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つぐみの詩

作者: ルルのまま

24歳の普通の女の子が、ひょんな形で素敵な2人のハンサムな男性と出会うところから始まるお話です。

折角、目をきちんと開けられない程お日様が眩しくぴかぴか光り、日向はぽかぽかと暖かい、風も弱く穏やかな天気の休日だけれど、ドキドキしながらおしゃれしてデートをする。というのか、してくれる相手が今は特にいる訳でもない南つぐみは、自転車をゆっくり漕ぎながら売り出しのチラシが入っていた、自宅から少し遠いスーパーを目指していた。

お目当ては玉子。

1パック88円で限定200パックとなると、どうしてもそれをゲットしないと気が済まなかった。

つぐみの中に潜むアスリート魂の様な情熱が、わざわざ遠いスーパーまで行くエネルギー源となっていた。

まぁ、同居の母の強い希望と言うのか、命令でもあったので仕方ないと言えば、その通りだった。

前から吹いてくる柔らかくてひんやりした風が、2日前に自分の手によって切りすぎてしまっていた前髪を、ふわっと舞い上げていた。

気にしている、人よりも少しだけ狭いおでこが全開になった。

つぐみは左手でハンドルを握り、右手で前髪を少しでも多く元に戻そうと試みていた。

つぎみは普段の大部分の動作は、当然利き手の右を使っている。

ペンもおはしもスマホモお化粧も、だいたいは右手。

けれども何故か左の方が塩梅がいい場合もある。

自転車や車のハンドルの持ち手や、トイレで尻を拭くのはどういう訳か左なのだ。

上り坂に差し掛かるとつぐみは安全の為、ハンドルを両手でがっちりと握ることにした。

立ち漕ぎで少々キツイ上り坂を進みながらも、脳内では自分の意思とは無関係に勝手にしつこく大手住宅メーカーのCM曲が繰り返し再生されていた。

つぐみは今、そんな曲を聴きたい気分では全くないのに、自分自身であるはずの脳内DJはどういうつもりなのか同じ曲ばかり流す。

それが上り坂のしんどさと合体して心底「うわぁ~!やめてくれぇ~!」という気持ちにさせるのだった。

坂の頂上までやってくると、一旦自転車から降りた。

「…はぁはぁはぁ…あ~…はぁはぁはぁはぁ…疲れた…ちょ…ちょっと…はぁはぁはぁ…タイム…はぁはぁはぁ…」

連れがいる訳でもなく、自分ひとりなのだからわざわざ「タイム」と断る必要は全くないのだけれど。つぐみはついそんな風に独り言を呟いていた。

そのつぶやきをいちいちスマホで発信していけば「イマドキの人」の仲間入りができるのだろうが、つぐみはそうまでして自分のしょうもなくて、大した意味もない気持ちを世界に広めなくても。というタイプの女だった。

若者のくせに、むしろそういったことがとてもめんどくさく、煩わしさも覚えていた。

自分のそんな部分が「駄目だなぁ」と思う反省点でもあった。

「…はっ!やばっ…急がなきゃ…」

息が少し整うと、つぐみは再び自転車を漕ぎ出していた。

下り坂は下り坂でスピードが出すぎて怖かった。

他の人のようにブレーキに手もかけず、下るスピードに任せてシャーっと降りていけたらどんなに爽快だろう。と思うには思うのだけれど、つぐみはそれよりもひっくり返ったらなどの「もしも」に怯え竦んでしまい、上りと同じくらいののろのろスピードで、両方のブレーキをがっちり握りながら下るのが精一杯だった。

平らな道になると、「玉子」を目指して少しだけスピードを出した。

信号にひっかかり止まると、道路の向こう側に制服のカップルが見えた。

どうやら近くの高校の生徒らしい。

休日なのにそんな格好なのでつぐみは、「あ~…部活か補修かなぁ?」とぼんやり思った。

そして、初々しい若い男女が羨ましく映った。

自分だってほんの数年前までは、あんな風に初々しい学生だったのに。

彼らを見つめながら、自分の学生時代を回想し始めた。

今は特に付き合っている特定の人がいる訳ではないけれど、つぐみは男性と付き合ったことがない訳ではなかった。

中学2年の時、天文部の男の子「天野星矢」くんとプラネタリウムでデートしたことがある。

つぐみは別に彼のことが好きというのではなかったのだが。「デート」という言葉に思春期のアンテナが鋭く反応したのと、それまでプラネタリウムに行ったことがなく一度行ってみたい。という単純な気持ちからお誘いにオーケーの返事をしたのだ。

家族にきちんと「デートに行く」と告げたのに、どうしても信じてもらえなかった。

そして当日の朝、母に「はい、これ」とデート資金2000円をもらったのが嬉しかった。

待ち合わせたバス停で天野君を見た時、つぐみはちょっぴりドキドキした。

初めてのプラネタリウム、しかも人生初のデートだというのに、つぐみは途中の記憶が一切ない。

折角のプラネタリウムなのに、あの暗さと優しい音楽や説明で眠ってしまったのだ。

終わって天野君に肩をつつかれ、ようやく目覚めた形。

その後、大型スーパーのフードコートで、一緒にハンバーガーを食べたけれどあまり話さなかったと思う。

つぐみは後になってから「寝てる時…もしかしてイビキとかかいてたのかも…」なんて思った。

それで例え天野君が興ざめしたとしても、仕方なかった。

高1の時は酒屋の息子で「超常現象研究会」とかいうふざけたサークルのリーダーだった岡野智明に、古くて不気味であまり誰も行かない近くの神社に探検と言う名目で誘われたことがあった。

最初は研究会のメンバーも一緒と言っていたのに、集合時間待ち合わせた場所に行くと、いたのは智明だけだった。

つぐみは一瞬「騙された!」と憤慨するも、智明が「お昼好きなもの何でもご馳走するから…」と言うので、渋々了解したのだった。

中学の頃の一度だけのデートは割り勘だったこともあり、つぐみは智明の浅い提案に軽い気持ちで乗っかった。

到着した神社は赤いお社と何故か黒いお社が2つ、それぞれ少し離れたところに別々の方角で建っていた。

周りを鬱蒼とした大きな木々に覆われ、人通りも少ないそこは「もう二度と行きたくない。」と思うような場所だった。

研究会の代表のくせに、智明もどういう訳か及び腰。

二人ともそんな状態だったので、ちらっと寄っただけで早々にその場を後にした。

神様を祀っているけれど、良い事よりも何か悪いものをもらってしまいそうだった。

「ごめん」と謝る智明に、つぐみは「いいよ、別に」と冷たく言った。

神社からご馳走してもらう回転寿司までの間の牧場で、思いがけず牛の交尾を目撃してしまい、折角のお寿司熱が若干引き気味になったのを覚えている。

高校2年のときは同じ卓球部だった玉野卓也くんと付き合ったというのか、何人かでグループ交際の形でわいわい出かけたり遊んだりしていた。

その時は色々面白い思い出がありすぎて、本当に楽しい学生時代だった。

大学時代にきちんと「彼氏」として付き合った湯川一馬くんとも、それなりに普通のカップルのようなときめいたり甘い時間を過ごしたけれど、それも長続きはしなかった。

わずか2ヶ月。

湯川君に自分とは違うもう一人の彼女の存在を知り、自分から別れを告げた。

あんなに辛い別れは後にも先にもない。と言えるほど、恋愛経験はないのだけれど。

つぐみはよくよく考えてみると、四六時中相手のことばかりという片思いもさほどないかもしれない。

他の同じ年頃の女の子達ほど「どうしても彼氏が欲しい!」とうるさく騒いだりしないタイプだった。

つぐみはそうまでガツガツして相手を見つけるとかではなく、一目惚れとかのときめきのアンテナを信じたかった。

無理に妥協した形で好きになるのではなく、あくまでも直感とフィーリングを大事にしたいのだった。

大恋愛の末に結ばれたらしい、父と母の様なロマンスに憧れていたからだった。

でも、本人達、特に母から聞いた一方的な話なので、ホントのところはわからないのだが。

パッと信号が変わり、あちら側の高校生カップルとすれ違う時、心の中で彼らに「いってらっしゃい」と呟いていた。

家を出てから約20分、スーパーまでは後半分ほどまでの距離だった。

車で行くと約14~5分のスーパーも、こうやって自転車だとこんなにも遠くて疲れるものかと、つぐみは改めて思うのだった。

途中のテニスコートやプール、ゲートボール場にサッカーや野球ができるスポーツ広場を過ぎると、もうちょっとだった。

つぐみは最後の押しボタン信号に来ていざ押そうという時、ふいに横から来た自転車のおじいさんに先を越されてしまった。

自分が先に押したかった。というだけの些細な気持ちをこんな形で踏みにじられると、つぐみは「じじいよりも先にスタートしてやる!」と張り切りだした。

信号が変わり勢いよく漕ぎ出すと出だしはつぐみが一番だったが、向こう側に到着したのは見知らぬ若い男だった。

「ちっ!」

つぐみはつい舌打ちをしてしまったけれど、いつの間にか追い抜いていったその男をよく見ると、顔がぽ~っと緩んだ。

「…何っ?あの人…かっこいい…超かっこいいんですけど…」

つぐみはぽわんとなりながらも、玉子のスーパーへ向かおうとしていた。

だが、追い抜いていったそのメガネのハンサムも同じ方向へ向かっているではないか?

つぐみは心の中で「べっ…別に後をつけてる訳じゃないのよ…あたしは玉子が買いたいだけなの…ハンサムだったからって…そんなストーカーじゃあるまいし…どこの誰かもわかんないし…今だけの出会い…今だけ…そうそう…今だけだったら…」と何故か言い訳がましかった。

お目当てのスーパーに到着し、すぐさま玉子売り場に急ぐと限定200パックの玉子が残り12~3パックになっていた。

「…ふぅ、やれやれ…」

かごに入れたことですっかり安堵したつぐみは、ついでに他の売り場も見ることにした。

「…そだ…おやつおやつ…後、お弁当もいいなぁ…ここの安いし美味しいし…あっ!そだ…お母さん達にもお弁当買ってってあげよっかなぁ…今日は工事の人来てるから…留守番だもんね…」

つぐみの家には今日、玄関にあがる階段の補修工事の人が来ることになっていた。

その為、玉子部隊としてつぐみが出向くことになったのだった。

ふんふんと大手お菓子メーカーの某お菓子のCMソングを鼻歌混じりに歌いながら、弁当お惣菜コーナーへ行くと、そこに先ほどの背の高いメガネのハンサムが弁当を選んでいる姿が見えた。

「…あの人もお弁当買うんだね…そっかぁ…って…えへへへへ…ドサクサ紛れであの人の傍に行っちゃおうっと…」

つぐみは悪い企みをしているかのような顔つきで、そろ~っとメガネハンサムの傍をさりげなく陣取った。

どうやらハンサムは「チキン南蛮弁当298円」かもしくは、「若鶏の甘酢あんかけ弁当298円」で迷っている様子。

つぐみはなかなか決まらないメガネハンサムに心の中で、「どれ選ぶんじゃい?早くしてたもれ…」と勝手だった。

そんな自分は家族分も購入する為、彼が悩みまくっている「チキン南蛮弁当」と「若鶏の甘酢あんかけ弁当」のどちらもかごにささっと入れた。

つぐみの家族は4人。

父と母とまだ高校生の妹、それにつぐみ。

なので弁当はそれぞれ2つづつと思ったのだが、あえて「チキン南蛮弁当」と「若鶏の甘酢あんかけ弁当」、後は目玉焼きが乗っかった「ハンバーグ弁当」と渋い「鯖の味噌煮弁当」とした。

つぐみはそのどれも全部食べたことがあり、しかもどれも好きだった。

なので、例え選ぶのが最後になったとて、心のダメージは全くなかった。

つぐみがゆっくり吟味した芝居をしているにもかかわらず、メガネのハンサムな彼はまだ決まっていないようだった。

他のお客さんの邪魔になるので、つぐみはやむなくその場を離れた。

それでも短い間、フッと一目惚れしちゃったハンサムの傍にいられただけで、なんだか幸せな気分だった。

そして、彼のかごにも自分と同じ玉子が入っていたのも、何となく嬉しかった。

込み合うレジに並んでいると、不意に後ろに誰かが並んだ。

相手のかごがこつんと腰辺りに当たり、つぐみは一瞬「いたっ!」と声を上げ、同時に当たった腰をクイっと捻った。

「あっ!すいません…ごめんなさい…あの…大丈夫ですか?…」

振り向き見上げると、あの背の高いメガネハンサムだった。

つぐみはちょっぴり腹を立てていたが、思いがけず彼の声を聞き、間近で整った顔を見ると、急にやかんが蒸気を噴出すかの如く、頭のてっぺんまで熱い血液が上がってくるのを感じた。

「…だっ…大丈夫…大丈夫ですよ…大丈夫ですから…」

「…そうですかぁ?ホントにすみませんでした…今日混んでますもんねぇ…玉子安いから…」

「…ええ…ホントに大丈夫です…玉子もちゃんと買えたし…」

つぐみは僅かでも、一目惚れしちゃった相手とお話できちゃったことが嬉しくて堪らなかった。

それが中学生みたいなはしゃいだ気持ちだとしても、どうにもニタニタが収まらなかった。


帰り道は行きのそれとは違い、とてもスムーズに早く着いた。

脳内のDJもつぐみの気分を察した形なのか、かっこいい車のCM曲を流してくれた。

家の前に見慣れない軽トラックが一台停まっていた。

「…あっ…あっ…どうしよう…」

つぐみは物置に自転車をしまい玄関に来ると、入れないことに気がついた。

つぐみの気配に気づいた工事の人がこちらを向いた。

後ろ姿でもとても工事の人とは思えなかったが、顔を見ると益々そんな感じだった。

外国の漁師さんが着ている編みこみのセーターに、少しうねりのある長髪、あごの辺りにおしゃれな髭の背の高い男性は、先ほどスーパーで出会った彼とはまた違ったタイプのハンサムだった。

