第十話 - 壊滅
レイズは一人走っていた。
意識が戻って、すぐに状況を確認すればあちこちから交戦報告が上がり、桜都国からは直ちに騒ぎを終息させるようにと命令が下っている。このまま騒ぎが続けば、桜都国から退去命令が下るかもしれない。
「なんだよ……ヴァレフォルの方はもう終わったし、レイシス家も計画潰したのに! なんでこうも問題が起きるんだよ!」
傍らに追従させているウィンドウには、クレスティアが味方のはずである狙撃手と交戦状態と表示され、基地からの連絡は完全に沈黙してなにも表示されていない。
「おいカスミ! なにが起きてる」
『知らないって。気付いたらクレスティアとレイアが戦ってるんだもん、これどうしたらいいの!』
「レイア? ……まあいい、手を出したら余波で消されるから基地の方に行け。そっちは俺がなんとかする」
『了解』
通信を切ると空を見上げる。
「飛ぶか……」
転移魔法を一瞬で詠唱すると、座標の目標物が何もない虚空めがけて空間を飛んだ。置き換えではなく割り込み型の転移だ、ヒュンと空気を押し出す音と引き寄せる音が響く。
一度上空に飛び、重力中和で空中にとどまる。
下を見れば、主に外縁部で魔法による衝突が多数発生していることが分かる。物理的な光が発生している場所は、見れば誰にでも分かるだろうが、レイズは魔力の動き自体を視て場所を割り出している。
「レイアじゃない……フィーアか? それに……おい、俺はまだ模倣体は召喚してないはずだが」
至る所からレイアの模倣体の反応が上がる。青いさらさらした髪、小柄な体でフード付きパーカーに短パン、そしてどの個体もライフル型補助具を持っている。白き乙女の者たちがなんとか対応できているのは、雑な模倣召喚であり、装備も低級なものだからだろう。
「先にフィーアを抑えるか……。あっち側につくって言いやがったから……」
狙いを定め、転移魔法に座標を入力すると即座に瞬間移動する。点と点との移動のため、慣性がなければ空気抵抗もない。
目標地点に転移すると、すぐにその惨状が見て取れた。
赤く溶けた路面、綺麗に削り取られたかのように消失した木々や落下防止ようの柵。
「ティア! フィーア! やめろ、そこまでだ!」
「もう来たよ……何も知らない救世主気取りめ! あんたがそんなんだから私たちがこういう方に回ってるんだよ!」
「なに?」
レイアそっくりな模倣体。特殊召喚魔法によって創りだされたフィーアは、背中に青い翼を広げると飛び立っていった。衝撃波を撒き散らしながら、地上への被害を考えずに高速飛行に移行して、瞬く間にその後ろ姿は見えなくなる。
「何も知らない……?」
視線を下ろすと、緊張が解けたのか、それとも負傷したのかクレスティアがぺたんとその場に崩れ落ちているのが見えた。
「ケガは?」
「ないわ。それより強過ぎよ……私のそこそこ本気の一撃を受け止めるなんて」
額に手を当てながら、ゆっくりと立ち上がると双剣を腰に掛ける。
「受け止めた? 消したんじゃなくて?」
「ええそうよ。レイアちゃんだったら間違いなく消し去るのに、あの子は魔法剣で受け止めたのよ? 信じられる? 神力の剣を魔力の剣でよ? ただでさえ魔力総量の少ないあの子が」
「どこかに供給源がいるんだろう。もしかしたらレイあたりかもしれない」
「もしそうだったとしたら多すぎる魔力の制御にリソースを割り振ってるから、いつものような大量に処理を食う分解を扱えないのかしら」
「そうだといいがな。行こう、基地の防衛部隊が沈黙している」
「……いやよ、これ以上仲間を失うのは」
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「ヴァルゴの直轄領域に誘導しろ、こっちでサーバーをぶち壊してディスコネクトしてやる」
『はいはい。しかしまあ、どこまで気付かれてるかね』
「さあ? とりあえず、暗号化した会話までは聞かれていないようだし、しばらくは演技してやろうじゃないか」
『その演技が”まだ仕込まれた術式を解除できていない”ふりってのは、少々周りへの誤解が酷い訳だが』
