6品目:シロウトナガスウオ
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「こ、これはまたなんというか…………生きが良いね母さん」
そういうお父さんの皿を見ると、同じようにうごうごと蠢くものが乗っかっていた。
お父さんの額にたらりと光るものが滴る。
「ふ、ふふ……。まさかこれが最後にくるなんてね」
お母さんのお皿ももぞっもぞっと動く何かがあった。お母さんの目はまるでようやく宿敵に巡り合えたハンターのようにらんらんと輝いていた。
2人のただならぬ気配に押されつつ、私は皿の上の何かと向き合う。
うぞうぞぞぞぞ。もごもごもご。うもごごごぞぞぞぞぞ。
うん。名状しがたい擬音だね、これ。
「踊り食いという料理から着想を得て、入れてみたの」
お母さんの補足に私はそうだろうなぁと頷く。
「ほほう。鍋の中で踊りまくる食材と一緒になって踊りながら食べるという、あの」
いや、食べる人は踊らないんじゃないかな、お父さん。
で、踊り食いから着想を得たお母さんは、いったい何を鍋に入れたっていうの?
「そうよ。そしてね。この鍋の色と味、その決め手になってるのが、この食材なのよ」
この鍋の色と味を決めてしまった、とんでも食材。その正体は?
「素魚よ!」
「おお、素魚か」
「え、素魚なのこれ!?」
お母さんの言葉に納得する父。困惑する私。
いやいやいやいや、素魚ってあれでしょ。
普通に踊り食いのあの透明で、小っちゃい魚!
これ、目の前のこれとは違うでしょ! 素魚ってどう頑張っても5cmくらいしかないじゃん!
こいつ倍以上の大きさがあるよ!? 丸々とふとった大振りのサバぐらいの大きさじゃない。それに、無色透明の素魚からどうやってこんな黒々としたスープが取れるっていうの?
「ふふ、これはね。ただの素魚じゃないのよ」
だろうね。普通の素魚だって言われたら逆に怖いわ。
「正式名はシロウトナガスウオ」
「素人流すお?」
「区切りとしてはシロ、ウトナガス、ウオらしいわ。シロは白で、死んだ時に真っ白に変色する特性からついたの。ウトナガスは昔この魚がよく取れた地域を指してるわ。ウオはそのまま魚ね」
「へぇ~」
なんか冗談の集合体みたいな名前だ。
「一説によると、あまりの大きさに猟の素人が素魚だと気付かないで、そのまま川に逃がしてしまうから、素人が川に逃がす……流してしまう魚で、シロウトナガスウオっていうらしいわ」
そっちの方がそれらしいよ! 説得力あるし!
「そんな魚もいるんだなぁ。でも母さん。無色透明の魚からどうやって、こんな濃厚な色のスープが取れるんだい?」
ナイスだお父さん。それは私もすごく気になっているところだよ。
「この魚はね、こんな図体だけどとても臆病なのよ。だから、すこしでも刺激を与えると……」
お母さんがつんつんと素魚をフォークで突く。
ぶしゅうううう!!!
「ぶはぁ!?」
素魚が勢いよく、黒い液体を吐き出す。お母さんはさっと首を捻って避けるが、運悪くお父さんの顔面へと直撃してしまう。
「この通り、墨を吐くってわけ」
「……よ、よくわかったよ」
だ、大丈夫? お父さん……。
「ふふ、適温の水の中だと借りてきた猫みたいに大人しいのよ。すくった時は普通だったでしょ?」
そういえば普通にお玉ですくえてた。なるほど、鍋の中の温度は素魚にとって適温だったってことか。
「さぁ、召し上がれ♪」
「「……」」
私もお父さんも顔を見合わせて絶句する。
鍋の中に入っていたお菓子も鉱物も完食した私達だったが、目の前の魚には思わず食べる手を止めてしまう。この墨吐き魚を食べろと?
