17品目:バターフライスティック
『>くぅーねるの復帰を確認したおん』
おんちゃんの声を聞きながら、意識を取り戻す。
もう何回目になるだろう。10を超えてから数えるのを止めたので、
それを知る術はないのだが。
「……んっ。いたた、また駄目かー」
あれから何枚も死相の葉や毒草を貪り食う私。しかし、結果のほうは空しい。
ステータスを開いて、何の変化もないスキルの欄を確認して、大きくため息を吐いた。
「もう少し……あと一息であれが付くと思うんだよなぁ……」
最初は食べてすぐに毒素が全身に回った。
何度も地面に倒れ、何度もぴくぴくと痙攣しながらも咀嚼した。
今はサラダボウル1杯分の死相の葉を完食しても、地面に倒れることはない。
毒に対して耐性が付きつつあるのだ。それは、私の予想通りである。
しかし、そこからが問題だった。
耐性が付いたことを体感出来ても、その結果がスキルに現れないのである。
何かしらの変化があっても良いと思うのだが……。
「入口付近の草が無くなったし……どうしたものか」
死相の葉だけでは足りないため、有毒な効果を持つ植物を探して食べ回った結果。
入口付近はまるで芝刈り機で刈り取ったかのように、生い茂る草は消えて、
綺麗な芝生が広がってしまった。
しかもそのせいで、個人実績「庭師泣かせ、芝刈り機いらず」という訳の分からない
実績が解除されていた。違う。そんなものが欲しかったわけじゃないんだよ……。
「……よし、この袋に残ってる束を食べても駄目だったら、装備を元に
戻して、森の奥まで採取にいきますか」
そうなる前に取得したかったけど、しょうがない。
私はそう割り切ると、道具袋から死相の葉の束を取り出した。
「…………うう、何十回食べても気分のいいもんじゃない」
それはそうだ。食べたら死ぬのだから。気分のいい人間なんていたら、
その人はMっぽい何かさんに違いない。
「あと、葉っぱとか草ばっかりで飽きた」
ここは気分を変えて、口直しが欲しい。
青臭い草と無味グレープ臭の葉っぱ以外の物を摂取したくなってしまった。
どうしよう、あのお姉さんがいるカフェに行って、休憩でもしようかな。
何か甘いものでも食べて気分をリフレッシュさせれば……。
「あ……あれがあるじゃない!」
再度道具袋の中を漁ると、出てきたのは、
「バターフライシュガースティック~♪」
そうだよこれがあったんだー。ごたごたがあって食べ忘れてたけど、
今こそ食べる時じゃないか!!
これ食べて落ち着いたら、死相の葉を食べればいい。
そう思って、そのまま南瓜公園の中に。幸い、周囲の草は食べ尽くして
いるので、腰を下ろす場所はいくらでもある。
適当な場所に腰を下ろすと、バターフライシュガースティックの袋を引っ張りだした。
ばりっと袋をあければ、バターフライの鱗粉の香りがむわっと香る。
「うおおお……な、なつかしい。じゅるるる……。
ごくん。まさか、再び食べられる日がくるなんて……」
私は感激のあまり、しばらくそのまま鱗粉の香りを楽しむ。
現実世界でも、コンビニとコラボしてバターフライシュガースティックを再現した
商品が売り出されたこともあったし、もちろん食べてみたが、
この鱗粉はマネできるものではない。VRだからこその風味と言っていい。
「はぁー……鼻の奥のむずがゆさが……」
私は袋から1つ抓みあげる。
このお菓子、形はバターフライという蝶そのもの。
作り方も鱗粉を振るい落したバターフライをそのままこんがりと揚げて、
上から砂糖を振りかけるだけだ。
蝶の触覚が棒のように長いからスティックと言われているが、
実際にスティック状に加工するわけではない。
蝶自体がバターの旨味を十分に蓄えているため、余計な材料は一切いらない。
砂糖をまぶしたあと、振るい落した鱗粉をお菓子全体に振りかければ出来上がる。
この再度鱗粉をかけ直すことを『サイカケ』と言って、作業自体は簡単だが、
だからこそサイカケするのを忘れる人が多い。あるいは鱗粉を捨ててしまう人もいる。
そうすると、ただの姿揚げとなってしまい、食べられたものではない。
「はむ…………」
さくり、という気持ちの良い音と共に、バターフライを齧る。
濃厚なバターの風味と蝶の感触。それを追いかけるように、砂糖の味がして、
最後に鱗粉が味を調和させて……させて……?
「!?」
あれ、なんか……バターフライシュガースティックから、本来あっちゃ
いけないはずの味がするんですけど……。
ごくりと飲み込むものの、自分の信じられない。
どうした、まさか毒の影響で味覚が可笑しくなったんじゃ……。
私はあわてて袋の文字を確認する。バターフライスティック?