「だがまあ、ベインの方は解呪できたようだし。こちらもこちらでもう一つの”常に見られ続ける”状態を排除できないと、あいつらを危険に晒してしまう。反撃しようにもできないからな」
『ほんじゃまー、思いっきり嫌われる行動でもするかいな。”あちら”から”こちら”に近づけなければなんとかなるだろう。”観測者”どもに勘違いさせてやれ、今までの味方を裏切ってでも爆弾を解除して自分だけ助かればいいと考えているように。つーわけで、ログアウトしたらすぐに支援に回る、それまでは』
「思い切りヴァルゴに嫌われる”サーバールームでの大暴れ”でもしてやろう」
『だな。でも少しは手加減しろよ? 白き乙女のIDを通しての仮想への投入権限はすべてヴァルゴが持ってんだから』
「はいはい。じゃあ、頼むぞイリーガル」
『そっちこそ、死なないようにな』
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基地の廊下が真っ赤に染まっている。
鼻を突く刺激臭は凄まじいもので、あっという間に吐き気を臨界点までもっていく。
「…………」
防衛用の自立兵器は軒並み、何かとても鋭利なもので両断され、赤い水溜まりに沈む者たちはピクリとも動かない。
装甲と油と電子パーツ。赤い水溜まりと脳漿と乱暴に解体されたかのような肉の破片。それらが煮凝りのように混じり、天井からぺちゃりぺちゃりと滴る赤と、壁を伝うどろりとしたもの、床で固まり始めているそれで惨劇を彩っていた。
「誰が……こんなこと。ねえ、誰かいないの! 誰か生きてる人は!」
蒼月はダブルブレードを片手に、吐き気を抑えて、呼びかけながら基地の奥へと向かっていった。
白き乙女の基地は大部分が地下にある。地上はほとんど視線を遮るための壁と滑走路だ。
「誰か――っ、魔物?」
通路を曲がった先に紫色の魔物が一体。細い手足に不気味な凹凸の目立つ風船のような体。背には棘が突き出ていて、そこには血のようなものがべっとりと。
「こいつが……みんなを」
蒼月はダブルブレードの柄にあるトリガーに指をかけた。カチッと音がして連結が解除され、二本の剣、双剣になる。そして二つに分けられた柄にもそれぞれトリガーがついている。指をかけて力をこめれば、剣の刃が飛んでいく仕様だ。しかもワイヤーで繋がっているため、そのまま振り回すもよし、自動的に巻き取るので回収してまた撃つもよし。
そして、
「……魔物程度なら」
左手の剣を逆手に持ち、切っ先を魔物に向けてトリガーを引く。撃ち出された刃は、深々と突き刺さるどころではなく貫通。そのまま巻き取りを始めると同時に、魔法を使って足裏に水の膜を張る。
床をすべるように高速で移動し、魔物に接近すると刹那で斬り裂く。
紫色の気色悪い魔物は、断末魔の叫びを上げることもなく崩れ落ちた。
「こんなのにやられたっていうの……」
沈黙させた魔物から目を離し、歩き始めようとした。
その瞬間、ぐじゅりと音がして、振り返った時には破裂音と一緒に鋭利で長い棘が飛んできていた。蒼月は考えるよりも先に、反射的に腕を動かして剣で払い落とし、身を倒して残りを躱す。
飛んでいった棘は壁に当たると、爆発して更なる被害を起こす。
「うわぁ……倒した後でこれなら……」
避けるのは難しいな、そう思って再び基地の奥をめざして走る。
監視カメラや魔力センサーは片っ端から破壊されて、廊下にはバリケードや隔壁の残骸が散乱していた。核シェルター並みの厚さを誇るはずのそれらは、いずれも切断された跡が目立つ。剣を使って切断するにしても、硬化、強化、振動増幅などを使って剣を強くしないと折れてしまう。だがそれほどまでして斬るならば、魔法で爆破した方が早い。
侵入者はよほど剣か斬ることに執着がある、もしくは単にその系統の魔法を専門にしているのか、それ以外を使えないのか。
「悩んでも仕方ないか」
索敵のため、魔力の波を放てば跳ね返りで一番奥に魔物が集中していることが分かる。そこではやけに乱れた反射が返ってきたことから、戦闘が起きていると思われる。
そして、本来常備隊として待機しているはずの人員がいる部屋からは、一切の反応がない。
