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第九話 - 機械の巨人

 如月隊の隊長、如月鈴那ことクレスティアはカスミをつれて基地に向かって歩いていた。

 暗い夜道だが、街灯にしっかりと照らされ、海沿いの散歩道であるため、夜でも走り込みをしている人とたまにすれ違ったりする。

 腰には白い翼のような双剣を下げている。これは物理的な武器ではない。天使としての力を直に振るうと、戦略級どころの破壊では済まない災厄が起こるため、わざわざ抵抗器として双剣を使っているのだ。

 それでもまあ……全力を出せばアカモート程度は数回の攻撃で航行不能にはできる。

 ちなみに、この桜都国では所持許可証を持っていたところで”そういうもの”をケースに入れずに持っていると、例えお姫様だろうが逮捕される。


「ねえカスミちゃん」

「な、なななんですか」


 スリングを使って背中に狙撃用魔装銃を背負っているカスミは、それだけで不自然すぎるほどに慌てた。

 パンティーの隙間からもれ、ハーフパンツの内側を伝うモノがやけにしっかりと感じられる。


「そのにおい……誰としたの?」

「あ、えとその、あと、えと」

「怒らないから正直に言いなさい」


 両肩をしっかりとホールドされ、笑顔で迫られる。どことなくメティサーナと同じような威圧感があるのは否めない。


「カスミちゃん」

「…………はい」

「私だってね、レイズには私だけを見ていてほしいとは思うわよ。でもああいう体質っていうか、呪いがかかってるじゃない? だから少しくらいほかの女の子と関係を持っても見逃してるの」


 と、そこで一区切り。


「でもねぇ、シャルのように無理やり襲い掛かるのとかメティみたいにストレス発散のためにオモチャにするのとかは許せないのよ。カスミちゃん、レイズってときどき魔法への抵抗力が落ちるの知ってるわよね? とくに今日みたいな青い月の日とか」

「は、はひっ!」

「そこにつけこんでみんなでそういうことになるように仕向けたりするのもあまり許せないことなのよねぇ……カスミちゃん」

「ひぃっ」


 言葉はいつも通りだが、なぜかとてつもない重圧と恐怖を感じる。


「ク、クレスティア様……」

「なあにカスミちゃん?」


 正規作戦中などでは、上位のものに”殿”や”様”をつけることはある。

 だが今は恐怖だ。隊長クラスならば書類をどうとでも弄ることができる。もしかしたらこの場で消される可能性だって否定はできない。


「すみませんでした! もうしませんから、私のこと消さないでくださいっ!」

「あらぁそんなことしないわよ。ただ、次同じようなことをしたら……」


 両肩を抑える手がゆっくりと下に、そして腰に掛けてある双剣の方へと。

 斬られる、カスミはそう思った。


「はひゃぃ、はいっ! しませんっ、しませんっ!」

「別に私はレイズとえっちなことをするなとは言わないわよ?」

「え?」

「無理やりじゃなかったらいいのよ。それに、レイズって私みたいに人の姿をしているだけで人じゃないから。……なかなかね、その……できにくいの」

「できなければいいって問題ですか、それ」

「そういう問題じゃないわ。あの性格だもの、たぶん最後まできっちり責任は取るでしょうね。でもそうしたらほかの女の子たちが可哀想じゃない……」

「……あの、いいんですか? それ浮気なんじゃ……」

「いいのよ、その辺は。だって、レイズって誰が相手でも一度関係を持った以上は使い捨ての駒だなんて思わないもの」


 ただし敵を除く、という条件は付くが。


「それに、最初の日からレイズを私だけで独占できるとは、思って無かったのよ?」

「はい?」

「だって彼、私と初めて会ったときなんかサキュバスを何十匹も連れてたんだから……ちょっと記憶が曖昧だけど」


 一応人型悪魔の数え方は『匹』ではなく『人』なのだが……。


「それってつまり……」

「そうねぇー……最初から好色王みたいな雰囲気はあったような気がしなくもないのよ……」

「…………」


 それを聞いた途端にやってしまってよかったのだろうか、そんな気がしなくでもない状態になってきたカスミ。なにが、と聞かれたら、それは答えないだろうが。だがそれでも後悔はなかった。


