56品目:襲撃のむすめ2―Attack to the rice ball―
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四方に浮かび上がった4つの影。三角の艶めかしくも完璧フォルム。
黒い光沢のある布地は、一級品のものが使われている。
圧倒的な存在感、堂々たる美食感。
板前が愛情を込めて育て上げた極上の「(お)むす(び)め(し)」。
「わー、でっかい『おにぎり』」
「超巨大型『おむすび』襲来ってか? 燃えるねぇ」
「いやいや、燃えたらおむすびやなくて、『焼きおにぎり』になると違います?」
「オー! ジャパニーズ、『ライスボール』いえーい!!」
「ほほぅ、見事な『むすびめし』でござるな。
い、いかん拙者腹が減ってきたでござるよ」
あちこちから上がるのんきな感想にクロードさんは頭を抱えた。
「……僕たちは今からあんなものと戦わなくてはならないっていうのに」
「まぁまぁ。最初から肩に力をいれてると、あとあとバテるわよ。
あれくらい気楽でいきましょ?」
そうだそうだ、もっとこの状況を楽しもうよ。
あんな大きなおにぎりを最後に持ってくるなんて、やるな板前。
俄然、テンションが上がってきた!!
「……っ!? 巨大おにぎりより何かが排出されています!!」
「いよいよ、レイド戦が始まったってか! おい! 行くぞお前ら!!」
「よっしゃーーー!! ぶっ放すぜぇええ!!」
おにぎり側のテンションも上がり、攻撃が開始された。
各地区の猛者達も武器を片手に迎撃に向かう。
「おい、こりゃあ……」
「おにぎり?」
「伝令!! 巨大おにぎりから、無数の小さなおにぎりが排出されています!!」
「リーダー! 空からおにぎりがっ!!」
「なるほどにゃー、これに埋め尽くされたら負けにゃんだね」
各地区の情報が音声としてリアルタイムで届けられる。
これは、クロードさんが事前に無線機を各地区のPTリーダーに渡していたらしく、それによって届いていた。
また、各地区の様子は、中央のFパネルの上から直に良く見えた。
「まーだ、行かないし?」
戦闘が開始されたというのに、未だ待機を続ける私たち。
シャルルさんがそわそわした様子でクロードさんに催促している。
早く行きたくてしょうがないって感じだ。
私も早く食べに行きたいよ。でもまだ駄目。
「まだだ。どこの地区もまだまだ余裕は有り余ってるし、
長期戦になるのを見越して、今は少しでも情報が欲しい。
それにくぅーねるさんには敵リーダーを食べてもらわないといけない。
どうやってあの空中に攻め入るか、タイミングを見計らわないと」
そうそう。あのおにぎり宙に浮いてるんだよ。
まず食べる前にどうやってあそこまで行くかが問題だ。
一応、対応策は考えているけどね。
今は宙に浮いておにぎりを排出しているだけの巨大おにぎりだけど、
戦況が変われば、きっと何かしらのアクションを起こすはず。
ほら、ピンチになると行動を起こす敵っているじゃない?
お母さんの植物園で戦った「ぶち切れ状態のアリア」とかいい例だ。
この巨大おにぎりだって、今は余裕ぶって浮いているけど、
そのうち劣勢になるところんって落ちてくるんじゃないだろうか。
つまり、そこが私のねらい目になるってことだ。
そのことをクロードさんが懇切丁寧にシャルルさんに説明すると、
「むぅ、そういうことなら我慢だし」
そういって、シャルルさんはしぶしぶと言った様子で待機命令に従った。
***
そして、30分が経過した。
「ううーーー!! うちもう限界だし!!」
「しゃ、シャル!? もうちょっとだから! 頑張りましょ?」
一向に変化が見えない巨大おにぎりにシャルルさんが限界の雄叫びを発する。
「もうちょっとって、しっとりんはそればっかりだし!」
「……しょうがないだろ。レイドボスは多人数用にパラメータが調整されてるから、体力ゲージが多いんだよ。でも、徐々に削れていってるだろ。
本当にもう少しだから、我慢しよう、な?」
クロードさんの言い分はもっともである。
でも、現地で戦いたいというシャルルさんの気持ちもよーく分かるよ。
私だって早くおにぎりにかぶりつきたいもん!!
