18品目:魔王と植物園
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お目当ての付属スキル「状態異常耐性」を取得することが出来た私は、
久々に装備を装着する。
デスペナ対策に思い切って脱いでいたけど、内心は冷や冷やしていた。
本当に他のプレイヤーがいなくてよかった……居たら恥ずかしさで死ねる。
「文明人としての誇りを取り返したような気がする」
さて、毒に対抗する手段を得たところで、また自宅の方へ戻ろうか。
『お前の胃袋が真に満たされた時、南瓜公園の奥へ抜ける方法を伝授しよう』
そうお父さんは言っていた。
今の私の胃袋ならばお父さんも認めてくれるに違いない。
焦る気持ちをぐっと堪えると、私はホームキーを使って自宅に転送した。
家に帰るとお父さんがいない。
おかしいなと家中を探し回ると、そんな私を発見したお母さんが、
仕入れ先の相手と仕事の話があるため家を空けていると教えてくれた。
入れ違いになったか……タイミング悪いなぁ。
「急ぎの用事かしら? もしかしてさっきの課題の報告?」
私はお母さんに南瓜公園での出来事を伝えた。
目的のスキルを手に入れたことや、無限の胃袋が変化したこと。
私の話を聞いたお母さんは、「さすがね」と呟いた。
「わかったわ。くぅーねる。
貴方がイーターマンとしての一段階成長したのを認めましょう。
お母さんについてきなさい。
今の貴方になら授けてもいいスキルがあるの」
そういって、お母さんは居間を出ると階段へと向かう。私もお母さんの後ろに続く。
お母さんは階段を下へ下へとどんどん降りる。
こんな地下にも部屋があったんだなと感心しながら、階段を下りていく。
下に行くにつれて、空気がひんやりとしてきた。
「この階の一番奥の部屋よ。迷子にならないようにしっかり着いてきなさい」
私はうんと頷くとお母さんの真後ろにぴったりとくっつく。
「ここって何の部屋なの?」
「ワインを貯蔵してる場所よ。お店で出すやつね。
お父さんが趣味で集めてるものもあるけど」
ええ!? この階にある部屋全部にお酒が保管してあるの? すごい!!
「燻製とかチーズとか、そういった保存食も保管してるわ。
カモの燻製とか美味しいわよ~。今度食べさせてあげる」
カモの燻製、ほほうマニアな味がしそう。気になる。
まさか、おつまみまであるなんて、酒好きにはたまらない部屋だねここ。
「今から行くところはそれと何か関係があるの?」
「ふふ、ごめんね関係ないのよ。
今から行くところはね、お母さんが別のお仕事で個人的に使ってる部屋なの」
お母さんによると、当時空いてる部屋が無かったので、
適当な保存庫を1つ潰して、仕事場に仕立て上げたらしい。
今なら、別の部屋に移せるけど、特に支障もないため、使い続けているのだとか。
「ついたわ。この部屋よ」
ある部屋の前で止まるとお母さんがそういって、部屋の鍵を取り出す。
他の部屋とは明らかに違う外観の扉。
ここがお母さんの作業場か、何があるんだろ? ドキドキしてきた。
ガチャ。
「開いたわよ。さあ入って」
お母さんに誘導されるままに、部屋の中に入ると、そこはまるで別の世界が広がっていた。
地下とは思えない。まるで外にいるかのような清々しい空気が広がる。
「植物園みたい……」
あまりの光景に私は言葉を失った。
柔らかい太陽のような光、小川のような水のせせらぎ、栄養価の高い良い土と
部屋に広がる風の気配。大自然の一角を切り取って、部屋に配置したかのようだ。
「そんな大したものじゃないわよ」
そう言われても……。私はあっけにとられながら部屋を見渡す。
天井には魔石と思われる石が設置されている。それが太陽光のような光を生み出しているのだ。
部屋にはぎっしりと石造りの棚がならび、1つ1つの区切りの中に植物を栽培していた。
その1つを覗き込むと、見たことのない植物が丸いシャーレのような入れ物の中で、
成長を続けていた。隣の棚も似たような作りになっている。
そういえば、土と水の気配があるのに、その発生源となるのは見当たらない。
強いていえば……。
「この棚……なんか変だな」
なんかこの棚が妙に水っぽいような土のような、変な感じがする。
触った感じは至って普通の石材なんだけど。
試しにぺろりと舐めてみた。やはりイーターマンなら自分の舌で確かめないとね。
「んなっ……!?」
「うふふふ、驚いた?」
な、なんなのこの棚。栄養剤のような味がする。
ほら、ファイトーイッパツ的なアレの味。
「知り合いの錬金術師に頼んで作ってもらった特注品なの。
純度の高い土と水の魔石を練り込んだ魔粘土から出来てるのよ。
この上で植物を育てれば、土もいらないし水やりの手間も省いてくれるってわけ」
はぁ。なんか途方もない技術が使われてそうなんですけど……。
こんなものがあるのに、大したことないって……。
私の呆れた視線に気づいたのか、お母さんはこう付け加えた。
「材料を持ちこんだら作ってくれるっていうから、
多めに渡したら、只で作ってくれたのよ。だから本当に大したものではないの」
「でも、魔石って高いんじゃないの? しかも純度が高いやつでしょ?」
きっとランクもR以上のレア素材だ。一体何百万という金額が付くのやら。
そんな希少品をお母さんはどこから仕入れたっていうの?
