3品目:あっさりと決断、キャラクターエディットへ
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現実世界でがっつりと夜食を堪能した私は再びVRCヘッドをかぶりVR内にやってきた。あいかわらず吟遊詩人が立っている。
近くに行くと吟遊詩人が私の姿に気づいた。
すごく疲れた顔をして、「やぁ、おかえりお嬢ちゃん」と言ってきた。
えーっと、なんかごめんなさい。
「では、お嬢ちゃんのためにまた本を」
「もう決めた。イーターマンでプレイするよ」
「そうそうイーターマンでプレイする……って、ええ!?」
吟遊詩人は前と同じくハープで本を召還しようとして、手元が狂ったのか、音程がずれてしまった。雑音とスキル失敗のSEが空しく鳴り響く。
音楽系の職業は便利なスキルが多いけど、少しのミスでスキルが発動しないのが面倒だ。しかも楽器は最初から所持してるけど、楽譜は別で入手しなきゃいけない。つまり最初は楽譜無しで演奏する。
楽譜なしに、楽器を演奏するなんて無謀過ぎ。
楽譜があって初めて、リズム(?)らしきものが出来上がる私の音楽スキルでは致命的過ぎだわ。
音楽家とか吟遊詩人なんて職業は絶対に出来ない。
プレイしてる人はとても尊敬するよ。
「本当にいいのかい? いくら前回のお話を聞いていたお嬢ちゃんでも無謀だ。あの種族は救いが無さすぎる。誰を信じて、誰を信じられないのかすら分からなくなるだろう。非常につらい種族なんだよ。彼らの物語は必ずと言っていいほど苦行と修羅の道になるんだ。それでも……それでもいいのかい?」
とても真剣な表情で吟遊詩人は私に最終確認をする。
公式がHPで警告し、初心者にはおすすめしないとはっきり断言するほどの難易度。さらにはVR内のNPCまでもが念押しするという徹底ぶり。
なんでそんな地雷キャラ作ったの? 運営よ。
あ、別キャラ作ればいいじゃん。もしくはキャラリセットすればって
思ってる人には残念なお知らせが。
このゲーム。コード1つに付き1キャラしか作成できない仕様なの。
もう1つキャラを作りたい場合は、今所有しているキャラをデリートして作るか、新たにコードを買ってくるしかない。
ついでに言うと、不正防止のため、デリートはリアル時間で3日間経過しないと出来ないという。
つまり1度キャラを作ってしまったら、よほどのことがないかぎり作り直すことはまずないってわけ。
「もう一度聞こう。お嬢ちゃんが聞きたい物語は『イーターマン』でいいのかな?」
ここで『はい』と答えれば、物語(ゲーム本編)が始まる。
本に導かれてキャラクターエディットへと進む。
そうなるともう変更は出来ない。
それでも……私の答えは『はい』だ。決意は変わらない。
……うん、正直に言うといいえと言ってしまいたい。
でも、私は体感してしまったんだ。あの感触を。あの生の表現を。
それは私に強烈な触感を持って、ダイレクトに伝えてきたんだ。
肉の生々しい表現、魚のような生臭さ……。
そのとんでもない現実感が、文字通り私の現実の腹を揺さぶったんだ。そして自然とこう思ってしまった。
――本編の料理だったらどうなるんだろう?
「私は……」
ごくりと喉が鳴る。ぎゅっと手を握りしめて先ほどの感覚を振り返る。
食材にも満たないものが、私の腹にあれほどの衝撃を与えた。
それが正真正銘本物の料理が出てきたとき、どうなるのか? どうなってしまうのか?
その時が訪れたとして、だ。その時にもしも胃の量が足りなくて、
食べられないなどと警告を受けてしまったら私はどうなるのか?
目の前に料理があるのに食べられないんだよ?
この私が料理を目の前にして食べられないって?
