42品目:休日とお買いものと育ち盛りたち2
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私と律子はムギー先輩に連れられて、ショッピングモールを散策していた。
ムギー先輩が行くところは、可愛い、綺麗、お手頃価格、それに気の良い店員さん
という文句の欠片も浮かんでこない店ばかりだった。
もう女子力0な私と律子はただただムギー先輩のセンスの良さに脱帽するしかない。
「臣ちゃーん。これ着てみてー」
「は、はい。……ええーっ。こ、こんな可愛い服似合わないですよ」
ムギー先輩が手に持っているのは秋物のワンピースだった。
いわゆる姫系と言われる感じの服で、ピンクの布地にパールのビーズとフリルが使われている。
それはそれは可愛い代物だ。けど、それを私が着るってどうなの?
むしろ先輩が着てください!! と喉から出かかったがぐっと堪える。
「大丈夫! 臣ちゃん、元が良いんだから! 何着ても似合うわよ」
いやいや、それを言うなら先輩の方こそ何着ても似合いますって!!
いいから、いいからと無理やり試着カードを押し付けられ試着室に連行される。
おっとり天然な先輩だが、こういうところの強制力は律子と似て、
いやそれ以上の強制力を持っていた。
「それじゃあ、閉めるわねー♪」
すごく嬉しそうな顔をして、カーテンが閉められた。
退路は断たれてしまった。もはや逃げ場はない。
「ううう……はずかしい……」
私は俯きながら、大きな鏡の隣に設置された試着カード読み取り機に、
試着カードを読み込ませる。
『身体スキャン開始します。そのままでお待ちください』
音声と共に、左右の機械から光が私を照らす。
『スキャン完了しました。試着カードの立体化を開始します。
……完了しました。試着を終了する場合は、そのまま試着室から退出してください』
試着カードにより立体化されたワンピースを摘み上げながら鏡を見つめる。
鏡の中には、可愛い服を着たというより、どう見ても服に着られてる感ばりばりの
私が映っていた。確かに可愛いけど……私には無理ですって先輩!
「臣ちゃーん! 開けてもいいかしら?」
「ひっ! ひゃい! どどどど、どうぞ!!」
急に話しかけられたので、変に舌がもつれてしまった。
あーもう。恥ずかしい。モグードリルで穴を作って埋ってしまいたいぐらい、
恥ずかしいよぅ……。
「あら……可愛いー! やっぱり私の見立てに間違いは無かったわ!」
「そ、そんなことないですぅ……」
「やあやあ麗しのお嬢さん。私と一緒にお茶でもどうかね?」
「律子うっさい」
「何この温度差! ひどくない!?」
ひどいのはこっちのセリフだ! 何で律子まで覗きに来てるのよ!
あーもう。やだやだやだ!
私は恥ずかしさのあまり、ムギー先輩たちに背を向けて鏡の前で縮こまる。
「もう! 律子ったら! 臣ちゃんが逃げちゃったじゃない!」
「ご、ごめんって」
「私に謝ってどうするの!」
「わ、わかったって! 臣ーごめん! 臣がそういう服着るの珍しいから
からかちゃった! でも、似合ってるってのは本当だからっ!」
そ、そうなんだ。嬉しいけど……やっぱ恥ずかしいな。
私は鏡の前で体育座りをするのを止めて、立ち上がると鏡の前であちこちと
角度を変えてワンピースを見つめる。
「はぁー。良いわねー。特に胸元のデザインが可愛いわー」
胸元? ざっくりとカットが入ったちょっと大胆なデザインではあるけど。
ムギー先輩が試着室に入り、ここのレースとリボンがポイントよねと服を覗き込む。
「それに臣ちゃんの普段着からだと分からないけど……えい」
――むにゅ。
むにゅって……ええええ!!?
ど、どこを触っていらっしゃるのでしょうか! ムギー先輩!!
「なっ……なななななな、なにしてっ!!」
「臣ちゃん……細いくせに、結構胸大きいからすごく似合う。うん。羨ましい」
「あー、私たち……胸はないから、ね」
律子! 遠い目してないで助けなさい!
「私は律子よりはあるわよー、少しだけど……」
しゅんとうなだれるムギー先輩。
あ、あの……そろそろ手をどかして頂けないでしょうか?
「家の家系は胸が小さいんだってお母さんが言ってたしなぁ」
「遺伝って恐ろしいわね」
ちょっと律子まで、どさくさに紛れても、もむなー!!
遠い目しながら語るの止めなさい! せめて手をどけてくださいー!!
私はしばらくの間、試着室で田中姉妹によってもみくちゃにされるのであった。
***
「うふふ。麦穂ちゃんまで一緒なんて嬉しいわー」
「すみません、おば様。律子だけじゃなくて、私までご一緒してしまって」
「いいのよ! 皆で食べた方が美味しいものー!」
買い物が終わって、ようやく家へと帰還することが出来た。
結局、あのワンピースは「臣ちゃんへプレゼント」とムギー先輩が購入して、
私に渡してきた。先輩からのプレゼントじゃ断れないよ。ぐすん
しかも、ぜひ今日はずっとその服でいてほしいと頼まれてしまって、
現在進行形で姫ワンピな私である。
ごちそうを作って待っていたらしい母は歓喜して、田中姉妹と私を出迎えた。
「麦穂ちゃん! 良くやったわ!」などと先輩を褒め称えている。
「臣ーずいぶんと大人しい食べ方じゃん」
「そりゃ……格好が格好だからしょうがないでしょ」
目の前には、母のお手製料理がずらっと並んでいる。
具たくさんカレーに山盛りポテトサラダ。大量の手巻き寿司においなりさん。
から揚げにフライドポテト。あつあつのラザニア。
どれもこれも私の好物ばかり並んでいた。
くそう、この格好じゃなきゃ、思いっきり食べられるのにっ!!