どうしてこんなところで工事をしているのか不思議に思えるほど、モデルさんのような素敵さだった。

つぐみは買ったものを持ったまま、しばしぼ~っと見とれてしまった。

「…あっ!ここの家の人?…ああ…すみません、ここ今セメントやったばっかりだから…どっか別で中に入れないですか?…」

セーターの彼にいきなり話しかけられると、つぐみは急にカーッと赤くなった。

ついさっき違うハンサムに一目惚れしたばかりなのに、もう違う人に夢中だった。

「…えっ?ああ…大丈夫です…あっちから…あっちから入りますから…大丈夫ですよぉ…」

つぐみの緊張しきった言い方に、彼は優しい笑顔を返してくれた。

「つぐみっ!おかえりぃ~…玉子買えた?」

玄関隣のリビングの出入りが出来る大きな窓から、母が声をかけてきた。

「あ、うん買えたよぉ~…そうそう、後ねぇ…お弁当買ってきたからさ…みんなで食べよう!…」

「あら、ありがとう…ああ…だけど、さっきあんたが出かけてすぐね、まどかデートだって出かけちゃったのよ…だから、1個余っちゃうけど…あ、そうだ…あの~よかったら後で一緒にお昼でもどうですかぁ?」

母は急に玄関工事の素敵な彼にでっかく声をかけた。

つぐみは母の大胆な行動にちょっぴり驚いてしまいながらも、その窓から部屋に入った。

「えっ?…ありがとうございますぅ~…じゃあ遠慮なくいただきますねぇ…」

「じゃあ、後で声かけますからぁ~…」

母が案外アクティブなのに、つぐみは心で小さく感謝しガッツポーズをした。


「…へぇ、そうなのぉ…若林さんはお父さんの会社を手伝ってるんだぁ…そう…」

「…はい…大学を卒業してから一旦は普通の証券会社に就職してたんですけど…親父が仕事中ぎっくり腰やっちゃって…それで…家に戻ることになっちゃって…」

お昼、つぐみが買ってきたお弁当を食べながら、母は工事の人若林隆弘にどんどんつっこんだ話を聞きまくっていた。

つぐみも父も「やめなってぇ、そんな根掘り葉掘り聞いたら迷惑に…」なんてやんわりと間に入るも、二人とも本気な訳じゃなかった。

むしろ目の前のモデルのような男に、父も母もつぐみも興味深々だった。

若林隆弘は年齢は30歳だそうで、ちゃんと独身らしかった。

すると母が節操のないことを言い始めた。

「…じゃあね、今、若林さん、誰もお付き合いしてる人いないってことなんでしょ?…だったら、うちの娘どうかしら?…この子、つぐみって言います。年は25だっけ?4だっけ?…」

「…4です…」

つぐみは少しばかり機嫌悪く答えた。

自分の情報はできれば非公開にしてもらいたかった。

「…彼氏いないのよぉ…ねぇ…だから、折角お休みだってのに暇そうにしてるから、お使い頼んじゃったりしてねぇ…」

母は若林に相づちを求めるも、若林は「…はぁ…」としか答えようがなかった。

「…あっ、若林さんそのお弁当でよかった?遠慮しなくても全然かまわないのに…」

「…あっ、ええ…僕、鶏好きですから…」

その発言にさっきから会話を離脱して、のど自慢を見ていた父が反応した。

「…おっ、君、若林君だっけか…君は鳥が好きかぁ…そっかぁ…いやね、俺も鳥が好きでよ…いいよなぁ…鷲だの鷹だのおっきくてカッコいいなぁ…君はどんな鳥が好きなんだい?…」

「…えっ?…あの鶏ですかねぇ…」

「…ん?鶏?…」

父が困ったように首を傾げていると、母がすかさず「お父さん、ばっかじゃないの?…若林さんは食べる方の鳥の話してんのよ…」と言い放ち、隣に座っている父をバシッと慣れた手つきで叩いた。

「いてっ!…母さんちょっと力強すぎなんじゃないかぁ?…いってぇな…そっかい…若林君は鶏肉が好きだって話かぁ…あはははははは」

そういうと父は鯖の味噌煮弁当の続きを食べ始めた。

若林はチキン南蛮弁当を、母は目玉焼きが乗っかったハンバーグ弁当、そしてつぐみは若鶏の甘酢あんかけ弁当をそれぞれ食べ続けた。

つぐみは母や父のやり取りを嫌な顔ひとつしないで、ニコニコ優しい笑顔で付き合ってくれている若林に、更に好感を持った。

「…ああなんか素敵…この人ホントにかっこいい…どうしよ、好きになっちゃったかも?…」

つぐみはこうもちょろく若林を好きになってしまう自分が、ちょっぴり軽いなぁとも思ったが、それより何よりもう心は若林一色になっていた。


午後、若林の作業を外に出て見ていた。

「…あの…もうすぐですから…」

若林にはつぐみがいることが、急かしているように思えたらしい。

「…あっ…ごめんなさい…お仕事の邪魔しちゃって…」

「ああ…いいえぇ…大丈夫ですよ…僕は…」

爽やかな笑顔に、つぐみのハートは鷲づかみにされた。

「…あの…こんなこと聞いて…失礼かと思うんですけども…若林さんは今お付き合いしてらっしゃる方とか…その…好きな人って…」

もじもじと言いにくそうにしているつぐみに、若林は一旦作業の手を休めて答えた。

「…いません…夏…頃に別れちゃいました…だから…フリーなんです…」

「…そっ…そうですかぁ…そうなんだぁ…そっかぁ…若林さん…フリーなんだぁ…」

まだしつこくモジモジしているつぐみを見て、若林が急に「…つぐみ…さん?…ですっけ?…よかったら今度のお休みの日でも、僕とドライブにでも行きませんか?…迎えに来ますよ、僕…もし、よかったらの話なんだけど…どうかなぁって思って…」

若林の思いがけないお誘いに、つぐみは心の中で激しくガッツポーズをとり、「よっしゃあ~!」とでっかく叫んだ。

あくまでも心の中で。

「…えっ?…えっ?本当ですかぁ?…嘘ぉ~!…ホントにホントですかぁ?…きゃあ~!嬉し~~~…あの…あの…ホントにあたしなんかでいいんですか?…」

つぐみは正直な気持ちのまま、何も芝居がからずにそう答えた。

「…うん…だって、つぐみさん、可愛らしいから…」

若林はもしかすると社交辞令で言ったのかもしれない。

だが、つぐみの脳内ではたった今聞いたばかりの「可愛らしいから…」が何度も木霊のように繰り返されていた。

久しぶりだった。

男性からそんな嬉しい台詞を言われたのが、随分久しぶりのような気がした。

しかもモデル並みのいい男からの「可愛らしいから」は、普通に言われた何十倍、何百倍も価値があるように思われた。

嬉し恥ずかしでつぐみは昇天しそうになった。

「…じゃ…あ…連絡先、交換しよっか…仕事が終わったらまた連絡するよ…いいかい?…」

つぐみは「はい」以外の言葉が思いつかなかった。


夜、風呂から上がったつぐみは、デートしてきた妹まどかの部屋を訪ねた。

コンコン。

「…まどかぁ~、い~い~?…」

「あっ、お姉ちゃん…いいよぉ~…入って入ってぇ~…」

つぐみとまどかは仲のいい姉妹。

ほぼ毎日のようにどちらかがどちらかの部屋を訪問して、その日あった出来事やちょっとした悩み事、流行の洋服や好きなアイドルなどのガールズトークで盛り上がるのだった。

「…ねぇ…デート、どうだったぁ?…相手って野球部だっけ?サッカー部だっけ?…同じクラスなんだよねぇ…」

「…ああ、彼ね、サッカー部サッカー部…補欠だけどね…そうそう同じクラスなのさぁ…だけど信吾君、今日も手ぇ繋いで来なかったさ…信じられないよねぇ、イマドキさぁ…なんか照れちゃってて、あんまりってのか、こっち見てくんないの…モール混んでてさ、一回すんごく離れちゃって…なんだかさぁ…」

まどかは今日デートした信吾と付き合って、3回目のデートだった。

「ええ~っ!まだ手ぇ繋いでないのぉ~…信じらんない…信吾君ってそんなに奥手なんだぁ~…へ~え…そっかぁ…そうなんだぁ~…なんか、可愛いねぇ…いいじゃん、あんた達まだ高校生なんだしさぁ…急いでそういう関係にならなくたってさぁ…」

「…う、うん、まぁそうなんだけどねぇ…でも、せめてさ、せめて手ぇぐらいはねぇ…キスとかまでは別にって感じだけどさぁ…小さい子供だって手ぇぐらい繋いでんのにさぁ…」

「…まぁ…ねぇ…でもさ、それだけまどかのこと大事に思ってるんじゃない?…大事な人だからさ、簡単に手とか出しちゃ駄目って…思ってんじゃないのぉ?いい人じゃん!信吾君…」

「…そうかなぁ?…まぁ、でも大事にしてもらってるってのはね、そうかもしんない…まだ3回しかデートしてないけど…あたしにお財布出させないしってのか、何か気ぃ使ってくれてさ…ジュースとかアイスとかクレープとか買ってきてくれるわ…あたしに、ちょっと待っててとか言っちゃって、まどかちゃん、何が食べたいって聞いてくれて…座る時とか、信吾君、いちいち汚れてないかとか心配してくれるなぁ、そういえば…」

「いいなぁ~…いいなぁ、まどか…あたしも愛されたいっ!そんな風にエスコートしてもらいたいよぉ~…」

つぐみは傍にあった丸いクッションをギュッと抱きしめた。

「あっ、でもお姉ちゃんだって…今日すんごいハンサムにデートに誘われてたって…お母さんいやらしくニタニタしてたよぉ~…ホントぉ?いいなぁ…大人の男の人で、しかもハンサムに誘われたってさぁ…いいなぁ…信吾君はそんなにハンサムじゃないからさぁ…いいなぁ、お姉ちゃん…」

まどかはつぐみを訝しげに見つめながら言った。

「…あっ…えっ?…お母さんのおしゃべりめ!…えっへへへへ…実はさ、実はそうなの…うふふふふ…今日工事に来てた人なんだぁ…工事ってさ、一人なんだもんねぇ…」

「いいよ、そんなのぉ…でっ?で?どんな感じなの?ねぇ」

まどかはつぐみのデートのお誘いのいきさつを詳しく聞きたがった。

「あ…うん…若林さんって言うの、30歳独身だって…なんかね、夏に付き合ってた人と別れたから今はフリーです。って言ってた…かな…」

「…へぇ~…で?それで?」

「あ、ああ、それで今度のお休みにデートしませんかって…迎えに来てくれるって…それでね…」

「それでそれで」

「それで…つぐみさん、可愛らしいからって…きゃあ~!」

「きゃあ~!」

つぐみとまどかは一斉に「きゃあ~!」と叫んだ。

その夜、二人は遅くまで沢山話した。


若林とのデートが近づいてくるとつぐみは嬉しさを隠し切れず、ニコニコと機嫌よく仕事もはかどった。

つぐみは合同庁舎の中にある食堂で働いている。

大学を卒業して就職した会社には何故か馴染めず、僅か半年で辞めてしまった。

その後すぐにアルバイト情報誌で見つけて採用になったここで、働き続けている。

給料もそこそこいいけれど、それより何より土日祝祭日とお盆とお正月が休みなのがありがたかった。

普通の飲食店ではなかなかない好条件。

一緒に働いているベテランのおばちゃん光子さんとシングルマザーの佐和子さんにこの春に高校を卒業したばかりの奈津ちゃん、そして調理師の源三さんがとても善くしてくれた。