「ま、そういうことだからね。この話はこれでお終い! はいこれ」


 鈴那はウェットティッシュとナプキンをカスミに渡した。


「えと、これは?」

「しちゃった後って漏れたら気持ち悪いでしょ? お腹にぐっと力を入れたら残りも少し出るから、軽くふいてナプキンでね。そこ、おトイレあるしちゃちゃっと済ませてきなさい」

「はい……」


 顔を赤くしながらカスミが走って行ったところで、鈴那は双剣を手に取って、周囲に多重障壁を張り巡らせた。電波を反射させて通信を封じ、音も通過しようとする物体(通常の空気を除く)も遮断するものだ。


「さてと……危ない芽は早いうちに圧し折るのがいいわよね」


 逆手に構え、柄の部分もぐるりと羽が覆う双剣を振り上げ、


「楽に……一撃で消し飛ばすのが最善かしら?」


 構えてもいない彼女に向かって、一切容赦なく振り下ろした。

 障壁の外から見れば、数秒だけそこに真っ黒な空間が出現したように見えただろう。

 破壊の轟音も、目を焼く閃光も一切もれてはいない。


 ---


「狼谷大佐、クラルティ中佐。そろそろいいんじゃないですか? 保護者の出番でしょうよ」

「イチゴ兵長」

「なんです? 階級に差があったとしてもあんたらより率いている人員は多いし権限も上ですよ」

「そんなことではない。このメールの差出人は誰かということだ。最低限必要な送り主の情報すら記述されていない」

「いまはどうでもいいでしょう。とにかくあいつらを助けにいくのが先決です」


 仮想世界のどこにも属さない構造体エリアから、囲まれている馬鹿三人を見下ろしている保護者三人がいた。

 現実でも仮想でも、傭兵としての階級で大佐である狼谷誠司。

 現実では陸戦隊として中尉、仮想では電脳将校として中佐の階級を持つスコール・クラルティ。

 白き乙女で傭兵として兵長の階級を持ちながら、実質的には中佐以上の権限も一部持っているイチゴ。


「はあ、しっかしまあ、坊主も戦争屋にはなりたくねえっていいながら……まったくどうして……」

「うちの准尉は敵同士でも仲良くやれているようでなにより。後できつい説教で歓迎してやろう」

「……おいあんたら。息子と隊員の心配はしねえのかよ」

「「必要がない」」

「ダメだこの親どもは……」


 クラルティの所属するセントラのジェット小隊、狼谷の所属する魔狼・白き乙女混成部隊とは、仮想でも現実でもよく衝突するほどの敵同士だ。だがそれも毎度のことのように双方に軽い負傷者を出して終わる程度。

 そもそもそれぞれの隊員でみていけば結構つながりがある。仲が良かったり、休日には敵味方抜きで飲みニケーションに行ったり。

 とくにこの怪物たちの保護者同士が問題だ。

 休日にたった二人でバウンティハンターとして、賞金首に挙げられている大型ウイルスを仕留めに行ったり、現実でたった二人でならず者の集会所を襲撃したりと。


「行きますよ。いくらちょっと前に殺し合いをした仲とは言え……あ、必要ないか」

「ああ必要ない。終わったら美味い酒でもかっぱらいに行くかセイジ」

「おおそうだな、ロストヘヴンの倉庫にいいものが保管されているらしい。年代物だとよ」

「ほお、いいな」

「おいあんたら。コンビニで何を買うかみたいな気軽さで犯罪の相談してんじゃねえよ」

「はぁーあまったくこれだから若いもんは」

「むしろ大人が率先して悪いことを見せちゃいかんでしょうよ!」

「少しくらいいいじゃねえか」

「ダメです! てか狼谷大佐、やったら白き乙女の方、首切りますよ。クラルティ中佐もリー中尉に言いつけますからそのつもりで」

「「…………つまらんなあ」」

「いい大人が何言ってんですかね。あんたらそんなんだから一時期賞金首のトップランカーになるんだよ! フェンリルと白き乙女の仮想化部隊のつなぎやってる俺の身にもなれ! ストレスで胃に穴が開くわ!」

