第十一話 - 昇級
「…………で?」
セントラの総合学校の校門前、敷地内側にクロード・クラルティという青年は立っていた。
彼はいま目の前にある状況に混乱していた。
今年で何歳になるのかは、もう数えていないから分からないが、まだ十代の中頃のはずだ。幼少期に賊に襲われて家族をすべて失い、貴族としての力も自分も死んだことにされてなくなっている。その後、紆余曲折を経て人身売買のオークションで、仕組まれた取引をされて軍属に至る。
「……ようやく転科願いが受理されたかと思えば五等准尉から少尉にされたから焼夷剤ばら撒いて腹いせに正規軍の基地真っ黒けにしたのがいけなかったのか、なあおい」
「多分そうじゃない? 兄さん。おかげでいっつも下の階級に行きたいっていうの、叶ったじゃない。いま伍長だし」
「冗談じゃない! 兵科戻ってるし、そもそも軍人つってもいろいろあるだろうに! 俺の所属は本来なら新兵器テスター班だよな? いくら中尉に買われたからとはいえあの無茶な任命おかしいよ!? どうせ人がいないんだから上から埋めていってもいいだろとかでいきなり准尉っておかしいと思うよ!」
「いいんじゃない? あの人あれが通常営業だし」
「なあ妹少尉さまよ」
「なあに伍長お兄さま」
「”任務”だよなこれ?」
「そうね」
急にクロードの隣に立つ、シルフィエッタ・クラルティは厳しい声になる。
今回のこれはあくまで”任務”だ。
「職権乱用だよなこれ?」
「そうね」
「普通、娘の長期休暇の護衛に信用のおけない男をつけるか?」
「いいんじゃないの? ちなみに私に手を出したらすぐに撃つから」
満面の笑みで、制服の下に隠してあった拳銃を取り出してみせる。
「…………」
『コールサイン・漆黒の守護者』
ネットワークを経由して、頭の中に存在する生体機体に通信が届く。
「リィンマグナベル少尉……殿。俺……、私のコールサインって黒い死神じゃ……ではありませんでしたか?」
『クロード准尉、とりあえず中佐の指示ですから諦めてください。それでは、任務内容の確認をします』
「へーい……なんで電脳将校としては准尉のままで陸戦だけ伍長なんだか……」
『とにかくシルフィ少尉を狙うやつらを片っ端から締め上げちゃってください。以上です』
「その締め上げるの基準は、物理的にロープで首やっていいんですか。それとも無力化(殺害含む)ですか。そもそも登下校中に狙われる原因は間違いなくこの親子にあると思うんですがなんで俺にその皺寄せが来てるんですか」
『お仕事ですから☆』
「リーン少尉……退職願出してもいいですか。俺もうこの裏舞台で活躍すると避けようのない命の危険が感じられるんですよ」
『あはは……それは転科願のように中佐の机の中で永眠することになりますよ?』
「分かりました。じゃあ、いま多分娼館に中佐がいると思うので繋いでください。娘の処女を散らされて性奴隷にされるか俺を退職をさせるかの二択でつ――」
ないでください。そう言う前に背中に冷くてかたいものを押し付けられた。
銃口である。
「んふ」
「……なんで黒い笑顔で銃口をためらいなく押し付けることができるのか」
『返事がきました。殺しはしないが二度と表舞台に復帰できないようにはしてやる、とのことです』
「……………………もう嫌だ。なんで辺境の部隊はこうも秩序がないんだ!」
ヴァルゴにAIネットワークのIDを再発行してもらい、その後ログアウトしてみれば北極の採掘場の地下深く。脱出するも何も、ナイフしか持っていない状態だったために、対魔物用の武装をした鉱員たちに捕縛されてしまい、転移魔法で本国送りにされてしまう。
そして輸送トラックの下に潜り込み、貨物列車に忍び込み、輸送機の貨物室に隠れて帰ってみればいきなり隊長に「シルフィを迎えに行って来い」と言われ今に至る。
「それじゃあ義理の兄として、これからもよろしくね。兄さん」
「……どっからどう見ても兄妹に見えないだろ」
「うーん、親が違う兄妹?」
「……中佐金髪お前青髪そこからおかしいよな。父親の遺伝子どこに行った?」
「さあね? それにお母さんは有翼系亜人種だったらしいし」
「なるほど……だからシルフィは青髪で小さいわけだ……色々、とくに」
指差しながら言うと、
「むぅっ、おっきくなるもん!」
「いや有翼系の種族はもともと空を飛ぶために小さな体躯に進化して魔力制御に長けるっていうから、無理だろ」
「……」
しょぼーんとした様子で、力なく拳銃を下ろして制服の内にしまった。
身長も低く、身体も細い。
一応総合学校の制服を着てはいるが、軍関係の方向のため制服も訓練兵と似たようなものだ。
