クリアネスレインボー③
「はぁ……やっぱり俺、数学とか苦手だな。特に図形問題なんて意味不明だった」
「じゃあ、僕が今度教えてあげるよ。テストで赤点とられたら困るしね」
「うっ! イヤイヤ、赤点なんて一回しかとったことないし、あれは油断しただけだ。次は大丈夫だ」
「本当かい? 最近は戦いばっかで、あまり勉強できてないんじゃないの?」
「そ、それは仕方ないだろ。勉強よりそっちの方が重要だし、それにほっとけねーよ」
「まあ、真はそういう人だよね。でもテストで悪い点とると霧香さんに怒られるんじゃない?」
「うっ! また痛いところを突くな。委員長とは席が近いから勉強教えてもらう時あるからな〜」
「あれ? シグレさんも席が近いって言ってたよね。ちゃんと学校来てた?」
「ああ、いたよ。だけど休み時間になったら姿隠して俺を避けてんだよ。どうしたらいいんだ」
「それは多分、まだ真の事を誤解してるだけだよ。ちゃんと前のことを話せば分かってくれるよ。真が本当の変態じゃない限りね」
「だから違うんだってば……」
他愛のない会話を続ける中、二人が真の背後に迫っていた。
「あれか、無王というのは。ただの子供にしか見えんな。準備はいいかオーカ」
真に迫っている一人の体全体に包帯が巻かれた男が前にいるオレンジ色の髪をした色怪に話しかけると、そのオーカという色怪は一言も発せず頷いた。
「そうか、なら行くぞ。時は満ちた」
ジリジリと音もなく迫る二人だが、オーカの目は淀んでいた。
「どうしたの真?」
急に真剣な顔になった真を疑問に思ったが、その理由はすぐに分かった。
この顔は戦う時の顔。怒りにも似た感情が現れた時の顔だ。
「俺も随分舐められたもんだな。そんなところに隠れてないで出てきたらどうだ」
言われるがままに電柱の影から現れたのは異様な空気を纏った二人。
「貴様が無王か……」
オレンジ色の髪の毛の少女の後ろで包帯男は確認のために呟いた。
「そうだ。お前も俺になんか用があるのか?その傷が治ってからの方がいいんじゃないのか」
痛々しいほどの包帯。巻かれすぎてて、見えるのは目とほんの少しの髪の毛だけ。
「これはもう治らない傷だ。気にするな。それよりお前は自分の身でも案じているんだな。オーカ、やれ」
その命令でオーカと呼ばれたオレンジ色の色怪は無表情で突っ込んできた。
「うわっ!」
飛んできた右ストレートを避けると、その先にあったコンクリートの壁が粉々に砕けた。
「こ、ここでやんのかよ」
この人間世界で戦ったのはほとんどない。それに一般の人が大勢いるから巻き込まないようにしないといけない。
だが彼らはそんなこと御構い無しに攻撃を続けてくる。
「どうした無王! そんなもんかよ。ガッカリだぜ」
包帯男がオーカの後ろでせせら笑う。
「クソ、余裕見せやがって。俺だってまだ本気だしてないだけなんだよーーーー!」
まるで仕事をしていないニートに言い訳のような台詞を吐きながら、抜き取ったタイルのオレンジを迫る拳に力いっぱい叩き込んだ。
「愚かな……」
自信がこもった一発はその一言で跳ね返られて、勢いで地面で頭を打った。
「ま、真!」
いきなりのことで立ち尽くしていた銀九は倒れこんだ真に駆け寄った。
「いって〜〜。何だ今のは」
体を起こして彼女を見てみるが、変わったところはない。しかし色エネルギーは王の力を使って増幅させた分、真が上なはずだ。
なのに無様にも跳ね返られた。
「良く見て真! あの包帯男さんの指先から透明な糸が出て、オーカさんとつながってるよ」
銀九が指差す先には目を細めなければ見えないほどの細い糸が確かに存在した。