蒼月はここに向かってきているはずの仲間を待つか、それとも一人で進むかを考え、一人で進むことにした。
「私だって月姫に選ばれるだけの力はあるから……やれるはず」
平均値で見れば白き乙女の中では上の方。各隊の二番目に強いものが引き抜かれるが基本だからだ。ただし、蒼月の場合はどちらかと言えば護りに向いている。
月姫小隊へと転属になったのも、もともと所属していた如月隊の推薦とスコールの推薦があったからで、本人にその気はなかったのだ。兎角、月姫への”昇格”は強制ではない。各隊の一番強い者は隊長であるため選ばれず、二番目に強い者は隊長候補であり大抵は副隊長だ。だからその”昇格”を蹴ることもある。そうなると三番目、四番目と降りてくる。蒼月もそうやって選ばれたのだ。
「みんな……無事でいて」
嫌な臭いの立ち込める基地の通路を、最奥を目指して走った。
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レイズとクレスティアもまた基地内部に進入していた。
入り口付近にいた魔物を光の剣で横薙ぎに一掃し、さらに索敵用の魔力波で味方がいないことを確認すると、基地の中へと魔法による火炎放射を行って一気に入口を制圧したのだ。
「ねえレイズ。これって」
「ああ、魔物だが召喚魔法でどこかから運ばれたやつだな」
「そうじゃなくてこの赤いの」
立ち止まって近くの赤い水溜りに触れてみると、生温かく、混じっている肉片が気持ち悪い。
「血……じゃないな」
「着色料なの? これ。だったら臭いも血に似せるように色々混ぜてあるの……? でもあの魔物は赤い血じゃなかったし、なんでこんなものが?」
「いや……細かい魔力結晶だ。臭いは魔物だろう、肉片混じりだしな」
「魔力結晶って言っても、結晶化するほど魔力濃度が高くなるなんて……」
「そうなってたらここが限定的な異界に変質してる。多分、魔力の圧だけで攻撃するような……」
「「あっ」」
それを言うと二人ともすぐにある人物を思い浮かべた。
魔力だけで限定的に核兵器並みの破壊力を出せるはレイズの実家の連中か、月姫の数人しかいない。そして、こんな場所で大した破壊の跡もなく魔力の色が赤色ともなると、
「レイちゃんしかいないわねえ」
レイアの”姉”にあたり、一応は双子ということになっている。レイアが演算能力に優れる代わりに魔法においてはすべてに圧倒的に劣る。だがレイは演算能力がほとんどない代わりに、それ以外のほとんどが常識外れな性能だ。
「いつも一人でふらふらしてるからどこにいるか分からないのに……ここに戻ってきてたのか」
「きっとこの状況を見て、一人で突っ込んでいったんじゃない?」
「…………急ごう。レイの戦い方は大雑把だから敵ごと基地を消し飛ばすかもしれない」
「だったら転移したほうが早いんじゃない? 私、ここの作りは全部把握してるから飛べるわ」
「ジャミングがかかってるぞ?」
「大丈夫よ? 天使の力を甘く見ないことね」
クレスティアがレイズの手を握る。
頭の中に基地の地図を創りだし、現在位置と転移先の相対位置を計算して魔法を形作る。
魔法の使い方は人それぞれだ。呪文を唱える者、魔方陣を描く者、特定の動作をイメージと関連付ける者、魔法的な記号となる道具を使う者、エトセトラ。魔法使いの数だけ魔法の使い方がある。
クレスティアの場合は使い慣れていて、環境情報があれば無意識にでも使える。
「お前氷系に特化じゃ?」
「なんかね、ルールが変わってたみたいでほかのも”普通”に使えるようになってたの」
「今回の魔法のルールも後で解析する必要があるか」
二人を包むように、クレスティアから青い光の帯が流れだし、繭を作るように優しく包む。ふっ、と体にかかる重力が消失したかと思えば繭が崩れ、基地の最奥へつながる扉の前だ。
「行くぞ」
「ええ」
レイズは腕にガントレットを、クレスティアは双剣を。
扉の向こう側は白き乙女のサーバールーム兼ヴァルゴの私室だ。勝手に入ることができるのは数名のみ。他は入ることはできず、無理にでも入ろうとすれば電撃を食らってその場に倒れ、失禁するなどの醜態をさらすことになる。
