ロイヤルブルー①
「緑王がやられたか……だがそれでは決定打が足りないな。おいお前、殺しに行ってこい。最低でも一人ぐらいの首は持って帰れよ。でないとお前は俺様直々に殺してやる」
「はい。わかりました」
深みのある青い髪を下げて、高貴な椅子に座る偉そうな男に礼をする。
そして彼女は逃げるようにその場を去った。
「被害が出ずに済んでよかったな」
「そうね。でも緑王はいつの間にか消えてたわ。協力者が助けに来たらしいけど正体はわかっていないわ」
「まあ、今回はアグちゃんを守り切れたんだし良しにしようよ」
「王にしては下品なやり方だったけれど勝ちは勝ちだものね」
「それはいいんだけど……なんでみんな俺の部屋に集まってるわけ?」
部屋には五人が詰まっていた。部屋の主である真、シグレ、銀九、桜、それにアグの五人。
「いいじゃない。減るもんじゃないんだから。それに柑奈を了解してくれたわよ」
妹の名前を出されると困る。
「そういうことだから。ね、我慢して」
と、銀九は手を合わせてお願いしてきた。
「まぁ、銀九が言うならいいけど。近所迷惑になるからあんま騒ぐなよな」
「は〜〜〜〜い」
答えたのはアグ一人だけ。これは覚悟しなくてはいけない。
だがわざわざここにいる理由もない。なら、逃げるが勝ちだ。
「ちょっとコンビニ行ってくる」
狭いこの場所から立ち上がり、扉に手を伸ばして地獄から脱出しようと試みる。
しかし、服の裾が引っ張られる。この感覚にはもう慣れた。何度もされたことだ。
「ど、どうしたのアグちゃん」
そうアグがその小さな手で掴んでいるのだ。
「お兄ちゃんが行くなら私も行く。コンビニ行ってみたい」
どうやらまだこの世界のことをあまり知らないらしい。
銀九はともかく、シグレと桜は前からここら辺で活動していたから一般的なことは知っているがそれ以上でもそれ以下でもなく学校での勉強は上手くいってないらしい。
「そうだね。アグちゃんはここのことをもっと知るといいよ。真になら安心して任せられるし行ってくるといいよ」
おお、銀九だ。ここで俺が一番言って欲しいことをわかっているとは。やっぱり持つべきものは友だな。
「じゃあ、一緒に行くか」
「うん」
銀九の言葉に甘えて扉を開けて一階へとおりて靴を履いた。
アグの靴はピンク色の花がついた可愛い靴だ。
その靴を履いている時、後ろからヌッと柑奈が現れた。
「兄さんどこ行くんですか?」
あえてアグのことは一切触れない。それが不気味で冷や汗が出る。
「いや……ちょっとコンビニに……」
「そうなんですか。私も一緒に行っていいですか? ちょっと買いたいものがありますし」
「ああ、別にいいぞ」
断れるはずがない。そうしたら何されるかわかったものではない。
それにこれは誤解を解くチャンスだ。
どうやら柑奈は俺がアグと何かしてると思っている。アグだけではない。シグレや桜のことも同様な目で見ている可能性がある。実際に聞いたわけではないのでそうなのかは知らないが。
これからのことを考えるとこれは厄介だ。
だからここで解いておく必要がある。腹を割って話せばわかってくれるはずだ。恐れることはない。たとえ彼女のポケットにハサミが入っているのが見えたとしてもだ。
家からコンビニはそれ程遠くない。歩いて五分か十分そこらで着く。
「わぁ〜〜すご〜〜い。ここがコンビニなんだ〜」
アグは初めてくるコンビニに興奮している。ここに来るまでにも車やら何やらを見てははしゃいでいた。
「兄さん。私はあっちに行きますから兄さんは買い物が終わったら言ってください。その頃には私も終わってると思いますから」
「そ、そうか。わかった」
柑奈はカゴを持って奥の方へ行った。やはりアグの事に関しては一切触れない。
「ねぇ、ねぇお兄ちゃんこれ何?」
だが何も知らないアグは無邪気な笑顔を浮かべて棚にあるお菓子を指した。
「それはチョコっていう食べ物だよ。甘くて美味しいよ」
「へ〜〜……」
アグはそれを物欲しそうに凝視する。
「買ってあげようか?」
「え! いいの?」
「アグちゃんの歓迎のお祝いだよ。他にも好きなもの選んでいいよ」
「わ〜いありがとうお兄ちゃん。アグやっぱりお兄ちゃんだ〜い好き」
手を上げて大喜びする。これだけ見ると本当にただの子供みたいだ。
だけどこの少女は人間ではない。色を主食とする怪物、色怪。これは柑奈には知られない。知ってしまえばあの醜く、恐ろしく、えげつない世界を見ることになってしまう。
それだけは兄として、家族として成し遂げなくてはならない。
そんな決意の中、真の背中からミシリという鈍い音が悲鳴を上げた。
何あの子? 何様のつもり?なんで私から兄さんを奪って行くの?