「えっと……その……難易度が……高くないかい。母さん……って!!」
「んなっ!?」
「ふぉーお?(訳:そーお?)」
尻込みする私達を置いて、お母さんは豪快に頭から素魚に噛みつく。
な、なるほど。墨を吐かれる前に頭を潰せってことか……。
流石はお母さん。手慣れてる。
「くぅーねる。お母さんは歴戦の猛者だからああいうことが出来るんだ。
だけど、私達までマネすることはない。いやマネするんじゃない」
「お父さん」
顔面真っ黒なお父さんが真剣な表情で私にそう諭した。
私はそれを真剣に……しん、けんに……ぷふふふ!
ごめん、笑い堪えるのに必死で真面目に聞けないです。ぷぷっ。
……こほん、気を取り直して。
お父さん忠告ありがとね。だけどさ。
「私食べるわ!」
「無理するな。お前はまだ小さいんだから」
「ふぉいふぉー、くーへふー(訳:ファイトー、くぅーねる)」
「母さんは口に物を入れてしゃべらない!」
バ タ ー フ ラ イ シ ュ ガ ー ス テ ィ ッ ク が食べたいんだよっ!!!
「出されたものは全部食べたいの! きちんと最後まで食べたいの!」
そうじゃないと、バターフライ(以下略)。
「くぅーねる……わかった。お父さんはもう止めないよ。でも無理はするんじゃないぞ」
「ふぉうふ! ふへにふはいはおふふひひ?
(訳:そうよ! でも意外に美味しいわよ?)」
「母さんは黙っていなさい」
両親の声援を受け取り、私は素魚と対峙する。
ぎょろっとした目と鉢合わせになった。こいつ……まだ生きてる!!
……いや、踊り食いは生きてるのが普通だけど。
敵扱いなのか、HPゲージが表示されてる。
それを見るに、もうほとんどレッドゾーン。虫の息だ。
このゲージが残ってる内に食べないといけない。そうでなければ踊り食いの意味がないっ!! 迷っている暇はなかった。
「……っ!! いただきます!!」
私は意を決して大きく口を開けると、お母さんのマネをして素魚の頭にかぶりついた。
うごごおおおおおおおおおおっ!!
齧りついた瞬間、素魚が盛大に暴れ始める。
「ふっ……ううん……ふぅ……んっんんーーー!!」
す、すみが!! く、くちの中にいっぱい広がって。
……って、なんか字面が如何わしい感じになってる。ただ魚食べてるだけだからね!
うごうご。
「んっんんっ」
うごごご。
「ふく……うくっ」
うご、うごご……。
「はふ……うんんっ……」
最後の抵抗とばかりに動きまくる素魚。
墨を口いっぱいに吐かれ、咽ながらもかぶりつく私。
1人と1尾の激戦が続く。素魚が蠢く、食べる私。
素魚が蠢く、食べる私。素魚が! 蠢く!! 食べる! 私!!
そして10分後。
「ん。ごくり。ふう……ごちそう様でした」
勝利したのは私だった。尻尾まで残さずごくりと咀嚼する。
素魚は腹の中へと消え、HPゲージも消失した。
私は大きく息を吐き出すと、好敵手を労うように腹をさすった。
「す、すごいぞ! くぅーねる。見事な戦い(フードファイト)だったよ」
「良くやったわね! くぅーねる。流石自慢の娘だわ!」
「えへへ、ありがとう」
そんなに褒められるとなんか照れくさいな。
ピコン。
『>ミニゲーム「混沌から救え」を終了します』
『>シークレットボス「シロウトナガスウオ」を撃破しました。
ボスドロップを配布しました。運営からのお知らせより受け取ってください』
『>レベルアップしました。Lv1→Lv5』
『>スキルがレベルアップしました。★食べるLv1→Lv2 ★無限の胃袋Lv1→Lv3』
え、なになに? 何があったの?
私は次々と流れるシステムメッセージに困惑する。突然の事態について行けない。何事? えっと、もちつけもちつけー、じゃない。落ち着いて状況を整理して。
「私は這いよる混沌鍋を完食した。するとシークレットボスを倒していた」
何を言っているのか自分でもさっぱりだけど、これだけは言える。
「素魚……結構美味しかったなぁ。
クトゥールヒ(蛸)に負けず劣らずの墨の濃淡……たまらないわー」
私はお腹をさすりながら、今しがた倒した強敵の味を思い返す。
今度は素魚墨パスタとか食べたいな、よし、そのうち絶対に作ろうっと。