20品目:精霊アリアドリィーネ2
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『まずは、小手調べ~♪』
アリアドリィーネの花から、にゅるりと一本のツタが生えて私の前までやってくる。
私はツタから十分な距離を確保しつつ、ツタとアリアドリィーネに警戒する。
アリアドリィーネは天井から動くつもりはないらしい。
如何わしい身体をくねくねさせながら、花の中央で待機していた。
『ほーら、ぐるぐる巻きにしちゃうわよ?』
ツタはグネグネと蠢きながら、私を絡めとろうと襲ってきた。
「……こんのっ!」
私は不埒な輩の手を跳ね除けるように、
ぺしりとツタを武器で弾いてその場から駈け出す。
『あん。連れないわね』
アリアドリィーネは残念そうにつぶやきながらも、ツタの追尾は止めない。
ストーカー? 痴女? そんな言葉が頭に過る。
とにかく、あのツタに捕まると碌でもない目に合うのは明白。
私は棚という障害物を利用して、ツタの魔の手から逃走を続ける。
『うふふ。そうよね。1本じゃ物足りないわよねぇ』
十分間に合ってます! とよっぽど言ってやりたかったが、
仮に言ったところで、話を聞いてくれるような相手ではないと思い直し、
私はひたすら逃げの姿勢を貫く。
『それじゃあ2本目突撃ー』
アリアドリィーネから2本目のツタが生み出され、私を狙ってくる。
まぁ、そんなことじゃないかと思ったけど……。
私はペティナイフでずばっと1本目のツタを切り裂き、動きを弱らせたあと、
2本目のツタ攻撃から逃れる。
止まっては駄目。止まったら捕まる。
そう言い聞かせて、とにかく無我夢中で部屋を駆け回る。
障害物を利用してツタのスピードを下げつつ、間に合わなかったら切り落とす。
すぐに再生してしまうけど、再生するまでのちょっとしたタイムラグで十分間合いを稼げるはずだ!
『いやーん。どうして捕まらないのかしら。はい3本目』
「鬼か!」
思わず叫ぶ私。お前の血は何色だーとか思ったが、
植物モンスターだから緑とか普通に言いそう。
ああ、もう! 調子狂うな……。
私は3本のツタに襲われながら、必死に打開策を探る。
どこまでツタが生えてくるかは分からないが、これ以上増やされたら捕まるってー!
今でも結構精一杯なんだけど。ちょっとしたミスでツタに絡み取られてしまうだろう。
そのあとは、あの痴女に何をされることやら……。
想像するとぶるりと寒気が走ってしまった。
(どこかで攻撃に転じないと……)
しかしこの逃げ惑う状況では、手がぶれていまって、
本体にナイフを投げて攻撃しようにも、当たる気がしない。
もし、目的のコースに投げれたとして、
あの痴女お得意のツタで弾き返される可能性も高かった。
となれば、やはり直接本体を叩きたいけど。
(どうやってあそこまで行けばいいの……?)
本体は遥か遠く、部屋の天井にへばりついてしまっている。
この小さな身体は、ツタの攻撃を掻い潜るには便利だが、
攻撃に向かいたくても届かない。
かと言って、彼女を怒らせて本体が降りてきたとしたら、それこそ私の終わりだ。
本体の攻撃に耐えきれる自信もHPもない。
にゅるるる!!
「うおっ! っと!」
考えごとをしてる間に、ツタの接近を許してしまったらしい。
あわてて、ツタの間を縫うように動き回り、なんとか回避する。
3つのツタが絡まりあうものの、衰えることなく、すぐに体勢を立て直すと、
うねうねとこちらに向かってきた。
(……っ! これだ)
私も崩れた体勢をなんとか直し、アリアドリィーネと向き合う。
道が無いのならば作るまでだ。
『うふふ……4本目。そろそろ観念して私に身をゆだねたらどうかしら?』
うにょうにょと生み出されるツタに私は息を飲み込む。
『さあ、あの子を捉えるのよ!』
4本のツタが一気に私に襲い掛かってくる。くそ、無尽蔵に作りだせるっていうの!?
1本は弾く、2本同時にバックステップで避ける!
最後の1つは、
「あっち行ってなさい!!」
――シュ! ドス。
私はもう片方の手で、思い切りペティナイフを投げてツタを壁に縫い付けた。
ツタ事深く刺さったペティナイフはしばらく取れそうにない。
よし。これで1本封じた。
私はすかさず新しいペティナイフを取り出して構える。
『な……なんですって!? も、もう1本行きなさい!』
焦ったアリアドリィーネはもう1本ツタを作りだし、私に向かってけしかける。
「同じような攻撃ばかりしてちゃ、私は捕まらないわよ!!
『エンラージ、食べる』!!」
接近を許す前に、エンラージで射程を延ばしてツタを噛み千切ってやった。
残る3本はツタの間をぐるぐると回って翻弄し、ツタ同士がもたついてる間に、
安全圏へと避難する。
『きゃあああああ!! 何するのよ! 乙女のツタをかみ切るなんて野蛮だわ!!』
もしゃりとツタを齧るも、草の苦みしか感じなかったのでぺっと吐き捨てる。
「悪いけど、草はもう食べ飽きてるの」
『ふ、ふざけんじゃないわよおおおお!!!』
アリアドリィーネは4本のツタを同時に生み出して、四方から襲い掛かる。
嫌なら、ツタで攻撃するのを止めればいいのに……。
食べるで食い止め、ナイフを投げて縫い付ける。残りは切って動きを止める。
数が増えても落ち着いて、処理してやればいけそうだ。
棚の陰に身を滑りこませ、上げる息を抑える。
もう少し、あともう少しすれば……!!
にゅるり……ビシッ!