なので、ここの仕事は案外長続きしているのだった。

勤務時間が短いこともあり、つぐみは帰りに寄り道をすることも多々あった。

そんな寄り道先のひとつ、図書館はつぐみの一番のお気に入り。

たまに長居しすぎて、閉館までいることもしばしば。

「…この前借りたやつ返しに行かなくちゃ…次は何借りてこう…」

つぐみは先週借りた恋愛エッセイを返しに、図書館に寄った。

ほんの5~6年前にリニューアルしたそこは、明るくて綺麗で何よりトイレにウォシュレットがあるのが嬉しかった。

以前の図書館は木造で古い洋風な作りで、それはそれで味があって昔の少女漫画にでも出てきそうな趣のある建物だった。

だがトイレが酷く臭い、食べ物を食べてもいいスペースでとてもじゃないけれど、誰も食べようとはしなかった。というよりも、出来なかった。

飲み物を飲むことすらちょっと。という感じ。

なので、新しくなった現代風の斬新な建物もさることながら、利用する人達はみな一様に口を揃えて「トイレよかったよねぇ。」なんて言うのだった。

夕方の図書館は学校帰りの学生が勉強していたり、そこそこ人で賑わっていた。

つぐみは本を返却するとすぐさま、次に借りたい本を探そうと中を歩いた。

「小説」や「エッセイ」のところに来ると、早速お気に入りの作家の辺りをゆっくり見た。

つぐみは本を探すのに夢中で回りにどういう人がいるとか、全然気にしていなかった。

ただ自分のすぐ後ろに、先ほどから何か人の気配を感じていた。

「ここの棚を見たいのかな?」と思って違う場所に行っても、何故か気配がしている。

つぐみはさすがにちょっぴり嫌な気持ちになった。

そこで思い切って振り向いて見ようと思ってさあ。というところで、「お前!何してんだ!」と男性の声が聞こえた。

「…えっ?」っと思い振り向くと、そこに小柄なおじいさんとその人を睨む若いメガネの男性が立っていた。

「…あなたっ、大丈夫ですか?こいつになんかされてないですか?」

メガネの男性が必死な感じでつぐみに尋ねてきた。

「…えっ?…あっ?…あたし?あたしですか?…え~と…バッグは…ええ、大丈夫です。と…思います…ですけど…」

「そうですか…それはよかった…いえね、このじいさんがあなたの真後ろにぴったりくっついて怪しい行動をとろうとしてたんで…」

「…あっ?俺はなんもしてねぇっての…この女が俺の探してるところにいるから…よぉ…なんだよ…離せってば…」

小柄なおじいさんは慌てたように違う方へ早足で行ってしまった。

「…あのっ…ありがとうございました…」

つぐみはメガネの男性に深々と頭を下げた。

「…いえいえ…こちらこそ、すみません…驚かしちゃったみたいになっちゃって…でも、本当に大丈夫で…あれっ!あなた、この前の…」

メガネの男性はつぐみを知っている様子。

「…えっ?…」

つぐみは気づかずポカンとしていた。

「ほらっ…この前の日曜日、スーパーで…」

「…えっ…ああ…ええ…ああ…」

「…あの時はすみませんでした…腰は大丈夫ですか?」

メガネは心配そうにつぐみを見た。

つぐみは目の前にいる男性が、この間スーパーで見かけて短い時間好きになっちゃったあのメガネハンサムだとわかると、急に心拍数が上がるのを感じた。

「…ええ…全然何ともないですよぉ…」

「そうですかぁ、よかったぁ…ところで、ここにはよく来られるんですかぁ?…」

そんな会話から始まり、図書館内のカフェスペースで一緒に温かい紅茶を飲んだ。

つぐみは思いがけない再会から、メガネのハンサムな彼とこうして楽しいひと時を過ごせたことが嬉しくて、「ラッキー!」と思った。

彼の名は佐藤雄介さん。

年齢はつぐみよりも少し年上の27歳だそうで、市役所の土木課で勤務していると聞いた。

一人暮らしをしているらしく、彼女もいないのでご飯を作る人もいないということで、ちょくちょくあのスーパーに買い物に行くという情報ももらった。

この間の玉子は買いだった。と優しそうな笑顔で話す佐藤に、つぐみはどきどきが止まらなかった。

話しているうちに何となくお互いの連絡先を交換した。

別れ際に「絶対にメールしますね!」なんて、爽やかだった。

つぐみはこんな場所でこんな形で、あの一瞬だけ惚れちゃったメガネハンサムの佐藤と知り合えたことが信じられなかった。

家までの道中、若林とのことをすっかり忘れて、メガネの佐藤のことでふわふわとした気分だった。

「…あの人…佐藤さんって言うんだぁ…そっかぁ…そっかぁ…えへへへへ…知り合いになっちゃったぁ…えへへへ…どうしよう…あたし…えへへへへ」

つぐみはデレデレが収まらなかった。

その夜もまどかと今日の出来事を、きゃあきゃあ言いながら話した。


「…別にさ…別に佐藤さんとお付き合いしてる訳じゃないのよね…だから…今日は若林さんとデートしちゃってもぉ…いいんだよねぇ…」

つぐみは若林が玄関前に迎えに来ているけれど、一応最後の確認という形でまどかに尋ねた。

「うん!全然オッケーじゃない?別に二股かけてるって訳じゃないよ…大丈夫だよ…それよりさ…あの人?若林さん?すんごいハンサムじゃん!…お姉ちゃんいいなぁ…あたしさ、モデルさんかと思っちゃったよぉ…いいなぁ…あんなすごいハンサムとデートってさぁ…あ~羨ましい~~っ!…」

「でしょう?…あたしも信じられないもん…今から出るけどさぁ…じゃ…あ…行って来るわ…あたしの格好変じゃない?大丈夫かなぁ?」

「大丈夫大丈夫…お姉ちゃんばっちり!オッケーだよ!…じゃね、頑張ってねぇ~!」

父と母、それに今日はデートじゃないまどかに見送られ、つぐみは若林の大きな車の助手席に乗り込んだ。

「…おっ…おはようござい…ます…あの…今日はどうぞ…あの…よろしくお願いいた…しますっ…」

「あはははは…つぐみちゃん、もうおはようって時間でもないかなぁ…それより…何か緊張してる?…大丈夫。僕は変なことなんてしないから安心して…あはははは…」

「あっ…べっ…別にそんな…そんなつもりじゃないんです…だって…だって…若林さんとこの間初めて会ったばっかりだから…それに…今日もすんごく…」

「…すんごく?」

「…すんごくカッコいいからぁ…」

「あはははは…いや、ごめんごめん。笑っちゃって…ありがとう、つぐみちゃん…だけど僕、ただのおじさんだよぉ…全然カッコよくないし…」

「いえっ!…若林さんはすごいハンサムです…それにおじさんじゃないし…モデルさんみたいだし…」

「…ありがとう…ふっふふふふ…ところでつぐみちゃん、どっか行きたいとこあるかい?…」

「…えっ?ああ…ごめんなさい…あたし…何にも考えてなかったです…着る服のこととかばっかり、気をとられちゃって…」

「あはははは…そっか…今日のつぐみちゃん、すごく可愛いね…この間も可愛かったけど…じゃ…あ…僕が決めちゃってもいいのかな?…」

「あ、はい…お願いします…」

つぐみの心の中は激しく動揺していた。

…この間って、あんなパーカにジーンズ姿…あ~…思い出しただけで恥ずかし~~~~!髪も結んでないぼっさぼさだったし、あん時前髪切りすぎちゃってたし…でも、お化粧はちゃんとしておいてよかったんだったなぁ…佐藤さんとも会っちゃったし…って佐藤さん、今頃どうしてるんだろう?…やっぱり図書館に行ってるのかなぁ?それとも今日もあのスーパーかなぁ?…

つぐみの脳内は忙しく活動していた。

ふと運転している若林に目をやると、何かテレビドラマのような、映画のような、これは現実なんだろうか?と思ってしまうほど、素敵でかっこよかった。

そうなると、長い間若林を直視できずに、下を向いてドキドキやニタニタ顔を落ち着かせるのに必死だった。

車はどんどんと海の方へ向かっているようだった。


着いたところは海が一望できるヨットハーバー。

空が鉛色で風が鋭利な刃物のように感じられた。

それでもつぐみは若林が一緒なので、体の内側からほかほかしてきていた。

「…ホントは夏の方がいいんだけど…ごめんね、寒いよね…中に入ろっか…」

少しだけ桟橋を歩いて、すぐに傍にあるカフェレストランに入った。

大きな窓から海が見えるそこは、天井におしゃれなファンが回っているオールドアメリカンな雰囲気だった。

年代物のジュークボックスやコーラの電気がつく丸い看板など、つぐみにはどれも新鮮に見えた。

空いている店内の窓際に着くと、若林と向かい合わせで座った。

流れている有線放送は、やはり雰囲気にあった50年代60年代のアメリカのヒット曲。

そんなのも一緒にいる若林にあっている気がした。

「…素敵なところですねぇ…こんなとこ、あたし来たことない…えへへへへ」

「…そっかぁ…じゃあ気に入ってもらえたみたいだねぇ…ところで、つぐみちゃんは何にする?何でも好きなもの頼んでいいんだよ…遠慮しないで、言って言って…」

若林は気前がよくて、大人だなぁと思った。

「…あっ…じゃあ…このアメリカンクラブサンドとオレンジジュースにします…若林さんは?…」

つぐみは少し照れながらも、若林にメニュー表を手渡した。

その時、一瞬若林の指先が触れ、つぐみは急に顔から火が吹きそうなほど緊張してしまった。

「…つぐみちゃんは…サンドイッチかぁ…じゃ…あ…僕は…え~と…そうだなぁ…じゃあ…これにしよっかなぁ…すみませ~ん…」

若林がウェイトレスを呼ぶ仕草も、つぐみには素敵でドラマチックに見えた。

「え~とぉ、アメリカンクラブサンドとオレンジジュース、それとアメリカンハンバーガーとコーラで…」

「ええ~っ!若林さんハンバーガー、大丈夫ですかぁ?…これで見たらすごく大きいみたいですけど…」

メニュー表の写真と説明書きでは、直径約20センチのバンズに厚さ約3センチのジャンボハンバーグが2枚挟まっており、その間にチェダーチーズがちょろりと見えるその店の看板メニューらしかった。

それに付け合せのフライドポテトが山ほど皿の端に乗っかっている。

モデルのような体型の若林だが、そんなに食べられるのかつぐみは余計な心配をしてしまった。

待っている間、二人で窓の外を眺めながら話した。

外には風に向かって必死に飛ぼうとしているかもめがなかなか前に進めず、空中で止まっているようにも見えた。

つぐみはそんなかもめのたくましさと、目の前にいる若林の男性としてのたくましさがなんだか似ているような気もしたのだった。

「…つぐみちゃん、今日はありがとうね…それと急に誘っちゃって迷惑じゃなかったかい?…ホントにごめんね…つき合わせちゃってさ…」

「いいえ、全然そんなの気にしないでくださいよぉ~…それよりも若林さんこそぉ、あたしなんかでよかったんですかぁ?…もっと…その…何て言うのか…その…あたしなんかよりも…その…可愛い人の方が…」

つぐみは自分の気持ちを正直に話すも、何となく涙が出そうになっていた。

「えっ?どして?…つぐみちゃん、可愛いじゃない…だから、僕誘ったんだよぉ…駄目だったかい?この前見てさ、あ~可愛い子だなぁって…嘘じゃないよ…ホントホント…僕が言うと何となく軽く思うかもしれないけどさ…だから、デートしたいなぁって…駄目だった?もしかしてつぐみちゃん、好きな人とかいるのかい?…」

「あっ…ううん…いません…いないですけど…だって…だってね、若林さんほどのハンサムだったら、デートしたい女の子いっぱいいるだろうなぁって…あたし…こんなだし…」

つぐみはものすごい美人という訳ではないのだが、決してブスという訳でもなかった。

言い方は悪いが中の上クラスの可愛らしさだった。

なので、アイドルになるとか、女優さんになるとかそういうのではなく、隣の可愛い子というのが丁度いい。

つぐみはそういう女だった。

「…あたし…嬉しいんです…だって…若林さんみたいな大人の男の人とデートしてもらえるんだもん…」

「えっ?僕が大人の男?…」

「ええ、はい…あたし…他の女の子がよく言う少年の心を持った人ってのが、絶対に嫌なんですよねぇ…」

「へェ、どして?また…」

「だいぶ前なんですけど…家族で大きな公園にバーベキューしに行ったことがあって…その時、小高い丘のところでお父さんらしき人がデッカイパラグライダーかな?なんかそんなのやろうとしてたんですけどね…その傍で奥さんらしき人と子供さんがつまらなそうにしてたんです…しゃがんで草をむしってたりして…それ見て、あ~このお父さんの趣味に無理やりつき合わされてるんだぁってわかっちゃって…で、父と母と妹と折角公園に遊びに来てるのにねぇ…お父さんの遊びが優先ってねぇ…なんて話してて…よその家族は楽しそうにボールとかで遊んでて…それでいつまでも少年の心のままパラグライダーなんかやっちゃってるような男の人とは、絶対に結婚しないでおこうって思ったんです…ちゃんと家族サービスってのか、子供と遊んでくれる人がいいなぁって…うちのお父さんみたいに…」

若林は真剣につぐみの話を聞いてくれていた。

つぐみはそんな若林もまた素敵!と思ってしまった。

「…そっかぁ…そうだよねぇ…たま~にいるよねぇ、そういうお父さん…一緒にいる奥さんと子供さんがつまらなそうにしてるよねぇ…ああいうのは駄目だよねぇ、確かに…でもさ、奥さんもそういう旦那だってわかってて結婚してるんだよねぇ、きっとさ…」

「…さぁ…どうなんでしょうねぇ…でも…あたしは嫌だなぁ…そういう少年男は…」

「ぶっ!…少年男かぁ…つぐみちゃん、面白いこと言うねぇ…あはははは、少年男ねぇ…あははははは」

「はぁ…」

つぐみは笑う若林に「あなたはそういうタイプですか?」なんて聞いてみたかった。

それと同時によく休日のショッピングモールで、奥さんだけが張り切って買い物しているけれど、旦那さんと子供達は飽きちゃってつかれてつまらなそうにしている姿も多々目撃している。

そうなると、どっちもどっちな気も少しだけした。

注文した物がテーブルに運ばれてくると、話題はすぐにそっちの方に逸れた。

若林のハンバーガーは予想以上のボリュームだった。

つぐみのサンドイッチは、丁度いい量。

二人で「すごいねぇ…」なんて笑いあった。

そんな恋人のような時間が、つぐみには嬉しくて楽しくて久しぶりの感覚だった。


食べ終わると今度は美術館に向かった。

つぐみも若林もお昼から予想以上にお腹いっぱいで、食べ終わってもちょっとの間その場で動けずにいたのだけれど、それではお店の迷惑になるというのでやむなく店を出た次第。

そこでは人気の外国の絵本作家の原画展と、国内の若手の現代彫刻家たちの作品を集めた展示会が行われていた。

つぐみは幼い頃に自分も持っていた大好きな絵本の可愛らしい動物の絵や、綺麗なお家や町並みの絵、そして愛らしい子供達などの絵に懐かしさが込み上げた。

「あ~…懐かし~…あたし、この人の絵大好きなんです…嬉しい…感激しちゃいました。」

つぐみはつい興奮気味に目をキラキラ輝かせ、若林に熱く感想を述べてしまった。

「そっかぁ…よかった…つぐみちゃんの好きな作家の絵で…」

若林はつぐみの喜ぶ姿を、ただただニコニコと見つめているのだった。

現代彫刻の方は、そのあまりの迫力に二人とも圧倒されてしまい、さほど感想も出なかった。

つぐみはこんな風に美術館にデートで来るのは初めてだった。

「…あ~…若林さんって大人だなぁ…」なんて、若林の大人加減にも少しばかりうっとりしてしまった。

美術館を出ると、次に向かったのは山。

山の裾野の駐車場に車を停めて、二人でロープウェイに乗り頂上を目指した。

動き出したロープウェイから、見る見るうちに下界が遠くなって行った。

夕暮れが早くなってきている空が、少しだけオレンジ色を帯びてきていた。

つぐみはそんな色あせた昔の写真みたいな空の色を見ると、何となく淋しいような気分になった。

折角隣にはモデルばりのハンサムが一緒だというのに。

そして、何故かふと図書館で怪しいジジイから自分を助けてくれた佐藤の顔が、一瞬フラッシュバックした。

「なんかあれだね、街がどんどん小さくなってきたねぇ…明かりもちらほら見えてさぁ…ノスタルジックな気分になるねぇ…」

「そうですねぇ…」

つぐみは若林の問いかけに返事をするも、正直なところ「ノスタルジック」の意味がわからなかった。

ただ雰囲気で返事をしただけだった。

そこでうかつに「ノスタルジックって…」なんて尋ねて、若林に幻滅されたらとも思ってしまった。

折角のデートの甘い時間をぶち壊したくなかった。

頂上に到着すると、自分達以外のカップルも結構いた。

山頂はやはり下よりも幾分か寒く、白い息の大きさやくっきり具合が全然違った。

そして、もう薄っすら夜の仲間入りをしている様子。

街の夜景がそろそろ美しく見えてきていた。

「…やっぱり、寒いねぇ…つぐみちゃん、大丈夫かい?」

若林さんはそう言うと、つぐみを自分の傍にさり気なく寄せるように、肩をふんわりと抱いてくれた。

つぐみは若林の大きな腕にふんわりと抱かれながら、ドキドキが止まらなかった。

…きゃあ~!どうしよ~~~!若林さんの腕の中だよぉ~~~!…いや~ん!嬉し~~~~!…あれ?確かこういう時って(ナウ)って使うんだよねぇ~…違ったっけ?…でもいいや…あたし、若林さんの腕の中ナウ~~~~!…