「……なんかうちらだけ楽してるような気がするし」
「何言ってるの! 支援だって重要なポジションよ?」
そうそう。未だFパネルから動いていない私たちだが、
別に黙って見ているわけじゃない。
クロードさんは、無線機でおにぎりによる襲撃の激しい地区を伝達して、
戦況を有利にするよう導いている。
シトリンさんは魔法、シャルルさんは狙撃による回復や支援を行っている。
特にシャルルさんは、的確に負傷者を見つけ素早く回復していた。
「ちっ、またアイツ体力ゲージ赤いし……一発撃っとくし」
文句を言いつつもまた1人、負傷者を発見したシャルルさん。
良くこの距離から見えるなぁ。視覚系のスキルを使ってるのかな?
ガチャリと武器を構える様は、まさに狙撃手って感じがしてすごくカッコいい。
……ただし、構える武器は巨大な注射器だが。
「回復っていったら注射だし」
そんな理屈で回復支援に使う銃器には、注射器の外装装備を使用するシャルルさん。
……ああ、クロードさんとシトリンさんが嫌な顔をしていたのも
今なら分かるわ。
狙撃手のスキルで回復弾を討てば、高確率でクリティカルを発生させ、
回復職泣かせの回復量を叩き出せる。
出せるのはいいが、このビジュアルはどうなのか……。
そして発射される回復弾という名の針。
もう、ね。視覚的に痛い。あと、ぶすぅ! っていうSEも辛い。
クリティカルが入ると目も当てられない。
――ずぶすぅぅ!!
「ひぎぃぃぃぃぃ!!」
あ、クリティカル入ったわ、これ。
高速の針が負傷者に打ち込まれる。
負傷者は回復したとは思えない悲鳴を上げた。
でもこれ、きちんと回復しているんだよ。全回復だ。
「いっちょあがりだし」
「「「……」」」
得意げに胸を張るシャルルさんに、私たち3人は無言で顔を見合わせ、
痛くもない腕を摩った。
「む、回復針が切れそうだし、追加お願いするし」
「あ、はい。今調合します」
私も投げるのスキルによって支援をと言いたいところだが……射程が、ね。
流石にこの距離からは無理があり過ぎました。
なので、狙撃に使う弾……いや針かな? そのレシピをシャルルさんからもらい、手持ちのアイテムから回復針を調合して、シャルルさんの補佐に回っていた。
そんな感じで、PT全員で役割分担をしてるので暇ではない。
本当に暇なのはアリアだけだ。ふぁーと欠伸までしちゃって。
全くもう。材料が無くなったらアリアから採取するよ?
「もっとずがーんと行きたいし」
「そうは言っても……」
「あの小さいおにぎりを片付けても体力ちょっとしか削れてないし、
直接本体に行ったほうがいっぱい削れるし!!」
「じゃあどうやってあそこまで行くの?
言っとくけど浮遊の魔法じゃ届かないわよ」
「飛行はないんだっけ?」
「あったらとっくにシャルをあそこまですっ飛ばしてるわ」
わー。何気にさらっと酷いこといったよシトリンさん。
それにしても、打つ手なしか。
しょうがない、もうちょっと待とうよシャルルさん。
私がそう言おうとシャルルさんの方を見ると、何やら考え込んでる様子だ。
「お、あれがあるし!」
考えがまとまったのか、シャルルさんは嬉しそうに顔を上げると
ぽんと手を手の平を拳で叩いてそう告げた。
そして、何やらアイテムポーチをごそごそと漁り始めた。
「シャル? どうしたの?」
「ふふふ、ちょっと待ってろし! この状況を劇的に変化させてやるし!」
そういいながらアイテムポーチから取り出したのは、
両手で抱えるぐらい大きい銃だ。
先端に尖った針金のようなものがついている。
もしや、よく映画とかでスパイか何かが使ってる例のアレ?
