61品目:離脱者
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『めっちゃくちゃ美味いぜ!!』
『このおにぎりをおかずにご飯が進みそうだわー。うーまい!』
『ご飯がおかずだなんて、君はコメリストの鏡だにゃー♪ もぐもぐ、ふにゃあ!!』
パーティーチャットから聞こえる歓声。美味しそうな咀嚼音に思わず喉が鳴る。「食らう奴作戦」は順調に進んでいるようだ。
『ちくしょー美味しいぞー!!』
『悔しいけど、あの板前の腕は本物ね。変な物さえ入れなければ文句なしなんだけど』
『拙者は、拙者は今猛烈に感動しているでござるぅうううう!! 食べる手が止まらぬでござる!!』
無数の胃から届けられる食物エネルギーに、口の中いっぱいに唾液がこみ上げてくる。
「……いいなぁ。じゅるり」
「3チームがリーダーのところに着くまでの我慢だ。クロードとシトリンに釘を刺されただろう」
「わ、分かってますよ」
皆が思う存分おにぎりを堪能している中、私とロジエさんだけは赤の広間に残っていた。
理由は簡単。私だけがプレイヤーの中で唯一「食べる」のスキルを持っているからだ。
私は「食べる」のスキル効果で、ある程度の物の大きさや量を無視して食べることが出来る。
けれど。他のプレイヤーはそうではない。
胃袋は無限になったけど口の大きさ普通のままなので、1回に食べる量が制限されてしまう。
必然的に私と他のプレイヤーでは、食べる速度に差が生まれる。
4つのおむすびを攻略するには、タイミングを合わせて4つ同時にリーダーを食べる必要がある。
私1人が早く食べ過ぎないように調整する必要があったというわけだ。
そこで私とロジエさんの2人で1つのおむすびを攻略して、その分、他のおむすびへ人が割り当てられることになった。
食べるだけなら私1人でも十分だったが、おむすび内部に潜むリーダーとの戦闘を考慮して、プレイヤースキルの高いロジエさんが護衛役として残ってくれたのだ。
流石に1人は心細かったから、ありがたいです。頼りにしてますねロジエさん。
ほら、私ってば一番弱いからねぇ。たとえPT効果でレベルが90になっても、
消化促進によるステータスUP効果がないと、イータマンのステータス上昇値は全種族最低なのだ。
『やっほー、くぅーねるちゃん。こちら白の区画担当のシトリン。
無事目的地に着いたわ。えっと、リーダーは梅ね。梅の実を食べればいいだけだから、攻略には問題なさそうよ』
1番手に連絡してきたのはシトリンさんだ。
白の区画は梅か。いいね。やっぱ、おにぎりといったら梅だよねー。
『2番手はうちだし! 黒の区画担当のシャルルマーニュ。
うちも無事についたし。焼き豚美味しそうだしー。くぅちんに直接食べさせたかったし。こっちも食べるのに問題はなし!』
あ、黒は焼き豚なのか。う、羨ましい……。味付けが気になるなぁ。
『クロードだ。青の区画に無事ついたぞ。ロジエくんの言う通り海苔だな。
岩に張り付いたのを剥がさないといけないから、食べるのに時間が掛かるぞ』
ふむふむ。私だったら岩ごと食べるね。海苔煎餅みたいな感じでバリバリいけそう。
「じゃあ、クロードさんのところはもう食べ始めちゃっててください。
5分後に他の2区画は食べるのを開始。その5分後に私とロジエさんが赤の区画に突入します」
『了解だ。はは、何だかくぅーねるさんの方が指導者らしいな』
「そ、そんなことないですよ!!」
私が指導者とか無理無理! そもそもこの作戦の発案はクロードさんじゃない。実現出来たのもクロードさんの力があってこそだよ。
「とにかく、そういうことでお願いします。シトリンさん、シャルルさん」
『了解したし』
『こっちもオッケー』
これで連絡は完了。あとは時間になるのを待つだけだ。
「ということなので、10分後に赤の区画に突入しましょう」
「ああ、了解した」
***
「く、小癪な人間どもめがっ!!」
魚王キングサーモンは激怒していた。
下等で低能な地上の下賤な民たちが、自分たちへ牙を向けたことに憤りを感じていたのだ。
そして、魚王は認めたくなかったが、恐怖も抱いていた。
千年梅の実が荒らされている。
地獄火豚に容赦なく暴力が振るわれている。