つぐみの脳内はちょっとしたパニックだった。

つぐみがそんなパニック状態でいることなぞ、まるでわからない若林だった。

「…あ~、寒いねぇ…つぐみちゃん、ちょっと手ェ貸してもらってもいいかい?…」

「えっ?…」

若林はそう言うとすぐさまつぐみの手を掴んだ。

「つぐみちゃん、手ェしゃっこいねェ…僕もしゃっこいけど…大丈夫?」

若林は掴んでいるつぐみの手に「はぁ」と温かい息をかけて、優しくさわさわとさすって暖めてくれようとした。

つぐみはそんな若林の行動に驚きを隠せなかったが、やってもらうままでいた。

これが好きでもない不細工男にこんな行動をされたら、「何すんだよ!てめえ!」と言ってからみぞおち辺りをぶん殴っていたことだろう。

「いい男は何やってもいいかもしんない。」

つぐみの中にそんな格言が生まれた。

「…中に入ろっか…寒いねぇ、つぐみちゃん大丈夫かい?風邪でも引いたら大変、大変…」

若林はつぐみの肩を再びやんわり抱くと、二人小走りでロープウェイの頂上駅にもなっている建物に避難した。

「…あ~…寒かった…」

「…さっ…寒かったですねぇ…ホントに…」

明るい中に入ると、つぐみはパッと若林から少し離れた。

「つぐみちゃん…手ェ冷たかったねぇ…ところで体冷えちゃったからなんかあったかいものでも飲もうか…ねっ!そうしよう、そうしよう…」

若林に促されつぐみは後にくっついて行った。

セルフ式の小さなフードコートで、つぐみは温かいコーンポタージュを、若林は温かいココアをそれぞれ頼んだ。

ここでも会計はもちろん若林。

「女の子にお財布出させちゃ、男として駄目だからね。それにつぐみちゃんは、年下だし…」

若林は笑顔でそう言うと、慣れたようにパチンとウインクしてきた。

つぐみは女の子の扱いが上手でモデルのような若林に、どの場面でもドキドキさせられるのだった。

それは身近な異性としての「好き」とかいう意味ではなくても、女性なら誰でもそうなるだろうという具合。

アイドルや俳優、歌手などを好きとか憧れるという感覚に似ているだろうか?

ただ単純に女としてキュンとなっているだけのような気がした。

つぐみは今日一日がまるで夢のようとか、少女漫画みたい。なんて感じた。

なので、目の前で熱いココアをふ~ふ~している、このモデル風の男性ともこれっきりなのだと思っていた。

そうだとしても、こんな素敵な一日は一生の思い出として、自分だけの宝箱にしまっておきたいとも思った。

お土産コーナーで若林が唐突に、「つぐみちゃん、今日の記念になんか買ってあげるよ…何がいい?…選んでもらえるかい?」なんて言ってきた。

「…えっ?そっ…そんなの悪いです…お気持ちはありがたいんですけども…そんなの厚かましいですもん…あっ、あたし家族にお土産は自分で買いますから」

「…う~ん、でもね、僕、つぐみちゃんに今日のデートのお礼でどうしても何か買いたいなぁって思ってるんだけど…駄目かなぁ…」

「…ええっ…でも…やっぱり…遠慮しておきますよ…だって、いっぱいお金使わせちゃったから…やっぱり悪いですもん…」

「…そう…」

若林が少しだけしょぼんとしているのがわかっていたけれど、つぐみはこれ以上甘える訳にはいかないと思っていた。

そうしてつぐみが自宅用にチョコレートクリームが入った、小分けになっているカステラっぽいお菓子12個いり980円を買っている間、若林も何か購入している様子だった。

だが、つぐみは若林が何を買っているのかまでは、わからなかった。


「今日はありがとうございました…わざわざ家まで送ってもらっちゃって、ホントにすみませんです…」

「いいえ、こちらこそ…デートしてくれて本当にありがとう、つぐみちゃん…」

「じゃっ…」

つぐみが車から降りようとすると、若林が急に声をかけてきた。

「つぐみちゃん…ちょっと待って…」

「…えっ?何でしょうか?」

つぐみは呼ばれてふいに運転席の若林を見た。

「…あのさ…これ…受け取ってもらえるかい?…大したもんじゃないんだけどね…」

「…えっ?これ…いいんですか?」

つぐみは若林からさっき訪れたロープウェイの売店の袋を受け取った。

「あっ…ありがとうございます…じゃあ…あの…気をつけて帰って下さいねぇ…」

車から降りると、若林は爽やかな笑顔で再びウインクしながら、つぐみに小さく手を振った。

つぐみは若林から手渡された小さな袋を手に、若林の車が見えなくなるまでその場で佇み見送った。


「ただいまぁ~!」

つぐみが家に入ると、玄関で父も母もまどかも出迎えてくれた。

そして3人ともいやらしいニタニタ顔で、「おかえりぃ~…全部見てたよぉ~…いかったねぇ~…」なんて声を揃えていた。

「ええ~っ!ちょっと…ええ~っ!もうやだぁ~…ホントにやだぁ~…も~う…これ、お土産だから…やだぁ~…ちょっと着替えてくるぅ~…」

つぐみは激しく照れつつもまどかにお土産のお菓子を手渡して、だだだと2階の自分の部屋に上がって行った。

「お姉ちゃん、やるぅ~…」

父も母もまどかも茶化し、ニヤニヤしながらつぐみに聞こえるようにそう言った。

…やだぁ~、も~う…みんなして、やらしいなぁ~…

つぐみは動揺しながらもさっさと着替えてベッドにごろんと横になった。

「…はぁ~…若林さん…素敵だったなぁ…大人でかっこよくって…なんか本気で好きになっちゃうかも…きゃっ…そだ、あれ開けてみよう…」

つぐみは若林からもらった包みを早速開けてみた。

ロープウェイロゴが入った厚手のビニール袋の中に、小さな紙袋が入っていた。

それを開けると、中にはガラス細工のキラキラ光が反射する、可愛らしいピンクのハート型のピアスが入っていた。

「…かっ、可愛い…若林さん、わざわざ買ってくれたんだぁ…そっかぁ…うふふふふふ」

つぐみは若林の気遣いが嬉しくて嬉しくて、ガバッと起き上がったかと思うとすぐさまドレッサーの前でいただいたピアスをつけてみた。

「うふふ…えへへ…うふふ…えへへへへ…」

つぐみは鏡越しにハートのピアスを見て、一人ニヤニヤが収まらなかった。

男の人からプレゼントをもらうのが、大学時代に付き合っていた湯川君からもらった最後のバースデイプレゼント以来だった。

あの時もピアスをもらったけれど、つぐみは今日の方が何十倍、何百倍も嬉しかった。

つぐみはすぐさま若林にメールした。

(若林さん、今日は本当にありがとうございました。とても楽しかったです。色んなところに連れて行ってもらって、可愛いピアスまで…ありがとうございました。嬉しくて早速つけてみています。お疲れになったと思いますので、どうぞゆっくり休んでくださいね。つぐみ。)

つぐみが送信してほどなく、メールがきた。

(つぐみちゃん、こんばんは。こちらこそ今日はどうもありがとう。とても楽しい一日だったね。ピアス…ごめんね。僕が勝手に選んじゃって。どうしても君に何かプレゼントしたかったんだよね。でも、気に入ってくれたみたいで、僕も嬉しいよ。また今度デートして下さいな。では。つぐみちゃんもゆっくり休んでね。若林隆弘。)

つぐみは若林のメールの文面を読んで、彼の真面目で誠実で優しい人柄が滲み出ているなぁと感じた。

そして、今日一日の若林を思い出すと、自然とニヤニヤしてしまうのだった。


次の日、出勤する足取りが軽かった。

つぐみが上機嫌でにこにこしているので、一緒に働くベテランの光子さんとシングルマザーで小学3年生の娘さんがいる佐和子さんにメガネでぽっちゃり型の奈津ちゃん、そして調理師の源三さんが「今日は機嫌がいいねぇ」なんて3人それぞれ声をかけてきた。

「えへへへへェ~…ちょっと良いことあったんでェ…」

つぐみはへらへらしながら、そう答えた。

そして、4人が集まるとつぐみを囲んで話を聞きだそうとしてきた。

なので、仕事が始まる前の僅かな時間に、つぐみは調子こいて若林とのデートの話をみんなに聞かせた。

「…へ~ェ…いいなぁ、つぐみちゃん…あたしもデートしたいなぁ…でもさ、家は娘がいるからなぁ…」と佐和子。

「あ~…ホント、羨ましいねぇ…あたしもさ、後40年若かったらさぁ…」と光子。

「いいなぁ、つぐみさん、可愛いから…あ~、あたしもそんなカッコいい人とデートしてみらいなぁ…」と奈津。

「…じゃあ、何かい?つぐみちゃんはそいつと付き合ってるってことかい?」と源三。

4人それぞれの感想だった。

「…いや、まだ一回デートしたってだけですから…」とつぐみが説明するも、4人は聞いているのかいないのか。

「…俺は結婚する方に賭けるね。どうだい?つぐみちゃん、その会社の社長婦人だよ!」と源三。

「…どうかねぇ…あたしは、そこまではいかないと思うけども…」と光子。

「…わかんないわよぉ…これはさ、つぐみちゃん次第じゃないかしらねぇ…」と佐和子。

「あっ!ほらっ!でも、プレゼントを貰ったってことは、次もあるってことだからぁ…あたしはこのまま付き合っちゃうと思いますけど…」

つぐみは自分のことを勝手にあれこれ膨らませて話す4人が、ちょっぴりうざいと感じていた。

「もう、やめましょうよ!ねっ!…それよりも仕事、仕事…ねっ!頑張りましょう!」

つぐみは話題を無理にそらせ、仕事に集中してもらおうとした。

だが、そんなつぐみも頭の中で「もしかして」なんて考えては、やっぱりニヤニヤが収まらなかった。

その日のお昼、食堂が一番込み合う時間帯に汗をかきながらテーブルを拭いたり、使った食器などを洗っていると、佐和子さんに声をかけられた。

「つぐみちゃん…なんかね、知り合いだって男の人来てるけど…」

「えっ?」

つぐみは「誰だろ?」とびっくりしながら慌ててカウンターまで行くと、そこには笑顔のメガネハンサム、佐藤雄介の姿があった。

「こんにちはぁ…すみません…呼び出してしまって…お仕事中でしたよね。ホントにすみません…南さん、ここで働いてるって言ってたから、その…ちょっとここでお昼食べようかって思って…忙しいのにホントにすいません…」

つぐみは思いがけない人物の登場に激しく動揺してしまい、そうなると途端に自分の格好が恥ずかしくなった。

白い三角巾で髪を覆い、白い割烹着に白いズボン、それに白い長靴にマスク。

素敵なメガネハンサムに、そんな姿を見られたくなかった。

一生懸命働いているお仕事のユニフォームなのだから、何も恥ずかしがることなどないのだけれど、そこはお年頃の乙女ということで、やっぱり恥ずかしかったのだ。

「…あっ…あっ…そうでしたかぁ…ここの美味しいって評判なんですよぉ~…一般の人もよくいらっしゃるし…あの…佐藤さん、今日の定食すごくおいしいですから…どうぞ…あの…ゆっくり召し上がってってくださいねぇ…」

「…南さん、ホントにすみませんでした…じゃあ…僕、早速定食いただきますねぇ…また今度…」

佐藤は笑顔でそれだけ言うと、お盆に今日のB定食を乗せて食堂の窓際の方の席に行ってしまった。

つぐみは突然のことに驚きすぎて、ほんの数秒ほどその場で立ち尽くして彼の後ろ姿を目で追っていた。

「つぐみちゃん!こっちお願~い!」

光子さんの声に我に返ると、すぐさま「すみませ~ん」と持ち場に戻った。

今日のA定食は豚のしょうが焼き定食。

B定食は鯖の味噌煮定食。

C定食はチャーハンと餃子定食。

その他に単品でしょうゆラーメンにカツ丼、更にはカレーやうどん、蕎麦なんかもあった。

飲み物は紙コップの自販機と普通の自販機が2台あるので、それから購入してもらう運び。

調理師の源三さんが作るどれも人気だった。

ゆえに合同庁舎で働いている人達だけでなく、近くの会社のサラリーマンやОLさんに一般の方達の姿も多数。

美味しさだけではなく、その値段とボリュームも人気の理由となっていた。

いつぞやはラジオと市内の広報誌にも取り上げられたことがある。

つぐみは片付けられてきた食器をゴム手袋をはめて一生懸命洗いながらも、訪ねて来た佐藤のことが気になってしょうがなかった。

それでも次から次へと運ばれてくる食器類を、一心に洗うことに集中しようと心で戦った。

毎度の事ながら昼休みの時間帯の忙しさたるや、それはそれはなかなかのものだった。

つぐみは何故か今日に限って時間の感覚が掴めていなかった。

なので、佐藤が食べ終わった食器を乗せたお盆を運んで来たことに全く気づかなかった。

忙しさが一段落した頃、佐和子から「さっきの人、ご馳走様でした。って言ってたわよぉ~…つぐみちゃん、モテるわねェ~。羨ましいなぁ~…それにしてもハンサムだったわねぇ…知的な感じで素敵ねぇ」なんて、ニヤニヤと言われてしまった。

