41品目:休日とお買いものと育ち盛りたち
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ぱちりと目を開けて窓を見る。朝日が眩しいな……じゃない。
完全に昼夜逆転しちゃってるよ。
私はVRCヘッドを外すとベッドの上にぽいと放り投げる。
そのままゆっくりとベッドから足を下ろして、凝り固まった身体をほぐす。
「あー、めちゃくちゃ頭が重い……お腹減ったし」
軽く何か物を食べて寝ないと、まずい。今日が休日で本当に良かった。
ぐるるるとお腹が唸り食べ物を催促している。わかってるってば。
「なんかあったかなー」
私はキッチンまで降りていくのは億劫なので、戸棚を開けると非常食を漁る。
幸い食料は部屋に色々置いてあるので、朝食ぐらいなら賄えた。
そういえば律子から、「普通の人なら1週間は暮らせるわ」とお墨付きをもらったことも
あったっけか。まぁ、私なら良くて3日が限度だけど。
「お、これいいんじゃない? これとこれとこれにしよう」
取り出したのは、開けたら1分で温まって食べられるレトルトご飯。カップの味噌汁。
それと肉じゃがに秋刀魚の缶詰も見つけたので、それも追加。
次に隣のお菓子棚を覗き込んで、バタークッキーの箱を取り出した。
「『机と椅子を出す』」
ルームコンピュータに命令して、机と椅子を部屋の中央に立体化させると、
そこに回収してきた食糧をざっと並べた。
「『TV……なんか適当に流して』
電気ポットから味噌汁にお湯を注いで、出来上がるまでの間、
宙に浮かぶTVモニターをぼーっと眺める。
特に目新しいニュースも、眠気覚ましになりそうな面白い番組もなし。
何度もこくりこくりと頭をテーブルにぶつけそうになった。
そのたびに、『寝不足を解消してください』『過度なVRは控えましょう』
『食事の量が多すぎます。バランスよく栄養を取りましょう』とお小言メッセージが
表示されるので非常にうっとおしい。私はモニターをべしっと指で弾き飛ばして消す。
ルームコンピュータのお小言メッセージを見ていると、
お前はおんちゃんかと言ってやりたくなった。
まぁ、おんちゃんは小姑のような文句は言わないけどさ……。
「ずずず……ふー。やっぱ朝は味噌汁だよねー」
湯気を立てるカップの味噌汁を啜りながら、私はうんうんと頷く。
コンビニでもらった先割れスプーンを取り出し、温まったご飯をほぐす。
近所のコンビニの人が、いつも割りばしとスプーンを多く付けてくれるから、
ストックが溜まる溜まる。まぁこうして活用出来てるからいいけど。
スプーンを咥えながら缶詰の蓋を開けると、ごはんと一緒に中身を頬張る。
「あむ。もぐもぐ。んーおいしー」
空腹は何よりのスパイスと言うが、まさにそんな感じだ。
大きなじゃがいもを口に入れると、小さなモニターが目の前に現れた。
『律子様から連絡が来てます』
ん? 律子から? 朝早くに(もう8時回ってるけど)どうしたんだろ?
私は首を傾げつつ、繋ぐようにルームコンピュータに命令する。
しばらすると、律子の音声が部屋に響いた。
『やぁやぁ! 臣くん! 昨夜はおたのしみでしたね?』
「用事がなさそうだから、通信切だn」
『わーわー! ちょっ、まった!! 冗談だよ冗談』
全く。朝っぱらから煩いヤツだ。私はふんと鼻を鳴らし味噌汁をぐいっと飲む。
「ごくん。……それで、朝から何の用事?」
『いやー、たまには外で遊ばないかなーって思ってさ』
「珍しい……ゲーム中毒の律子が外に出たがるなんて」
『げ、ゲーム中毒って、今の臣だって似たようなものじゃない!』
む、律子にしては正しいとこ突いてくるな。
「年中ゲーム中毒に言われたくないけどね」
『わ、私だって! たまには規則正しく生活して、
ゲームプレイ時間だって適度に出来るんだから!!』
……本当に? 嘘くさいなぁ。
私は無言で音声のみから、画面付きに設定してやると、
見事な寝癖と目の下に大きなクマさんを飼っている律子の顔と
正に今起きましたと言わんばかりのパジャマ姿が映し出された。
どこか規則正しいなんとかだ、私と大した変わらない恰好して!