電撃を警戒して扉に触れると、ロックがかかっておらず空いてしまった。
「はっ?」
見ればわずかな隙間から切削工具でも入れたのか、ロックする部分が斬られていた。
「……ヴァルゴさーん、入りますよー?」
レイズがびくびくしながら呼びかけた。
白き乙女の所有する特殊なAI。クオリア、人で言うところの”心”をもったAIであり、通常のAIに比べれば処理能力は”心”の処理に取られて少し劣るが、その分だけ柔軟な対応が可能であり、三原則など無視して自己防衛もするし人に危害も加える存在だ。
「ヴァルゴー……?」
入った瞬間に頭を破壊されてもおかしくないはずだが、とても静かだ。
「おかしいわね」
「ああ……静かすぎる。奥に行くか?」
「行くしかないでしょう? サーチに引っ掛かったのはこの向こう側なんだから」
何が来てもすぐに対応できるよう、腰を落として慎重に進む。
奥にはサーバールームと電源室、そして仮想空間へと潜るための特殊なインターフェースが置かれるダイブルーム。
「ダイブルームから見よう」
ドアの前で構え、レイズが蹴り開けて一気に入り込む。たがいに背中合わせで全域を確認するが……。
「…………おい」
「影秋君とアキト君じゃないの」
「なんでこんなところに……つかその刀はスコールの私物……」
壁に体重を預け、二人の青年は眠るように目を閉じていた。
「ダイブ中?」
「だろうな、ほら、チョーカー型の端末ついてるし」
狼谷影秋、霧崎アキト。如月寮の住人であり、異世界送りにされた経験を持つ。
「なんでここにいるんだかなぁ。てか、その刀があるってことはこいつが一通り斬ったってことだろうし、確かアキトの属性は火だったし、魔力も魔神クラスだからあの赤いのも納得がいくんだが」
「レイちゃんじゃなかっていうことになるわね。でも、それじゃあの魔物は? 基地の守備隊は?」
「恐らく……」
言いかけたところで爆発音が響いた。
「サーバールームか!」
部屋を飛び出して一気に、サーバールームのドアを開ける時間を惜しんで体当たりで開けた。
そこにいたのはスコールだった。不愛想な感情の欠落したような表情で、ただそれがあるべきという様子で。片手に血の付いたコンバットナイフを。
冗談のように首から血を噴き出す蒼月が、スコールにすがりながらその場に倒れる。
部屋一面に設置されたブレードサーバーはずたずたに配線を切り裂かれ、このままでは使えない状態にまでされていた。そのまま視線を動かしていけば、部屋の隅でライフルを抱えたまま動かないレイアが倒れ、すぐ隣にそのクローンである個体も倒れていた。
「お、おい、スコール」
「邪魔だから殺した。ただそれだけだ」
ヒュンとナイフを振って、張り付いた血を払い落とすと、逆手に構えてレイズを見る。
「スコール、お前……。蒼もクローンもお前のことが好きっていっただろうが! なんでそんな簡単に殺せるんだよ!」
怒り任せに加速魔法を使って殴りかかった。
だがそれは一歩横にずれるだけで躱されてしまい、レイズはカウンターを恐れて後ろに飛び下がった。
「力があるのなら大事なものをすべて護ってみせろ。常に関係ないと思えるような範囲まで警戒しておかないといつまでも後手だぞ」
「何が言いたいんだよ。力なら俺よりお前の方があるだろ! 俺みたいに魔法で戦えるだけが力じゃない、お前は必要な時に必要なだけ非情になれるし、誰もを欺いて最終的にはすべてを傷つけているようで護ってるだろ! お前のことを好いてくれるやつお前が一番大切にして護ってやるべきだろ!」
「だから? 力があるだけでどうして一方的に押し付けられにゃならん」
「そういうなら俺だってなんで押し付けられるんだよ? 言ってみろよ」
「お前が全部の元凶だから、それだけ。とりあえず”こっち”のことはこっちで処理するし、お前らは邪魔だから排除する。嫌なら力尽くで運命に逆らってみろ。最強と言われ救世主を名乗るならそれくらい簡単だろう?」
わざと挑発する”演技”だ。だが、まだ何が起こっているのかを知らない側からすれば、起こっていることの元凶に見えてしまう。
