クレアネスレインボー④
「何をした無王」
包帯男は倒れたオーカと転がる鎖玉を見ても何が起きたのか分からなかった。
ただ目の前の光景がオーカの敗北を語っている。
「急にスピードが早くなって……」
そして次に拳を放とうとする前に銀九の鎖玉が炸裂してオーカが崩れ落ちた。
「お前がやってたのと似たようなものだ。仲間と一緒に戦ったんだ」
「ほう?」
「オーカが俺の右側の鎖玉を破壊しようとした時を見計らって、その色を抜き取って左側に移してやったのさ。さらに王の力で色エネルギーを増幅。攻撃力とスピードが格段に跳ね上がってオーカの腹に飛んで行ったのさ」
銀九と登校してる時に考えた戦術を自信満々に説明する真だが、それを聞いても包帯男は黙って戸惑う様子など見せない。
「それだけのことか。何、驚くことはないようだ。ただの凡人の足掻きに過ぎんな」
「な! こ、今度はお前しかいない。さっきみたいな他人任せな戦い方は出来ないんだぞ」
今まで後ろで偉ぶっていた奴を引き出すことが出来たが、何故か危険な匂いがする。
「うむ。もはやこれは使い物にならんからな。消えられるわけにもいかんし、俺が直接出るしかないか」
転がるオーカを足で踏んで真の前に立った包帯男はその真の顔を見て初めて驚きの顔を見せた。
包帯男からは温和でひ弱な王に映っていたが、今は違う。
強い眼差しで誰にも劣らないほどの気迫がある。
「そうか……もしかして怒っているのか? まだこれを仲間と思えだとか言うのか?」
「いや、もうお前の場合は仲間とか関係ない。そのオーカっていう娘もお前と同じで生きているだ。それだけ胸に刻んでおけ。いや、刻ませてやるよ。力尽くでもな」
握るその拳は怒りで震えているたが、やはり顔一つ変えない男は真の脅しには何の興味をもなそうに見つめる。
「まだ未熟な王に負ける気はせん。このクレアネススレッドで返り討ちにしてやる」
人差し指からユラユラと生き物のように動く透明の糸。
「これは色エネルギーだけではなく、感情をも操ることができる代物だ。これで貴様を人形にしてやる」
自分の力に相当自信があるようで、ご丁寧にも能力を教えた。そのおかげでなぜオーカという色怪があんな目をしてあの男に従っていたのかも分かった。
無理やりやらされていたのだ。彼女の意思など無視して自分の勝手な都合で彼女を好き勝手にしていたのだ。
またもや怒りがこみ上げてくる。
そんな中、包帯男は指を回して糸を渦状の模様にして何なら攻撃の準備をし出すが、その指はふと止まってあるものを見つめていた。
その視線の先にはシグレが息を切らしながら立っていた。
「ここに居たのね真。随分探したんだから」
「な、何でここに」
どうしてここが分かったのか真は気にはならなかった。ただ喧嘩してここ最近話もしていないのに、この危険な時に駆けつけ来てくれたのが嬉しい。
「何でって電話して出ないし、ここから凄い音がしたからもしかしたらと思って急いで来たのよ」
彼女の懸命さはその姿からも見て取れた。
制服は着崩れているし、近道をしたのか葉っぱがついている。
「どうやら命拾いをしたようだな。お前を殺す理由が無くなった」
「ふっ、そんなのただの強がりだろ。シグレが増援に来たんで勝ち目がないと踏んだんだろ。だけどお前だけは逃がしはしないぜ」
形勢は真側が圧倒的有利。
オーカは死んではいないが戦闘不能。実質、包帯男一人ということになる。
だがそんな状況でも彼は余裕な顔のまま。
「逃げる?俺がいつ逃げると言った。貴様はもう済みだと言ったんだ。もう俺が求めていた色は揃った」
「お、お前何を……」
真は不気味に嘲り笑う目の前の男を危険だと感じた。
「貰ってくぜ。お前の仲間の色」
包帯男がそう呟くと後ろから誰かが倒れる音がした。
それを見るのは怖かったが見るしかなかった。だから恐る恐る振り向く。
するとシグレが異様な光景で倒れていた。
赤かった髪や目も、肌の色さえも消えて服以外は白と黒になっているのだ。
「これで七色全部揃った。ふっ、ふっ、ふっ。ひゃはっはっはっ! 感謝するぞ無王よ。これで俺は王を超越する存在となる」
突然、包帯男は虹色に光り輝き出し、その光が収まる時には姿形が変わっていた。
全体的に虹色で常に眩いほどの光を放ち、頭部は仮面ようになっていてその真ん中には目のような穴が一つ空いている。
それに目を惹かせるのは背中に生えた七つの羽。蝶に似たその羽は翼と呼べるくらい大きく、頑丈でそれぞれ七つの色の一つに染まっている。
虹色に輝く男はその大きな翼を羽ばたかせて空へと飛んで行くが、真はそれを追いかける気力などはなかった。
すぐさま倒れたシグレの元へと駆け寄る。
「シ、シグレ……。おい目を覚ませよ。まだ仲直りもしてないのにこんなのってないだろ……おい!」
いくら揺さぶっても答えはない。徐々に真は絶望の海に沈まりそうになっまが、それを止めるかのように雨など降っていなかったのに虹が出た。
「あまり刺激を与えるな。壊れやすくなってるから丁重に扱わなくっちゃ」
真が声につられて涙目で後ろを振り向くとそこにもう一つ虹があった。