『ちょ! 臣!? いきなりTV通信にするの禁止!!』
「いや、この設定したの律子だし」
律子は「そ、そだっけ?」とすっとぼけた顔をする。こいつ忘れてるな。
「前に『お、臣んとこのルム子(ルームコンピュータのこと性別はない)にも
TV通信あるんじゃん。
私の時だけON、OFF設定出来るようにしよーっと』とか言って」
『あ、ああ。あれはその場のノリというか……何というか……』
「私はあとで死ぬほど後悔することになるから止めとけって言ったのに、
『臣くん。機能とは! 使うためにあるのだよー! ふっふっふ、律子様の御姿を
じっくりと拝見したまえーはっはっは!』って言ってたよ」
『ぬぉおおおおおお! まさに後悔してるわ! もう死ぬほど後悔中だわ!』
ふぁー、眠い。付き合ってられないよ。
「律子もそんな調子だから、今日は止めようよ。私もこの通りだから眠いし」
『あわわ! ちょ、ちょーっと待ってくれる?』
通信を切ろうとする私に律子はあわてて食いつく。
『実はさ、臣のとこのお母さんに「臣ったらゲームにハマり過ぎて、ごはんを食べてないの。
6合でごちそう様だなんて、心配だわ」って言われててさ。
いや、どこが心配よ。食べ過ぎじゃないって私は思ったけど、あえて言わなかったけど』
へーそれで? 大丈夫、仮眠とったら本格的にごはんにするんだし。
『「律子ちゃんちょっと臣を連れ出して、ゲームだけじゃなくて
きちんとリアルでも遊んでくれないかしら? あと今日のお夕飯一緒に食べましょう」って
言われちゃったんだ』
「ほほう、つまり飯目当てってことだな?」
『ちょっと! 臣じゃないんだから!! まぁご飯半分、息抜き半分でさ。
一緒にあそぼーよー。午後からでいいから!』
うーん。こう言い出したら律子ってば言うこと聞かないからな。
それに、午後から遊ぶならいいか。
暗くなるまで遊んで、それでそのまま夜一緒にご飯を食べればいいし。
「あーもう。分かった分かった!」
『さっすが臣ー! 話が分かるなー』
律子は目に見えて元気になり、きゃっほーと奇声を発しながら、
ぐねぐねと珍妙な踊りを踊り始めた。こいつTV通信だってこと忘れてない?
『んじゃー、時間になったらそっち行くから!』
「はいはい」
『はいは1回でよろしいっ! んじゃ!』
通信がぷつりと途絶えて、律子の姿も消える。
全く朝っぱらから騒がしいな。寝不足でハイになってるでしょあれ。
私はやや冷めてしまった朝食を詰め込んで、バタークッキーを1箱空にすると、
ベッドの中に戻った。
***
「おっじゃましまーす」
「あーもう。煩いなぁこいつ」
元気よく人の部屋に侵入してきた律子へチョップを食らわせ黙らせる。
そのやり取りを見て、律子に似た女性がぺこりと頭を下げてきた。
「ご、ごめんなさいね。うちの律子がご迷惑をお掛けして……」
「え、いや。ムギー先輩が謝ることないです。これはいつものことで、
挨拶みたいなものですし」
ムギー先輩は「それならいいけど」と困り顔だ。
「お姉ちゃん心配し過ぎだって! これが私と臣の愛情表現ってやつなんだから!」
「律子! 親しき仲にも礼儀ありって言うでしょ?
あまり臣ちゃんを困らせちゃ駄目なんだからね?」
ムギー先輩は妹に向かって、めっと釘を差す。
肝心の妹は「お姉ちゃん、可愛いなぁ。背もちっさいし、合法ロリ」と呟いている。
おい、妹! ちょっとは反省しろ。
「それにしても、ムギー先輩も来るとは思いませんでした」
「律子が臣ちゃんのところに行くって聞いたから、私も会いたいなって思って。
お邪魔だったかしら?」
「いえ! 大歓迎です!」
ムギー先輩のほわほわと柔らかい笑みで返されてしまうと、
何でも「そうですね!」って頷きたくなるわ。
天然って恐ろしいな。とても律子の姉には見えない。
田中麦穂高校3年生。18歳。同じ高校の先輩であり、
悪友の律子の姉である。あだ名はムギー先輩。
性格はおっとりしてて、天然。律子も言ってたけど、私たちより背が小さい。
長い髪の毛は天然のパーマがかかっていて、お人形さんみたいに可愛い人だ。
律子とムギー先輩が歩いていると、ほぼ律子が姉でムギー先輩が妹に見える。
けど、おっとりしてても、怒る時はしっかりと怒るし、
さっきみたいにお調子者の律子にブレーキをかけたりするとこは、お姉ちゃんっぽいと思う。
……駄目な姉を叱る、しっかり者の妹にも見えてしまうとは言えないな。
「それで、どこに遊びにいくの? 企画立案者」
私は言いだしっぺである律子にそう聞くと、
「むむ! この律子様を企画律案者とは、中々シャレが効いておりますな!」
こいつ、ノープランだ。全くもう。
「もう律子。誘っておいてそれはないでしょ?」
「あ、ムギー先輩! 元々は私の母が律子に提案したことなので、
そんなに気になさらないでください」
「そ、そう? ならいいけど……」
「むー。臣はお姉ちゃんには甘々だよなー」
一番姉に甘い奴が何を言うか。私はじっと無言で律子を睨む。
「もう。しょうがないわね。それじゃあ、こうしましょうか。
私欲しいものがあるんだけど、2人ともお買い物に付き合ってくれる?」
ムギー先輩がぽんと手を叩いて、どうかしら? っと行先を提案する。
やばい。可愛い。心なしか背景にお花さんとか小鳥さんとかが
飛んでるような気がする。
「駄目、かしら?」
私たちが無言のままなので、心配そうな顔をするムギー先輩。
私と律子はすぐさま「そんなことない」と否定する。
「本当? ありがとう! じゃあ行きましょうか!」
るんるんと鼻歌交じりにご機嫌なムギー先輩。
不埒な輩がいないか心配になるわ。この人。
「お姉ちゃんは私が守る」
「そうか、じゃあ私が律子から先輩を守るわ」
律子が「ひどいよー臣ー」と言ってくるが無視して、私はムギー先輩を追いかけた。