「あれでオーカという色怪自身のエネルギーを王の力で増幅させてたのか。通りで力で敵わないはずだ」
初めから真が増幅させた色と同等の大きな色エネルギーを有していたオーカに上乗せでエネルギーを追加してきたのだ。勝てる方がおかしい。
「まだ王としては未熟だな。色怪を上手く利用して勝利をもぎ取る。それが王として賢い戦い方だ」
「お前か……」
真は怒りで歯をギリギリと鳴らして、鋭い眼光で包帯男の目を睨んだ。
「何でお前らは色怪をもの扱いするんだよ。純粋に仲間と思えないのかよ!」
独裁王こと、金剛山 力也の時もそうだった。ただ私利私欲のために利用している。王とはそんなものなのか。
自分も王である限り、いつかはこうなってしまのではないかと不安に思う。
そんな彼を包帯男は唇を釣り上げて、見下すように嘲笑った。
「はっ、仲間だと? 選ばれしものに仲間なんていりゃあしないのさ。必要なのはプライドと向上心、それと力だ。なのに仲間だと?笑わせてくれるな。想像以上の甘い奴だ。駒として使ってやろうと思っていたが、やはり消すのが正解か……オーカ殺れ」
さっきまでは比べものにはならないほどのスピードで接近してくる。
色を操る以外、普通の真はその速さに驚いて咄嗟に手を盾にするがオーカの破壊力を思い出した。
このままでは腕が吹き飛ばされてしまうと、目を瞑ったが金属音が後ろから迫ってそれが前方でメシリと鈍い音を立てたのでそっと目を開けた。
「僕を忘れてもらっちゃ困るよ」
真の目の前に映っていたのは銀九が作り上げた鎖玉がオーカの腹部に直撃しているものだった。
「た、助かったぜ銀」
「これぐらい当たり前だよ。なんたって僕は真の仲間なんだからね」
ウィンクをして余裕を見せる銀九。
だが冷たい視線の男は包帯の奥で顔一つ変えていない。
「たかが一発でかなりいい気になってるな。仲間というのはそんなものか? オーカはまだ倒せていないぞ」
腹を抱えていたオーカは足を踏ん張りながら立ち上がった。
「どうしてそこまで……。オーカ! 聞こえているのか? 何でそんな奴に従ってるんだ。もし何か理由があるなら俺が解決してやる。だからそんな奴なんかの味方なんてするな」
出来るだけ彼女を傷つけたくはない。今の様子からしてもう限界に近い。
王の色エネルギー増幅を色怪に使うと、その色怪に多くの負担がかかると櫂音さんが言っていた。
だが身も中身もボロボロになりながらも彼女は死んだ目をしながら立ち上がる。
その姿がとても哀れで、輝きのない目の奥から助けを呼ぶ声がする気がした。
「銀九、あれ行くぞ」
「うん、分かった。頼むよ真」
「おう!」
銀九の呼びかけを合図に真はまっすぐにオーカの方へと走り出した。
「ふっ、単細胞が。返り討ちにしてやれ」
命令されて拳を構えたオーカを見て、真は両手を後ろに隠した。
「そんな小細工が通用すると思っているのか。オーカの反射神経ならどんな攻撃でも対応出来る」
自信満々の包帯男はオーカに繋げた糸で色エネルギーを増幅させて真の来訪を待つ。
しかしオーカに向かって来たのは真の横から飛んできた二つの影。銀九が放った鎖玉だった。
「王自ら囮となったのか。だが殴る回数を増やせばいいだけのこと」
まずはオーカたちから見て左の鎖玉に拳を叩き込んだが、違和感が糸から伝わってきた。
あたりにも簡単に壊れたのだ。
直後、違和感を吹き飛ばすような衝撃が糸から伝わる。
「こ、これは……」
気がつくと包帯男の目の前にいたオーカは腹に鎖玉をくらい、膝をついていた。
「次はお前の番だぜ包帯野郎。仲間ってやつをみけてやるよ」
真たちは優勢になったが包帯男が焦るよくすはなく、ただ倒れこんだオーカを見下げた。