「そーならんように適度なガス抜きをだな」

「そのガス抜きが犯罪だっつってんでしょうがよ! まったくもう……誠司、せいじ、聖人(SAGE)? ねえな」


 これ以上の犯罪者たちの話に付き合いたくないイチゴは、戦闘用のプログラムを起動しながら飛び降りた。

 仮想はすべてがAIの観測によってプログラムで構成されている。

 しかし、それならばプログラムを書き換えてしまえばなんでもできるのではないか、という考えが浮かんでくるだろう。

 現に狙撃のアシストで本来なら狙えない距離から標的を撃ち抜くこともできる。だがそれは銃というものを扱えるから。扱えないなら扱えるようにしてしまえというのは無理だ。

 現実を模倣して創造された仮想世界だが、あくまで観測によって”再現”されているだけだ。例えば水、H2Oは熱すれば沸騰して気化、蒸気になる。冷ませば凝固して当たり前の氷になる。そこに人の手によるプログラムは()()()()()()()()のだ。

 複雑な現実の法則を観測し続けたAIが新たに創りだした仮想の法則。すべての物質リソースは仮想空間を律する法則に従って、物質オブジェクトを創りだして現実と同じように振る舞う形に組み上げる。

 もう改変しようにも、複雑な機械言語の羅列を読み解くことは難しく、読み解いて法則を書き換えるパッチをAIに当てても、人が追加した法則は異物であるかのように排除された。

 あるべき整合性を無視したもの――つまり魔法のような不自然な現象しょりを、AIとAIが組み上げた法則が存在することを許さなかったのだ。

 それでも”ストレージ”という見えない個人倉庫のようなものからモノを出し入れしたり、その場で服装を変える程度の便利な機能はある。

 そして、人の身体を組み替えるためのものも。


「擬装体への移行プロセスを起動」


 頭で念じるだけでもプロセスは起動される。それでもはっきりと言えば間違いなく認識されて確実にプロセスは実行される。


『メインシステム・フォーマット』


 視界に数えきれないほどのウィンドウが表示され、次々に身体を構成するプロセスが書き換わっていく。

 無数のプログレスバーが恐ろしい速度で伸びては消えていく。


『コンストラクタ・フォーマット』


 実体インスタンスの定義されたメソッドが一度白紙化される。

 量子化された0と1(ビット)が次々に書き込まれて、身体が――プログラムの構造体が、クラス階層が、樹形図が瞬く間に再構築されてゆく。


『ナーヴコネクション・クリア』


 身体全体が、皮膚が、肉が、血が、骨がどんどん変化してゆく。

 ずれた感覚が同期されていく。


 ――同期処理が少し早くなったな……。


『シェルシフトプロセシング・フィニッシュ』


 体感時間にしては長かったが、それは一瞬のことだ。

 一瞬で身体全体がモーフィングしていくような奇妙な感覚を味わい、気付けば五メートル前後の鋼鉄の巨人に成り変わっている。

 鋼鉄の体に聞きなれた心音、感じなれた鼓動の代わりに、パルス信号が駆け巡る。視界に表示される情報は、まだまだ下に存在する大量の無人機を拡大表示して、ロックオンしている。

 すぐにブースターを吹かして落下速度を抑え、スラスターで進路を調整していく。ただ、いくら鋼鉄の身体とはいえ、人の身体を作り変えたものであり、装甲の下にある鋼の身体には感覚神経が張り巡らされている。だから感じる負荷も大きなものだ。


「やりますか……機体名RC-fenrir、イチゴ兵長、戦闘開始エンゲージ


 同時にストレージにアクセスして狙撃銃――普通に見れば戦艦に取り付けてあるような小型砲クラスの大きさがちょうどいい感じにフィットしている――を取り出して、続けて支援機を呼び出す。

