゃ戦えない」
「りょーかい。行くよ、漣」
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激戦が始まった。
わずかな風の揺らぎを感じた。イリーガルは全力で横っ飛びにその場から離れる。目に見えない刃が体を掠め、全身に緊張が走る。
「ソウマ、とりあえず一分お願い」
キリヤは蒼月のそばに座り込んで治癒魔法を複数詠唱する。出血量が多いのが心配だが、もとは天使だから大丈夫だろう。半分は人、半分は天使だから通常の回復魔法が通用するのが救いでもある。
これが完全な天使だとしたら回復魔法でダメージを与えてしまうところだ。
「オーケー相棒。スコールがいればこのまま押し切れるってのに」
チリッと鍔音を鳴らし、長剣が黄昏の色を反射する。
素手で真剣を相手取ることがどれほど困難なことだろうか。そもそも素手で武器を持った相手にたちむかうだけでも危険なのだ。
「風よ舞え」
詠唱と共に下段に構え、
「疾風斬」
終了と共に疾風となって斬撃を運ぶ。
時速百キロオーバー、それが至近距離から放たれる。
「く……そっ!」
当たる寸前で身を反らし、足を出して、
「どあぁぁぁっ!?」
引っ掛かったソウマは盛大にずっこけた。
うつ伏せ状態で土を掘り返しながら五十メートル以上、起き上がった時には服はボロボロで血がぽたぽたではなく線のように連なってつーっと流れている。
「いってぇぇぇぇぇ!!」
「これはやっぱり効く訳か。魔法でも魔装でも同じように……」
叫びながら転げまわるソウマへ向けてキリヤが回復魔法を飛ばす。
淡い光に包まれたかと思えば傷は瞬く間に癒えて消える。
「地よ揺れよ」
次の詠唱が始まる。
だがイリーガルも黙ったままではない。拾った黒い召喚石を指に挟む。
「漣」
「来たれ、空虚の人型」
ソウマの発動に遅れてイリーガルの召喚が発動する。
突き立てられた長剣から広がるように液状化する大地。
指の中で黒い燃焼光を発する石。解き放たれたそれは人の形を創りだす。全身真っ黒、フードを目深に被り、腕に下げるのは剣の形をした魔装。
「やつの相手をしろ」
命令すると魔装を構えてソウマに相対する。どうやら言うことは聞いてくれるらしいと思いながらも、後方から飛んでくる魔法を躱すために転がる。
「これで一対一という訳かな」
視線の先にはキリヤと蒼月。
だが蒼月は揺れていた。確かにあの戦闘で大勢の仲間を死に追いやったイリーガルだが、ならばなぜ森の中で放置しなかったのか。動けない間に命を取らなかったのか。謎がある。もしかしたら人質か何かに利用するつもりかもしれない。
しかし彼は言った「敵対しない限りはこっちからも手を出さない」と。さらに今「一対一」と。まだ敵としては見られていない。蒼月に仲間の仇、という思いは薄い。それよりもここで手を出してしまい、そのまま葬られるというヴィジョンが強く浮かぶ。
そしてそれを見透かしたようにイリーガルが言う。
「感情で決めるな、状況で決めるな、その場の流れで決めるな。仲間の仇だろうがなんだろうが、なにがあろうが自分の意思で決めろ」
「だってさ、蒼。今の僕は”ヴィランズ”として動いてるからね、君の敵でもあるよ? だから好きに決めるといい」
「好きにって……」
「戦わないっていう選択肢も忘れないこと。勝てない相手には無理に抵抗せずに従うっていうのも考えないとね」
キリヤが杖を構えたまま進み出る。
「さて、君が何者かは知らないけど漣と一緒にいるあたりはミナの仲間でいいのかな?」
「どうだろうな」
イリーガルは黒いナイフを取り出し、
「これをみても仲間と思うか?」
見せつける。
「それ、ミナのナイフ……なんで君が持ってるんだい。あいつはそれを誰かに渡すことはしないし、奪われるほど弱くもない」
「少しは考えろ、例えば殺して奪ったとか、な」
「……は、なにを、ミナがそう簡単にやられるわけないじゃないか」
「だったらなぜあの召喚獣はここにいて従っている? 倒して奪う、理の外ならば普通のことだろう」
事の真相に関係する部分は言っていない。ただ周りに付随する情報を断片的に出して、勝手に誤解してもらうだけだ。
「そうかい……だったら君を倒して全部吐いてもらおうか。どうせ嘘なんだろう? ……圧潰」
余剰魔力の発光もなく、発動プロセスも限界まで簡略された魔法が放たれる。一単語の詠唱予兆しかなければ着弾までの時間も一秒以下、防御魔法の展開時間は無いに等しい。
「スティール…………」
突き出した手に空いた穴を見ながら、痛みは無視して次を放つ。
「フォーシングチャント・コラプス」
何も起こらない。高難度技術、魔法ではないから魔力制御だけできれば使えるはずのスキルが効果を表さない。
「無駄だよ。256から257になったことで魔法のプロセスが変わっているからね」
「さしずめそれに合わせて無意識の障壁に手を加えたというところか」
「うぐ……なんですぐにバレるの。ていうかなんでそれを使える?」
「さあ? なんでだろうな」
言った途端に再び魔法が放たれ、イリーガルの足と肩を撃ち抜いた。痛みはいくらでも無視できるが、身体の方が耐えられずに倒れてしまう。
「君、魔力制御はできるけど魔法は使えないタイプかい」
「…………」
「あいつと同じか。だったら補助具を潰してしまえば魔力しかない、手詰まりだよ。降参しな」
「時間稼ぎは十分、そんなことをする理由はない訳だが」
イリーガルがキリヤの後ろ側を指さす。
刹那、上段から袈裟がけに振り下ろされる刀が見えた。
「うぉあっ!?」
「ひゃっ!」
キリヤと蒼月が飛び退くと、黒いロングパーカーの何者かがゆっくりと構え直す。
「誰だっ!」
「れぇーじ、二人とも斬っちゃう? それともキリヤだけ?」
そいつはキリヤを無視して語り掛ける。女だ。
「キリヤだけだ」
「おっけぇー」
軽い返事でなんの躊躇もなく斬りかかる。上段からの袈裟斬りを辛うじて躱すと、中段で返された刃が連続して斬り上げる。躱せる距離でもなく、杖の先端の魔石で受け止める。
「君、なんなの? 気配がぐちゃぐちゃなんだけど」
「ありぃ? れーじ、消したまま?」
「消す? 記憶干渉か!」
「このバカ! 余計なことを」
女は少し力を緩め、そして一気に押し返す。バランスを崩したキリヤに刀を突き立てようとするが、横合いから邪魔が入る。
「キリヤ、一旦引くぞ」
刀を弾いたソウマがそのまま割り込む。
「そうだね。イリーガルだけなら僕らで引き分けだけど、さらに増えたら負けるってことになるからね」
腕が振るわれ、ビー玉サイズの水弾が散らされる。それに意識を移した途端、炸裂して霧の壁を創りだす。
走り去る二人の足音が響き、逃走に移ったことが分かる。
「追うな」
「えぇーこれからが楽しいのにぃ」
「御意に」
女は文句を言い、召喚獣は大人しく従う。
霧が晴れるころには逃げた二人の姿は点に見えるほど遠くにあった。
「しばらくは仕掛けてこないだろう。一応長距離砲撃に備えて警戒しろ、召喚獣」
「御意」
人型召喚獣が警戒のため離れ、
「帰るぞ」
「あいあいさー」
イリーガルは女を引き連れて歩き始めた。




