チェリーピンク②
「やっぱり助けてくれたんですね」
真が自分の頭に叩きつけようとした色エネルギーは目の前の彼女が持つ刀で止められていた。
「あんた馬鹿なの! 怪我だけなら生きて帰れるけど死んだらそのまま戻れないのよ」
刀を持つ手に力が入り、赤色は上空へと弾き飛ばされた。
「いえいえ、信じてましたらあなたを。あなたは自分が仕えるべき王を探していると聞きました。そういう人は微かな可能性のある僕でも危険になったら助けてくれる。そう信じてました」
一瞬、驚いた顔をしてフッと鼻で笑った。
「桜だ」
「はい⁉︎」
「あたしの名前、そんなのもわからないなん見た目通りのど低脳ですね」
またグサリとくるものを放たれた。ら
「うっ、桜さん。それは酷いじゃないですか」
「ど低脳な人にど低脳と言って何が悪いのかしら? ハイパーど低脳、略してHなど低脳と呼べばいいのかしら」
「読み方!さらに悪化してますよ」
「五月蝿いわね。ならDDどう?」
「なんかかっこいいですね。一体なんの略ですか」
「童貞のど低脳野郎の略よ」
「どこまで酷くなるの俺」
そこで桜はコホンと咳払いして話の軌道修正をする。
「とにかくあなたの処分は保留とします。もし、王に相応しくない男だとわかったら斬りに行きますから覚悟しておいてください」
鞘にしまった刀を見せつけ、そのまま帰ろうとしたがその足は止まった。
「ど、どうしたんですか?」
だがその理由はすぐにわかった。別の色怪の存在だ。姿はまだ見えないところにいるが色エネルギーがビンビン伝わってくる。
「まずいことになったわね。これは成体レベルの色怪だわ。すぐにここから脱げ出すわよ」
「脱げ出すってどうやって」
前回は色怪を全て倒せば脱げ出せたが、桜がいる場合そうはいかない。
「そんなのも知らないなんて本当使えないわね。各中継ポイントにある機械に色エネルギーを注ぎ込めば帰れるわよ」
「シグレはそんなこと言ってなかったけど」
「シグレ? 誰よそれ、どうせあんたを試していたんでしょうね。それに気づかないあんたもあんただけどそんな嘘つく人も大概ね」
そうか桜はシグレという名前も知らなかった。
彼女は赤と呼んでいるし、最近会ってないとシグレが言っていたので知らなくて当然だろう。
「ここからその中継ポイントまではどれくらいありますか」
「そうね、一キロぐらい距離あるわね。運良く敵が来る方向とは逆だからいいもののノロノロしてると追いつかれてしまうわね。でも大丈夫かしらこっちには屑で鈍間な亀さんがいるし、心配ね」
桜はわざとらしく真をジト目で見つめる。
「その屑で鈍間な亀って僕のことですか?」
「あらそんなことも理解してないなんて頭の回転も鈍間なのね。そのまま機能停止するばいいのに」
もはやここまで来ると清々しい。だが決してこれを喜んだりするMではない。
「と、とにかく走りましょう」
こんなことを話し合っていたら切りが無く、色怪に追いつかれてしまう。
そして走りながら気づくが、桜の花は咲いていない。春でないから当たり前なのだがさっきまではあったはずだ。
「あの……桜さん。これは一体? さっきまでは咲いてたはずなのに」
「ああ、それもあたしの創った幻よ。実際は自分で用意した本物の桜の花びらを木の上で撒いてそれにエネルギーを纏わさせていたのよ」
「まるで花咲か爺さんですね」
「あら、亀のくせに生意気ね。お爺さんの気分を味わせる為に歯を全部抜いてあげようかしら」
歯がなくなった自分を想像して真はゾッとする。
「す、すいません。でもなんでそんな面倒なことしたんですか?」
