シグナルレッド②
彼女はとても速かった。真の五十メートル走のタイムは七秒ジャストだが、次元が違う。
もう漫画やアニメのように足が地面から離れた状態で手を引かれて、ある飲食店の中に逃げた。
その中にも人はいない。
机や椅子の下だと外から見えてしまうのでレジがあるカンターのところへと隠れた。
「ここまでくれば安心ね」
手はここで離された。
「なあ、そろそろ教えてくれないかこの状況を」
気づくと空が白いところにいて、妙な化け物に食べられそうになった。
「そうね。色怪の気配もないし教えてあげる」
「色怪? あの赤黒いやつのことか」
思い出しただけで背筋が凍るあの生物。
「ええ、そして私もあれと同じ色怪よ」
「お前も? でもお前は俺を助けてくれたし……」
それにあれと違ってとても人間っぽい。赤い髪と目を外せば、どこにでもいる可愛い女の子だ。
「私が人間みたいに見えるのは成体だから、あんたが最初に見たあれは幼体よ」
幼体……。まるで虫みたいだが、あれで幼体ならば成体である彼女はどれほど凄いのだろう。
いや、それはもう体で体験していた。幼体を吹き飛ばしたあのパンチ、ここまで逃げてきた脚力。
どれをとっても凄いとしか言いようがない。
「だけどなんで幼体の色怪は俺を食べようとして、成体のお前がなんで助けてくれたんだ?」
同じ色怪同士争う必要性はあったのか。
助けてもらいながらそんなことを聞くのはおかしいと思うのだが、これは気になってしまう。
「それはあなが色怪の王だからよ」
真の頭の中にある色の名前が浮かび上がった。
シグナルレッド。それはこちらを見つめてきた彼女の瞳と同じで信号が赤に変わったように一瞬だけ真の心臓を止めていた。
王とは色怪のオスのことである。
色怪はオスが産まれる可能性が非常に低く、産まれたオスは他のものとは違う力を持っている。
しかし、真の場合は例外である。彼は王としての素質があるが生きている世界が違う。つまり色怪ではないのだ。それに真が生きている世界は今襲おうとしている世界である。
なぜ襲うのかと聞かれたらそれは食糧(色)不足が原因である。
というのも、色怪は色から出るエネルギーしか補給できないのでその他は受け付けない。しかし色は牛や豚のように増やすことは不可能であった為、色が豊富なこの世界を次の獲物とした。
そして、その世界を調査していた時に真に王の素質が発見された。
色怪たちは困り果て、ついには二つの勢力へと分担された。
真を王として受け入れようとするものと、真の王のエネルギーを全て奪い尽くしてしまえというものたち。
真を助けた彼女はもちろん前者である。
だが前者のものは勢力が低く、微かな援助しかできない有様。
彼女も真を消そうとする連中の手により記憶が少し削られてしまった。
彼女が知っているのは真は王の素質があるが連中に狙われている、彼を助けようとして奮闘しているものがいる。
それと色怪としての常識。
このことを聞いて真は驚きはしたが、落胆はしなかった。
なぜなら少数であるが自分の為に頑張ってくれている人たちがいるのだ。そして真はそれに応えなくてはいけない。
「俺は一体どうしたらいいんだ」
「まずはこの世界から抜け出さないとね。そのためにここいる色怪全部倒さないといけないけどね」
全部ということはあの色怪の他にまだ同じようなものがいるのだろう。
そんなものと対峙するなんて想像しただけでゾッとする。
「とりあえず移動するわよ。一つの場所に長くいたら見つかる可能性が上がるわよ」
真は元気よく飛び出そうとした彼女の肩を掴んで止めた。
「待て、その前にお前の名前を教えてくれ。何かと不便すぎる」
これから仲間として行動する為には最低限それぐらい知っておかないといけないと思い聞いたのだが、彼女は不思議そうな顔をする。
「私に名前なんて無いわよ。ただ、私のように赤色を主食としている色怪はシグナルレッドと呼ばれているわ」
シグナルレッド。
聞き覚えのない色だがレッドとというとこらから彼女を示す色に相応しい色なのだろう。
しかし、それでも名前がないのは不便だ。
「名前がないのか…なら俺がつけてやる。シグレなんてどうだ?」
「シグレ……まあ、あなたがそう呼びたいならそれでいいわよ」
そんなことをいいながらも何回もシグレと呟いて笑っていた。
その場の思いつきで言ったのだが、どうやら気に入ってもらえたようだ。
「ここに一個のリンゴがあるわ」
