表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/68

52品目:大なり? 小なり? 偉大なり!

小説を閲覧いただきありがとうございます。

感想、評価、ブクマ等いただけましたら、作者は大変喜びます。

どうぞよろしくお願いします。

 次の料理を待ちながら、私はさきほど完食した茶碗蒸しを振り返る。

 弾力たっぷりのゴム、拳ほどもある金属、怪物級の野菜たち。

 それに辺境の地でたくましく育った地鶏が入った茶碗蒸しは中々の一品だった。

 店にいた客たちも店の味に満足したのか、ぞくぞくと席を後にしている。

 なんだか、顔色が悪い人が多かった気がするけど、きっと食べ過ぎたに違いない。

 無理はしないで欲しい。自分のペースで自分に見合った量を守らないとね。

 けど、たくさん食べたいという気持ちは良く分かる。なにせ。


「ここの料理って美味しいもんね。食べ過ぎちゃうのも仕方ないよ」

「……そうね。水は、良いのを使ってると思うわ」


 お、意外にアリアも絶賛みたいだ。いやーいい店に当たって良かったわ。

 席を立つ人は多かったけど、同じように入ってくる客も多い。なので、

店が空くことはなかった。……むしろ混んできたような気がする。

 はて? 何だろう? お昼ラッシュかな?

 給仕の機械は忙しそうに席を回り、注文を聞いている。


「おう! 1品目完食おめでとうさん。次の料理の準備が出来たぜ」


 板前の声がしたので顔を上がると、カウンター席の向こう側最初の定位置へと戻っていた。腕組みをしながら、こちらの返事を今か今かと待っている。


「掲示板で盛り上がってた胃袋幼女ってあれ?」

「そうそう。

俺は1品目から見てるけどよ、とんでもないプレイヤースキルなんだわ」

「いやいやいや、食べるのにプレイヤースキルっている?

どっちかっていうと、隣のメロンメイドさんについて詳しく知りたいなぁ」

「そんな甘いこと言ってると、あとで泣きを見るわよ?」

「ゴム……銀……うう、昔の古傷が、古傷がっ!!」

「だ、だいじょうぶですか? この人?」


 ふむ。店も満員御礼か、中々いい稼ぎなんじゃないの? 板前さん。


「いや……正直いうと、この大食いチャレンジの費用が掛かり過ぎて、

赤字ギリギリだ。お前さんが食えば食うほどこっちは大損だ」


 あ、そうなの? だけど、それを同情して挑戦を止めたりはしないよ?


「へっ、わかってるよ。お前さんもその道のプロだってことはこっちも承知してる。

同情でやめてくれるなんざ鼻っから期待してねぇさ」


 板前の目は本気だ。それじゃあ野暮なことは抜きにして、行かせてもらおうか。

 私は背筋を正すと、板前に注文をお願いした。


「それじゃあ、2品目お願いします」

「あいよ! それじゃあ2品目はこいつだ」

「……あ、それ私の台詞なんですけど!」


 接客に忙しい給仕は涙目でそう告げるが、板前は気にする様子もなく

2品目らしき料理を私の目の前に置いた。

 今度も大人数で運んでくるかと思いきや、いたって普通の大きさの皿だった。


「これ、ですか?」


 私は拍子抜けしてしまう。

 周囲も茶碗蒸しのインパクトと比べると、明らかに見劣りしてしまうサイズに落胆した様子を浮かべている。

 どういうことだろうと目の前の板前の表情を盗み見ると、挑戦的な笑みを浮かべていた。なるほど、これも自信作の1つってわけね。

 手抜きと決めつけるのはまだ早そうだ。

 私は再びテーブルに置かれた皿を見る。

 皿には3つのサイズのことなる稲荷寿司が乗っていた。


「こいつはな。ある東の島国に修行にいった時に作った一品だ。

左から順に、『大いなり』、『小いなり』、そして最後のが『偉大なり』と言う。

 3つ全てを合わせて1つの料理とみなし、料理名は『≧+≦∞』と読む」

「す、すごいですね(うわーかっこ悪いネーミングセンスだ)」


 名前は残念だけど、稲荷寿司から美味しそうな匂いがする。

 はー。この匂いたまらないね! 名前は残念だけど!