 イチゴ機よりも少し小さい人型無人機で、狙撃中の観測と警戒と、万が一の盾だ。武装は腕と一体化している機関砲と、電磁障壁発生器のみ。


「はいはいっと、ほんじゃ暴れますかい」

「おうよ。ちったあ坊主にいいとこ見せんとなぁ」


 敵機の頭上から砲弾の雨を降らせようと思っていた矢先、イチゴの隣を第一世代機の初期型が落ちていった。


『おいっ、バカかあんたら!? なんでそうも趣味的な旧型機を持ち出してくるかねえ! 第二世代なら第二世代らしく』

『いいんだよこういうのは、使いやすければな』

『そういう問題じゃないと思うんですが! つか射線上に入るなっ、危ないから!』


 通信越しに文句を言ったところでおじさん二人は止まらない。

 折角ロックしたというのに、撃とうとした端から射線上に入る邪魔のおかげで撃てやしない。


「……前哨狙撃兵ってなんのためにいるんだっけ?」


 ぶつぶつと文句を言いつつ、折角取り出して装填した狙撃銃をストレージにしまい込んで、折角起動したロックオン支援プロセスをキルして、


「システム換装、スナイプからミドル」


 火器管制まわりが変わっていき、ストレージからはアサルトライフル――それでも人のサイズから見れば小型の砲――を取り出して落下速度を少し速める。


「帰ったらリーンベルに文句言ってやる……!!」


 そして、ストレス発散がてら眼下のおっさん二人を巻き込んで銃弾……砲弾の雨を降らせてやろうとしたところで、さらなる邪魔が入った。


「……運命の女神さまはどうやら俺の胃に穴を開けたいらしいな」


 離れたところにログインしてきた正体不明の二機にライフルを向け、


『そこの機体ヴェセル。こちらは白き乙女所属イチゴ兵長である、所属と目的を明かせ。さもなくば敵性と認識する』


 すると返事はすぐに帰ってきた。


『フリーランスのイリーガル。これよりディスコネクトでそこの無人機を無力化する』

『回線の切断だと……。まさかさっきのアラートはっ!』

『魔法妨害器による転移阻害なんていうのは、より強い魔法で上書きしてしまえば意味なんてない訳だが』


 イリーガルと名乗った機体の隣、細身の白いヴェセル――人を作り変えるシェルではなく、乗り込むタイプの機体――が何かを放った。

 三連発。

 一つ、薄い水色の波動が全方向に放出され、波動が通過した端から砕けたガラスのようなものが、散っては消えていく。それは仮想空間の領域だ。存在する物質ではなくAIの管理するエリア権限そのものを破壊している。

 一つ、色のない、目に見えない処理。離脱妨害プロセスだ。名前の通り、範囲内から逃げることを封じるための処理。ログアウト処理ができなければ、仮想特有の瞬間移動じみた転送プロセスも起動できなくなる。

 一つ、最後は単純な通信妨害。外部との連絡が一切できなくなる。


『ウィングユニット……エールシリーズか?』

『答える謂われはない。管理権限を奪取、これより障害を排除する』


 瞬間、ジャミング圏内で敵機が消えた。

 転送ムーブにはヴァージョンにもよるが、現行ヴァージョンではグリッドに包まれるようなエフェクトがあるはずだ。なのに、視界にいた不明機は瞬間的に無人機の真横に移動していた。


「…………滑走するもの(スレイプニル)。賞金首第一位の機体じゃねえかよ、もうっ!」


 その特異な転送プロセスで気付いた。

 撃破して然るべき場所に持っていけば、戦艦を購入できるほどの金額が手に入る。


『大佐、中佐! そっちに賞金首!』

『安心しろよ、てめえの取り分もしっかりかっ攫ってやっからよ』

『殺れば怒られずに自由に酒が飲めるな』

『あんたらそっちに手え出したら瞬殺されるからなっ!?』



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