天の岩肌から海苔がはぎ落されている。
なんと恐ろしい悪魔の所業か。魚王はぶるぶると体を震わせる。
自分はいったいどんな目にあわされるのか。
出来ればここから逃げ出したい、そう思ってしまった。
「しかし逃れることは出来ん……このパーツがあるかぎり」
マキナの機械より与えられた力のパーツ。
これがあるかぎり、魚王はここから逃げることが出来ない。
強力な力の源であるが、今は自分を縛り付ける忌々しい鎖だった。
魚王に残された道はここで戦って勝つか、倒されるかの二択しかない。
「……」
「む、そこにいるのは何者だ!?」
魚王は謎の気配を感じ取り、とっさに身構える。
――ついに自分のところにも人間がやってきたのか。
しかし、現れたのは魚王の予想に反する人物だった。
「私ですよ。キングサーモン」
「そ、そなたはマキナの小娘か。脅かすでない!!」
現れたのは女性型マキナのキリミである。
「ふふふ。それは失礼しました。
そろそろここへくぅーねるがやってきますので、お知らせにまいりました」
「くぅーねる?」
そいつは誰だと魚王が問うと、キリミは貴方と対峙したピンク髪のお嬢さんですよと説明する。
「あの無礼な小娘か。ふん、そうか。ここに来るのはあやつであったか」
魚王は内心ほっと胸をなでおろす。
食べる力は脅威ではあるが、それ以外は大した力を感じなかった。
あやつになら負ける気はせんと魚王は自身たっぷりに言う。
キリミは冷ややかな目で魚王を見つめた。
「で、そなたはそんなことをわざわざ忠告しにきたのか?」
「いえ、それは前置きです。本題は貴方に解雇のお知らせにきました。
あとこちらから貸し与えていた備品の方も回収させていただきます」
「解雇? 備品だと?」
何のことだと問おうとする魚王。
しかし、突如身体の中から激しい痛みが生じ言葉が出てこなかった。
「っ! ぎ、……ご、れ……何……!?」
「『これはどういうことだ』とでも言いたいのですか?
だから、解雇ですよ。むすめの具として侵入者を迎え撃つお仕事。ただ今を持って解雇とします。
そして貴方に与えていた『赤のパーツ』こちらの方も返していただきますね」
キリミがパチンと指を鳴らすと、魚王の体から赤い歯車が飛び出してきた。
パーツを抜かれた魚王は地面に崩れ落ちのたうち回る。
力の源を抜かれたその体は、空気の抜けた風船のようにどんどん小さく縮んでいく。
「ど、どう……して」
「しゃべり過ぎなんですよ。貴方。
余計なことをぺらぺらと。おかげで皇子の最高の舞台に傷が付きました」
「ぐ……ぅぅ」
「むすめの具としても不適切です。なので解雇としました。ふふ、お疲れ様でした」
「ひっ……たす、けっ!!」
小魚サイズまで縮んだ魚王はキリミに命乞いをする。
しかし、キリミの反応は冷たいものだった。
「この、役立たずが」
***
予定していた10分が経過した。いよいよ突入の時間である。
「さて、じゃあもう1回アリアにひとっ走りしてもらおうかな」
「……ふん。任せな、さい」
「アリア?」
返ってきたアリアの弱弱しい返事に、私は慌ててアリアの方を振り向く。
「ちょ、アリア。顔色が悪いよ!? それに虚弱の状態異常まで出てるじゃない!!」
「く……ちょっと身体が怠いだけ……心配ないわ」
心配あるよ! 何、何がどうなってるの? 敵の攻撃にやられた?
けど、今まで戦った敵なんておにぎりしかいないし、鮭の時もアリアは避難してたから戦ってない。
じゃあ、どうしてアリアが弱ってるんだ。なんで急に、こんな。
アリアの顔色はどんどん悪くなる。
とうとう身体を支えることが出来ずに地面に倒れてしまった。
私は慌ててアリアを支える。
「……見せて見ろ」
「ろ、ロジエさん」
アリアをロジエさんに預け、私はその横にしゃがむ。
ロジエさんは右目を覆う前髪を横に払う。隠れて見えなかった右目が露わになった。
左目とは対照的に澄んだ青い色をしている。オッドアイってやつか。すごい綺麗。
「『アナライズ』」
ロジエさんがスキルを行使すると、右目が淡く光を放つ。
光はすぐに収まり、ロジエさんは申し訳なさそうに口を開いた。
「すまない。これは俺のせいだ」
「え?」
思いもよらない言葉に間抜けな声が出た。えっと、どういうこと?