そしてレイズの中でぷっつんと切れた。護れと言い、警戒しろと言い、そして邪魔だから排除すると言われ。
放っておいたら何をされるか分からない。メティサーナが負傷して満足に動けない以上は、本当に万が一の時に全滅してしまうかもしれない。
だったら。
「さあ、正義と悪のぶつかり合い見たいな分かりやすい形でいいだろう? お前なりの正義、見せてみろ」
自分で悪だと言うスコール。
「ああ……そうかよ、だったら…………もう、終わりにしてやる!」
数日前の戦闘で大勢の仲間を失い、さらにこの騒ぎで酒まで入っている。
分かりやすい形で、倒せばいい分かりやすい目標は目の前にいて、そのための力は持っている。
「くくっ」
妙な笑いを出したスコールに殴りかかると同時に、接触起爆の魔法弾をばら撒く。触れたらウニのようにトゲトゲの球体になって容赦なく貫くものだ。
相手は後ろに下がるだろう、そこに魔法で制御して無茶な蹴りを入れてしまえば終わり。スコールは素の状態では一部を除いて魔法を使えない。だからそこらの魔法士のように天井まで飛び上って、突進してくるような非現実的な挙動はしないという前提がある。
そして実際に後退した。ただし、予想よりも速く、遠くへと。
目測を誤って空振りした拳と、届かなかった魔法弾。
(まだだ)
魔法による運動エネルギーの強制操作。
停止と加速も組み合わせ、振り切った拳を基点に回転して踵落としを狙う。真上から振り落とすだけの単純な攻撃だ。当たるなんて思ってはいない。
ゴンッ! と金属の床を凹ませて、ヘルメットを被っていても確実に即死するような一撃すらも捨て札にして次へとつなげる。
再び拳を突き出し、後ろに飛ばれて回避される。すかさず振り切った拳の先に光を凝縮した剣を顕現させ、振るう。さすがに回避した直後に連続して回避すれば体勢を崩すはずだ。そこが勝機だ。
と、思っていた。考えていた。
だが来るはずのない攻撃が来た。
「コピー、リリース」
スコールの手に握られたコンバットナイフの先に、すべてを浄化するような光りの剣が伸び、それが振るわれる。
双方の光がぶつかり、弾け、少々無理な体勢だったレイズが崩れた。
そこにスコールが光の剣を振り下ろすが、レイズは両手に魔力を纏わせて白刃取り。無刀取りや剣取りと呼ばれ、振るわれる刀身を受け止めるものではないが。そもそも実戦で使われるようなことでもない。
「お前……!」
「超高難度の魔法を常時詠唱しっぱなしだったから他を使えなかった。そもそも世界そのものを捻じ曲げる魔法を世界全域に作用するとどれだけ”世界の自然治癒”を押さえつけているか分かるか? 巻き戻しなんて復元力と進む力と抵抗力とすべての魔法使いの抵抗を破壊しながら作用してんだぞ」
嘘だ。
レイズの”眼”にはしっかりと、十三回しか使えないはずの魔法が生きているのが見えているし、スコールの光の剣は暴走状態の神力だということも映っている。あの巻き戻しの魔法……どこからそれだけの演算能力を得ていたのかは、スコールが知っているが、発動に必要な魔力はどこから持ってきていたのか。
「もっともらしい嘘で塗り固めるなよ。俺には視えるから通用しない」
「……だったな」
ゴヅッと後ろから重たい音が響き、スコールがゆっくりと剣を引いた。
最初、レイズにはなぜそうするのかが分からなかった。だがスコールが離れ、少しゆとりができたことで後ろに注意を向けることができた。
「とりあえず、運が悪かったとかそういう捉え方でいいと思う」
青いフードを被った青年が、長く細い棍でクレスティアの首をついて壁に押し付けていた。
喘ぐように息をしようとしているが、気道を潰さずに塞ぐ力加減で塞がれて呼吸ができない。
「イリーガル……!」
レイズはすぐにクレスティアを助けようと、魔法を顕現させるが、
「魔法と魔装を解除しろ」
魔法の刻み込まれたカードをイリーガルが突きつけたために、解除するしかなかった。
”眼”を使って記述された魔法を見れば、酷く複雑な無駄な魔法を重ね書きされ、解読自体が困難なものだ。それでも一つ分かれば魔導回路の構成からそれが一つの”魔法工程”を構成するパーツだと分かり、発動工程は分からずとも、どういうものを出力するのかは分かった。