 周囲もごくりと息を鳴らして稲荷寿司を見つめている。


「いなり食べてーなー」

「(≧+≦)∞<ウマイ!」

「ちょ! 変なメッセージ送ってこないでよ! 

 って、あら? 稲荷寿司なんて注文してないけど?」

「あ、こちらは皆さんにサービスです。

 試食用なので一回り小さいですが、どうぞ食べて下さい」


 おー、太っ腹なことするなぁ。

 給仕の機械の言葉に周囲から歓声が上がる。

 あちこちで稲荷寿司を求める声がした。

 至る所で割りばしを割る音がして、皆が一斉に稲荷寿司を口に運ぶ。


「おー大いなりうめぇ。いくつでも行けそうだ」

「小いなりだって負けてないわよ!」

「ははぁ、大きさを除いて見た目は同じ稲荷に見えるのに、1つ1つ味が違うのかぁ」

「これは偉大なりに期待だわ! あーでも勿体なくてなかなか食べれないー」


 あー! ダメー! ネタバレ禁止!!

 今から食べる人を目の前にして感想言っちゃうなんて! おのれは鬼かぁーー!!

 挑戦者を差し置いて、ギャラリーが先に食べるってどういうこと!?


「(≧+≦)∞<ウマシ!」

「(≧+≦)∞<オスシ!」

「(≧+≦)∞<デスシ!」

「(≧+≦)∞<イナリ!」


 もう終いには、皆して誰が考案したのか謎な顔文字の書かれたメッセージウィンドウを表示しあっている。いや、顔文字っていうか料理名だっけか。

 これ以上言われてしまう前に、私は急いで割りばしに手を伸ばし、

綺麗に真っ二つにすると、まずは小いなりを掴んで口の中に入れた。


「……!!」


 小いなりはまさに一口サイズという大きさで、イーターマンじゃなくても

一口でペロリと食べれるだろう。

 しかしその大きさとは裏腹に、揚げの甘さがじっくりと効いていて、

中の酢飯と相性は抜群だった。

 胡麻をまぶしているのか、香ばしい良い匂いがさらに食欲を呼び起こす。

 この小さな揚げの中に、繊細な味付けがぎゅっと凝縮されているような気がした。 

 言うまでもなく、とても美味しい。

 

 ――しかし、物足りない。この量では……。


 無意識に箸が大いなりの方へと向かう。

 箸でもちあげるのもやっとな大きさだ。これを一口は厳しいだろうが、

小いなりの物足りなさもあってか、私は一口で大いなりにかぶりついた。


「ほぅ……」


 思わずため息が零れる。胃が満たされていく。

 味付けは、小いなりよりも豪快。悪く言えばおおざっぱだ。

 しかし、小いなりで感じた物足りなさを、この大いなりは全てカバーしていた。

 圧倒的な量、口にじっくりと残る後味。

 もしかして、小いなりに感じた物足りなさは、この大いなりを食べるための

布石だったのでは? それを計算して作られているんじゃないのか?


「美味しいです」

「だろう?」


 板前は自信満々にそう告げる。

 ……3つで1つの料理か、なるほど納得だわ。


「ただな、それは最後の1つも食べてから言ってほしい。

 最後まで食べてこその料理だからな、こいつはよ」


 私の皿に残っている最後の1つを指さして、板前は不敵に笑う。

 

「……私としたことが、気持ちが急ぎ過ぎていたみたいですね。

 もちろん食べますよ。最後までね」


 最後に残った偉大なりを箸で捉えると、私は板前に挑戦的な笑みを浮かべてやった。さっきのお返しだ。

 さーて、勝負と行こうじゃないか。

 偉大なりを持ち上げようと、箸に力を込める。

 

「きゃあああああ!!!!」


 店内で上がった悲鳴に、思わず箸を止める。

 

 ――何? 何があったの!? 