仕事が終わり、光子と源三、佐和子の3人に「つぐみちゃん、今日良かったねぇ~…あの人がこの間のデートの人かい?」と何度もニヤニヤされながらくどく聞かれてしまい、奈津には「いいなぁ…つぐみさん、あんなカッコいい人がわざわざ来てくれるなんて…羨ましいですぅ。」と言われた。

その度にいちいち「違います。さっきの方は…ただの知り合いですから…」と答えた。

つぐみは何故仕事場まで佐藤がわざわざ来たのか、その真意が全然わからなかった。

「なんでだろう?」「どしてだろう?」と考えながら私服に着替えていると、不意にメールが届いた。

相手は佐藤からだった。

(南さん、先ほどはいきなりですみませんでした。別に驚かそうと思った訳ではないんです。本当にごめんなさい。南さんの顔が見たかったというのか、南さんに会いたかったというのか…そんなところでした。あれ以来図書館でお会いできなかったので。本当に申し訳なかったです。今度はいつ図書館に行きますか?よかったら教えていただけますでしょうか?僕もそれに合わせて行こうと思っています。では、お返事待ってます。佐藤。)

「…えっ?嘘っ?…嘘嘘嘘ぉ~っ!」

つぐみは更衣室ででかい声をあげてしまった。

それにびっくりした奈津と光子と佐和子が慌てて「どしたの?つぐみちゃん、大丈夫?」と駆け寄ってきた。

そこでつぐみは先ほど全員に見られてしまった佐藤からのメールのことを話したというのか、相談した。

「…どうしよう…光子さん、佐和子さん、なっちゃん…あたし…あたし…」

動揺しているつぐみに女としての先輩の2人と後輩1人が助言をくれた。

「そりゃあ、あんた…さっきの人、つぐみちゃんが好きなんだろうよ…だから、市役所勤務なのに、わざわざここまでお昼食べに来たんだろうさ…つぐみちゃん、あんた幸せ者だよぉ…いかったじゃないのさ…ねぇ、佐和ちゃん…」

「そうですよ!つぐみちゃんが好きで好きでたまらないんでしょうねぇ…だからさ、勤めてるここまで顔を見に来たってことじゃない?…つぐみちゃん、若林さんだっけ?…そっちの人と付き合ってるって訳じゃないんだしさ…いいじゃないのぉ~…あんなハンサムに惚れられちゃって…ねぇ~」

「ねぇ~」

光子と佐和子は声を揃えた。

「そうですよ!つぐみさんのことが好きだからですって…それしか考えられないですもん。…いいなぁ…ホントに…あたしもそんな風にされたいですぅ…」と奈津。

「…あたし…男の人から顔が見たかった。なんて言われたの初めてですぅ…だから…嬉しいのと、信じられないので…今、若干のパニック」状態で…どうしたらいいのか…」

震えるつぐみに、光子がぽんぽんと肩を叩いた。

「いいじゃないのよ…ねぇ…つぐみちゃん…あんなハンサムに会いたかったなんて言われるなんて、女冥利につきるわよぉ…図書館でさ、会ったらいいんじゃない?…ちゃんとお返事してさ、約束して…堂々と会ったらいいのよぉ…ねぇ…そうなさいよ…それがいいって…別に疚しいことしてる訳じゃなし…ねっ!折角誘ってくれてるんだからさ、ねっ!…」

佐和子と奈津が「そうそう」と頷きながら相づちを打ってきた。

「…そうですよね…」

つぐみは半分は納得した形で、もう半分は未だに信じられないといった様子。

そんな中、佐和子がふと基本中の基本みたいなことを聞いてきた。

「ねぇ、つぐみちゃんはさ、さっきの佐藤さんともう一度会いたいなぁって思わなかった?」

「そうですよぉ…つぐみさん」

奈津も佐和子の意見に賛成の様子。

「…えっ?…」

つぐみはきょとんとなった。

「もう一度会いたいなぁ。とか、会って嬉しかった。とかそういう気持ちが少しでもあるんだったら、やっぱりちゃんとお会いした方がいいと思うんだぁ…逆にさ、もう二度と会いたくなかった?」

つぐみは黙ったまま首を激しく横に振った。

「じゃあ、答えはもう出てるんじゃない?ねっ?つぐみちゃん…」

佐和子の優しい問いかけに、つぐみも何故か光子と奈津も首をぶんぶんと縦に振った。


帰り道、つぐみは仕事場近くの大きな公園のベンチに腰掛け、佐藤にメールを返した。

公園の木々の紅葉もそろそろ終わり頃のようだった。

(佐藤さん、さきほどはどうもありがとうございました。正直ものすごくびっくりしたのですが、やっぱり嬉しかったです。それで図書館ですが、明日の仕事帰りに寄ろうと思っています。佐藤さんは明日は大丈夫ですか?もしも都合があるのでしたら、合わせますので。今日は本当にありがとうございました。また今度食べに来てくださいね。では。南つぐみ)

「…どうだろう?これで大丈夫かなぁ?文章おかしくないかなぁ?…佐藤さん…もうちょっと色んなお話したいなぁ…でも…若林さん…」

つぐみは急にあれこれ心配で不安になった。

佐藤からの返信はすぐに来た。

(南さん、明日ですね。了解しました。なるべく仕事を早めに切り上げて向かいますので、時間はちょっと決められませんが、必ず行きますので。では、明日よろしくお願いします。佐藤)

ついこの間モデルのような若林とデートしたばかりだというのに、今度はメガネで知的なハンサムの佐藤と図書館で待ち合わせる自分。

それがつぐみの中では何となく、二股をかけているような感覚で落ち着かなかった。

別にどちらかと正式にお付き合いしている訳じゃないけれど、そんな後ろめたさがつぐみを縛り付けていた。

そうなるとつい自分は「悪い女」のような気がして、心苦しかった。

脳内で勝手に「魔性の女」というワードが湧いてきて、自分はそんなんじゃない。と心の自分に言い聞かせるのだった。

そして、きちんとどちらかとだけに絞らないと駄目だと感じた。

つぐみは一度に二人の男性を好きというのではないけれど、「いいな」と思ってしまったことを深く反省した。

…そうよ、そんなの絶対に駄目だよ…そもそもどちらにも失礼だもの…そんなの駄目、駄目…でも…キュンとはなったけど…別にまだ好きとかそういうんじゃないんだけどなぁ…若林さんも佐藤さんも素敵だけど…よく知らないし…付き合っていけばそういう性格とか、好みとかわかっていくんだろうけど…だけど…だけど…一度に二人なんて…絶対に罰が当たると思う…そんなの神様が許してくれないはず…どうしよう…あたし…どうしたらいいんだろう…

つぐみは真剣に悩んでいた。

まさか自分がこんなことで悩むなんて、考えたこともなかった。

つぐみの悩みはきっと「羨ましい」とか言うだけで、真剣には取り合ってもらえないに違いなかった。

小中と仲良しだったよっちもあきちゃんも、高校の時の友達のゆみも、マキもみづきも紗枝もリエも、大学時代の友達のみさこもちずるも和子もまみもみんな、「そんなのただの自慢じゃん!」と言うだろうと想像がついた。

あんまり何度もその話をしようものなら、多分「何いい気になってんの?」だの、「ちょっとそういうことになったからって、調子こいてる。」だのと、今度は厭味や嫉妬の矛先が自分に向かってくるのが目に見えていた。

そうなるともう誰にも相談なんてできなかった。

つぐみは自分だって好きでこんなシチュエーションになっている訳じゃないのに。と思った。

単なる偶然と言うか、たまたまの話なだけなのに。

よく漫画やドラマなんかで見かけるパターンではあるけれど、実際当事者になってみると、こんなにも心が苦しくて泣いて逃げ出したくなるほどなのを、つぐみは痛いほど身に沁みてわかった。

…あれは漫画とかだからいいけどさ…やっぱりしんどいな…

つぐみは嬉しさと相反する、やり場のないもやもやでいっぱいだった。

「あたしモテてる。」なんて浮ついていたら、近いうち罰が当たるというか、痛い目をみそうだとも思った。

そんな不安も持ちつつ、やっぱりそれでも嬉しいのは隠せなかった。

つぐみの中に様々な説明できない感情でいっぱいになると、自然と涙が溢れてきていた。

仕事場近くの人通りの多い街の中で、つぐみは人目も憚らず泣きながら歩いた。

自分では制御できないほどの感情が、涙をどんどんと流させるのだった。

つぐみは泣いたって解決しないことは重々承知しているけれど、それでも涙が出てしょうがなかった。

そんな姿をたまたま移動中に傍を通りかかった若林が、信号待ちで停車した軽トラックから見ていた。

「…あれっ?つぐみちゃん?…どうしたんだろ?あんなに泣いちゃって…可哀想に…大丈夫かなぁ?…」

つぐみは若林に気づくことなく、横断歩道をとぼとぼと涙をこぼしながら歩いていた。

家までがこれほどまでに遠く感じたのは、おそらく初めてだった。

夕暮れが随分と早くなってきた晩秋の景色が、何故だか今日はやけに淋しそうに見えた。


その夜、若林からメールがきた。

(つぐみちゃん、この間はありがとう。ところで、また近いうちにデートしてもらえるかな?

都合がよい時でいいので、またよろしくね。では、風邪引かないように気をつけてね。若林)

「…あれっ?若林さん…なんだろ?メール、嬉しいなぁ…でも…でも…」

つぐみは自分の部屋でまた大泣きしてしまっていた。

コンコン。

「…お姉ちゃん、今いい?…」

まどかがお盆に温かいココアとロールケーキを持ってきた。

「…うん…いいよぉ…」

部屋の中に甘いココアの香りが広がった。

「…お姉ちゃん?大丈夫?…なんか辛くした?…これさ、今日お隣の高橋さんのおばさんからもらったんだって…なんかね、大阪に行って来たんだってさ…ほら、あそこのお姉さんあっちに嫁いだでしょ!それでお産の手伝いでおばさん行ってたんだって…なんかね、あっちで有名なやつらしいよぉ~…家からお祝いあげてたからさ、お返しなんだって…一緒に食べよう!ねっ!…」

まどかに促され、つぐみはこくんと頷いた。

まどかと一緒に食べたロールケーキの美味しさったら、尋常じゃなかった。

流行っているのがよくわかった。

つぐみはこんな気持ちじゃなかったら、どんなに美味しかっただろうとも思った。

それほどまでに若林と佐藤のことで悩み苦しんでいた。

「…お姉ちゃん…なんか…あったの?…もしかして…若林さんのこと?…」

つぐみは下向き加減で黙って、首だけ縦に振った。

そして、妹なら自分の悩みをちゃんとわかってくれるだろうと思い、まどかにことの経緯を包み隠さず全部話した。

「…そっかぁ…それで…お姉ちゃん…そっかぁ…みんなはそうだよねぇ…羨ましいとか、自慢してとかしか言わないよねぇ、きっとさ…あたしも一瞬、何贅沢なこと言っちゃってって思ったけど…お姉ちゃんがそんなに泣くほど悩んでるなんて思わなくって…ごめんね…なんか、ごめん…」

「…ううん…実際ね、あたしも嬉しいには嬉しいんだぁ…でもさ、こういうのってやっぱり駄目だなぁって思ってるの…まだ、どちらとも知り合ったばっかりだけど、付き合ってもいないし、ましてや好きとかそういうのもさ…アイドルに恋する感じってのか、憧れって言うんだろうか?こういうのって…まだ、そんな感じなんだぁ…だから…上手く言えないけど、現実味がないってのか、夢の中の出来事だった感じでね…」

「…そうだよねぇ…あたしはもう一人の佐藤さんは知らないから、どれぐらいハンサムなのかわかんないけど…若林さんはねぇ…スターみたいな素敵さだもんねぇ…そりゃ、実感湧かないわ…」

「…でしょう?…」

「…だけど…佐藤さんはわざわざ仕事先まで会いに来てくれて、会いたかったなんて言ってるんだよねぇ…そんで、若林さんからはまたデートしようってかぁ…そっかぁ…でもさ、お姉ちゃん正直なところね、どっちにドキドキした?それによるんじゃない?フィーリングっての?…どっちにまた会いたいなって思ったぁ?…」

「…」

つぐみは腕を組んで考え込んでしまった。

その間にまどかはロールケーキをすっかり平らげ、ココアをごくんと飲んではぁ~っと息を吐いていた。

「…わかんない…んだけど…仕事場で汗いっぱいのあんな姿見られちゃって恥ずかしかったんだけどね…それでも佐藤さん、後からちゃんとメールくれて…今度図書館でって…それで、何となく佐藤さんいいなぁって思った…若林さんは、きっといっぱいガールフレンドいるんじゃないかなぁ?…あたしはその一人って感じがしたけど…王子様とデートしたような感覚かも…だから、なんかこう…地に足が着いていない、ふわふわしてる感じなんだぁ…佐藤さんにはばっちり現実の姿見られちゃったから…だから…なんてのか…う~ん…やっぱ、わかんない!…こんなの贅沢な悩みだよねぇ…罰当たりそう…ついこの間までは、デートする相手もいなかったくせにね…お休みに安売りの玉子買いに行ったりしてさぁ…」

つぐみは涙が残る顔で精一杯の笑顔を見せた。

まどかはそんな姉がなんだかとても心配になった。

「…そっかぁ…お姉ちゃんさ、やっぱり図書館の佐藤さんの方に天秤が傾いてるんじゃない?…自分の仕事場に来てくれるってさ、なかなかないもん…若林さんも優しいけどさ…でも、デートもあの時、家に工事に来てたからって感じで、たまたまじゃん…でもさ、佐藤さんは最初のスーパーと図書館はたまたまだけど、今日のはわざわざだもん…そうなるとさ、全然なんていうのか…え~と、え~と…情熱?が違うじゃん…とりあえずはさぁ、明日図書館で会ってさ、いっぱい喋ったらいいんじゃない?…一旦、若林さんとは置いといてさぁ…ねっ?そうしなよ…」

