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第零話 - 繰り返される刻

 時差ボケ、という訳ではないがそれに近い。

 自宅代わりに使っている大型のコンテナを二つ並べて改造したコンテナハウス(ハイドアウト)。そこにあるクイーンサイズベッドの上で、生まれてこの方偽名ばかりを使ってきたレイズ・メサイアは目元をこすりながら、目を覚ました。

 頭まですっぽり覆っている毛布はそのままに、腕だけを伸ばして枕元に置いている目覚まし時計が爆発する前に止める。この目覚まし時計は旧式で、響く音が火災報知器並みにうるさいのだ。

 目覚まし機能を停止させた時計をひっつかんで顔の前に運び、まだ半覚醒状態の意識で時間を見る。

 午前二時五七分。

 まだまだお日様ではなくお月様が空を飛んでいる時間だぞ、と思って毛布を被りなおそうと手を伸ばす。

 ふにっと、何か柔らかくて人肌に温かい……丸みを帯びたものに指が当たった。なんだこれは? 低反発クッションはベッドの下にあるはず? 一体何だ? しばらく寝起きのぼーっとした頭で考えた後、衝動のままに二度寝に突入。後で後悔する羽目になるとは一切知らず。


「…………?」


 再び目を覚ました時には、体に誰かが抱き着いていた。

 そっと毛布をめくってちらりとその髪の色を見たレイズ。一瞬にして寝ぼけていた意識が覚醒してぶるっと体が震える、恐怖で。


(……な、なんでカスミがここに?)


 キャミソールと腿のあたりで大胆にカットしたデニムの短パン。さらにその先を見れば黒光りする筒が。肌とキャミの隙間から覗く小さな桜色に意識を向けるよりも、どうやって起こさずに逃げるか。そっちのほうに思考のリソースを割り振っていた。


(まずいまずいまずいまずいまずい!! 起きたら殺される!! そもそもなんでアレがある!? 大きさからして対物ライフル!)


 レイズを抱き枕として眠っているのは緑色の髪を持ち、長い付き合いではあるが近づくと容赦なくライフルを向けてくる危険少女だ。

 近くにいるだけでこれだというのだから、一つのベッドで一緒に寝ることなどありえない。

 さて、生き残るためには当然なすべきことがある。

 可愛らしい寝息をたてて眠っているこの女が起きてしまえば、きゃーという悲鳴と同時に体のどこかに風穴があくなんてことではなく、体の一部を吹き飛ばされてしまう。つまるところ、普通ならばきゃーえっちー! の流れから顔に紅葉マークではなく、ガチャコンズドン! と砲撃を食らってしまう可能性が高い。

 レイズ・メサイアは自分とカスミの上にかかっている毛布をゆっくりゆっくりそっと持ち上げていく。起こしてしまえば待っているのは死だ。一瞬にミスで起こしてしまえばジ・エンド。動態感知爆弾モーションセンサーボムを扱うかのような繊細さで毛布を払うとゆっくりと動く。


(だ、大丈夫だ。起きない内に外に出てしまえば何も言われない、何もやらしい誤解はない)


 そっとそっと、シルクの手袋をつけて宝石を扱うように、カスミの手を、指を自分から離していく。そして絡みついている足の方、傍から見れば太腿のあたりに手を伸ばした時だった。


 ガックォォォーーーンッッ!!

『二番コンテナはそこじゃねえ!!』

『すんませーん!!』

 ズゴォォォとガントリークレーンの音やらストラドルキャリアやら積み下ろしの音が響き始める。


「……………………」

「…………(汗)」


 ばっちり目が合った。そしてその手の行方をしっかりと誤解された。


「きゃぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああっ!! 変態っ!! 近寄んなぁぁぁぁぁ!!」


 寝起きだというのにその動きは素早かった。淀みない動きで肘鉄を撃ち込むと痴漢撃退の基本的な攻撃を片っ端から叩き込んでレイズをオーバーキルしていく。


「うおわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!?」


 凄まじい痛み、主に急所に連続して入れられる足蹴りを感じながらも叫ぶ余裕はあるらしい。

 どかっと仰向けにされ、腰の上あたりに座られるとファスナーを下ろす音がする。もちろん社会の窓とかいうもののではない。カスミがベッド脇に置いていた黒く長いカバン(ガンケース)だ。