上に関しては男女とも夏冬の二種。下はスラックス、スカートが基本だがそれら以外にも用意されている。特にこれといった指定もないため、各々自由だ。
ちなみにシルフィは股下五センチ、ギリギリ校則に引っ掛からずホットパンツの定義に引っ掛かっているものに、黒のサイハイソックス。
「なあシルフィ、なんで俺の周りには短パンが多いんだろうな」
過去、白き乙女との交戦(主にレイズと)の際にドサクサ紛れに拉致されてアカモートで暮らしていたことがある。そのときにたびたび白き乙女や、アカモートに駐留する傭兵部隊と仕事をしたことがあるが、短パン(ハーフパンツ)が多かった。
魔法士たちの言い分では、どこにでも行くが寒い方は魔法でどうでもできるが暑い方は素直に薄着にしたい、でもいちいち替えの服で荷物を圧迫したくない、というものや走り回るための機動性重視だとか。障壁魔法で露出部分のガードはどうにでもなるらしい。
「いこ、クロード」
「兄妹設定はどこにいった」
「別に良くない? 他の人には昔からだからそういう風に見られてるし」
「……………………はぁエスコートしますよ、妹さま」
「それではお願いしますわ、お兄さま」
「大概お前も合わせてくるよな」
「こういうのも悪くないかなって」
「そうか……いや、悪くないな、うん。毎日毎日戦争ばっかりじゃ嫌になるもんな」
年は近いはずなのに、随分と(見た目で)差がある見える二人だ。
クロードがシルフィの手を引いて、学校前を歩いていく。
「じゃあね、シルフィ。また来学期」
「うん、またね」
忙しく部活動など課外活動へ向かう友人たちが道すがらに声をかけてくる。
「よお先輩! 退学してからもお熱い兄弟愛だねぇ」
「うるっせえな、誰のせいで退学になったと思ってんだよ」
「そりゃ魔法科の……わーった、睨むな睨むな。この話はなかったことにしよう」
後輩連中(男ばかり)を追い払って、シルフィが学友(戦友?)と話しているのを確認して、意識を仮想世界へと向ける。
声に出さずとも頭の中でイメージすれば会話はできる。
『ジーク、近くにいるのはドックタグで分かっている。迎えに来い』
『なんで俺なんすか』
酷く不機嫌な声で返された。
あちらは今日、休日だ。
『いいからこい。どうせいつものサイドカーだろ? 送迎用の駐車場で待ってるから来いよ』
『……ライム通りのバーガー店の一番高いやつ』
『悪い、ちょっと前にネットで衛星射撃使いまくって口座がすっからかんだ』
『んじゃ、これから火薬屋に行くんで。さよならっす』
通信を切られ、かけ直しても着信拒否でも設定したのかコールできない。
『リーン、ジークの通信拒否解除しろ』
『クロード伍長、電脳戦ではない限り階級に従ってください』
『リィンマグナベル少尉殿、ジークの通信拒否の解除を申請します。あいつまた正規支給じゃない爆薬作ろうとしてます』
『……伍長、ちょうどいいのでジークと中佐を捕まえてくれませんか。娼館と材料を経費で落とされると部隊のご飯はレーションばっかりになりますよ』
『了解。位置情報の転送をお願いします』
視界に青白い表示が重ねられ、付随情報が添付されていく。
中佐は昼間っから本当に娼館に行っているらしい。娘がいて、妻は亡くなっているというのに。
「シルフィ、俺ちょっと中佐に蹴り入れてくる。先に帰ってるか?」
ここから帰るとなると、駅まで歩いて電車に乗ってしばらく揺られ、また歩くことになる。
狙われる可能性はとてつもなく高い。
他のものに迎えを頼んでもいいのだが、機関銃を乗せた軍用車両でお出迎えというのは、シルフィが遠慮するのでクロードも頼まない。
「んー……すぐに終わる?」
「場合によってはいつものように夜通し追い掛け回すし、上層部に掛け合ってタスクを発行してもらって戦地派遣の学生部隊と一緒に追いつめる」
「分かった、じゃあ先に帰る」
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斯くしてセントラ国某所の娼館である。
ケバケバしい看板や、そういう格好をして呼び込みをする女性たちがいるわけではない。大きな通りから少し外れたところにある、見た目は単なるオンボロホテルだ。ただし、中に入ればそれなりに厳重なセキュリティはある。
まず入り口にはPMSCの武装したコントラクター。
桜都国のPMSCsのような、小火器以外も平気で所有し、依頼がなくても戦闘行為や施設占拠を平然と行うような輩ではない。ここにいるのはあくまでも警備と攻撃を受けた際の反撃を主軸とする傭兵だ。
狙撃銃や砲の使用にはかなり厳しい制約を設けられているため、さほど脅威にはならない。
「こら、子供がくる場所じゃないぞ」
門前払いされそうになるが、一応でも軍属なので端末越しにホログラムでIDを提示する。