脳細胞の直接破壊。
いくら天使とはいえ、人間の身体に慣れて依存しきっている状態では、天使の性質ごと破壊されて消滅する。
「くっ……」
下手に動けず、歯噛みするしかない。
「それでいい」
イリーガルは視線をレイズから逸らすと、
「スコールはどこにいる? 再契約をしたいんだが」
そう言って部屋を確認するように見渡した。
「そこに……いるだろ?」
レイズは光の剣を突きつけているスコールを見て、言うがイリーガルは違うと首を振る。
「違う、それじゃない。それに憑依していたやつだ」
「は……?」
「まあいいか、ハティもいないようだし、あとで探しにいこうか」
クレスティアに押し付けていた棍を引くと、カードに魔力を通して術を発動する。
一瞬。
雷撃のようなものが見えた時には、糸の切れた人形のようにクレスティアが崩れ落ちる。
「あ……あぁっ! よくもティアを!」
素の状態で、飛び掛かるように殴りかかるが棍で払われ壁に打ち付けられる。
「何度目だろうなあ。力は蓄積して最強と語られるが、記憶はどんどん失うから知らないことが多いだろう? 曖昧なところや、思い出すたびに内容が変わることもあるだろう? 力はあるのに経験がないから対応できないだろう?」
同じカードをドローして、イリーガルは無慈悲に突きつける。
「これで何回目だか」
スコールが呟くように言う。
「多分、最低でも万は超えてるはずだが」
それにイリーガルが返す。
「まあ、直近でレイシス家を荒らしまわって、ついでに方舟の術式を破壊した時か。レイアとか依存していないエーテル体には効かないのが欠点だが」
「改良の余地ありだな。それよりどうする?」
「異な事を聞く、こうしてここにいる以上、邪魔が入ったわけなんだが」
「んじゃまずは黄昏の領域で準備するか」
スコールが部屋の奥へ向けて腕を伸ばす。
と、同時に眩い閃光が迸って空間を破壊していく。穿たれた穴の先には黄昏の空が見えている。
「後何時間だ」
「もって一時間。暴走状態だからそのうち細い血管が破裂し始めるだろう」
「やっぱり月の影響は防げないか……」
スコールが穴に踏み込もうとして、蒼月と模倣体に目を向けた。
「持っていくのか」
「一度解剖してみたいとは思うんだよ、天使とか模倣体とか、あと獣人とか竜人とか。どう見ても不必要な進化……いや、退化か。なんで尻尾があったり、骨の構造変えてまで人の形を取りつつ獣の鋭い聴覚や嗅覚をもつに至ったのかとか」
スコールが蒼月に手を伸ばして抱えようとしたとき、
「……ん」
いきなり蒼月が動いた。最後の力を振り絞ったような、乱れた動きだ。体重だけで押し倒すと、平手打ちをしようとしたのか腕を振り上げ、そして力尽きた。
「いくらなんでも頸動脈切ってからあれだけ出血すりゃ……」
蒼月を押しのけ、起き上がる。
「死ぬはずだろ」
「いや……ここに死なない例が二つある訳だが……」
スコールとレイズである。以前双方とも死んでもおかしくない大怪我を負ったにもかかわらず死んでいない。
「……はぁ。まあいい、予定変更だ」
スコールが蒼月を肩に担ぐと、そのまま穴に向かう。
そして気付いていなかった、模倣体の、個体識別番号ゼロも意識を取り戻していることに。
イリーガルはレイズに対し記憶破壊を仕掛けようとして、スコールは警戒せずに穴に入ろうとしていて、その急な攻撃に反応できなかった。
雄たけびを上げて突撃するのではなく、小柄な体躯を活かした素早さと消音性で一気に距離を詰めると、
「っ!?」
寸前で気が付いて振り返ったスコールと正面衝突してそのまま穴の中に消えた。
あのまま後ろから組み付いて、髪でも引っ張って引き摺り倒してやろうと思っていたゼロだが、できなかった。
そしてイリーガルは、
「空が見えているということは出口は空の上……まずい!」
慌ててレイズの無意識の魔法障壁を吹き飛ばし、記憶破壊の術を行使した。勢いづいて壊してはいけない部分まで消したような手応えがあったが、そのままカードをドローしながら穴に飛び込んで消えた。