「それはあんたを不安にさせるためよ。幻の核が桜の花びらだとあの時にヒントをわざとあげてそれに注意を引きつけたのよ。そうすれば隙ができるし、幻がどれくらい出るのかわからないでしょ。今はもうその必要がなくなったからやめたのよ」
意外なことに驚いた。最初から考えて攻撃してきていたのだ。策士、彼女に似合いのはそれであろう。
「すご……」
凄い、見直しましたと言おうとしたのだがそれは上から降ってきた怪物に防がれた。
「なっ、早い!」
桜も驚いたそれは顔を上げる。しかしその顔は黒く染まっており、幼体と同じだ。
しかし真はそこには注目していなかった。耳だ。グルグルと巻かれた髪のような耳が天へと向かって伸びていてその姿は霧香のように見えてしまった。
さらに耳は霧香の髪と同じピンク色なので、より一層に霧香と見間違えてしまう。
だがこれは四足歩行で顔がない。これならまだ霧香の方が可愛げがある。
「不味いわね。かなりスピードがある色怪、しかもエネルギー量もかなりある。厄介ね」
「しかも話が通じるような相手じゃないし、まるでウサギみたいな形してますよ」
髪なのか耳なのかよくわからないのはヒョコヒョコと動き生きてるみたいだ。
「あら、いいじゃない。亀とウサギでお似合いじゃない」
見下すよな目で両者を見てそう余裕づくがかなりピンチだ。
中継ポイントまでの道はこのウサギに通行止めされているし、何をしでかすかわかったものではない。
「そうだ、桜さんの幻を使えばどうにかなるんじゃないんですか」
生き物として目のあるこのウサギには有効な手立てだと思われる。
「無理よ。さっきで全部の花びら使ってもう核がないわ」
「そうなんですか。なら僕が花咲か爺さんになりますよ」
ウサギを警戒しながら辺りを見渡してある色を探す。
桜対策として色の見分け方と色の能力を少しばかりだが教えてもらった。
その知識で使えそうなのが一つあり、そしてその色を探している。
普段目にしているであろう色、緑色だ。
雑草についているその色を抜き取って桜の木にぶつけて見せた。
一人と一匹は首を傾げてその木に注目した。
暫くするとモワモワと花びらが咲き始めて
、満開となる。
これは桜が創ったような幻なんではなく、正真正銘の花びらだ。
自然と咲いたわけではない。真が咲かせたのだ。緑色のエネルギーを使って。
緑色のエネルギーは本来、回復能力が備わっているがその他に植物に使うと劇的に成長するという能力もあった。
普通は何の役に立たないが桜が幻を使えるようにするための花びらが必要だった。
花びら以外でもなんでもよかったが核としは大量にできて桜の色エネルギーと同じかそれに近いものが欲しかった。
「それじゃあお願いします」
思いっきりその満開の花を咲かせた桜を蹴って、花びらをウサギの形をした色怪の上へと散らせた。
「亀なんかに言われなくたってそれぐらいわかってるわよ」
鞘から刀を抜き放ち、ピンク色のエネルギー弾を花びらに当てる。
途端に花びらは幼体の姿の色怪へと変貌する。
ウサギはいきなり現れたそれらに驚き首を右往左往に動かす。
その一瞬の隙をついて二人は猛スピードでウサギを無視してその先の方へと走りだした。
「はぁ…はぁ…。もしかしてこれが元の世界に戻る為の機械なんですか?」
一回も止まることなく中継ポイントまで辿り着いた真は息を上げながらそれを指差した。誰でも見たことがあるであろうものだ。
「あら、盛りのついた犬のような声をあげてどうしたの? さっさとそのボタンを押しなさい」
でないとあの色怪が幻に気づき、こちらに飛んできてしまう。幻はあくまで時間稼ぎだ。
「わ、わかったよ押せばいいんだろ」
そして真は目の前の横断歩道用のボタンの赤色を押した。その感触は前にも味わったことがあるような不思議な感じがして二人を呑み込んだ。