21品目:アリアドネの香糸
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地面に倒れ伏した私と醜い本性をさらけ出し迫るアリアドリィーネ。
万策尽きた私は最後の悪あがきにとペティナイフを振るった。
しかし、それはペティナイフではない。
妖精の装飾が施された美しい銀のベル。振るった際に放たれた音は、
思いのほか大きな音を周囲に響かせた。
鈴と共に現れたのは、私に似た面立ちをした(設定だと私がこの人に似たのだろうけど)
1人のイーターマン……私のお母さんだ。
「あらあら。くぅーねる。呼んだかしら? でもその前に」
お母さんは私とアリアドリィーネの間に割り込むと、アリアドリィーネに向かって、
すっと手を差し延ばす。
アリアドリィーネの顔色が憤怒から恐怖へ変化した。あわててその場から逃げようとするが、それを許すような甘いお母さんではない。
「アリアちゃんにはお仕置きしないとね」
お母さんが一歩踏み出した。私にはその様に見えた。
けれど、実際は凄まじい速さで駆けたに違いない。
私の目がそれをとらえられなかっただけ。
全速力で後退するアリアドリィーネを嘲笑うように、彼女の目の前まで一気に迫った。
「月並みだけど、歯を食いしばりなさい。アリアちゃん」
『ひぃぃぃ!! ご、ごめんなさっ』
見た動作をそのまま口にするなら、お母さんがアリアドリィーネを平手打ちした。
パシンといい音がしそうな、絶妙な角度でそれはクリーンヒットしている。
だけど、ありえない音がアリアドリィーネの頬から聞こえた。
――バギィィィィィィイイイン!!
『ひぎゃああああああ!!!!』
オーガの棍棒で殴られたかのように、アリアドリィーネの身体が横に吹っ飛ぶ。
お母さんは汗一つかくことなく、涼しい顔をしている。
口から微かに漏れた言葉は今使ったスキル名か。
「『母ちゃんビンタ』」
か、母ちゃんビンタ? ま、まさか……あの伝説の!?
選ばれし貴婦人のみ使えるという、聞き分けのない子を黙らせるほどの、
恐ろしい破壊力を持った……あの『母ちゃんビンタ』のことなの?
「私、貴方にくぅーねるの試験の手伝いをしてとは頼んだけど、
戦闘までしろとは言ってないわよね?」
『そ……それは、その……貴方の娘っていうから、イタズラ心が湧いたというか』
アリアドリィーネはすっかり元の艶めかしい女性の姿へと戻ると、
もにょもにょと口ごもる。
ていうか、噛みついたはずの胸は何時の間にやら元通り再生してるし。
しゅんと頭を垂れてすっかり意気消沈の様子。頬には痛々しい手形がくっきり。
あまりに憐れだったので、許してやったら? と口に出かかった。
しかし、悪戯心で襲われる身にもなればいいと思い直して、黙って成り行きを見守る。
「しかも、何ですかそのはしたない格好は」
『はしたなくないもん! ドリー姉さんとかアルラお姉の方がもっとすごいもん』
喋り方が一気に幼くなるアリアドリィーネ。
傍からみると、小さな子供(お母さん)に叱られる大人の女性の図である。
何これ、シュール過ぎる。
「子供が無理するんじゃありません。『プラントイーター』」
「え?」
思わず声を上げてしまった。
お母さんがスキル名を告げて現れたのは、私の『食べる(エンラージ込)』を
さらに巨大化したかのような、大きな口と牙を持った竜。
緑色のエフェクトを纏い、竜の口がばくりとアリアドリィーネを飲み込む。
アリアドリィーネから緑の光が抜き取られ、お母さんの中へと入っていくのを
私は黙って見つめた。
緑の光を抜かれたアリアドリィーネ(と彼女から生まれたツタ達)は、
どんどん小さくなっていく。
最終的には元の植木鉢の上まで縮んでしまい、チューリップ位の花と
その花の中心にちょこんと座るアリアドリィーネが残った。
『せ、せっかく貯めた栄養がぁ……』
がーんという効果音が似合いそうな悲痛の叫びをあげるアリアドリィーネ。
お母さんはとんと胸に手を当て、先ほどの緑の光を取り出す。
「これは没収します」
そういって、ポケットの奥へとしまいこんでしまった。
「あのスキルは……」
目の前の奇妙なスキルに私は目を丸くする。
『食べる』とは根本的に違う。相手の核を根こそぎ奪っていくかのような……。
何だか恐ろしいスキルだった。
私もいつかあのスキルが使えるようになるのだろうか?