 引っ張り出されるのは散弾銃、そしてその手に握られている弾はドラゴンブレス。


「待て待て待て!! そんなもの使うならせめてスラッグかフレシェットにしろぉぉぉぉぉっ!!」


 カシャッと装弾され、ガチャッとポンプアクションで送り込まれる。

 レイズの頭の中にはいくつかの選択肢が浮かび上がっていた。

 壱・このまま撃たれて家ごと全焼する。

 弐・押し倒して拘束する。

 参・腰を突き上げてバランスを崩し、隙をついて逃げる。

 とりあえず壱は一番嫌だから避けなければならない。参は逃げたところでこの女の本職は狙撃、撃たれてお終いである。ならばと押し倒す。

 腕を突き上げて反動で体を起こし、ついでに掴み取った散弾銃のフォアエンドを思い切りカスミの方へと押す。勢いづいて押し倒しつつ危険な弾を排出。


「いやぁあああああああああああああああああっ!! 色欲魔に犯される!!」

「誰が色欲魔だ! 少し大人しくして黙ってろ!」


 押さえつけて抵抗され、蹴り倒されて次弾を装填されて再び押さえつけ。そんなことを繰り返しているうちに服は乱れて、それでなおも続けるうちに服のつなぎ目が破れていき、それでもなお続けて押さえつけたときにはあられもない姿だった。

 レイズは上半身裸でカーゴパンツも脱げかかっている。カスミはキャミの紐が切れてずり落ちて、短パンはなくなって下着だ。


「いい加減に大人しく!」


 と、勢い任せに押さえつけようとしてコンテナハウスのドアが開けられた。


「……な……に、してるの」


 見様によっては無理やり押さえつけて服を剥ぎ取っている。この後に続くのは両者の合意のない性的な行為だとすぐに誤解するだろう。


「…………誤解だ、ティア」

「レイズがそんな人だったなんて……」


 静かに閉められたドア。

 そして冷静になった二人。


「カスミ、ちょっとそこに正座」

「……はい」


 今日も騒がしく一日は始まっていく。

 ガミガミガミガミ長い説教……ということもなく、途中で呼び出されて二人それぞれ別の場所へと行く。部屋にあった服を適当に身に纏ってコンテナハウスから出ると、貨物船からコンテナを下ろしたり、逆に積み込んだりしている作業員たちの合間を縫って外縁部まで歩く。

 レイズの寝泊まりしているコンテナハウスはこの都市の最下層、倉庫区画とも呼ばれる場所にある。船着き場であり、この都市の収入の一部を担うこの場所なのだが、意外にも警備態勢が杜撰でありときおり荷に混じって不法侵入を試みるバカも存在する。

 潮風と波の音、海鳥の鳴く声や朝日を感じながら直近の階段を目指す。潮風の影響か錆びてボロボロになった螺旋階段を使って駆け上っていくと、ようやく下層部の連絡橋へ。


「ふあ、ぁああ……」


 朝日を拝みながら思い切り体を伸ばす。まだまだこんな下層部に人はいない。風の吹き抜ける静かな連絡橋を歩いて行くと、ふと上から叫び声が響く。


「ん?」

「うあぁぁああああああああああああああっ!!」


 何も掴むものがない空中で暴れながら、どこにでもいそうな……通行人Aという紹介でも問題がなさそうな青年が降ってきて、連絡橋に引っ掛かることもなくさらに下の海面に飲み込まれて高い水柱を上げた。