そんなことになったら――私は正気ではいられない。
「『イーターマン』こそ私の求める物語です。吟遊詩人さん」
私はまっすぐ彼を見つめると、はっきりとそう口にして微笑む。
『イーターマン』。
それこそ、私の物語に違いなかった。
口に出してみてしっくりとくる響き。これ以外にないと感じた。
吟遊詩人はやっぱりねと小さくうなずく。
「わかった。お嬢ちゃんの決心は固いようだ。
それでは語ろうか、イーターマン達の物語『悪食王の晩餐』を。
幻想の生々しさを貪欲なまで彼らの生を、この音と共に」
ハープがかき鳴らされる。
1つの楽器しかないのに、音の数が1つ2つとどんどん増えていく。
私と吟遊詩人の周りを音符と光が飛び交い円陣を作り上げていった。
そして、私の目の前に大きな扉……ではなく大きな本の表紙が現れた。
赤黒い本。その表紙には血のようなインクで『悪食王の晩餐』と書かれていた。肉を引きはがすような生々しい音を発して本が捲られた。
「これは異世界ポーラリアに伝わる。喰らう奴の物語である」
イベントが進行し、私の身体が勝手に本へと歩き出す。
「イーターマンの性質は、ポーラリアの住人にとって脅威であった。
彼らの敵であるイーターと呼ばれる特異な魔物に良く似ていたからだ」
本の中に別の風景が見えた。あそこが異世界ポーラリア、ゲームの舞台というわけだね。私の身体はどんどん前へと進んでいく。
本にぶつかる! と思いきや、景色がぐにゃりと曲がってさきほど居た場所とはまた一味違った不思議な空間へと転送された。
ここも、見覚えがあった。
前作でキャラクターをエディットする時に通された部屋である。
姿は見えなくなったが、吟遊詩人の語りの声は続く。
「彼らは普通の集落や街には入ることが出来なかった。
そこで彼らは数多の種族からの迫害を逃れ、彼らだけの街を作り上げた。
そこがイーターマン達の首都にして唯一の街『ハイヌヴェーレ』である。
街の名前には、彼らが信仰する女神の名前が付けられた。
自身の身体を犠牲にして、生物に糧を与えたとされる女神の名を」
私の身体がふわりと浮く。
きらきらと光り輝いて、徐々に光の塊になっていった。
「ポーラリアの住人達に野蛮な民という認識される彼らイーターマンだったが、その首都はというと、エルフの王国や獣人の宮殿と肩を並べる美しさだった。そして機械族や人族と同等の技術レベル、そして豊富な食べ物に溢れている。理想郷と呼んでも過言はない」
視界にアバター画面が表示された。
各部位の一覧、カラーパレット、アバターの初期衣装一覧など、つぎつぎとモニターが出現する。
「他の種族と交流の無かった彼らだが、近年外の世界に冒険する者が現れる。それに応じて、政府も隣国との貿易を開始した。
貿易相手は、機械国家マキナリウム。人形秦王国レプロドール。
この2国家の住人達は機械や自動人形が大半のため、有機物……食物を必要としない。そのためイーターマンに対して偏見が少なかったのだ。
今日も隣国へ向けて貿易の馬車が出発する。その一団にはイーターマンの冒険者が護衛の任に着く。
護衛の任を任されるのは、冒険者の中でも本の一握り。
過酷な試験をパスした精鋭のみが、外の世界に出ることを許された。
門から出発する貿易の馬車を見つめる者がいる。外への憧れに満ちた1人のイーターマン。その者の名は……」
吟遊詩人の声が止まり、長いプロローグ部分が終わる。
目の前に「キャラクターを作成してください」とテキストウィンドウが表示された。
「よーしじゃあ気合を入れてー……適当に作ろう」
5分ほど奮闘して、ついに自分の分身が出来上がる。
「この我こそイーターマン♪ ってね。完成!」
鼻歌交じりにパーツを弄り、完成にした自分のプレイキャラクター。
エディターセットを使えばもっと細かく設定出来るらしいけど、
デザインセンスなどないので、既存のパーツをやりくりして仕上げた。
「イーターマンってワイルドな名前なのにこの見た目って詐欺じゃない?」
私は出来上がった自分のPCをまじまじと見ながらうーんと考え込む。
そこには、ドワーフ? ホビット? って感じのちんまい3等身キャラが出来あがった。性別は女の子。身長はデフォルトから一切弄っていない。
ピンク色の髪にツインテールと可愛い系のアクセパーツをセット。
メインジョブに前回のサブジョブで使っていた調理人をチョイスしたので、コックの衣装を身に纏っている。
頭にコック帽子がちょこんと乗っているのがなんとも微笑ましい。
うん、我ながら良い出来だ。なんて自画自賛してみたり。
公式認定不遇キャラと覚悟していたので、キャラデザインなんかは一切期待していなかったけど、中々可愛らしい子じゃないか。
律子が居たら「うはぁようじょようじょprprprprp」などと犯罪染みたことを言いだすに違いない。
「『出生時に必ず未熟児で生まれる』って設定だから、成長しても身長が止まったまんまなのかな」
なんにしても律子が居たら「うえっへっへっへ、合法ロリ」とか言い出すんだろうな。うん。
やれやれやっとゲームに入れると思いきや、あることに気が付く。
「あ……名前どうしよう」
一難去ってまた一難ってヤツだ。