2品目:吟遊詩人と再会。早過ぎる離脱
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「ようこそ、旅立ちの子供たち」
VR独特の不思議空間に降り立った私を迎える声がした。
私に声を掛けた主は、手にハープを抱えて、羽飾りのついた帽子に長いマントを身に着けている。まさに吟遊詩人と言った感じの男だ。
どこかで聞いたことがある台詞。それにこの男には見覚えがある。
そう、5年前だ。『神々の宴』を開始した時に、一番初めに会ったNPCじゃないか。なつかしいなぁ。
私が懐かしそうに吟遊詩人の男を眺めていると、向こうも何やら考えるそぶりをする。おや、何かのイベント発生?
「やぁ、小さな大喰らいのお嬢ちゃん。
久しぶりだね。また私の話を聞きに来てくれたんだね?」
「小さくないです。これから成長するんです」
まったく失礼な奴だ。というか、このまた会ったね的な台詞。
なるほど、前作をプレイしていた人に運営からのちょっとしたサプライズイベントって奴か。なんか地味に嬉しいよねこういうの。
なんていうか、ただいまーって言いたくなるっていうか……帰って来たんだなぁって感じる。上手く言えないけれど、そんな感じ。
「これは失礼。ごめんね、お嬢ちゃん。
それで、今日も『お話』を聞きに来てくれたのかな?」
「ぜひ『聞かせて』ください」
吟遊詩人の誘いに私はOKで返答する。
この一連の流れは、前作『神々の宴』のプロローグ部分と同じだ。
私達プレイヤーはこの吟遊詩人に『物語』を聞きに来た人ということになっている。
『物語』というのはゲーム本編を指していて、ゲームの中での行動は全て吟遊詩人によって語られているものという設定なのである。
「今日はどうする? 前回は『深き森の民:森の魔法使い』のお話を聞かせてあげたけれど、今回はどんな『お話』にするんだい?」
『深き森の民』は種族:エルフのことを指していて、『森の魔法使い』は職業:魔法使いだ。つまり、前回の私がプレイしたプレイキャラクターである。
さて、ここから種族と職業を決めなくちゃいけないんだけど。
とりあえず。アレの確認をしとこうかな。
「種族が気になるから、あらすじだけ聞いてもいい?」
「おや? 他の種族にも興味があるのかな?
前回は早くお話が聞きたいとせがんで適当に選んでさっさと決めていたじゃないか」
前回は胃なんて関係なかったからね。
律子が教えてくれた種族と職業でいいやーって適当に選んだんだ。
でも、今回はそうはいかないのよ。
何せ胃の容量という、現実世界ではありえない制限が待ち受けている。
私にとっては死活問題なのだ。
私は吟遊詩人に「早く聞きたいけど、迷ってる種族がある」と答える。
「ふむ。真剣なようだね。
それでお嬢ちゃんはどの種族について悩んでいるんだい?」
「……イーターマン」
ゆっくりとその種族名をを告げると、吟遊詩人は一瞬目をぱちぱちと瞬かせたあとくすくすと笑いだした。
「なるほど……なるほど! ふふふ、実にお嬢ちゃんらしいな」
そういいながら、吟遊詩人はぽろんとハープを鳴らす。すると、その効果音から無数のカラフルな音符が生み出さた。ぴょんぴょんと跳ねながら、音符はぐるりと私の周りに集まってきた。
吟遊詩人がぽろろんとハープを奏でる。すると、音符はぽしゃんと弾けて、中から無数の本が飛び出し、ふよふよと浮かんだ。
「それは種族の本。実際に手に取って確認するといい。
緑はエルフ、以前読んだ本さ。そしてその赤黒い本。
それがお探しのイーターマンの本になる」
吟遊詩人の呼びかけに応じて、緑の本と赤黒い本が私の前に出てくる。
まず緑の本にそっと手を伸ばす。
表紙に触れた瞬間、緑の光と無数の植物がふわっと浮かびあがった。
花は私の手にツタを伸ばし巻きつく。一瞬、驚いたが嫌な感じはしない。
そのままじっと待ってると、次々と鮮明な映像と説明文が送られてきた。
それは過去の自分のプレイ映像だったり、公式のエルフのプレイ動画だったり。ああ、やっぱりエルフ族は可愛いなー。
キャラそのものとか衣装とかさー。リニューアルしたという今回のデザインだって、すごく気合が入ってると思うよ。
正直ね、またエルフでプレイしたい気持ちでいっぱいなんだ。
――だけど。
――――だけどっ……!!
「胃の容量が……全種族最下位……って……」
これは駄目だ。詰んだ。いや、ゲーム的に進行可能だとしても、
私の精神が詰み状態だよ。
最下位って何? 食べれる? 美味しい?
最下位、最下位、最下、位……最下胃………なんちゃって、はは。
「1食、惣菜パン1個と飲み物1杯と果物1つだけでお腹いっぱいになるとかありえない。流石ファンタジー世界だよ。ありえない」
2回復唱するくらいにはありえない。あ、3回目。
「エルフは草食の上に少食だから仕方ない。
というか、その量って結構お腹いっぱいになると思うんだけど。
男性なら物足りないかもしれないね」
「男女差別は駄目です。というか私は物足りないの!!」
吟遊詩人の言葉に反論したあと、私はエルフの本から手を引く。
ツタが離れて緑の光が収まると、本は最初の状態へと戻った。
ものすごーく名残惜しいが仕方がない。
続いて私が手を伸ばすのは、ちょっと触るのに勇気がいる赤黒い本。
なんだか生の肉に似た感触がしそうなぐらい、生々しい本である。
でも、私は特に気にせず、ちょんと表紙に触れた。
「……っ!!」
なんとも言えない奇妙な感触がした。
鶏腿肉と秋刀魚の目玉の部分をプラスしたような、生の触感。
思わず息を飲み込んでしまう。
そしてごくごく自然と言葉があふれた。ああ、ああこれはっ!!
「っ……い」
吟遊詩人が心配そうにこちらを見つめている。
が、私はそれどころじゃない。この感覚。
これは、これはまさか……!!
「……さん、まの……秋刀魚の塩焼きが、食べたい……」
ぐぎゅるるるるるるーとお腹が鳴った。
やっぱり夕食が物足りなかったんだ。そこそこで済ませちゃったし。
そこそこは駄目だ。がっつりいかないと。
「なんというか、本当に『大喰らい』お嬢ちゃんだね」
吟遊詩人はやれやれと呆れながら、そのような感想を漏らす。
なんかすごく馬鹿にされてないか? ぐきゅるる……。
おっとこんなことをしている場合じゃない。お腹がピンチだっ!!
「もう駄目、無理無理! 絶対無理! 『ダイブアウト』!」
「へっ? ちょっと!?」
吟遊詩人が制止の声を上げるけどまるごと無視して、私はVR世界から離脱する。やはりお腹が減っていてはダメなのだ。
「腹が減ってはゲームは出来ぬ。ごはん食べてこよう、うんそうしよう」
現実世界に帰還した私は、自室を出るとまっすぐ台所へと向かう。
再び私が吟遊詩人の元に向かったのは、1時間後になった。