「やぁね。只に決まってるでしょー。この家だってまだローンが残ってて、
家にそんな余裕は……」
そんな馬鹿な。ていうかローンとかあるの? 妙に生々しい設定はやめなさいよ運営。
「じゃあ猶更どこで手に入れたの?」
「壁の外でうろうろしてるわよ」
壁の、外? え? ええ? 話が見えてこないんだけど……。え? お母さん?
「壁の外にいるクレイドールとアクアヴァイパーっていうモンスターから剥ぎ取れるの」
「で、でも。外のモンスターの推奨レベルはLv60~Lv70って」
「くぅーねる。お母さんを甘くみちゃだめよ?」
静かな口調でそう答えるお母さん。
柔らかな笑みを浮かべているのに、得体の知れない寒気が私を襲った。
お母さんの背後には巨大な竜のような影がちらつく。
この人が、魔王か……。なんかそう言われても納得するような凄みが滲み出ていた。
「あらやだっ……ちょっと脅かし過ぎたみたい」
私が恐怖で固まったのを見て、お母さんが慌てて殺気を沈める。
寒気が止まり、影も跡形もなく消え去った。
よ、よかった。いつも通りのお母さんだ。
「ご、ごめんなさい。大丈夫?」
「う、うん。ちょっとびっくりしただけ」
ちょっとどころではないけど。それを聞いてお母さんはほっと胸を撫で下ろす。
「良かった。お母さんもね、若いころは冒険者とやんちゃしたのものよ。
お父さんと知り合って、現役から引いたけど、
それでもまだまだ、他の冒険者に遅れを取ることはないわ」
遅れどころか返り討ちですね、わかります。
私はあらためて、我が家のヒエラルキーを確認した。
……お母さんだけは絶対に敵に回すまい。
「さて、じゃあ奥の椅子に座りながら、スキルについて説明しましょうか」
よく見ると、部屋の奥に机と椅子が数個、そして本や資料が収められた棚が置いてあった。机にはガラスで出来た機材が並び、隅の方に古びた植木鉢が置かれている。
お母さんはいつも、そこで作業をしているらしい。
「失礼します」
「どうぞ。今お茶を入れるわねー」
そういって、お母さんは向かいのテーブルへ移動する。
テーブルには小さな火を起こす魔具が置かれ、
上に薬缶が乗っていた。
給水魔具(水道管みたい)の蛇口をひねり、薬缶に水を入れるとお湯を沸かし始めた。
お母さんが戻ってくる。
「さて、じゃあさっそく。
これから貴方に授けたいスキルは生産系のスキル。その名も『調合』」
調合。私のイメージでは草からポーション作ったりとか、
ポーション作ったりとか、あとポーション作ったり……。
やばい、ポーション作る以外に何が出来るっていうの?
もういっそポーション作成でいいのでは?
「ポーションを作るだけが調合じゃないわよ、くぅーねる」
思っていることがばれたのか、お母さんはそう言って私をたしなめる。
私は素直に「ごめんなさい」と謝った。
「他に何が出来るのか分からなくて……」
「確かに薬が一番多いけど、お化粧品とか布を染める染料なんかも作れるの。
そして、調理人を目指す貴方にはいつか必要になるだろう『香辛料』」
肉の臭みを消したり、香りづけしたり、調理において香辛料はなくてはならない。
無くても調理は可能だが、香辛料を使った方が明らかに品質の良い
アイテムが作れるのは、前作で実感済みである。
ただ、買えばそれなりのお値段がするものなので、購入するのは
あとだなと考えていた。
それが自分の手で作り出せるとは……。これはぜひとも覚えたい。
「どう? 調合のスキル覚えてみる?」
答えは「はい」だ。断る理由もないし。でも、只では教えてくれなさそうな雰囲気だ。
「覚えるために、私は何をしたらいいの?」
私の答えにお母さんは「あら賢い子ね」と言いながらニヤリと笑うと、
「今から、調合の基礎を伝授するから、そのあとでこの部屋にあるものを自由に使って、
『アリアドネの香糸』というアイテムを作ってちょうだい。
それが出来たら、正式に調合のスキルを授けましょうか」
アリアドネの香糸? なんかすごそうなアイテム名だな。
私に作れるだろうか?
「南瓜公園の攻略も、それがあれば楽になるかもね?」
そこまで言われてしまっては、今さら「やっぱりいいです」とは言えない。
「よろしくお願いします。お母さん」
「よろしい。あ、あとスキルを伝授するまでは、私のことは師匠と呼ぶように!」
な、なんでそんなにノリノリなのお母さん……。まぁいいけどさ。
「よろしくお願いします。師匠」
きちんと師匠と呼び、ぺこりと頭を下げる。どうだ、これで文句はないでしょ。
ちらっとお母さんを盗み見ると。
「いやあーん♪ 師匠だってー♪
一度でいいからそう呼ばれたかったのよねー♪
弟子第一号が娘だなんて幸せだわーうふふふふー」
なんか師事する人を激しく間違えたような気がした。