「いっ!? いだああぁああ!!」
何かが、横切って……? その瞬間凄まじい痛みを感じた。
体力を見ると一気にレッドゾーンに入っている。
なにが……いったい、なにが起こったの!?
『目覚めなさい。眷属達』
アリアドリィーネの声に共鳴するかのように、棚に植えてある植物がざわめき出す。
私は嫌な予感を感じて棚から飛び出した。
「そんなのってありなの!?」
棚の植物がみるみる成長し、刺を持ったツタをしゅるりと伸ばす。
おそらく、さっき感じた痛みはこの刺が原因だ。
バターフライスティックの料理効果のおかげで体力はすぐ全快したが、
ここからは、棚にちょっとでも触れたら致命傷を負うことになる。
棚にも注意が向けなければならず、もはやツタに捕まるのは時間の問題だった。
『うふふふふ。さぁ、そろそろ観念してお姉さんに食べられちゃいなさい』
ぺろりと舌舐めずりしながら、可愛がってあげるわよ? とにやつくアリアドリィーネ。
「生憎だけど」
私は両手でペティナイフを構えて、アリアドリィーネを睨み付ける。
ツタの位置に気を配りつつ、一か八か賭けに出ることにする。どのみち、このままでは
ツタの餌食になるのだから。
「私は食べる専門なの」
私の挑発にアリアドリィーネはきょとんとして、目をぱちぱちさせたあと、
腹を抱えて笑い始めた。
『ふ、あはははは。わ、わたしを食べる気? お嬢ちゃん』
「ええ」
ぎっと睨んでやるものの、アリアドリィーネはそのけしからん身体を震わせながら、
2つの山頂をうふんあはんと動かし、笑いをこらえるのに必死だ。
相手の出方など待ってられるか。
私はその場から駈け出すと、棚への接触を避けつつアリアドリィーネの方へと走る。
『うふ、うふふふ。何? そっちから来てくれるの?』
にゅるるる!!
無数のツタが正面で待ち伏せる。何本と数える暇もない。
私は走る速さを落とすことなく、ツタに向かって突進した。
「『エンラージ! エンラージ! エンラージ! 食べるぅうううう!!!』」
口をがっぱりと開けて、とにかくツタを食いちぎる。
にゅるんと巻きつくツタも即座に切り落とし、ツタの壁を突っ切っていく。
『!! や、やるわねぇ。でもどうやってここまで来るっていうの?』
そう。アリアドリィーネは天井に張り付いたまま動かない。
けどね、私はただ闇雲に逃げ回ってたわけじゃないのよ?
アリアドリィーネの真下に走り抜けると、下に置いてあった三つ編み状の物体を掴んだ。
まるで縄梯子みたいに絡みあった物体の正体。
それはアリアドリィーネ自身のツタに他ならない。
アリアドリィーネの顔が真っ青に染まった。
『そ、それは!!』
「そう。さっき生み出したツタの成れの果て。
まさかツタを作り過ぎて、管理しきれてないとか言わないよねぇ?」
『う、そ……そんなこと……』
言いよどむアリアドリィーネを無視して、私は一気に梯子を渡っていく。
『こ、この!!』
「させないっての!!」
ツタが作られる前に、ペティナイフをツタの生み出し口に投げて蓋をする。
この至近距離ならば的を外すこともない。
『ひっ! や、やめ!!』
アリアドリィーネのすぐ目の前まで迫ることが出来た。
近くで見ると、よりいっそういかがわしい身体がくっきりはっきりと見える。
私が男子だったら、正気じゃいられないだろうな。
その2つの山の大きさといったら。律子が見たら血の涙を流すだろう。
……ちょっとだけ私もいいなと思ってしまう。
ちょっとだけだけどね。
私は小さくエンラージと広域化のスキルを呟きながら、大きく口を広げた。
アリアドリィーネの顔が恐怖に歪む。
『ゆ、ゆるして……』
「『食べる』」
私の口が広域化のスキルを纏って大きく広がり、目の前にある西瓜ほどもある
巨大な2つの山に向かってがぶりと食らいついた。
――がぶ。
『きゃああああぁぁああああああああああああああ!!!!』
断末魔の悲鳴を上げて、アリアドリィーネが身体を大きく揺らす。
「……っ!!」
絡まったツタが一気に本体へと戻っていく。
梯子にしていたツタが無くなったため、当然私の身体は宙へと放り出されることに。
「うわぁあああああ!!」
――がしゃああん!!!
私は母の作業机の方へと落下し、すさまじい音を立ててひっくり返る。
机がひっくり返り、私は紙や資料などと一緒に地面へと投げ出された。
「い、っううう……いった」
あまりの痛みに置きあげることが出来ない。
『おのれ……オノレエエエエエ!!!!』
胸部を押さえ、血走った目でアリアドリィーネがこちらを睨む。
『クイコロシテヤルウウウウウワァアアアアア!!』
口裂け女の様に開かれた口、全身とげだらけの化物とかしたアリアドリィーネが
こちらに襲い掛かってきた。
――ここまでか。
私は逃げることはおろか、この場から動くことも出来ない。
せめて、悪あがきに一太刀食らわせてやろうと、床に落ちている物を拾い上げ構える。
(これは……)
銀色の妖精の装飾が目に留まる。
拾い上げたのは、愛用のペティナイフではない。
『何かあったらそこのベルを鳴らしてね』
そうだ。お母さんの魔具……。何かあったら……。
ほとんど無意識に手首を振ってベルを鳴らす。
――リィイーーーーーーーン。
強く振ったわけではない。けれど予想に反して、大きな音が部屋中に広がる。
「あらあら。くぅーねる。呼んだかしら?」
すぐそばでお母さんの声が聞こえた。