「…うん…そうするね…まどか、ありがとね…これ、美味しいねぇ…高橋さんのおばさん、また買ってきてくれるといいねぇ…」

「…そだね…でさぁ…あたしもねぇ…」

女同士の話は日付が変わるまで続いた。


「…顔もちゃんと洗ったし、汗もちゃんと拭いたし…タイツも伝染してないよね…お化粧もきちんと…大丈夫でしょ…後ろもスカート皺になってないし…靴もさっき拭いたし、髪もこれでオッケーだよね…」

つぐみは仕事終わりの更衣室で、後輩の奈津に佐藤と会うのにどこかおかしくないか、一緒に確認してもらっていた。

「つぐみさん、ばっちりオッケーです!」

メガネぽっちゃりの奈津が羨ましがりながらも、つぐみのチェックを万全にしてくれていた。

「よかったぁ…ありがとうねぇ、なっちゃん…今日もいっぱい汗かいちゃったからさぁ…汗拭きシート足りるか心配で、今朝ね、コンビニで新しいの買っちゃった…えへへ…」

「そっかぁ…つぐみちゃん、昨日の人と会う約束なんだぁ…いいねぇ…頑張ってね…途中で転んだりしないように、気をつけてね…つぐみちゃん」

佐和子が笑顔で応援してくれた。

ベテランの光子も奈津もうんうんと頷き、やはり一緒に応援してくれたのだった。

つぐみはそんな仲間達に背中を押され、背筋をシャキッと伸ばし、全員に「では…行ってまいります。」と片手を挙げて敬礼のポーズをとると、光子も奈津も佐和子も、そして何故か源三までもが同じく敬礼のポーズで「行ってらっしゃい!健闘を祈る!」なんて送り出してくれた。

外に出ると予報どおりの怪しい雨雲で空が覆われ、昼間なのに薄暗くなっていた。

今にも雨が降ってきそうな空色だった。

歩き始めてほどなくすると、やはり頭上から大粒の雨がぼたぼたと勢いよく降ってきた。

道路に500円玉ぐらいの水玉ができたかと思ったら、次々と大きな水玉で覆い尽くされ、あっという間に土砂降りの雨となった。

折角万全の体勢で図書館へ向かおうとしていたのに、つぐみは思いがけない雨のせいでずぶ濡れになってしまい、とりあえず一旦雨宿りをすることにした。

そうじゃないといられないほどの、激しい雨だった。

絨毯屋さんの軒先につぐみの他にも数人が雨宿り。

なかなか止みそうにも、小降りになりそうにもなかった。

つぐみは折りたたみの傘でも持ってくればよかったと思った。

不安そうに空の様子を眺めていると、目の前の道路脇に一台の軽トラックが停まった。

手動で助手席の窓が開くと、中の人がつぐみに声をかけてきた。

仕事で移動中の若林だった。

「つぐみちゃん…酷い雨だけど…乗ってかないかい?送るよ!…」

つぐみはこれから若林とは違う相手に会いに行くというのに、こんなところで若林には正直、会いたくなかった。

顔を、おしゃれした自分を見られたくはなかった。

それが自分でもどうしてなのかは、わからないのだが。

「…あっ!若林さん…あっ、でも…若林さんもお仕事の途中でしょう?…悪いから…あたしは大丈夫ですよ!ありがとうございます…でも…若林さん、どうぞあたしなんかにかまわず…どうぞ、行ってください…ホント、大丈夫ですから…」

目を合わせずに激しく遠慮するつぐみを見て、若林は突然車から降りてきた。

「…つぐみちゃん…遠慮しなくても大丈夫だよ…ありがとうね、僕の仕事の心配してくれて…ホントにありがとう…でもさ…やっぱり送るよ!送らせてください、つぐみちゃん…」

若林はそう言うと自分の着ている作業ジャンバーをさっと脱いで、つぐみに雨がかからないように頭にふわっと被せると、つぐみの肩をふんわり抱いて車まで連れて行ってくれた。

「どうぞ、汚いけど…」

若林はそういうと助手席のドアを開け、つぐみに乗るように促した。

つぐみは若林に促されるまま、助手席に乗り込んだ。

若林はつぐみがちゃんと乗ったのを確認すると、静かにドアを閉め、走って運転席に来て乗り込んだ。

「…ごめんね、つぐみちゃん…ちょっと強引だったね…許してもらえるかい?…これで拭いてね…風邪ひいたら大変だもんね…」

若林は笑顔でそれだけ言うと、つぐみに洗って綺麗な方のタオルを手渡した。

自分は首にかけていた少し汚れたタオルで頭を拭いていた。

つぐみは若林のそんな優しさがありがたくて、申し訳ない気持ちになった。

「若林さん…あの…ありがとうございました…助かりました…それとタオルまで…」

つぐみは濡れた髪などをタオルで拭き終わると、若林はそれをにこにこ受け取ってくれた。

「…あっ…ところで…家まで送って行くね、丁度あっち方面の仕事に行く途中だからさ…」

「…あっ…あのっ…ありがとうございます…でも…あの…あたし…今日はちょっと寄る所があって…だから…」

「…そっか…わかったよ…じゃあ、つぐみちゃんが行く所まで送るよ…それでいいかい?」

若林の申し出につぐみはこくんと頷くしかできなかった。

車が少し動き始めると若林が尋ねてきた。

「つぐみちゃん、どこに行くの?教えてもらえるかい?」

うつむき加減のつぐみは小さく「…図書館です…」とだけ答えた。

「そっか、了解…じゃあ、これから図書館に行くよぉ…」

若林は元気のないつぐみに気を遣って、無理に元気よくそう言った。

街の中がこの雨でのろのろ運転の渋滞。

温風で車の内側が少し曇り始めていた。

ワイパーが追いつかないほどの激しい雨。

若林はこの間つぐみを見かけたことを話した。

「…あの時は…その…なんて言ったらいいのか…その…」

つぐみはなかなかその時の涙の訳が言い出せなかった。

もじもじと困っている様子のつぐみを見て、若林は「…ごめんね、つぐみちゃん…ホントにごめん…無理して僕に話さなくっても大丈夫だよ…そうだよね、色々あるよね…たださ、僕ね、つぐみちゃんが泣いてたからさ、ちょっと心配になっただけなんだぁ…泣かしたやつをやっつけてやろうかって…あはははは、馬鹿だよねぇ…」と笑顔だった。

若林の優しさにつぐみはどうしようもなく、自分でも収集できない気持ちになり、つい泣き出してしまった。

こんなに優しくて素敵な若林に対する自分の態度が、なんだか無性に許せなかった。

そして、自分に少しでも好意を持ってくれている男性に、これから違う男性に会いに行く自分を送ってもらうことがどうにも申し訳なくて、つぐみの心は針の山を歩くような気分だった。

「つぐみちゃん、本好きなの?」

若林の屈託のない笑顔の質問が、何故か答えにくく感じた。

…本も好きなのですが…あたしはこれからあなたと違う男性と会う約束をしているのです。ごめんなさい、若林さん…本当にごめんなさい…

つぐみは心の中でそう呟くと、「…はい…そうなんです…」と小さく答えた。

「そうなんだぁ~…いいねぇ、本が好きって…僕は本って言っても雑誌か漫画ぐらいしか読まないから…あはははは…駄目だよねぇ…あはははは」

若林は照れながらも笑ってそう教えてくれた。

「…あっ…あたしも…本って言ってもエッセイとか、そういうのばっかりだから…」

控えめにそれだけやっと言えた。

雨はまだまだ激しく、フロントガラスに叩きつけるように降っていた。


図書館の玄関にぴったり軽トラックをつけてもらったので、つぐみは降りる時濡れずに済んだ。

若林のそういうきめ細かい優しさも、つぐみには心苦しいほどだった。

「…あのっ、ありがとうございました…若林さんも気をつけてくださいね…ホントに助かりました。」

つぐみは運転席の若林に深々と頭を下げた。

「…なんも気にしないで…それよりさ、つぐみちゃんも濡れちゃってるから、風邪引かないようにね…ごめんね…帰りは送ってあげられないけど…」

つぐみは申し訳ない気持ちでいっぱいの困り顔のまま、首を激しく左右に振った。

「…じゃね…また、今度デートしよっか…ねっ!」

若林は爽やかにつぐみにウインクをすると、再びこの豪雨の中車を走らせて行ってしまった。

つぐみは若林の車が見えなくなるまで、図書館の玄関先で静かに見送った。

つぐみ達が到着する少し前に駐車場に来ていた佐藤が、つぐみ達の一部始終を車の中から見てしまっていた。

激しい雨が邪魔してはっきりとは見えなかったが、つぐみが軽トラックに送ってもらっているのが見えた。

佐藤はつぐみにどんな顔で会ったらいいのか、何て話しかけたらいいだろうかわからなかった。


図書館はやはりこの酷い雨のせいで、人がまばらだった。

つぐみはとりあえず佐藤と待ち合わせた図書館の入り口外の、カフェスペースで待つことにした。

館内の暖房がありがたく感じるほど、つぐみは雨で濡れて体がすっかり冷えてしまっていた。

だが何か温かい飲み物を飲んで体を温めようという気にはならず、ただ若林とのこととこれから会う約束の佐藤とのことをどうしたらよいのかで、頭の中がいっぱいだった。

考えれば考えるほど、自分がいかに悪いことをしているかを思い知らされるのだった。

…どうしよう…どうしたらいいんだろう…あたし…あたし…

つぐみがうつむき加減で力なく佇んでいるところに、佐藤がやってきた。

つぐみは佐藤の姿を直視できなかった。

「南さん、雨大丈夫でした?…すいません…急に約束してもらっちゃって…」

佐藤は先ほど偶然とは言え目撃してしまった光景が脳内から離れず、つぐみの表情を見るのが怖かった。

…もしかしたら、南さんはちゃんと付き合っている人がいるのかもしれない。それなのに、僕の強引な誘いに快く承知してくれて…なんだかかえって申し訳なかっただろうか?…

佐藤の心はざわついていた。

つぐみの心も同じくざわついていた。

…どうしよう…やっぱり佐藤さんに若林さんのこととかちゃんとお話した方がいいよね…なんだかあたし、騙しているみたいだものね…こんなんじゃ駄目だよね…こんなんじゃ若林さんも佐藤さんも傷つけちゃうものね…きちんと…きちんとしなくちゃ…そうだよね…そうしなくちゃ…

「…あっ…ええ…あたしは大丈夫でしたけど…佐藤さんこそ、大丈夫でしたか?…雨、すごいですものね…」

「…そうですね…」

つぐみも佐藤もそれ以上の言葉が思いつかず、しばらく沈黙が続いてしまった。

図書館の屋根や窓に打ち付ける雨音だけが、館内に響いていた。

「…あのっ…」

言葉が出たのはつぐみだった。

佐藤はつぐみの目を見ることが出来ず、「はい」と返事をするもつぐみの頭の辺りしか見れなかった。

「…あの…佐藤さんに…その…ちゃんと…ちゃんと…お話しないといけないんです…」

つぐみは話し始めるも、じわじわと涙が滲み出てきた。

佐藤はつぐみが泣き始めると途端に慌ててしまった。

もしかしたら、自分が泣かせてしまっているかもしれないという罪悪感でいっぱいになってしまった。

つぐみはゆっくりと話し始めた。

言葉を慎重に選び、自分の正直な気持ちと自分に起きている出来事を時に言葉に詰まってしまったり、時に涙がやっぱり溢れ出てしゃくり上げ過ぎてなかなか続きを話すことができなかったり。

それでもつぐみは、つぐみなりに一生懸命話した。

佐藤はつぐみの話を静かに聞いてくれた。

「…だから…あたし…どうしたらいいんだろうって…これじゃ、佐藤さんにも若林さんにも申し訳なくって…なんだか二人を騙しているみたいで…だから…だから…」

つぐみはやっとそこまで話し終えると、もう言葉が見つからなかった。

下を向いて涙を拭った。

佐藤は自分にそこまで正直に話してくれたつぐみを抱きしめたいと思った。

目の前の震えて泣いている小さな女の子のようなつぐみを、本気で守ってあげたいと思ってしまった。

「南さん、ありがとう…」

「…えっ?…」

「…だって…話すの辛かったでしょ?…まだ知り合ったばっかりの僕に…」

「…」

つぐみは涙の粒が残る瞳で佐藤を真っ直ぐに見つめた。

佐藤はキラキラ光る涙の目で見つめてくるつぐみの顔があまりにも可愛らしく見えて、つい照れて目を逸らした。

「…本当にすいませんでした…南さんをこんなにまで悩ませていたなんて…僕は…駄目ですね…」

佐藤の発言につぐみは首をぶんぶんと横に振った。

「…佐藤さんは…全然悪くないの…悪いのは全部あたしなんです…若林さんにだって…」

今度は佐藤が首をぶんぶんと横に振った。

「…ううん、南さんも…その…若林さん?も悪くないですよ…僕が後から割り込む形で南さんのこと好きになっちゃったから…」

「…えっ?…」

つぐみはきょとんと佐藤を見た。

「…ええ、そうなんです…僕…南さんのこと…好きになっちゃったから…だから…食堂まで行っちゃったんです…あの時は本当にごめんなさい…突然でびっくりしたでしょ?…図書館で連絡先の交換したけど…なかなかメール来ないんで…だけど、僕から急にメールしたらびっくりするだろうし…それに…もう一度ちゃんとあなたに会いたかったんです…だから…つい…今日、ここで会ったら…南さんにちゃんと交際を申し込もうって決めてきたんです…だけど…迷惑ですよね…こんなタイミングでこんなこと言うのって…」

佐藤は力ない笑顔でフッと笑い、下を向いてしまった。

つぐみは何も言えなかった。

折角メガネハンサムの佐藤が自分を好きだ。と言って交際を申し込んでくれているのに。

やり場のないどうしようもない気持ちになったつぐみは、すぐに返事をすることができなかった。

雨はまだまだ止む気配すらなかった。


雨のせいで暗くなるのが一段と早く感じられた。

「…南さん、そろそろ帰りましょうか…僕、送りますんで…返事はいつでも待ってますから…僕は…やっぱり…南さんとお付き合いしたいです…駄目だったとしても、恨んだりしませんから…」

