35品目:リトルヒーロー
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「休憩所作成っと」
アリアドネの香糸を地面に垂らし、円を描くようにくるりと一周する。
円の真ん中に空になった小瓶を立てると、ぽんっと音を発てて煙に包まれた。
煙が晴れると、小瓶は消えて見慣れた管理端末が立っていた。
これで休憩所は完成。休憩所の周囲からモンスターの気配が遠ざかった気がする。
「休憩所が出来ました。この周囲に入れば敵とは遭遇しません。
ここからはしばらく自由時間にしましょう。ボス戦に備えて準備してください」
私がそう告げると、その場の全員が頷いて、それぞれ思い思いに行動を開始した。
マイルさんがさっそく休憩所に近づいて、とてもいい笑顔で「素晴らしい」と絶賛する。
メモを取っている手は、ペンが高速で動いていて気持ち悪い。
見ていると何だか酔いそうだったので、私は素早く復活ポイントの設定をすると、
その場から離れた。
ゲート近くに湧いている水場まで歩いていく。素材リストを道具袋から
ひっぱりだすと、添付してある瓶を開封した。
おんちゃんが、「>瓶×3を受け取ったおん。道具袋に転送されたおん」と
告げたので、道具袋から瓶を取り出し、水が湧き出ているところに押し当てて、水をくむ。
瓶は、湧水と名称を変えたのを見て私はほっとする。
よし、これで素材は全部集めた。
あー長かったけど、シークレットボスと顔合わせしたら終わりだな。
水をくみ終わったあとは、周囲にあるものを適当に拾っておく。
何が良いものか分からないため、ひたすら目についたものを道具袋にいれていった。
道具袋がいっぱいになったら、管理端末まで戻り、素材を預ける。
「ふぁ……んー。ちょっと眠いかも……」
眠気を感じて、私は目をごしごしと擦る。別に睡眠の状態異常ではなくて、
リアルの脳が疲労しているサインだ。
良く考えると、あまり寝てなかったな。本当に廃人生活になっちゃってる……。
VRの中にいると、現実との時間間隔をついつい忘れてしまいがちだ。
律子は「その辺の調整はずっとゲームやってたら、自然と分かるようになる」
って言ってたけど……。私にはまだ難しい……。
「うにゅ……んんーー。こりゃあボス戦が終わったら、すぐアウトしないと」
とりあえず、ボス戦で落ちたら洒落にならないので、ぱしんと頬を叩き、
自分の脳に気合を入れる。
初シークレットボス戦でヘマしないように気合いれないとね。
え? うおっちっちとアリアはって? あんな不意打ち組はノーカンでしょ。
「うおっちっちはともかく、アリアとの戦いはぎりぎりだったな」
しかも倒せていない。渾身の一撃を与えても、アリアを激怒させた
だけで、お母さんが現れていなきゃ確実に死んでいた。
「ここのシークレットボス……カボチンだっけ?
それとアリア……どっちが強いかは知らないけど、明らかに私はレベル不足だよね」
希望はアリアよりも弱い。次に同格が望ましい。
だが、もしもアリアよりも強かったとしたら、手が付けられない。
ちなみにシークレットボスって、隠されたボスの総称であって、イコール強いとはならない。
うおっちっちが良い例である。
ま、大抵は強いボスが隠されているんだろうけどね。
そして、ここのボスは隠された強いボスって気がした。
私たちは知らなかったけど、ルゥリヒトの情報によると、
パーティーじゃないと挑戦出来ないボスだという。
パーティー、つまり大人数用に調整されたボスっは強く設定されてるものだし。
「リーダーである私が皆の足を引っ張るってのは、申し訳ないな」
私はメニューを開くと、あるものを探す。
今からレベル上げは、無理だ。じゃあ少しでも足手まといにならないためには
どうすればいい? アイテムをフル活用して、食べるももちろん使う。
他には何が出来るだろうか……いや、1つだけ試していないものがあるんだ。
「渋ってる場合じゃない。モグーラパンの王の時みたいに考えろ」
使えるものは何でも使っていかないね。
私は決心を固めると、称号リストからあるものを選択した。
「ルゥリヒトには……あとで口止めが必要だけど……」
この耳もふもふぐらいでなんとかならないかな。なりそう、うん。
『>称号「リトルヒーロー」を装備するおん?』
「非常時だしね。『はい』」
うおっちっちこと、シークレットボス「シロウトナガスウオ」を討伐(?)
した際に手に入ってしまった限定称号「リトルヒーロー」。
ゲーム内で、一番最初に偉業を成し遂げると、その人にだけ与えられる称号を
限定称号という。
このゲームの中で二つとない称号であり、その装備効果は絶大だ。
たぶんアリア戦で装備していれば、討伐出来たかもしれない。
私は身体から沸き起こるステータスの上昇を感じとりながら、そう思った。
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限定称号「リトルヒーロー(取得者:くぅーねる)」
世界中のあらゆる探検家や冒険者、強者や智者を押しのけて、先陣を切って
シークレットボスを討伐した者がいた。
それが、小さなイーターマンの少女だと、一体誰が想像出来ただろうか?
その小さな身体に秘められし無限の可能性がどうなっていくのか、
それはまだ誰にも分からない。
小さな英雄がもたらすものは、世界の平和かそれとも。
装備効果
全ステータス上昇(大)、SP消費削減、シークレットボス特攻
装備固有スキル
「小さな英雄」:自分よりも高レベルの敵と遭遇した時、全ステータスを上昇させる。
「秘密の智者」:解き明かした秘密の数だけ、全ステータスを上昇させる。
「喰らう奴」:イーターマン固有のスキルを大幅に強化する。
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なんだこの壊れ性能は……。私は感心を通り越して呆れてしまう。
しかも何気に、対シークレットボス用の構成になっているのは何で?
絶対に運営遊んでるでしょ……。
ちなみに律子から聞いた話だが、こういう限定称号なんかは、運営チームのVR内班が、
リアルタイムでデータを参照して、その場で作って個人に付与してるとか。
だから、私の行動ログを観察して、悪乗りして作ったのではないかと
睨んでいる。
「終わったら絶対はずす。絶対にだ」
私はそう決意すると、皆の準備が出来るまで、管理端末によりかかり、
バターフライスティックを齧った。
気に食わない味だけど、捨てるなんて論外。
食べ物を粗末にするやつは許さないし、私自身食べ残しはしない。
口の中に広がる、塩の味に顔をしかめつつ、このエリアの奥に潜むであろう
シークレットボス、カボチンについて思案する。
「カボチンムースは美味しかったし、ボスも美味しいよね」
私はカボチンムースの味を思い出しごくりと喉を鳴らした。