「人探しです。左官クラスのバカが一人ここにいるので引き摺りだします」
すっと警備員が避けるとクロードはなかに踏み込んでいく。
中に入ればいきなりピンク色、というわけでもなく、それなりに広い綺麗な受付だ。
クロードはいきなり受付係にIDを見せながら言う。
「スコール・クラルティがここにいるだろ。いますぐに部屋番号とキーを寄越せ」
強引にキーを奪うと、すぐにエレベーターに乗り込んで移動する。
地下だった。エレベーターの階のボタンの隣にはバーと書かれている。
チーンと音がしてエレベーターの扉が開き、彼らがいるであろう部屋を開けた瞬間、目に入ってきた光景にクロードは固まる。
「おう、どうした坊主」
「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」
なんでこんなところで飲み会やってんだこの左官どもは。
言いたいけど、言ってしまうと取り返しのつかないところに逝ってしまいそうで言えなかった。
「……大佐、あんたなんで白昼堂々と敵国の敵部隊に囲まれて呑気に酒飲んでんだよ」
かなり度数の高そうな酒瓶を数本からにした狼谷大佐が、本来敵であるはずの者たちに囲まれて飲んでいる。
「んあ? 何言ってんだ、昔っからの付き合いだ付き合い」
「そういうことだ伍長、君も飲みたまえ」
さらに部隊内ではかなり真面目に分類される少佐までもが酒を進めてくる。
「クライム少佐、あんたザル超えてワクですよね!? 中佐も中佐でザルですよね!? リーンが普通の声でメチャクチャキレる寸前でしたから金は経費落ちにしないで下さいよ! つかそもそも年齢的に俺は飲んじゃダメでしょうよ!」
「何言っとるか、この国じゃ十五から飲酒はオッケーだろうが」
「いや、国の法じゃなくて州の法で引っ掛かるんですよ」
「伍長、君は一度法律について勉強し直してくるといい」
「…………もう嫌だ、なんだこの非現実的な展開は! ありえないだろこんな軍属のおっさんどもはっ!」
「ありえるから仕方ないんです」
「いきなり真面目に言わんで下さい……」
あっという間に精神的なヒットポイントに大ダメージを入れられたクロードは、空いている席に座って頭を抱えた。
『リーン……悪い、俺の実力じゃどうやっても左官クラスには敵いそうにない』
『あははぁ……軍の上層部も手が付けられないから放置状態ですし……』
『なんでこいつらが軍に籍を置いていられるのかが謎だ』
『お、恐らくですけど敵に回すより監視下に置いていた方が損害が少ないからかと』
『ですよねー。賞金首第一位ですもんねー』
そう言ってみると、ネタなのかなんなのか、現在の政府指定賞金首(電脳部門)のランキングが送られてくる。
二位から百位までのなかで、部隊員のほとんどが入ってしまっていることの問題性が分かるだろうか。
軍属でありながらも賞金首指定される矛盾が分かるだろうか。
電脳部門の裏賞金首、通称狂犬で見ていけば一位には霧崎アキトという白き乙女の最強に始まり、魔狼のメンツが上から下まで入るが。なぜ狂犬かといえば、そろいもそろってRC-から始まるフェンリルだとかシャドウウルフだとかなんとかヴォルフとつく犬(狼)をイメージさせる機体ばかり使っているからだ。
「はぁ……」
「伍長」
「なんですクライム少佐」
「あまりうるさく言わないが、仮想の階級と現実の階級は区別したまえ」
「別にしなくてもいいんでしょう」
「しなくてもいいが、公の場ではするように」
「了解。それでなんですか」
話しながら周辺の警備システムを覗き見て、おおよそ何を言われるのかは察しがついている。
「さきほど狼谷大佐とクラルティ中尉(現実の階級)がとある倉庫からこの酒を盗んできた。そろそろあちらの部隊が来る頃だろうから丁寧に出迎えること、以上だ」
美味しいところだけ持って行って、残りは部下に押し付けるときた。
「その代わりにあとで俺の退職願を受理してくれますか?」
ならば相応の対価は欲しいところだ。
「不可能だ。上層部に放置されている以上、この部隊は独立採算で動いている。このためすべての権限はクラルティ中尉にある」
「…………」
「では、敵性部隊排除の功績をもとにして君を少尉に推薦しよう」
「嫌です。なんでこの年でそんな階級になるんですか? そもそも士官学校もでてないのになんで尉官になれるのか不思議なんですよ」
「中尉の判断だ。嫌ならば実力を示したまえ。例えば君が部隊を率いるようになれば後は自由だ」
「不可能なことを言わんで下さい」
結局この後、もとの階級に戻されたクロードであった。
しかも遊び半分に偽の手続きで変えられてしまった名前はそのままというオマケつきだ。