フライスティック……しおあじ……。
な ん だ こ れ。
「しょっぱい……お母さん……しょっぱいよ」
あまりの衝撃に目の前が真っ暗になる。
ほら、よくあるじゃない? コーラが飲みたくて、コーラだと思い込んで飲んでみたら、
アイスコーヒーだった時の衝撃。
思い込んでいた物との差がありすぎて、ショック受けることってない? 私だけ?
意気消沈していたら、本当に視界がフェードアウトしてきた……。
「人間って……思い込んだら何でも出来るよね。思い込みで倒れたりとかするしね」
あははと、もはや乾いた笑いしか出ない。
ああ、しょっぱいな。しょっぱすぎる……。世の中ってしょっぱいなぁ。
ばたりと後ろに倒れ込む私。起き上がる気すらない。
ショックが大きすぎたんだ。私はもうだめだよ、おんちゃん。
『>状態異常「混乱」「盲目」を感知したおん!
早く状態異常を回復しないとやっかいだおん』
んー。混乱ってなんだっけか……。回復ー。草食べればいいんだっけー?
「はぐ……もきゅもきゅ……うーん」
『>状態異常「猛毒」「麻痺」を感知したおん!
早く状態異常を回復しない危険だおん。体力の低下を確認したおん。
早く回復しないとまずいおん』
「だから……こうやって……食べてるじゃない……ううーん……ごふっ!」
何だ、何が…お……って? 私………なん……?
『>★無限の胃袋Lv3→5にレベルアップしたおん。
★無限の胃袋Lv5は、
★無限を秘めし4つの胃袋(1/4)Lv1に変化したおん。
付属スキル「状態異常耐性」が追加されたおん。
スキルの追加によって状態異常が解除されたおん。
……良く、頑張ったおん。お疲れ様だおん。くぅーねる』
おんちゃんの声で、ふわっと思考がクリアになった。
あれ、私さっきまで何してたっけ……。なんで体力が1になってるの?
『>くぅーねるはさっきまで、混乱と盲目と猛毒と麻痺に掛かってたおん。
正常な状態じゃなかったおん』
「へ?」
たぶん酔ってる間の記憶がないってこういう状態なんだろうな。
バターフライスティックを食べて、塩味で、ショックを受けて、
それから………………それから?
おんちゃんの声で起きた。
「だーめだ。間の記憶がすっぱりだ。おんちゃん過去のログとかって
見れたりする?」
『>任せるおん。ざっとこんな感じだおん』
私はおんちゃんが出してくれたログを、なんともいえない微妙な気分で読み返し、
記憶の補填作業を行う。
しかし、目当てのスキルが手に入ったのはいいが、とんでもない醜態をさらしたらしい。
周りに人がいなくて本当に良かった。
恐ろしい効果を秘めてるようだ、このバターフライスティック(塩味)。
『>「バターフライスティック(塩味)」の識別結果が出てるけど確認するおん?』
「うん。私がこんなふうになったわけが知りたい。確認する。
以後気をつけないといけないし」
『>もう状態異常耐性があるから、大丈夫だと思うけどおん』
「それでも! 場合によっては販売会社に文句言わなきゃ」
マキナリウムのデパートって言ってたっけ。こんな恐ろしいもの販売して……。
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料理「バターフライスティック(塩)(R)」
これはバターフライシュガースティックそのものに対する反逆だ!
塩分が強めなバターフライの味付けには砂糖が一般的とされる中、
マキナリウムの料理研究家がプラスにプラスを合わせるという前向きで、
強引な発想の元に生み出された禁断の料理。
特定のプレイヤーを終わらせるほどの絶望をもたらすだろう。
効果:HP自動回復30分(大) SP回復500 物理攻撃上昇30分(中)
満腹度上昇(小)※ランダム状態異常付与(毒、猛毒、石化、沈黙、混乱、盲目、即死)
※下記条件を満たしたプレイヤーにのみ付与される
条件1:バターフライシュガースティックを食べたもの(前作含む)
条件2:1を満たしており、かつこの料理をまずいと感じたプレイヤー
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「私に対する嫌がらせみたいな料理ね」
というか完全に好みの問題だろう、これ。
この料理を作ったマキナリウムの料理研究家って人は、よほど砂糖が嫌いだったか、
塩が好きすぎる人だったに違いない。
まさかスキル取得の最後の決め手になるだなんて……。
「……ぱくり。もぐもぐ」
複雑な思いを誤魔化すように、私はバターフライスティックを一齧りして、
「しょっぱ……」
バターフライシュガースティックが恋しくなってしまった。