 店内にいた客の視線がある一点に集中していたので、悲鳴が上がった場所は

簡単に付きとめることが出来た。

 こあがりで食事をとっていたらしい4人のプレイヤーがいた。

 そのうちの1人が机に倒れていた。エルフの男性だった。

 エルフ族の端麗な顔が苦痛にゆがみ、顔面蒼白になっている。

 息も絶え絶えな有様だ。


「な、何が起こったんだ!?」

「偉大なりを食べようとしたの!」

「え、まさか食中毒じゃあ」

「食中毒なんて創業以来一度もございません!!」

(((ええー、ゴムとか銀とか混ぜる店なのに?)))


 あわてる3人の仲間と不名誉なことを言われて激怒する給仕。

 なぜか遠くを見て黄昏る周囲のプレイヤー達。もう何が何やら。

 私は席を立つと、言い争う2人のプレイヤーと給仕の機械をスルーして、

倒れてしまったエルフの隣で、必死に呼びかけを続けるエルフの女性に近づく。


「ちょっといいですか?」

「は、はいぃ!!」

「偉大なりを食べて倒れたというのは本当ですか?」

「食べるというか……食べようとしていたんです」


 エルフの女性いわく、エルフの男性は偉大なりを食べようと箸で掴んだそうだ。

 ただ、かなり不器用な人らしくて、

うまく掴めずに、偉大なりを潰してしまったそうだ。

 ……つまり、食べていないってこと?


「あ、えっと、偉大なりを潰した拍子に箸に着いてしまった米粒を食べたんです。

そしたら急に苦しみだして……それで倒れてしまって……」


 米粒か。普通の料理ならありえないけど、思い出せ。

 これは普通の料理なんかじゃない。小いなりと大いなりのせいですっかり

油断していたけど、これもれっきとしたチャレンジメニューなのだ。

 普通に終わらせてくれるはずがないではないか。


「……」


 私はさりげなく板前の様子を伺う。

 客が1人倒れたというのにその様子は不自然な落ち着いていた。

 この状況が分かっていたかのようだ。

 おそらく、自力が解決するまで種明かしはしてくれないだろう。


「ふーん」

「アリア?」


 偉大なりをしげしげと観察していたアリアが何やら関心していた。


「何か分かったの? まさか本当に食中毒?」

「毒素らしきものは確認出来なかったわ」


 アリアの言葉に周囲からは安堵の溜息が漏れる。


「じゃあ何があったの?」

「そうね……この稲荷寿司、養分が凝縮されてるみたいな……

ええっと、ぎゅっと詰まったっていうか。

 ごめんなさい。なんて言っていいかわからないけど、食べてみたら分かるわ」

「お、おいおい!! こんな得体のしれない物を食べろだなんて!!」


 アリアの近くにいた魚人のプレイヤーが抗議するが、私はそれを止める。

 なんとなくだけどアリアの言いたいことが分かったかもしれない。

 私は自分の席に戻って、偉大なりを素手で引っ掴む。

  