「アンカー銃!? そんなものまで持ってたのね」
あ、そうそうそれだ。
「これをおにぎりに打ち込めば行けると思うし」
だから行かせろし! と意気込むシャルルさんにクロードさんはやはり駄目だの一点張りである。
そこにシトリンさんが行かせてみたら? と提案してきた。
シトリンさんが賛同するとは意外。私はてっきり反対するものかと思ってた。
「しっとりん……反対しないし?」
この展開は言いだしっぺであるはずのシャルルさんまで予想外だったようだ。
驚いた顔をしてシトリンさんに聞き返している。
「これ以上ごねられたらたまらないからね。
このまま巨大おにぎりが動かないかもしれないっていう可能性もあるわ」
「だが、まだ乗り込むには早いだろ……」
「クロード、貴方の悪いクセよ。
シャルを心配するのは分かるけど、時機を逃して戦況が悪くなるのはもっと駄目でしょ。仲間思いも結構だけど、時には仲間を信じて
危険に突っ込ませる覚悟も持ちなさい。
しっかりしてよ? 指揮官さん?」
「……」
シトリンさんの言葉にクロードさんは黙る。
このまま待機を続行しての安全策を選ぶか。
それとも思い切って、シャルルさんを斥候として向かわせ、
敵にアクションを起こさせる打開策を選ぶか。
クロードさんはまさに今、指揮官としての選択を迫られていた。
そして、選んだ答えは。
「シャルル、危険だと分かったらすぐに退くんだ。
そして絶対に無事で帰還すること。僕からの指示は以上だ」
「……! 任せろし!!」
言い切ったあと、クロードさんは深くため息を吐く。
まだ自分の決断に悩んでいるようだったが、撤回する雰囲気はなさそうだ。
シャルルさんは真面目な顔で頷き、巨大おにぎりに乗り込むために
装備の確認をし始めた。
シトリンさんはすかさず、補助魔法を惜しみなくシャルルさんにかける。
「さ、いいわよシャル。行ってらっしゃいな」
「……うん。くろっち、しっとりん、それにくぅちん。
行ってくるし!!」
準備を終えたシャルルさんは、今一番体力が削れている巨大おにぎりが浮かぶ区画、赤の区画へと行くための転送陣に立つ。
アンカーが引っかかる位置まで近づいて乗り込む作戦である。
転送陣が起動し、シャルルさんが戦闘区画に転送された。
『無事着いたし。これから巨大おにぎりに乗り込むし』
ほどなくして、PTメンバー全員にシャルルさんからのメッセージが来た。
「現地はどんな感じだ? 被害状況は?」
『あちこちにおにぎりが転がってるし……。攻撃は大したことないけど、
こう数がいたらうっとおしいし』
「そう。範囲攻撃のないところは厳しそうね」
「ああ、確か青の区画は魔法使いがいないからな。注意しておいたほうがいいな」
「やっぱりここから見るのと、現地で見るのは違いますね」
大きな失敗をする前にシャルルさんを偵察に向かわせて良かったー。
でも、問題はここからなんだよね。
この膠着をどうにかするために、巨大おにぎりへと乗り込む。
それがどういった影響をもたらすのか……。
好転するのか、それとも。
『アンカー発射するし!!』
シャルルさんがアンカー銃を起動させた。
赤の区画にいるPTから驚きの声が上がる。
『対象にアンカーを打ち込むことに成功。これより巨大おにぎりに乗り込むし!』
「おお、シャルさんがあのデカブツに侵入するそうだぞ!!」
「きゃーー!! シャルちゃん頑張ってーー!!」
やんややんやと騒ぎ立てる回りを無視して、シャルルさんは
アンカー銃を操作して、巻き取りを開始した。
瞬く間にシャルルさんの身体が宙へと浮き、おにぎりに打ち込まれたアンカーの先へと巻き取られていく。
『……っ!! おにぎりに、潜入したしっ!!』
「シャル! 良くやったわ!!」
「成功、したのか? いやこれからだな……」
ひとまずの成功に安堵する私たち。
『これより攻撃開始するしっ!!』
掛け声と共に、すさまじい銃撃音が鳴り響く。
まるで今までのうっぷんを晴らすように、巨大おにぎりに向かってシャルルさんが怒涛の銃撃をぶち込んでいく。
『これは……具材だし? 鮭だし』
おおっ、中の具材にまで到達したのか。
よーしよし、赤い区画の巨大おにぎりの具材は鮭だね!!
ふむ、これは実に貴重な情報だ!! ありがとう、シャルルさん。
「具材だと?」
喜ぶ私とシトリンさんを余所にクロードさんが険しい表情を浮かべる。
「核が……」「もしや埋もれて」と何やら独り言を呟いていた。
『え? な、なんかおにぎりが震えて……』
「まずいっ!! シャルル!! 今すぐおにぎりから離れるんだ!!」
慌ててクロードさんが叫ぶが、おにぎりの凶刃はシャルルさんのすぐ傍まで
迫っていた。