柑奈はカゴ一杯にアイスを入れたままアグを観察していた。目的はあの少女の正体を探ること。
シグレさんは銀九さんの従姉妹だから仕方ないし桜さんはシャリル先輩と同じクラスでただの先輩後輩の関係だということで納得できた。
だけどあの子はわからない。ここら辺に住んでいる子供ではないし誰かの妹とということではないらしい。それなら兄さんが私に変な態度をとることはない。何かを隠しているだ。
そう確信したのはさっき玄関で話しかけた時、あの癖が出ていた。
目を逸らす。何か後ろめたいこと、兄さんの場合は嘘をつく時や何か隠し事をしている時によく見られる光景でこれは私に知られたくないことがあるということになる。
でもそんなの私は絶対気にしない。だって私は兄さんを愛している。優しくて心強い兄さんを。
なのに兄さんは嘘をつく。多分それは私のためを思ってのことだろうと思う。これは長年の付き合いでの勘で確実性があるかはわからないが何となくそう感じられた。
決して気づかれたくないと。だから兄さんに直接聞いても口を割らないのは明白。
ならどうするか? もう方法は一つしか残されていない。アグに聞く、それしかない。あの子も話すかどうかは五分五分だけれどもそが駄目でも諦めたりはしない。
兄さんは今戦ってる。多分だけれども何か大きなものと戦ってる。だから私はそんな兄さんの支えになりたい。それだけが私の切なる思い。この思いのために私は鬼でもなれる。
そんなことをアグという少女をジッと見ていたら二人は動き出した。
買うものが決まり、レジに向かったのだ。急いでもう一つレジに行き、会計を済ませる。そして二人と一緒に帰る。その時、私はただいつも通りにしていた。
何も聞かない。この子のことも、そほ他のことも何も聞かない。
それが兄さんの為だと自分に言い聞かせて。
コンビニから出てもまだアグのことは聞いてこない。それどころか何かを決意した、そんな感じの目をしている。
やはり我が妹ながらわからない。
だがこちらにとっては嬉しいことだ。色怪のことは知られたくないのだから。
「お兄ちゃん、帰ったらこれ一緒に食べよ」
「兄さん、アイス食べますか? 買いすぎちゃったのでよかったらどうぞ」
妹が増えたみたいだ。だが実際の妹は一人だけでアグは真をそう呼んでいるだけでそういう関係ではない。それは柑奈も承知の上だろう。
「あ、ああ。帰ったら……」
その場で目が止まり、足が止まる。そこには人が倒れていた。
しかし、助けを呼ぶわけにはいかなそうだ。なぜなら彼女からは色エネルギーが感じられるからだ。
「二人とも先行っててくれ。ちょっと忘れしたらしいんだ」
「わかりました。では先に帰ってますね」
「ああ、そうしてくれ」
真は二人の背中が見えなくなるまで待って、その倒れている色怪の元へと駆けつけた。
見た目からして生体である彼女の色、それは青、碧、蒼。深みのあるブルー。倒れる彼女の顔も心なしか青く見えた。