「アンタ、正気か!?」


 止せと引き留める魚人を無視して、私は一口で偉大なりを食べた。


「……!!」


 その食べごたえに私は手で口を覆う。

 こ、これは……まさか。


「へへ、流石はお嬢ちゃんだな。そいつを一口とは畏れいったぜ」

「てめぇ! あの稲荷寿司に何を仕込んだんだ!!」


 板前の胸倉を掴みあげ、魚人が激怒する。


「荒事は止めてくれ。ここは飯を食うところだ。

 それに仕込むだって? 俺は誓って寿司しか出してないからな。

 お天道さんに背くことなんざ、何一つしてねぇよ」 

「だが実際にてめぇの握った寿司を食って、2人も倒れてるじゃねぇか!!」


 しらばっくれる板前に詰め寄る魚人。

 私は溜息を吐くと、2人の間に入り争いを止めた。

 ついでに魚人を睨み付ける。


「ちょっと、私まで倒れた人の数に含まないでください」

「お、お前……大丈夫なのか!?」

「へ、へへ。あれを食って動き回れるのか……恐ろしいお嬢ちゃんだ」


 大丈夫だよ、あれくらい。

 あんなので倒れるなんて不名誉は遠慮したい。


「板前さんは嘘を言っていませんでした。

 ただ、さっさと種明かしをしないのは意地が悪いと思いますけどね」


 私は再び机に倒れ伏しているエルフの男性の元へと向かう。

 

「すみませんが、この人の名前は?」

「く、クロードです」


 クロードさん、ね。よし、お次は。


「クロードさん、聞こえますか? 

 楽になりたかったら黙って私の指示通りにしてください」

「……」


 顔面蒼白のクロードさんが微かに頷いたのを確認すると、私はすぐにクロードさんへ

パーティ申請を送る。申請は許可されて、クロードさんがパーティに加わった。

 よし、これであとは。


「支援スキル発動、対象クロードの胃を捕縛する……『キャッチ』」


 モグーラパンの王の時から使っていなかったスキル『共有する第一胃』を発動した。

 クロードさんから緑の光が現れ、私に降り注ぐ。クロードさんと私の胃が繋がる。


「……? か、身体が楽になった?」

「く、クロード!!」

「おいおい、大げさだなぁ。大丈夫だよシトリン」


 エルフの女性、シトリンさんはすっかり顔色が戻ったクロードさんに抱きつく。

 全く、いちゃいちゃするなら余所に行ってほしい。

 いや、クロードさんが胃の物を消化するまでは離れないほうがいいか。

 助かって良かったと抱き合う2人だったが、周囲の生暖かい視線と

私の冷え切った視線を浴びて、ようやく離れる。


「す、すいません。私たちったら恩人である貴方にお礼もしないで。

 貴方のおかげでクロードが助かりました。本当にありがとうございます」

「……気にしないでください。それより、クロードさんは今、

私のスキルで一時的に元気になっているだけです。

 なのでクロードさんの胃の中の物が消化されるか、

 薬か何かの服用をおススメします」


 まだ完全に治ったわけではないと告げると、2人はおろおろとする。


「僕は一体何の状態異常に掛かっていたんだ?」

「皆で食中毒じゃないかって心配したんだから!!」

「毒? いや、そんな感じじゃなかったなぁ。こう胃が急激に重くなったというか、

ほら、食べ過ぎたみたいな感じになって」

「食べ過ぎって……箸に着いた米粒を食べたくらいで倒れるかしら?」


 シトリンの指摘にクロードも自分で何を言ってるんだかと笑い飛ばした。

 うーん、けど残念ながら大正解だよ、クロードさん。


「あー、状態異常っていうより、クロードさんの言う通り、

『食べ過ぎ』なだけです。胃が小さかったのもありますが……」

「「え?」」


 そんな馬鹿なというような表情で2人は私を見つめる。

 2人だけじゃない。周囲のプレイヤーたちは皆同じような目で私を見ていた。

 だけど、これは事実だ。

 何せこの偉大なり、見た目はちょっと大きいだけの普通の稲荷寿司だけど。


「食べたから分かるんですよ。

 この稲荷寿司に含まれている質量……あきらかに普通ではありません。

 そうですね、ざっと見積もっても1000個。

 この偉大なりは、およそ1000個分の稲荷寿司で出来ています」


 辺りがしんと静まり返る。

 板前だけが悔しそうに「そこまでわかっちまったか」とうなだれていた。

 偉大なりの正体、それは米の一粒一粒が凝縮されて作られた

稲荷寿司1000個分に匹敵する爆弾稲荷だったのだ。

2015/2/3

久しぶりの投稿でドキドキしてます。

今年もくぅーねるをよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