店から飛び出した後もシグレによる講座は終わらない。くすねてきたリンゴを取り出し、まるでこれから手品でもするかのように真に回転させながら見せた。
「じゃあ、行くからよく見てなさいよ」
シグレは口を開け、リンゴを手前まで近づけさせる。するとリンゴから赤い線のようなものが出てきてスルリと口の中へと入って行き、シグレはそれを飲み込んだ。
「これが色怪の食事。といってもこの世界じゃあ大したエネルギーは補給できないんだけどね」
シグレが色のなくなったリンゴを軽く放り投げると、それは地面に当たっただけで粉々に壊れてしまった。
「この世界じゃあって、もしかしてここが…」
「そう、ここが元私たちが住んでいた世界。今ではヴァイスワールドと呼ばれているわ」
ヴァイスワールド。それがどんな意味なのかは知らないが、いい意味では使われていないだろうとシグレの顔で分かった。
「ん?でも他の色怪とかはどこに住んでるんだ。ここにはあの赤いやつしかいないんだろ」
この世界はもう捨てられている。話上それはわかった。しかし赤い奴らはなぜここにいて、なぜ他の色怪の姿はないのだろう。
「他の色怪はあんたの世界に人か色として紛れ込んでいるわ」
「なんだそれどういうことだ」
「成体は私みたいに人間の姿を保てるけど幼体にそんな芸当できないから色として潜んでいるわ」
つまり今までのあれやこれは色怪だった可能性がある。何とも嫌なことを知ってしまった。
「でもあの赤い色怪たちはなんで俺をここに呼んだんだ? 欲しいのはエネルギーなんだろ。だったら俺たちの世界でもよかったんじゃなのか」
「それは無理よ。私たち色怪はこの世界じゃないと力が発揮できなくて色を食べられないわ」
「なるほど〜……」
一旦、納得したものの真はあることが引っかかった。
「でも俺を狙ってる奴らは俺が住んでる世界の色エネルギーを奪い尽くそうと企んでるんだろ。色怪の力が使えないならそれは不可能なんじゃないのか」
「そんなこと知らないわよ。あっちはあっちで何か用意してるんでしょ」
「そういうもんか?」
怒り気味で歩くシグレの背中を見ながらそう呟いた。少しだが嫌な予感がしたのだ。
だがシグレはそんなことは気にする様子など微塵もなく、づかづかと道路を歩いていく。
「おい待てよ!」
彼女の性格からしてこれ以上聞いても大した答えは返ってきそうにないので追求することはやめにした。
その代わりに彼女のことを聞いてみよう。これから仲間となるのだから少しでも多くのことを知っておきたい。
しかし、それを聞く前に曲がり角を曲がるったところに赤色の色怪がいるのを見つけた。
「いい機会ね、よく見ておきなさい。これがあたしの本当の姿よ」
拳を握りしめシグレは小さな声で呟いた。
「え?」
その間抜けな声を合図としてシグレは一気に走り出した。
かなり速い。一瞬で間合いをゼロにした。逃げる時は真に負担がかからないように手加減していのだろう。本当に彼女は計り知れない。
だが相手も幼体ではあるが色怪に変わりない。シグレの一発の拳を両腕をクロスさせて防御した。
しかしシグレの攻撃力が勝り、前回同様に吹き飛ばされてしまう。それでも色怪は立ち上がりシグレに立ち向かって行く。
色怪の手に赤色が線のようにまとわりつきそのまま殴りつける。
これが色怪の基本攻撃。体内にある色エネルギーを力に変換させているのだ。色が赤いのはその色怪が赤色を主食としているからで他の色もある。
だがそんな攻撃は所詮、成体のシグレには通用せず、軽くかわしてみせた。さらに流れるように拳を色怪の腹へ殴る準備をする。その周りには幼体のように不安定な線のようなものではなく、膜のように広がり安定した赤色のエネルギーが巨大な拳となって現れた。
「ブラッドタイタン」
その巨大になった拳の技名らしき言葉を呟くと、勢いをつけてその巨大な赤い拳でをぶつけた。
色怪はあらぬ方向へ骨がへし折れ体から赤い液体が飛び出た。血ではなく体内にあった赤色のエネルギーだ。
だが真には血に見えてしまう。
そんな真など御構い無しにシグレは倒れた色怪にまたがり、何度も何度も殴った。その度に血がシグレに飛び、色怪が完全に止まった時には服も体も血のような液体化した赤色のエネルギーがこびりついてた。
「どう? 私はこんなことなんて普通にできる怪物よあんたは違うでしょうけど……」
「シ、シグレ」
それ以上言葉が続かなかった。慰めればいいのか、怒ればよかったのか真にはわからなかったのだ。