三納寺 レイ。謎の多い少女であるがとても物知りな色怪だ。それに隣にはレイの弟子で変態の糸鵜川 実もいる。
「な! レイさん。どうしてここに」
「もちろん迷える君を助けに来たんだよ。でも、レイもこうなるかもしれないと薄々思ってたんだけどこれは少し早いね」
「知ってたんですかレイさん。なら何でもっと詳しく教えてくれなかったんですか。そうしてくれればシグレは……」
怒りたくても悲しみのあまり、怒れないのでふと手で支えている白くなったシグレに目を落とした。
「ああ、それ死んでないから安心して」
「え?」
「奪われたのは戦いのために蓄えていた普通の色エネルギーだよ。生命維持の色エネルギーはまだ残ってる。もし、全部取られたのなら跡形もなく消えているよ」
「そ、そうですか」
怒ったり、泣いたりで忙しくて内容はあまり入っては来なかったがシグレが生きていると聞いて肩の力が抜けた。
「ま、真! 大丈夫?」
倒れかけた真を銀九がそっと支えた。
「だ、大丈夫だ。安心して気が抜けただけだ。それより……その……これはいいのか?」
「へ?」
地面に落ちる真を支えるなに必死で銀九は真を胸で受けて止めて、真の顔がそこにあった。
「ひゃ、ひゃわ!」
それに気づいた銀九は顔を赤らめて後ろに飛んで胸を押さえた。
「ラブラブなのはいいけど真ちゃん。大事なこと忘れてないかい」
「そんなんじゃありませんよ糸鵜川先輩。シグレは死んでないんでしょ。色エネルギーを与えられば元に戻るでしょ」
真は足を踏ん張りながらシグレをお姫様抱っこして立ち上がった。
「やっぱ、真ちゃんは知識が足りないな〜。まあ、色怪のことを全部知ってる人なんていないだろうけど。基本的なことぐらい頭に叩き込んでおいてくれよ」
「う? そんな言い方はないだろ」
「イヤイヤ。これぐらい言わないと、そこの娘が真ちゃんを甘やかしそうだからね。もう王としての自覚を持ってもらわないと」
糸鵜川に指差された銀九は一瞬ドキリとしてしまったが、レイは何でも知っているような態度で口を開いた。
「いいか真よ。色怪はその状態に陥ると自分で元に戻ることは不可能になる。そして今回の場合は色を奪われた。しかも核も持っていかれてる」
「核ですか?」
「そう色エネルギーの中心で全てのエネルギーの動きを管轄する、人間でいう脳の役割のことなのだよ。そして核を失った色怪は体に残った生命維持のための色エネルギーや記憶を保存している色エネルギーが保てなくなって外部に流失したりして全てのエネルギーがなくなると消滅するわ」
「な!」
またもや重い空気が漂い出す。
「しょ、消滅? ならどうやったらシグレを助けられるんだ」
地面にそっとシグレを置いた真は顔を色を変えてレイの肩を掴んで問い詰めた。
「そう焦るな、焦りは何も産まんぞ。それにさっき言っただろ。核が奪われたのだ。ならばその奪った本人から奪い返すのみだよ。だけどねその娘一人だけを心配してちゃ駄目だよ。もっと視野を広げないと」
「それはどういう……」
レイの一言、一言に驚く真。そんな中でポケットから携帯の着信音がした。
「一体誰だ? こんな時に」
気になって携帯の画面を覗くと櫂音からの電話だった。
何か嫌な予感がする。さっきレイさんが言ったのもそうだけど、これより前に何回も電話がかけられてるのが気になる。
その着信履歴にシグレの名前も何回か混じっていた。
「はい、もしもし。どうしたんですか櫂音さん。何かあったんですか?」
「あ、まこちゃん。あのね、落ち着いて聞いてね」
そう言う櫂音は電話越しでも分かるほど落ちつがない。
いつもマイペースで穏やかな人なのでこれはとても新鮮というか珍しい。
何か問題があったのだろう。真はそう確信して唾を飲んだ。
「まこちゃん達が出てった後の数時間後に妙に静かだったから家をウロウロしてたら遊んでいたはずのアグちゃんとロブちゃんが色を抜き取られて倒れてたの。まこちゃん達は無事なの?」
「俺と銀は無事だけど、シグレがやられた。どうやら核ごと色エネルギーが持ってかれたらしい。二人は安全なところにそっと寝かせといてくれ。後でシグレを連れて行く」
ここで電話を切ってぐったりとしたシグレをおんぶした。
「どうやらお仲間さんで手一杯のようだから教えてあげるけど、その娘も抜き取られてるよ」
レイが指差したのは真と銀九が協力して倒したオーカ。
明るい色は欠片も残さず消えてしまっていた。
「これだけじゃないわ。あなたたちが最近戦ったヴァープとライリの色もレイがいない間に抜き取られていたわよ」
「あの包帯男は一体何者なんですか? これほどの色エネルギーを集めて何をしようとしてるんですか? てか、なんか変身してましたけどあれなんですか?」
驚きが重なりすぎて質問が増えすぎてしまったが、それでもレイは困った様子など一切見せずいつもとは違い真剣な口調でこう言った。
「あれは糸鵜川 透。あたしの弟子であり、実の兄弟子でもあるわ。でも今は最強の混合色と言われる虹を作り出して暴れ回ろうとしている王よ」