「くぅーねるとシャルルマーニュを助ける時、この精霊に力を貸したんだ」
「あ、そういえば」
あのすごい魔法のことだね。シトリンさんがロジエさんに力を借りたって言ってたっけ。
「この薬。俺が調合した試作品の植物用栄養剤だ。
植物系のモンスター、ペットに与えると一時的にステータスを底上げすることが出来る」
ロジエさんは緑色の液体が入った小瓶を取り出す。
「……出来るんだが、今の精霊の状態を見ると、副作用として自身の限界以上の力を出してしまうらしい。その反動が今来たというわけだ」
リミッター解除的な感じか。で、限界を超える力の行使にアリアの体が耐え切れなくなったと。
「とりあえず、精霊を召還道具の中に戻せ。そうすれば体力の消費を抑えられる」
「なるほど。アリア。無理せずに帰還していいよ」
「で、でも」
「いいから! 『主の命に従い、帰還せよ。精霊アリアドリィーネ』」
ごねるアリアを強制的に精霊のペンダントへと帰還させる。
アリア、ありがとう。無理させてごめんね。
「それで少しずつだが、体力は回復するだろう」
「ありがとうございます。ロジエさん」
「いや、俺の作った薬が招いたことだ。今は手元にないが、ギルドの方に虚弱用の回復薬がある。このイベントが終わったら渡そう」
「そ、そんな。そこまでしなくても」
「虚弱の状態異常を甘くみるな。リアル時間で1日はその状態が続くぞ。
いいから、大人しくもらっておけ」
辛そうなアリアを一刻も早く治したいし、ここはお言葉に甘えよう。
「さて、アリアも心配だしさっさと完食して……あっ」
しまった。アリア無しでどうやっておむすびまで行けばいいの!?
「それなら、俺に任せてくれ」
そういうと、ロジエさんは羽の付いたボードのようなものを取り出す。
なんだろう、これFパネルに似てるけど。
地面に置かれたボードは羽の浮力によってその場で浮遊した。
「1人用だが、くぅーねる1人くらいなら行けるはず」
「これ、なんですか?」
「飛行魔道具『スカイボード』。ちょっと大人しくしてろよ」
「へっ?」
身体がふわっと浮き地面から足が離れた。
そして気が付くとロジエさんの顔がすぐ近くにある。
……。
…………横抱き?
…………。
「な、なにしてるんですか!! ロジエさんっ!!」
「大人しくしてないと落ちるぞ」
慌てふためく私を無慈悲にスルーしたロジエさんは、スカイボードに乗る。
「『飛行モード』」
「!!」
私を抱きかかえたロジエさんを乗せて、スカイボードが高く浮かび上がる。
Fパネルとは全然違う浮遊感。なんていうか、あれは絶対に落ちない仕様になってるけど、こっちは落ちそう。そして操作が難しそうだ。
「このままおむすびの中に突入する。
じっとしてろよ。バランスが崩れたら俺もお前も真っ逆さまだからな」
「……もっと安全にならないんですか?」
「これも試作中でな。今後はもっと使いやすいように改良していくさ。
今はこれで我慢してほしい」
そう言って、ロジエさんはスカイボードを操るのに集中する。
ゆらゆらと波のように表情を変える風を読みながら、スカイボードは流れるようにおむすびへと滑っていく。目の前に迫るは米の壁。
よし、ここは私が。
「『食べる』!!」
スキルの宣言に呼応するように現れるピンクのオーラ。
それは巨大な獣の口を形作ると、米の壁を食い崩した。
「むぐ。むにゅむぎゅ!!(壁、なくなりました)」
「助かった」
出来た穴から無事、おむすび内部への潜入に成功した。
相変わらず、中は熱気で蒸し暑い。スカイボードから降りると足元から熱気が伝わってくる。
ロジエさんが暑さ対策にと、クーラーエールを飲み干す。
『共有する第一胃』の効果で、私にもクーラーエールの効果付与される。
「だいぶ楽になりましたね」
「ああ。砂漠攻略時に使った余りがあって良かった」
デ砂漠のことか。
白く輝く上質なクレイジーシュガーで出来た砂漠だね。
「砂糖を食べに行きたくなりました」
「砂漠の砂のことか? 無断飲食禁止になったぞ」
「え!? どうしてですか!?」
「砂が食べられ過ぎて、砂漠の規模が年々減ってるらしい。
環境維持のために、今は国の許可がないと砂の採取が出来ないんだ」
なんてことだ。砂糖食べ放題の夢が……ショックだわ。
こうなったら、おにぎりを食べまくるしかないな。
雑談をしながら、奥へ奥へと進む。道中のおにぎり? 全部ロジエさんが倒しました。
だって、出てきたと思ったら、次の瞬間にはもう死んでるんだよ?
私が手出し出来る隙なんてありゃしない。
そろそろ、最深部に近づいたか。
魚王との再会に私はペティナイフをぎゅっと握りしめる。
けれど、最深部に魚王キングサーモンはいなかった。
代わりにいたのが。
「キリミさん? どうして」
なんだか様子が可笑しい、女性型マキナのキリミさんだった。




