19品目:精霊アリアドリィーネ
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『>サブクエスト「調合の取得」を開始するおん』
調合の基礎を教えてもらう、と言ってもそこはゲーム。
ただの操作チュートリアルだったので、ちょっと安心した。
お母さんの口から「表示されているリストから材料を選んで」とか
「メーターを見ながら、左右にボタンを調整して分量を決めてね」
などどメタな言葉が飛び出すのには、苦笑するしかない。……違和感ないな的な意味で。
どうしてメタな発言が似合うんだろう。魔王(仮)だからか?
ひとしきり教えてもらったあと、お母さんが若葉マークのようなピンバッチを取り出し、
私の服に装着する。
私が不思議そうにピンバッチを見つめていると、
「これはスキルの仮免許みたいなものなの」
なるほど、このピンバッチはそういう代物なのか。
お母さんの説明によると、これがあれば、制限された範囲の物ではあるけど、
調合スキルが無くても、調合が出来るようになるらしい。
もちろんイベント専用アイテムで、このイベントが終わったら返却しなければならない。
『アリアドネの香糸(練習用)』のレシピをもらい使用する。
教えてもらった通りにメニュー画面からスキルを選択して、調合を開くと
調合リストの中に、『アリアドネの香糸(練習用)』が表示されていた。
材料が足りないのか、文字がグレーアウトしている。
「使い方は大丈夫?」
「うん。問題ないよ」
「そう、じゃあ調合の試験開始ね。お母さん……ごほん師匠はここで待っているわ。
もちろん試験だから、試験に関係することは答えられないわよ。
道具も材料も全てこの部屋にそろっているから、あせらず、ゆっくり考えて調合すること」
試験に関係することは答えられないと言いつつ、遠回しにこの部屋にあるもので作れると
ヒントを出している。私は心の中でお母さんに深く感謝した。
言われなかったら、街中かけまわって材料を探してたよ。
「おんちゃんと仲良く協力しなさいね」
『>任せるおん。くぅーねるをサポートするおん』
ん? 今何か変な会話しなかった?
「…………ねぇおか、じゃなかった師匠」
「あら? どうしたの」
にこにこにこ。
隙のない、完璧な微笑みがそこにはあった。
それ以上聞けば、どうなるか分かっているだろうな? という威圧を感じる。
「よーし、材料探すぞー」
私は何も見ていない。ミテイナイデス。
***
探すと言っても、視覚で見る限りでは、どれも私が初めてみる植物ばかり。
これは一度全部食べて確認するしかないか……。
「片っ端から食べるから」
『>片っ端から識別するおん』
よし、役割分担はばっちりだ。それじゃあさっそく。
「『食べる』『エンラージ』」
私は食べる動作を取り、それに広域化スキルの効果を発動させる。
私の両サイドに赤い顎のようなシルエットが表示された。
それを確認してから、私は目の前の植物を食らう。
私の動作に合わせて、顎ががばりと開くと、周囲の植物を食らっていく。
「……?」
何やら軽い倦怠感を覚えたので、ステータスを見るとSPが減っていた。
なるほどエンラージを追加すると、SPを消費するようになるのか。
幸い、大した減少ではなくすぐに自然回復した。
SPに気を配りつつ、私は食べる作業を再開する。
次々と口に広がる植物の香り、流れる続ける情報の数々。
その中にはさらっと「死相の葉」も混じっていた。
死相の葉と同じように危険な毒を持つ植物も、ちらほらと混じっているのを発見してしまった。
今の貴方になら授けてもいいという言葉の意味を、私はようやく思い知った。
状態異常耐性がなければ、今頃はこの部屋でぴくぴくする羽目になっただろう。
「これで全部かな」
しばらく食べ続けて、ようやっとこの部屋で栽培されている植物を完食した。
お母さんはいつの間にか姿を消している。
テーブルには、入れたてのように温かい湯気が建つお茶と置手紙があった。
『お店の方にもどります。何かあったらそこのベルをならしてね。
疲れたら無理せず、お茶でも飲んで休憩しなさい。頑張ってね。母より』
ずずっとお茶を飲むと、ハーブのいい匂いが身体を包み、疲労が和らぐ。
ベルってこれか。テーブルを見ると、妖精の装飾が施された銀のベルが置いてあった。
ただの綺麗なベルに見えるが、恐らく魔具だろう。
「じゃあ、さっそく、識別結果をざっと見せてくれる?」
椅子に腰かけて、また一口ハーブティーを飲み込むと、おんちゃんに指示を出す。
『>分かったおん。こんな感じだおん』
その凄まじい量のテキストに、めまいがした。
「目、目がつるんってどっか行きそう……」
『>おん? グラフィックに異常はないみたいだおん』
例えだよ。例え。本当に目玉が独りでに散歩しに行ったら困るでしょうが。
げんなりとしつつも、私は1つ1つ詳細を確認する。
アリアドネの香糸に必要な材料は次の通り。
・ハイヌ牛の角粉末(HN)
・綺麗な水(N+)
・アリアドネの香草(HN)
・光苔(N)
「粉末はこの棚にある。水は水道からくめばOK。あとは、苔と香草か」
光苔はオレンジ色の光がとても印象的だったので、棚の場所は把握している。
分からないのは、一番のメイン材料っぽいアリアドネの香草だ。
「おんちゃん。識別結果をあいうえお順にソートかけて」
『>まかせるおん』
よしよし、これで楽に検索出来るぞ。あ行だから一番最初に来るはず。
ってあれー? ない……。なんで?