「なにやってんだ……」


 というよりもこの高さを落ちたらケガじゃすまないのだが。

 しばらく眺めていると水面に顔を出し、近くのタグボートまで泳いでフェンダーにつかまって引き上げてもらっている様子が見て取れた。

 ……まあいいか、と思い踵を返したレイズだが、その直後に押し倒された。背中に錆のザラザラした感触が突き刺さる。というか痛い。


「だから誤解するような動きはやめてくれ!?」


 押し倒したのは白い少女だった。陰湿なストーカーであり、レイズに似せて髪の色は白に、目の色も赤に変えたちょっと行き過ぎた捻じ曲がった思いを持っている。


「レイズ様レイズ様レイズ様っ!」


 馬乗りをされたレイズは何とかどかそうとするのだが、少女は腹の上でぼすっぼすっと跳ねる。傍から見れば野外でやってるように見えなくもないが、実際問題腹に落ちる衝撃が大きい。しかも少女は少女でじゃれつく犬のような子供のような気でやっているらしい。


「げぶっ!! ごふぅっっっ!!」


 そして何よりもその後ろに見える彼女の冷ややかな視線が生理現象による立ち上がりを許さない。


「……朝からお盛んねぇ。一体全体何十人の女の子に手を出せば気が済むのよ」

だがごぶ、ごがっ、だ(だからごかいだ)! ティア!」


 彼女がもう知らないわ、という感じて後ろ姿を見せたとき、レイズは人としてやるのははばかれるがこの際仕方ない。そう思って自由な両手を伸ばして少女の長く白い髪を思い切り引っ張って平手打ちをしてどったんばったん。終いには下から思い切り敏感な部分を突き上げて馬乗りの少女を振り落とす。

 起き上がってすぐに追いかけようと思えばすでに姿はなく、後ろには髪を引っ張られて平手を食らったのとは別の意味で顔を赤く染めて涙を浮かべる女の子が一人。


「……お前のせいだからな? 俺はやられた側だからな?」


 つまり自業自得だバカめ。言った直後か、パシィィン! と耳を叩かれて世界が回った、世界の音が消えた。近接格闘では一部に相手の耳を叩く攻撃がある。力加減にもよるがまず確実に音が聞こえなくなって平衡感覚を崩して行動不能になる。

 回復にはたっぷり千を数える時間が必要だった。


「なんだよおい。なんでだよおい。なんで朝から年に一回あるかないかの変な出来事が立て続けに!」


 ヒュウと寂しく風が吹き抜け、叫んだところで無意味だと虚しくなったレイズは上層へ向けて歩き始めた。

 近くのエレベータに行けば点検中の張り紙、仕方ないから荷物に混じって行くかとリフトのレールがある場所で身を乗り出してみればすでに朝の運転は終了、ならば階段で行くかと思えば人気が少ないところでお決まりのガラの悪い兄ちゃんたちがたむろして塞いでいる始末。


「俺、なにか悪いことしたっけ? 人生には運のいい時と悪い時と悪いときがあるって言うけど、これ完全に悪い方向に振り切れて針が折れたパターンじゃね?」


 そんな感じで朝食前からすでにこの世の絶望を感じ始めたレイズだが、まだこの程度で()()()ことは終わらない。むしろ()()始まったばかりだ。



 円形をしたこの海上に浮かぶ都市、アカモートの上層部。その外縁部の落下防止柵の外にあるさらに万が一のための”受け止め皿”の部分の下に髪の長い女が座っていた。不自然に整い過ぎている容姿、腰にまで流れる艶やかで癖のないさらっとした黒髪、ニキビやそばかすやシミといったものがまったくない綺麗な肌、顔だけ見ていけば出会えるだけで運がいいと言えてしまうほど。ただしその服装はだぼだぼのジャージ上下で、傍らにはコンビニで買ってきたのかいくつもの菓子パンと糖分過剰摂取は間違いなしの甘い飲み物がある。

 その女は望遠鏡を片手にレイズの不幸を見て笑っていた。なんといっても”嫌がらせには手間を惜しまない”が基本の性格が根本的なところからひねくれている女だ。深夜にそっとベッドに一人配置、頃合いを見計らって起こしてきてと人に頼み、その後の動きが早かった為に知り合いを呼んで不意打ちで突き落とし(死ぬことなんて考えていない)、時間を稼いだところで人気のないところにいるから襲っちゃいなさいと言い、さらにそこにレイズがいるから呼んできてと言い……。


