53品目:板前からの挑戦状
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とりあえず、クロードさんの胃が落ち着くまでキャッチ状態を続けて、
体調が改善されたところで、ようやくクロードさんの胃をリリースした。
胃を離したとたんクロードさんの身体がぐらつく。
うーん、まだ満腹状態って感じだ。倒れるほどじゃないけど。
クロードさんの状態を見ると、改めてエルフにしなくて良かったと思った。
「……2品目も完食したってことでいいですよね?」
周囲の騒ぎも落ち着いたみたいだし、ようやく元の席に戻った私は目の前の板前にそう尋ねた。
「ああ。もちろんだとも」
おや、案外あっさり認めてもらえた。
なんか皮肉の一つでも飛んでくるかと思ったけど。
まぁ、いいか。この調子で3品目もどんどんこい!
次の料理は何かなーとわくわくしながら待機している私に、
板前はゆっくりと口を開いた。
「さて、3品目の料理だが」
よっし、3品目! さぁさぁ何が来るのかな?
そろそろメインデッシュくるか?
お肉が食べたくなってきたのよねー、魚でもいいけど!
「……3品目の料理を出したいんだが、1つ提案がある」
板前は真剣なまなざしでそう切り出す。ふむ、何だろう?
「とりあえず、お話だけ聞かせてもらえますか?」
言外に不意打ちはさせないぞと牽制しておく。
もう偉大なりのような事件は起こしたくない。
私にだけ影響があるならばともかく、外野に被害が出るのは嫌だからね。
「はは、そう警戒しなさんな。お前さんにとっても悪い話じゃねぇぞ?」
「そうだといいですけど」
警戒するなって方が無理でしょうに。
この板前、なかなかのクセ者だってのはもう十分分かってるんだから。
「この大食いチャレンジのルールは覚えてるか?」
「全部で7品出される料理を全て食べろ、でしたよね」
「ああ、そうだ」
そうそう7品も食べられるってわくわくしてたんだからね。
それが、2品目完食にしてとんでもない騒ぎになっちゃったけど。
早いところチャレンジを再会したいなぁ。
「で、だ。お前さんにはあと5品の料理を食べてもらわなきゃならない」
うん、その通り。こっちはまだまだ序の口で食べたりてないからね。
「残り5品……正直に言うと何を出そうか迷っちまってる」
どこか遠くを見つめながら、板前はふぅと深くため息を吐く。
「お前さんの食いっぷりには感服するぜ。
正直、ここまで食い荒らされるなんざ思ってもいなかった」
いえいえ、それほどでも。……えっと褒められてるよね?
なんかしんみりした空気になってて、調子狂うんだけど。
「お前さんに出そうとしていた料理はな、
多種多様な食材を好きに焼いて楽しむ『好き焼き』。
マキナ製テトロニウムの弾を使った鉄砲の刺身、通称『てっさ』。
蠱毒農法で生産される希少作物『友諸殺し』を使った『焼きトウモロコシ』」
「どれも美味しそうなメニューですね!」
「……殺意がこれでもかってくらいトッピングされてていいんじゃないかしら」
(((料理ってなんだっけ?)))
はしゃぐ私にアリアがすごく呆れた様子でそう述べた。
もう、アリアったら違うでしょ。料理は殺意じゃなくて、
愛情が籠ってるって言うんだよ。
あと、なんか周囲が静かだなと思ったら、皆して顔を真っ青にしていた。
きっと偉大なり事件の影響が残っているんだろうな。
周りに被害が出ないように頑張るからね!
「地獄の釜で茹でた蕎麦を番犬ケルベロスと奪いあう『ワンコ傍』。
そして最後に出すのが、ジズー鳥の照り焼きチキン、
レヴィアグロのカマトロにぎり、ベヒーモステーキの三品一体料理
『ワールドエンドコース』だったんだ」
何なんだこの圧倒的な魅力料理の数々はっ!
た、食べたい。食べたい食べたい食べたい……。
く、涎よ静まれっ! 私の涎が疼くぅぅぅ!!
「ふーん。『だった』ってことは、これからくぅーねるに出す料理は違うってことね?」
「察しが良くて嬉しいぜ。そういうことだ」
なん、だと? 今……なんておっしゃったのでしょうか?