「うそ……食べ逃してる?」
私は慌てて、棚を端から1つ1つ確認して回る。だけど、食べ逃しはなかった。
そうだよね。私に限って食べ逃すわけがない。じゃあ、なんでないんだろう?
『>くぅーねる。ここにはシークレットアイテムが眠ってるおん』
「シークレット?」
『>特定の行動や条件を満たした時に出現するアイテムの事だおん。
レアなアイテムもそうだけど、イベントアイテムなんかは良くこういった形で
隠されてたりするおん』
なるほど。つまり謎解きをしないと次に進まないってことか。
ざっと部屋を見回って、不審なところをチェックしていけばいいんだな。
そうは言っても、この部屋。
「不審なとこだらけだよね」
『>それを言ったらおしまいだおん!』
ぐぬぬ。部屋を虱潰しに探すしかないのか……日が暮れるよ。
あ、まてよ……不審なとこだらけのこの部屋。
逆に考えてみるんだ。不審なこの部屋で、逆に普通の場所ってないかな。
私はうろうろと辺りを歩き回る。
太陽も水も土も風も、全て人口の物で作られ管理されている不自然な自然。
ぐるぐると歩き回りながら、私は必死に考える。
不自然な自然には、水や土の気配は感じても本物はそこにはない。どこにもないはず。
だけど……。それなら、どうして。
「ここに植木鉢なんてものが存在するの?」
私はピタリと足を止めた。
部屋をぐるりぐるりと一回りして、戻ってきたのは母の作業机。
機材に資料、乾燥した薬草の束なんかに混じり、あまりに自然に置かれている植木鉢。
調合のためのサンプルを保管するために、植木鉢で花や草を栽培していたとしても、
それは不自然ではない。……普通ならば。
でも、この特殊な設備がそろったこの場所には不釣り合い過ぎる。
たとえるなら、宇宙船の通信に黒電話を使用するくらい不自然だ。
ハーブティーの香りで隠されているけど、もう私の鼻は誤魔化されない。
『>く、くぅーねる……なんかしたおん? 何だか不穏な雰囲気を感じるおん!』
おんちゃんが警戒の声を発する。分かってるってば!
どうやらキーになるものを私が解いたせいで、シークレットとやらが目覚めたらしい。
私はすぐ植木鉢から十分な間合いを取る。道具袋をちらっと見て、
ミニポーションが5つあるのを確認する。念のためバターフライスティックを齧っておく。
HP、MP、SP、それぞれのゲージが表示された。
ごおおおと音がして、壁全体が淡い光で包まれる。
「……閉じ込められたってわけか」
こちらの準備はいつでもいい。つくづくシークレットという物に恵まれるというか、
呪われているというか……。
「最後の材料がボスだなんて……聞いてないよ。
シークレットがシークレットボスだなんて聞いてないんだけど、ねぇおんちゃん?」
『>こ、こっちも予想外だおん! ほ、本当にただのシークレットアイテムだと
思ってたおんおん!!』
私とおんちゃんが言い合いをしてる間に、植木鉢から何かの植物が生えてきた。
それは、あり得ない成長スピードでぐんぐん成長しあっという間に、
部屋中が植物のツタだらけとなる。
天上に、巨大な蕾がにょきりと生えた。花弁が一枚一枚めくれていく。
「……」
花が完全に満開になると、花の中心で何者かが蠢いた。
ぷっくりと膨らむ丘、艶めかしく、柔らかそうな素肌。
きらきらと光り輝く、大粒のルビーを思わせる瞳。
絹の様に光沢のある長く美しい銀の髪。
花の中から、絶世のと言ってもいい、実にけしからんボディを持った女性が現れた。
『うふふふ』
甘い蜜を含んだ音色に思わず、
「健全な青少年によろしくなさそうなお嬢さんが出てきたけど大丈夫なの? このゲーム。
なんなのよ、この卑猥な物体Xは……」
『ちょっと! 失礼な人ね。アナタ!』
だって、貴方のせいでゲームが稼働休止になったらどうしてくれるのよ。
ちゃんと審査に合格したんでしょうね?
『し、してるに決まってるでしょ!!』
女性は美しい顔を真っ赤に染めて怒鳴り散らしてきたが、
そんなことはどうでもいい。
「えっと、それじゃあ話を戻して……」
『アナタが変なこと言って脱線させたんでしょ!』
「まぁまぁ。で、貴方がアリアドネさんってことでいいのかな?」
女性はぶつぶつと文句を言っていたが、不貞腐れた顔で、
『ちょっと違うわね。私はアリアドネの香草が稀に咲かせる花の精霊。
「精霊アリアドリィーネ」っていうの』
アリアドリィーネが不敵な笑みを浮かべる。
『私を起こしたってことは、あの女の差し金ね?』
あの女? お母さんのこと?
私が答える前にアリアドリィーネは勝手に話を進める。
『しらばっくれても駄目よ。
でも、私と話しがしたいっていうのなら…………私と遊んでからにしなさいっ!!』
植物のツタが振り落される。私はとっさに横に飛びのくことでそれを回避。
私を仕留め損なったツタが、地面をごっそりとえぐったのを見て、ぞっとする。
――あんなの当たったら終わりじゃないっ!!
『あら。やるわね』
青ざめる私を嘲笑うように、アリアドリィーネはくすくすと笑う。
閉ざされた扉に狭い室内という不利な地形。圧倒的なレベル差。
私の状況はまさに絶体絶命というヤツだった。