佐藤は男らしくそう言い放つと、立ち上がったつぐみの手を掴んで繋いだ。

つぐみは沈んだ気持ちでいるも、いきなり繋がれた佐藤の手の温かさが頼もしいと感じた。

佐藤の手が決して嫌じゃなかった。

それと同時に胸の奥にチクッと痛みを伴うような、罪悪感も感じた。

外に出ると二人は手を繋いだまま佐藤の傘に入り、駐車場まで小走りで向かった。

雨はまだまだ容赦なく降り続いていた。


佐藤の車は紺色の軽自動車だった。

つぐみが助手席に座るまで傘で濡れないようにしてくれた佐藤が運転席に乗り込むと、つぐみは急に緊張し始めた。

狭い密室でまだよく知りもしない自分に好意を持ってくれている男性と二人っきり。

つぐみは何故か若林の時には感じなかった緊張感でいっぱいになった。

心臓の音が耳まで響くほど高鳴っているのを感じた。

こんなドキドキは中学時代にデートした天野くんではなく、密かに片思いしていたB組の渡辺君を廊下で見かけたりする時に似ているような気がした。

…佐藤さん…なんか…いいな…優しいな…

つぐみは無意識でそう思ってしまっていた。

「…じゃあ、出発しますね…南さん、お家までのナビして下さいね、お願いします…」

佐藤は優しくそれだけ言うと、車のエンジンをかけた。

つぐみはいけないと思いつつも、若林と佐藤を比較してしまうのだった。

大雨の中、少ない会話だけで家まで到着すると、佐藤は運転席から降りて助手席のつぐみに傘をさしかけてくれた。

道路から玄関までの僅かな距離も、つぐみをこれ以上濡れさせてはいけないとする佐藤の優しさがこもっていた。

つぐみは佐藤にエスコートされて、若林が工事でつけてくれた玄関のガラス戸まで行くと、小さく頭を下げ「佐藤さん、今日はありがとうございました…本当に助かりました…あの…風邪引かない様に気をつけてくださいね。それと…帰り道…運転も気をつけて…」とだけ言った。

佐藤は柔らかな微笑でつぐみに一礼すると小走りで車に戻り、そして行ってしまった。

つぐみは佐藤の車のライトが見えなくなるまで、玄関から見送った。

雨は先ほどよりも幾分か勢いが衰えているようだった。


つぐみは家に入るとお風呂場へ直行させられた。

母に「あらまぁ、どしたの?そんなに濡れて…風邪引くから、お風呂に行きなさい。ゆっくりちゃんと浸かって温まるんだよ!」と言われたからだった。

乳白色の入浴剤を入れてもらった湯船に浸かると、つぐみは今日のことをあれこれ考え始めた。

「…若林さん…優しかったなぁ…図書館まで送ってもらって助かっちゃったけど…佐藤さんにばっちり見られちゃってたなぁ…だけど…なんであたし、佐藤さんにこれまでの経緯、全部話しちゃったんだろ?…若林さんには話せなかったのに…なんで、佐藤さんには話そうって思ったんだろ…なんで?なんでなんだろ…それに、どうしよ…好きって告白されちゃった…お付き合いしたい。って言われちゃった…嬉しかったな…佐藤さん、すんごく真面目に真剣に言ってくれた…あんなに真剣に言われたのって、多分初めてだよね…今までデートとかはしてたけど…湯川君だって、あたしから告白したんだもんねぇ…あ~…どうしよう…なんか…考えると…」

つぐみはまた思い出したかのように、わ~んと声を出して泣き出してしまった。

誰でもいいから、今すぐにでも相談したかった。

つぐみは風呂から上がると、夕食も食べずに自分の部屋に直行した。

食欲が湧かないのもあったけれど、それ以上に家族と顔を合わせたくなかった。

別に喧嘩をしている訳でも何でもないけれど、父と母とまどかの顔を見たらまた泣いてしまいそうな気がしたから。

そして、自分のこれまでの経緯をすっかり話してしまいそうだったから。

まどかにはいいけれど、父と母にはそんな話は聞かせたくなかった。

例え一緒に考えてくれるとしても、それだけは避けたかった。

つぐみは自分の気持ちが少しだけわがままのような気もした。

それと同時に両親にはそういうことで心配や迷惑をかけたくない気もした。

夜、晩御飯も食べなかったつぐみを心配して、まどかがお盆に温かい紅茶と夕食のクリームシチュー、それと母がわざわざ作ってくれたサンドイッチとお菓子のようなパンを持って来てくれた。

コンコン。

「…お姉ちゃん…」

「…あっ…まどか…入って入って…」

「お姉ちゃん、おなか空いてない?よかったらさ、これ食べなよ!ねっ…あっ!もしかして具合悪かった?雨に濡れたんでしょ?…寒くない?…どうしよう、熱とかあるかも…」

まどかは元気がないつぐみの様子を見て、ますます心配してくれた。

「…大丈夫大丈夫…ごめんね、心配かけちゃって…ちょっと色々あったから…ありがとね、これ、持って来てくれてさ…美味しそうだねぇ…食べよっかな…」

「そだ、お姉ちゃん温かいうちに食べな!食べな!…シチューすんごく美味しいよぉ~…今日のはね、生クリーム入りなんだって…だから、濃いよぉ~…そんで、温まるよ!…サンドイッチはね、お母さんが作ってた…あたし達はご飯だったんだよ…お姉ちゃんさ、サンドイッチ大好きでしょ?だからさっきお母さん作ってたよ…お姉ちゃんがちょっとでも食べられたらいいって…このパンね、あたしが買ってきたんだよぉ~!…今日ね、帰りに信吾君とあそこのスーパーの上のゲームコーナーに寄ってさ…で、ついでだからさ、地下でパン買ってきたの!…気ぃきいてるでしょ?えへへへ」

まどかは持ってきたお盆をテーブルの上に乗せた。

「ありがとう、まどか…美味しそうだねぇ…匂いかいだらおなか空いてきちゃった…えへへへへ」

つぐみはまどかに礼を言うと、早速シチューから食べ始めた。

まどかもつい1時間ほど前に夕食を食べたばかりなのにもかかわらず、つぐみにつられてパン屋で買ってきたチョコレートがかかって、中に真っ白いクリームとイチゴが挟まっているお菓子パンを頬張った。

つぐみは温かいシチューの美味しさと、心配してくれた家族のありがたさで再びちょっぴり涙が出た。

おなかが膨れてくると、つぐみは一つ大きなため息をついた。

「…お姉ちゃん…大丈夫?…なんか辛いことでもあった?…」

まどかの問いかけにつぐみは涙ぐんだ瞳で、今日の出来事を全部話した。

「…そっかぁ…そんなこと、あったんだぁ…若林さんも佐藤さんも優しいね…どっちもお姉ちゃんのこと大事にしてくれてさ…でも…そっかぁ…ちと辛いねぇ…そうなるとさぁ…誰も何も悪くないのにねぇ…なんだか、切ないね…」

「…そうなんだぁ…漫画とかだとさ、ハンサム2人に同時に誘われて、主人公がきゃっきゃってしてるけどさ…実際はねぇ…こんなに苦しくなるとは思ってもみなかった…ますます、二股かけてるみたいな気がしてさ…そういうのってしんどいね…パッとどちらかに決めて、どちらかをふればいいんだろうけど…そんな残酷なこと…でも、そっか…今のこの状態の方がもっと残酷かぁ…はぁ…」

「…そうだねぇ…あっ、でもさ…なんで佐藤さんには全部話しちゃったの?なんか問い詰められたとかじゃないんでしょ?どして?…」

「…わかんないの…ただね、若林さんと一緒のとこ見られちゃったからかもしれないけど…そうじゃなくても…もしかしたら、今日話してたかも…なんかね、あたしもよくわかんないんでけど…佐藤さんにはどうしても話しておかなきゃいけないなって思ったんだぁ…若林さんにも話すチャンスあったのにね…なんでかなぁ…」

「…う~ん…う~ん…それってさぁ…お姉ちゃんの中でこの人にだけはちゃんとしておきたい。ってのか、この人には絶対に嘘は言いたくない。って感じだったんじゃない?…ってことは…だよ…お姉ちゃん、佐藤さんのことが好きってことなんじゃないの?…違うかなぁ…」

「…そうかなぁ…そうなのかなぁ…でもさ、本当に好きだったらさ、そういうのって言えないんじゃない?…嫌われたくないから、隠してるってのか言い出せないんじゃないかなぁ…どうでもいい人ってのか、恋愛対象じゃないから言えちゃうってことない?…って…自分で言っててなんか変かも…あたしの説だったら…あたし、若林さんが好きってことになるよねェ…」

「…うん、うん…」

まどかが縦に大きく首を振っていた。

つぐみは自分でも自分の気持ちがよくわからないでいた。

話したかったのは佐藤。

話せなかったのは若林。

まどかが言っていることもよく理解できるけれど、自分で言ったことも本当にそう思っている。

そうなると若林のことが好きという結論に達するはずなのだが、つぐみの中にはどうにも割り切れない気持ちが燻っていた。

佐藤にはありのままの自分を知って欲しいと思った。

それで嫌われたとしてもいいとすら思った。

だから、話した。

だけど、若林にはそんな話を切り出すタイミングもなかったし、何故か言えなかった。

それはつぐみの中にある佐藤とのことが後ろめたかったからかもしれなかった。

まどかが唱える考えも、自分が言い放った考えもきっとどちらも正解で、間違ってはいないというのを、つぐみはちゃんと知っていた。

まどかとあれこれ話しながらも、つぐみはぼんやりと図書館を出る時に佐藤に掴まれてそのまま繋いだ手の感触を思い出していた。

そして、どうしてあの時繋いだ手を振り解かなかったのだろう?

どうしてあんなに安心して、頼もしいとすら思ってしまったのだろう?

どうしてまたあの手と繋ぎたいと思っているんだろう?と考えていた。

雨の音がいつの間にか聞こえなくなっていた。


日付が変わる頃、まどかは自分の部屋に戻って行った。

つぐみは急に思い出したかのように、まずは若林に今日のお礼のメールを送った。

(夜分遅くにごめんなさい。今日は図書館まで送っていただいて、本当にありがとうございました。助かりました。あそこで若林さんに会わなかったら、きっと大変でした。なんだかすみません。若林さん、どうか風邪引かないように気をつけてくださいね。では、おやすみなさい。つぐみ)

その後すぐに、今度は佐藤にメールした。

(夜分遅くにごめんなさい。今日は色々とありがとうございました。帰りもわざわざ送っていただいて助かりました。どうか風邪引かないように気をつけてくださいね。では、おやすみなさい。また、図書館でお会いできたら嬉しいです。南つぐみ)