『>答えは「はい」だおん。
あれはもっと『食べる』のレベルを上げたら取得出来るおん』
うわ! びっくりした。おんちゃん生きてたんだ。
「はぁー。レベル差があり過ぎて、まるで実感が湧かないよ。
ところでおんちゃん久しぶり。元の静かなシステム音に戻ったのかと思った」
『>ひ、ひどいおん!!』
「くぅーねる! 大丈夫!?」
私とおんちゃんが言い合いをしてると、お母さんが心配そうに私を覗き込む。
とうにフィールドは通常エリアへと戻り、私も動けるようになっていた。
「大丈夫。ありがとうお母さん」
よいしょっと。私が身体を起こすと、倒れた机が元通りに修復されていく。
部屋を見渡すと、倒れたはずの棚やアリアドリィーネの眷属として暴走していた植物達は、跡形もなく元通りになっていた。
ここがゲーム内で良かったと胸を撫で下ろす。
もしこのまま元に戻らなかったら、お母さんのビンタ2発目が発動したに違いない。
「ほら、アリアいつまでめそめそしてるの?」
『うううう……だってぇ』
「もう1発食らわないと学習しない?」
『はいぃぃぃ! ごめんなさい! ごめんなさい!』
お母さんがぐっと手を振り上げる。
ひゅんひゅんとスナップを効かせて素振りまで始めていた。
や、やばい。止めなきゃ。もう反省してることだし。
「お、師匠。もういいよ。私は平気だから」
『……!』
アリアドリィーネが驚いて目を見開く。まさか私に庇われるとは思っても見なかったって顔だ。
「くぅーねるは優しい子ね……。
わかったわ。娘もとい弟子に免じて、アリアちゃんは許してあげます」
『ほっ……』
「ただし、罰は受けてもらうわよ」
罰という言葉に、アリアドリィーネは身構える。
「とりあえず、内容はおいおい伝えるわ。
今はまずくぅーねるの試験を終わらせましょうね。
くぅーねるにあれを渡しなさい。本来なら、貴方の存在に気付いた時点で
渡してねって約束だったやつよ」
『は、はい! すぐに渡します!!』
アリアドリィーネがえいやーと両手を掲げると、緑の光が集まる。
『これよ。貴方の探してたもの』
私はアリアドリィーネに近づくと、緑の光を受け取る。
私が受け取ると、緑の光は形を大きく変えて、アリアドリィーネを思わせる、
赤い実を付けた銀色の植物へと変化した。
『>アリアドネの香り果実(R)を入手したおん』
「ええー、れ、れあって……」
『め、迷惑かけたから。とっておきの部分をあげる。
1日に2つしか取れないんだからね!』
アリアドリィーネは顔を真っ赤にさせてぷいっと顔をそむける。
1日に2つ……それはなんとも珍妙な、いや貴重な果実だ。
でも、こんな貴重なものをどうしろと。普通に草の方が欲しかったんだけど。
『草の部分を香草として使いなさいよ』
私の気持ちを察したのか、アリアドリィーネが補足する。
彼女の言葉通りに、貴重な実はもいで道具袋へとしまう。
手元に残された草。これこそ探していた素材『アリアドネの香草』だ。
「よし、材料はそろった。あとは調合するだけだね」
『>サポートするおん!』
「頑張って! くぅーねる」
お母さんの声援を受けながら、私は部屋を一回りして残りの材料を回収すると
テーブルの上に並べた。
・ハイヌ牛の角粉末(HN)
・綺麗な水(N+)
・アリアドネの香草(HN)
・光苔(N)
メニューを開いて、『アリアドネの香糸(練習用)』を選択し、
今度こそ全部の材料がそろったことを確認すると、『調合』のボタンを押した。
材料が光の粒子となり宙へ舞う。私は棚からビーカーを取り出し、
綺麗な水とハイヌ牛の角粉末を呼び込む。2つの光がビーカーの中に舞い降りた。
『>ガラス棒で均等に混ぜるおん』
おんちゃんの指示の元、ガラス棒を取り出してくるくると光を混ぜる。
光はかき混ぜられるごとに、だんだん元の形を取り戻していく。
1回、2回、3回。
視覚に現れるメーターを注視しつつ、慎重にかき混ぜる。
早過ぎず、遅すぎず。メーターに合わせてガラス棒を混ぜる。
ぽこんと音を立てて煙と共に、ビーカーの中に角粉末を混ぜ合わせた水が出現した。
『>アリアドネの香草を乾燥機に入れるおん』
トースターの様な機械を開くと、中にアリアドネの香草と思われる光を入れる。
タイマーをセットして、しばらく待つ。
『>光苔をこして、光の元を取り出すおん』
丸い網が付いた機材を取り出すと、光を呼び寄せ上に乗せる。
ヘラを取り出して、ぐにぐにと光をこす。
握力ゲージを一定で保ちながら、ぐにぐにとこし続けると、
光が消失して、下の皿にきらきらと光る粉末が溜まった。
『>乾燥が終わったおん』
機械の扉を開けると、乾燥したアリアドネの香草が出来ていた。
再び、光の粒子に変化させて、さきほど作った光る粉末と一緒に乳鉢の中に放り込む。
『>しっかりと潰して混ぜ合わせるおん!』
言われたとおり、しっかりと混ぜる。光苔をこした時よりも強めに、
ぎゅっぎゅと押していく。
もくもくと立ち上る煙……それが晴れると、まばゆい光を放つ粉が出現した。
『>最終工程だおん! アリアドネの光粉と角粉末を溶かした水を混ぜるおん!!』
粉を零さないように慎重に運ぶと、ゆっくりと水の中に入れる。
すべての材料が混ぜ合わさると、4色の光を放つ光の塊がビーカーに現れた。
私はガラス棒を取り出し、光の塊をほぐすようにぐるぐるとかき回す。
『>もう少しだおん! 頑張るおん』
「わ、わかってる!!」
光の塊はほぐれるにつれて、光を増していく。
私はその眩しさをぐっと堪えて、必死にかき回す。
ぐるりぐるり。
ぐるりぐるり。
「もう少し……あとちょっと……」
こつんという手ごたえと共に、辺り一面が光に包まれた。
失敗!? 私はびっくりしてガラス棒を手放してしまう。
『>調合の成功だおん! やったおん!』
おんちゃんの声と共に、光が晴れた。ビーカーの中はからっぽ。
しかし、私の手には見たこともない小瓶が握られていた。
たぶんこれが。
「アリアドネの香糸……」
乳白色の液体の中に、金色の糸のような液体が渦巻いている。
現実世界にはありえない神秘的で、とても美しい水薬だった。
調合の成功の喜びよりも、私はその美しい水薬に見とれてしまい、しばらく言葉を失っていた。