「そういえば、父さんは?」
我が家の父の帰りはいつも遅い。仕事が忙しい人だからしょうがないんだけど。
冷蔵庫の連絡ボードには、「今日は帰れます」と書かれていた。
もうそろそろ帰って来てもいい時間なのに。
「遅いわね。どうしたのかしら?」
母も父用のカレー鍋を火にかけながら、首を傾げた。
「あ、何か来たみたい」
母がそう言うと、連絡ボードが点滅して内容が書き換わる。
『ごめん! 残業入ったー! 今日は泊まりかも……本当にごめんなさい! 父』
「あらら……残念だわ……臣の晴れ姿の写真だけ送っておきましょ。うふふ」
「わー、おじさんが血の涙を流す様が想像つくなぁ」
げほっ! ちょ、母さん何送ってるのー!
私がからあげを喉に詰まらせてる間に、連絡ボードがまた更新された。
『うおおおおおーーー! 仕事が何だ! 残業なんて冗談じゃない!
俺は帰るぞ! 臣の姿を目に焼き付けっ!? こ、こらお前たち何をっ!
――しばらくお待ちください。データを更新しています――
御家族の皆様、申し訳ありません。部長は真面目に仕事に戻させました。部下一同』
「なんというかご愁傷様ですって感じだね」
律子が気の毒そうな目で連絡ボードを見つめる。
それは、父に対してか、それとも父を押さえる部下たちに対してなのか。どっちもか。
***
食後、リビングでまったりと過ごす私たち。
父はいないが、律子とムギー先輩がいるのでいつもよりにぎやかな雰囲気の中、
話の話題はなぜか、私と律子がプレイしている『神々の再宴』のことになった。
寝食を忘れるほど(私は食べるのは忘れないけど)2人が熱中するゲームとはどんな
ものなのかという疑問から、いつの間にか詳しいゲーム解説へと路線が変更していく。
「そう。それは臣も夢中になるわよね。前の時なんか、
ジューシーティラノレックに似た物が作れないかって、無茶を言ってくるし」
だって……サービス停止になって食べられなくなったんだもの。
せめて、せめて似たような物を作れないかって思うじゃない……。
「ああ! あのお弁当に入ってた『なんちゃってティラノレック』のこと!?
あれすごい再現度だったけど、おばさんが作ったんだ!」
「そうなの。でも臣は違うって言うのよー」
だって違ったんだもの。しょうがないじゃない。
「そ、そうなんですか? えー、リアルティラノレックかって皆で賞賛してたのに……」
「臣は料理には厳しいから」
べ、別にマズイとは言ってないよ? ただティラノレックとは微妙に違うかなって
思っただけで、レックとしては美味しかったけど。
「律子と臣ちゃんが2人でゲーム……」
ん? 何やらムギー先輩が考え込んでる様子。
「先輩? どうかしましたか?」
「え? あ、えっと。2人共ゲームでも一緒に会えるなんていいなって思って」
そうかな。確かに一緒のゲームはしてるけど……。
「今のところは別行動ですよ?」
「そうそう。臣ったらどこで寄り道してるんだか。いつまで中央で待ってればいいのさ」
う、煩いな。私はゆっくりとプレイする派なんだ。
というか、もう中央着いたのか……早過ぎない? 私が遅すぎるだけ?
「別に他のところに行ってもいいよ? 私が中央に着いた時に連絡して合流すればいいじゃん」
「そんなことしたら、あと1か月は合流出来ないでしょ。
あんまり遅いと臣のとこまで迎えにいくからね!!」
えー。それはまだ勘弁してほしい。心の準備をさせてください。
「……よし。決めたわ」
「え? 先輩どうかしましたか?」
「ど、どうしたのさ。お姉ちゃん。真剣な顔しちゃって」
ムギー先輩はぐっと拳を握りしめると、とんでもないことを言いだした。
「私も『神々の再宴』をプレイするの!!」
「「ええーーー!!?」」
思わず同時に叫び声をあげる、私と律子。
ムギー先輩がゲーム? 想像も付かないんだけど。
「お、お姉ちゃん。ゲームは興味ないんじゃ……」
「だって、2人が楽しそうにしてるから、興味が湧いたのよ。駄目かしら?」
「駄目じゃなけど……」
律子は嬉しいやらどうしていいやら困った表情をしている。
姉の突然のゲームプレイ宣言に相当戸惑っているようだ。
「いいんじゃない? 私を待ってる間、律子って暇でしょ?」
「え、そりゃまぁ……ね」
「だったら、お姉ちゃんにゲームのいろはを教えたらいいんじゃない?」
「え!? ええーーっ!?」
「そうね! 律子に色々聞いたらいいわよね! 臣ちゃんありがとう!」
「ちょっと、臣ーー! 家のお姉ちゃんはっ!!」
機械音痴でしょ。それはもちろん知っている。
だからこそ、教えるのには時間が掛かるし、私が中央に行くまでの
時間稼ぎになる。ふっふっふ。計画通り。
「くそー、他人事だと思って!!」
結局、その日律子は帰る間際まで、ムギー先輩を思い直すように説得してたけど、
あの状態のムギー先輩を動かすのは不可能だと断念したようだ。
しぶしぶ、ムギー先輩のコーチをすることを了承し、家へと帰宅していった。
さて、ムギー先輩もゲームを始めるようだし、私も頑張って中央を目指さないとだね。