驚きのあまり声も出ない私に対して板前の容赦のない言葉は続く。
「今言った5品を出そうと思っていたんだが、それは止めだ。
お前さんほどの猛者に出すようなもんじゃねぇ。
――そう、俺の感が告げてるのさ」
そんな感は捨ててしまいなさい。
声に出して言ってやりたかったけど、まだ板前の話は終わっていない。
仕方がないので大人しく続きを聞く。
「そこでここからが本題だ。
お前さんにはこれからある1品の料理に挑戦してもらう。
あと1品だけだ。これを完食出来れば、この大食いチャレンジはお前さんの勝ちだ。どうだ? 悪い話じゃないだろ?」
「いやいやいいや、私に何の得もないじゃないですか!」
確かに普通の挑戦者なら品数が減らされたら喜ぶべきだろう。
なにせあと1品食べさえすれば賞金がもらえるのだから。
けど、私は料理を食べに来ている。
大食いチャレンジでもらえる賞金(もちろんお金はほしいけど)が目当てではない。品数が減ることは私にとってデメリットしかないのだ。
「言っておくが、その1品はただの料理じゃねぇ。
そいつだけでさっき言った5品分相当……。
いやそれを超える1品だと自負している」
5品に勝る究極の一品か。
なるほど、それなら興味が湧いてきたわ。
けど、出されるはずだった5品の料理にも未練はあるなぁ……。
よーし、こうなったらあれだ。
「こっちにも条件があります」
「そうか……聞ける範囲なら聞こうじゃないか」
よっしゃー! それじゃあ遠慮なく言わせてもらいましょうか。
「チャレンジのクリア報酬にさっき言った5品を追加してほしいです」
「ほう。チャレンジ終了後にまだ食いたいってことかい?」
「ええ、そうです」
周囲から「こいつ正気か?」「ええー!? マジで?」「うそでしょ、そんなの」などなど非難の嵐が集中する。
あと「どこまで食うんだ」とか「まだ食うんかい」と言った言葉も飛び交っている。だって全部美味しそうなんだもん! 食べたいんだもん!
「く、くくく。こいつぁ傑作だぜぇ……」
板前は手で顔を覆い不気味な声で笑った。
なんだが目つきがギラギラしていて、どこか危ない雰囲気が滲みでている。
……な、なんか怒らせるようなこと言ったっけ?
やっぱり、5品食わせろだなんて無茶ぶりだったのかな?
「あれを食ったあとでまだ飯を食うだって?
くくくくく、くははははははははっ!! はーはっはっはっはっは!!!
……………………出来るならばやってもらおうじゃないか」
「っ!?」
「くぅーねる。あなたって本当に面倒ごとばっかり起こすわね」
板前から狂気じみた殺気が放たれる。
思わず身構える私。呆れつつも戦闘態勢を取るアリア。
「おい、キリミ! 例のあれを稼働させろ」
「お、親方! あれですか!? でもあれはっ!!」
板前は数いる弟子の中から女性型の機械ことキリミ呼びつけてそう告げる。
キリミは板前の指示に戸惑っているが、「いいから、早く行け!」という言葉に
押されて慌てて厨房の奥へと走っていった。
一体何を始めようとしてるんだろう?
『>レイドボスクエストが発生したおん! 受注するおん?』
おお、おんちゃん久しぶり。
え? ていうか、レイドボス? 何が起こったの?
『>大食いチャレンジに連動したクエストだおん。
断ることも出来るけど、そうしたら大食いチャレンジは失敗扱いになるおん』
ぐぬぬ。それは嫌だな。受注するっと。
『>レイドボスクエスト「板前からの挑戦状」を受託したおん。
運営から店内にいるプレイヤーにクエストの案内が通知されるおん』
これって私に選択権ないよね……とほほ。
私がクエストを受託すると、今度はこの店内にいるプレイヤーに向かって
運営からの通知が送られた。
『店内にいるプレイヤーの皆様にご連絡です。
プレイヤー:くぅーねるがレイドボスクエストを発生させました。
これから10分後にレイドボス戦を開始します。
参加権のある方はこの店内にいるプレイヤーのみとします。
不参加の方は速やかに店外へと移動してください。
10分後、店内にいるプレイヤーは強制的にイベントへと参加になります』
突然のレイドボスクエストにざわめく周囲。
そりゃそうだよね。まさか街中で、しかもどこにでもありそうな食堂で
レイドボスクエストが始まるなんて思わないだろう。
とはいえ、混乱はそれほど大きくはならなかった。
ほとんどの人がこの状況を好意的に受けて止めていたからだ。
むしろ、特殊な条件で現れたクエストに誰もが喜びの悲鳴を上げている。
あちこちでパーティー申請のやり取りが交わされる。
対応早いなぁ手慣れてるなぁ。訓練され過ぎでしょ。
あ、というかさ、私もどこかに入らないとまずいよね?
レイドボスにソロで挑むなんて無謀だよねぇ!?
「くぅーねるさん!! こっちです!」
あわあわと慌てふためく私に救いの手が現れた。
3人のエルフがこちらに向かって手を振っている。
1人は知らないけど、あれはクロードさんとシトリンさんだ。
「一緒にPTを組んでもらえませんか? さっきの恩返しをさせてください」
「ぜひお願いします。くぅーねるさん」
「くろっちとしっとりんが世話になったし、レイドボス戦手伝うし」
おお、情けは人のためならずだ。さっそく恩が自分に還ってきたよ。
願ってもない申し出に私は「こちらこそよろしくお願いします」と
クロードさんの手をがっちりと握った。