「さあって、次はどうしようかしら。うーん……あれもいいし、これもいいし……」


 上に登る手段がないと見るや、各所の配管を伝って中層部の連絡橋に上がったレイズを見て女は思いついた。


「そうだ。あそこの橋、ちょうど古くなって作り変えるとか言ってたし……落としちゃってもいいわよね……」


 と、人差し指をピンと伸ばして虚空を叩く。


『闇より出でし孤高の悪魔さん、私のお願い聞いて』


 声が何重にも重なって響き、人差し指の先にある空間がぐにゃりと歪む。


『いたずら、いたずら、私に彼の不幸を見せて』


 歪みが大きくなっていく。


『おねがい、おねがい、あの橋を落として』


 その直後、眼下に見える橋の上でレイズが急反転する。だがそれは間に合わず、真ん中から真っ二つに折れた橋の崩落に引き摺り込まれて落ちていく。

 二つに折れた橋は木の葉のように空気の中を舞って、不自然に何も壊さずに海へと消えていく。しかしレイズはその下にあった下層部からつながっている小さな島……というのもなんだが、そこにある三階建て程度の建物へと落ちていく。青白い色の建物で、周囲を流れる水と草花に囲まれた綺麗な庭園つきの場所。建物には天窓があるのだが、なぜか狙いすましたように落下コースがそこへと誘導されていく。



 ガッシャァァッ!! と防弾ガラスの分厚い天窓をぶち抜いてレイズはようやく自由落下から解放された。


「いっ――――――――っっづぅぅうあああああ!!」


 これだけのことがありながら片腕が変な方向を向いて曲がっているだけというのだから、化け物クラスにレイズの体が頑丈なのか、はたまたこれから続く地獄を見せるために自由への片道切符が切られていないだけなのか。

 叫びを噛み殺して、歯を食いしばって曲がった腕を正しい方向に捻る。ゴキュッと普通はなることのない音が鳴ってきちんと腕が動き出す。

 ついでに集中していた意識が周囲に向けられて身の危険を知る。


「……………………なあ、一つ聞いて欲しんだ」

「…………」

「不可抗力の事故だぁぁぁぁぁぁ!!」


 叫びながら窓を目指し、無言で連射される対物ライフルの砲撃から逃げる。

 何がそこにあったのかといえばとても簡単なものだ。

 着替え中の女の子がいた。それだけ。

 スポーツブラをつける必要がないほどのまな板と水色縞模様のショーツを穿きかけていた小ぶりなお尻が丸見えだった訳だ。一般的にラッキースケベと言うのだろうが、これは違った。女の子の傍らには妙に大きなマガジンの差し込まれたフローティングバレルの大きなライフルが置かれていたのだ。

 女の子は着替えを中断したために穿きかけだった下着がするりと落ちて、生まれたままの姿で対物ライフルを立ったまま撃つという暴挙に出たのだ。一応言っておくと、どんなに屈強な大男の軍人だろうが立ったまま大口径ライフルを撃てば肩の脱臼か体が後ろに吹っ飛ぶかくらいは常識。それなのに女の子は自然な態勢で平然と撃ってはボルトアクションを繰り返す。


「なんで朝っぱらからこんな目に合うんだよこんちくしょーーーーー!!」


 窓から飛び降りて前回りの受け身を取り、下層部へと続く遮蔽物のないまっすぐで長い連絡橋を必死に走る。ジグザグに走るだけでなく、急停止や不規則な反転を混ぜて狙いをつけないようにしながら走るのだが、それでも後一センチずれていたら当たるという驚異的な射撃精度で砲弾が送り込まれてくる。

 瞬く間に連絡橋が穴だらけになっていき、もうこれ以上は穴に引っ掛かって動けなくなったところを撃たれる、そう思って連絡橋から飛び降りた。

 大丈夫、真下は百四十メートルしたに運がいいのか悪いのか、いや間違いなく悪いだろう、ゴミ回収船が航行している。


「……あぁ、これはさすがに死ぬぞ?」


 ドグチュアァッ!! と気色悪過ぎる音を立ててゴミの山をぶちまけて、悪臭とヘドロ色の液体が滴る場所に突っ込んだ。



実はこの話、去年の13日の金曜日に投稿したんですよ……。

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