「…ふぅ…これでいいよね…今は…いいよね…なんか、疲れちゃったな…寝ようっと…」

つぐみは急に眠気に襲われて、バタンと倒れるようにベッドで眠った。

カーテン越しに外から薄っすら月明かりが部屋に入ってきていた。

雨はもうすっかり止んでいるようだった。


昨日とは打って変わって快晴。

つぐみはまだまだ悩みはあるものの、朝の眩しいお日様を浴びると心が幾分か晴れ渡るような気分だった。

…昨日は昨日…今日は今日…仕事は仕事だもんね、頑張らなくちゃ…一生懸命仕事やろう!…そしたら、もしかして何か道が見えてくるかもしれない…

通勤途中、青く澄み渡る空に浮かぶ真っ白いもこもことした形のいい雲を眺めると、妙にしゃっきりした心持になった。

「おはようございまぁ~す!」

つぐみは仕事仲間の皆さんに元気いっぱい挨拶をした。

そんなつぐみの様子に光子も佐和子も奈津も源三も、昨日、図書館で会う約束をした彼とうまくいったのだと思った。

「よっ!おはようさん、つぐみちゃん…さては昨日いいことあったのかな?」

源三がちょっぴりおちゃらけた感じでそう尋ねると、つぐみの表情が少し曇った。

そこにいた全員がその一瞬で、「…あれっ?…なんかまずいことでも言っちゃった?」と感じた。

そして、「つぐみちゃん、本当は今ものすごく辛いのではないだろうか?無理してから元気なんじゃないだろうか?」と察した。

「…あっ…じゃあさ…今日も一日頑張りましょっか!ねっ…」

佐和子が慌てて取り繕うようにそう言うと、みんな一斉に「お~っ!」と拳を上げた。

つぐみもぎこちない引きつった笑顔でみんなと一緒に、「お~っ!」と拳を上げた。

あんなに今日一日頑張ろうと誓っていたのに、源三のちょっとした一言でこんなにも気持ちが急降下している自分に、つぐみは腹が立った。

けれども、今のつぐみは情緒不安定状態。

普段は全く気にならないことでも、今日は何故か気になってしまい、そうなると泣き叫びたいような気分に陥ってしまうのだった。

それでもつぐみは歯を食いしばって、何とか今日の仕事をきちんとやり遂げた。

帰り支度の更衣室で、つぐみを心配して奈津が声をかけてきた。

「つぐみさん…あの…大丈夫ですか?…何となく調子悪そう…腰掛けて休んだ方がいいですよ…あたし、お水持ってきますね…ちょっと待ってて下さいね…」

「…えっ?…ああ…なっちゃん…ありがとう…なんか…ごめんなさい…」

つぐみは力なく丸椅子に腰掛けると、大きなため息を一つついた。

「…どうしたのさ…つぐみちゃんらしくもない…なんかあったのかい?あたし達でよければさ…何でも相談に乗るから…遠慮とかしないんだよ…」

光子がつぐみの背中を優しく擦ってくれた。

「…そうよぉ…つぐみちゃん…あたし達、仲間じゃない…ねっ…力になるからさ…」

佐和子も傍に来てくれた。

「お待たせしましたぁ、お水です…つぐみさん、どうぞ…」

奈津が冷たい水を持ってきてくれた。

「…ありがとう…皆さん…なんか…心配と迷惑かけちゃって…ホントにすいません…」

つぐみはみんなの優しさにちょっとばかし涙が出た。

光子と佐和子と奈津は一斉に、「何もいいのにぃ~…」と声を揃えた。

「…で?どしたの?…」

切り出したのはベテランの光子だった。

つぐみは促されるまま、昨日の出来事を全て話した。

それでちょっぴり心が軽くなった気がした。

「…そうなのぉ…それはねぇ…考えちゃうかぁ…」と佐和子。

「…つぐみさん、ごめんなさい。あたし…つぐみさんのこと羨ましいって、軽々しく言っちゃって…そんなに悩んでたなんて知らなくって…」と申し訳なさそうに奈津。

「…それは…困ったもんだねぇ…誰も悪くないしねぇ…だけど、絶対に誰かが傷ついちゃうしねぇ…どうしたもんかねぇ…」と眉間に深い皺を寄せて光子。

つぐみ以外の女性3人はそういう経験をしたことがなかったので、解決策を見出せずにいた。

3人とも、まさかつぐみがあんなにドラマティックなシチュエーションなのにもかかわらず、これほどまでに悩み傷ついているとは思いもしなかった。

なので、こんなに情緒不安定なつぐみがなんだか気の毒で、可哀想だと思ってしまった。

結局、光子も佐和子も奈津も、つぐみの事情を聞いて一緒に考えてくれたけれど、肝心の「どうしたらいいのか?」という答えには行き着かずに、とりあえず解散となった。

女子更衣室でのつぐみ会議のことなど何も知らない源三は、それぞれ帰って行く女性陣全員が神妙な面持ちだったので声をかけにくかった。


つぐみは深く考え込みながらとぼとぼと歩いていると、車のクラクションが聞こえてきた。

その音にフッと顔をあげると、つぐみの進行方向に見たことがある軽トラックが停まっていた。

そして、その前に見たことがあるモデル風の背の高いハンサムが、笑顔でこちらに手を振っていた。

若林だった。

「お~い!つぐみちゃ~ん!」

つぐみは若林の姿を見かけると、走って逃げ出したい気持ちになった。

けれども、実際にそんな失礼なことは出来るはずもなかった。

困ったような表情で「若林さん」と言いながら、小さく手を振り返した。

「つぐみちゃん、今、帰り?…あれから大丈夫だった?風邪とか引いてない?…心配だったんだよねぇ…酷い雨だったし、寒かったからさぁ…つぐみちゃん、ずぶ濡れだったでしょ?…ねぇ…」

若林は屈託のない素敵な笑顔で、そう話しかけてくれた。

つぐみは若林の顔をまともに見ることができず、下を向いたままで「大丈夫です」とだけ静かに答えた。

若林はそんなつぐみの様子が気になった。

「…そだ、つぐみちゃん、ジュースがいい?それともコーヒー?何がいい?」

「…えっ?…何でも…いい…です…」

つぐみが力なく返すと、「そっか…じゃあ、ちょっとここで待っててもらえるかい?」と若林は言い放つと、近くの自動販売機まで走って行ってしまった。

つぐみは若林の後ろ姿を目で追いながら、ぼんやりと傍のガードレールに腰掛けるようにもたれかかった。

「お待たせェ!つぐみちゃん、どっちがいい?」

戻ってきた若林が差し出したのは、温かいミルクティーと温かいココアだった。

つぐみは少し迷ってから、ミルクティーを指差した。

「こっちだね、はい、どうぞ…」

若林はつぐみに選んだほうのミルクティーを手渡した。

まだちょっぴり熱く感じられるミルクティーのペットボトルを、つぐみは素手で持っていられず、着ていたカーディガンの袖を少しだけ長く引っ張って、それ越しにようやく持てた。

つぐみの隣に若林も腰掛けるようにもたれかかった。

「開けてあげるね…」

若林はそう言うとつぐみのミルクティーの蓋を開けてくれた。

つぐみは若林のそんな優しさに、自分の罪悪感でいっぱいになった。

「…若林さん…あの…あのね…その…ごめんなさい…」

「…えっ?どしたの?…って、ごめん、ごめんねつぐみちゃん、ちょっとここで待っててくれる?…」

若林は通りの向こうに見えた人影に何故か驚いた様子で、つぐみを置いていきなり走り出して行った。

つぐみはそんな若林をびっくりしながらも、ずっと目で追った。

若林は通りの向こうに見つけた人と何かもめているように見えた。

そうこうしているうちに、若林はもう一人を連れて戻ってきた。

若林と一緒に戻ってきた人は、お腹がちょっぴり膨らんだ綺麗な外国人のような女性だった。

「…離して!離してったら!…痛い…痛いって…」

綺麗な女性は若林に掴まれている腕を振り解きたいらしかった。

「…駄目だっ!離したら逃げるだろっ!…だから離さない…今度こそ、逃がさないから…」

「わかった…わかったから…逃げないって約束するから…だからお願い…隆弘っ!離して…逃げないから…」

「…わかった…」

つぐみは若林とその女性から何も話を聞かされなくても、すぐにピンときた。

若林からちょっとだけ聞いた、夏に別れた女性だった。

女性が落ち着くと、つぐみをほったらかしにしたまま、若林と二人で話し合いが始まった。

「…なんでだ?ティナ…どうして?どうして急にいなくなっちゃったんだ?…随分あちこち探し回ったんだぞ…今までどうしてたんだ?…電話しても通じない、メールも駄目…君の実家にも連絡したけど、いっつも留守電になってるし…そのお腹だって…俺の子供なんだろ?だったら、なんで?…」

「…それは…だって…赤ちゃんが…できちゃってたから…あなたに負担をかけたくなかったのよ…赤ちゃんができたから結婚してもらおうって…そういうのが嫌だったのよ…」

「…なんでだよ?…なんでそういうこと言うんだよ!二人の問題じゃないか?」

「…そうだけど…でも…でも…赤ちゃんをだしに結婚ってなんか嫌だったのよ…あたしは自立した女だから、一人でだって産んで育てていけるわっ!…あなたに迷惑なんかかけたくない!…だから、もうあたしのことはほっといて!」

バシン!

その時、若林が女性の頬をぶった。

そして、涙をぽろぽろとこぼしながら女性をぎゅっと抱きしめた。

「…なんでぶつのよっ!隆弘のばかばかばかばか…」

女性は若林に抱きしめられながらも、彼の両肩を叩いて泣いていた。

「…ごめん、ティナ…ごめんね…ティナ…叩いてごめんね…痛かったよね…ホントごめん…でもさ…でも俺、やっぱり…君なしじゃいられないよ…だからさ…もう一度やり直そう…俺じゃそんなに駄目なのかい?…ティナ、結婚して下さい。お願いします…俺とお腹の子供と3人で、家族になろう!君と一緒がいいんだ…頼むよ、ティナ」

若林も泣きながら女性を抱きしめたまま、プロポーズした。

ティナの手が止まった。

そして涙を流しながらも、若林の首に両手を回した。

若林も慣れた仕草でティナの腰に両手を回すと、二人はつぐみの目の前で熱いキスを交わした。

つぐみは二人がいきなりキスを始めたので驚いて両手で顔を覆って照れた。

周りにいた全員が彼らの熱い抱擁にやはり驚き、にやにやする者やつぐみのように照れて顔を赤くする者、あからさまな嫌悪感で見てくる者など、反応は色々だった。

つぐみはモデルのように素敵な若林とティナの美しいカップルが、こんな形ででも元通りに結ばれたのが嬉しくて感動してしまった。

まるで、映画やドラマのワンシーンでも観たような感じだった。

若林とティナは、それほどまでに絵になる二人だった。


「…ごめんね、つぐみちゃん…恥ずかしいとこ見せちゃって…あの…こちらは安藤ティナ…そしてこちらは南つぐみちゃんだよ、ティナ…」

若林に紹介されてつぐみはティナと「初めまして」の挨拶をした。

「…彼女は…その…何ていうか…」

若林は照れて動揺しつつもティナのことをつぐみに、つぐみのことをティナに説明しようとした。

もじもじしている若林を見かねてつぐみは声を出した。

「あっ!ティナさん、あたしは若林さんの友達です…あたしは若林さんをお兄ちゃんみたいだなって…こんなお兄ちゃんがいたらいいなって…そんな感じです…だから、誤解しないで下さいね…全然、変な関係とかじゃないですから…」

「…そっ…そうなんだよ…つぐみちゃんは妹みたいな存在だから…」

若林がつぐみに続いて言い訳のようにも聞こえるように、ティナに説明した。

「…それにっ…」

「…」

若林とティナが、急に大きな声を出したつぐみの方を一斉に見た。

「…それに…あたし…他に好きな人いるんでっ!…」

「…えっ?そうなの?…」

つぐみの思いがけない発言に若林はびっくりした様子だった。

「あっ…ごめんなさい…若林さん…じっ…実はそうなんです…って言っても…最近なんですけど…」

「…そっかぁ…あはは…そうだったんだぁ…そっかぁ…あっ、でも…じゃあ…僕なんかとデートして大丈夫だったの?」

若林は安心するとすぐにつぐみの心配をし始めた。

「…えっ?デート?…」

話を聞いていたティナの眉間に一本の深い皺ができた。

「えっ?ああ…違うんだ、違うんだったら…ちょっとさ…一緒に出かけただけだから…ねぇ、つぐみちゃん…俺達、あの時何にもなかったよねぇ…ねぇ…」

慌てて話をふってきた若林に、つぐみは「うんうん」というように首を何度も縦に振った。

「…あのっ…ティナさん…若林さんとはなんでもないんです…普通の友達なんです…若林さんはティナさんのことが本当に大好きなんですって…どうか、信じて下さい…」

つぐみの必死な顔と若林の焦る顔を見て、ティナはくすっと笑った。

「…ええ、そうでしょうね…大丈夫…隆弘のことはちゃんとわかってるから…それより、つぐみさん…ありがとう…」

「…いいえ…全然…それより…元気な赤ちゃん、産んで下さいね…それと、若林さんとお幸せに…」

つぐみはティナと握手を交わした。

「…じゃ…つぐみちゃん…またね…さっ…ティナ…一緒に行こう…」

若林とティナは仲良く軽トラックで行ってしまった。

つぐみは彼らが見えなくなるまでその場に佇んで、手を振って見送った。

綺麗な水色の空に、ベビーピンクの丸っこい雲がいくつか浮かんでいるのが見えた。

つぐみはついさっき若林に買ってもらった、まだほのかに温かいミルクティーを飲み干した。

若林にはちゃんと、佐藤とのことや自分の気持ちを伝えることができなかった。

もし、ティナが現れなかったとしたら、若林にちゃんと自分の気持ちを伝えられただろうか?と思ってしまった。

だが、今そんな「もしも」話を考えたところで、もうどうしようもないとわかると、つぐみは潔くそのことを忘れようと決めた。

それよりも自分の口から「他に好きな人がいる」なんて飛び出てしまったことに、今頃びっくりしていた。

…あたし…なんであんなこと口走っちゃったんだろう?…咄嗟に出たでまかせ?…じゃない…のよね…そうなの…よ…あたし…佐藤さんのことがきっと好きなんだ…だから…だから…ああ言っちゃったんだ…だから…佐藤さんと繋いだ手が忘れられないんだ…だから…佐藤さんの顔とか思い出しちゃうんだ…あたし…まだ何回かしか会ってないけど…佐藤さんのこと…好きになっちゃったんだ…あの玉子の時から?それとも図書館から?それとも食堂から?…わかんない…わかんないけど…なんか…会いたいなぁ…どうしてるかなぁ?佐藤さん…

つぐみは頭の中で自問自答を繰り返しながらも、何故か歩いている方向は図書館の方だった。


つぐみはあの後の若林とティナが上手くいってるだろうか?と考えながらも、いつの間にか図書館に来ていた。

何度も訪れた玄関から中に入ると、いつもよりも幾分学生の姿が多いように思えた。

つぐみはぼんやりと「あ~…テストとか近いのかなぁ…」なんて思った。

あの嵐のような雨の日、佐藤に自分のことを包み隠さず告白したあのカフェテラスの席に腰掛けると、つぐみははぁ~と大きなため息を一つ吐いた。

「…ため息の数だけ幸せって逃げちゃうらしいですよ…」

後ろから不意に聞き覚えのある声が聞こえた。

「…えっ?…」

つぐみが驚いて振り向くと、そこには佐藤が立っていた。

「…さ…とうさん…」

つぐみは、今の今まで会いたいと思っていた佐藤がここにいるのが信じられなかった。

どうしてこんな都合よく佐藤に会えたのかが信じられなかった。

「…あっ…あのっ…どして?…どしてここに?…」

つぐみがびっくりしたまま尋ねると、「…ああ、ええ…あの…南さん、メールでまた図書館でお会いできたら嬉しいです。って…あの…僕も同じこと思ったんで…昨日の今日だけど。と思って来てみたんです…そしたら…可愛らしい後ろ姿を見つけたので…」と佐藤は少しばかり照れながらも、そう説明してくれた。

「…やっ…やだっ…佐藤さん…やだっ…」

つぐみは急に照れて立っている佐藤の腕をばしばし叩いた。

「…えっ?南さん…嫌でしたか?…」

佐藤は不安そうにつぐみを見つめた。

「…ええっ?…あっ…だって…だって…そんな…可愛らしい後ろ姿だなんて…やだぁ~…そんな…」

つぐみは言いながらも恥ずかしくて、今度は両手で顔を覆い隠した。

佐藤はそんなつぐみが急に可愛らしいと思った。

そして、つぐみの横に座ると、照れてまだ顔を両手で覆っているつぐみの耳元でそっと囁いた。

「南さん…可愛いですよ…僕はそんなあなたが好きになりました…」

つぐみは照れが増してしまい、しばらくの間顔をあげることが出来なかった。

佐藤はそんなつぐみが落ち着くまで、優しい笑顔でそっと見守ってくれているのだった。


最後まで読んでくださって本当にありがとうございました。

読みにくい部分や誤字脱字などございましょうが、どうぞ温かい目で見守っていただけたら幸いです。

これからもどうぞよろしくお願い致します。

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