アンデッドグリーン②
「はぁ……今月どうしよう」
蓮香にたこ焼きを奢ってから数日後、空っぽになった財布を逆さにして悲しみながら遠回りの帰り道を歩く。
すると小さい子どもが迷っているのを発見した。
ここら辺は道が入り組んでいるから初めて来る人はよく迷子になる。
真もここで迷子になったこともある。だからあの子が迷っていても何ら不思議ではない。
「なぁ、お前迷子か?」
話しかけたのは、あの時、ここで自分が迷子になったことを思い出して少女と自分を重ねて見たからだろう。
決してロリコンだからとかそういうわけでない。ロリコンではない。大切なことだから二回言いました。
「う、うん……」
白いワンピースに麦わら帽子に被り、上目遣いするその少女の目は涙でうるんでいた。
その目は澄んだ海のようで、髪は濃い緑色。肌はワンピースと同じくらい白くて綺麗だ。
「妹にしてーーーーーーーーーー‼︎」
おっとつい本音が。だけどこれは仕方ないよねテヘペロ。
という一人芝居をしていると少女は不思議そうな顔をして覗いてくる。
無理もない。いきなり大声で叫んだらびっくりもするだろう。
「ごめんな。君、名前は?」
誤解される前に言っておくが、妹と結婚したいという種族、シスコンではない。だが柑奈は嫌いというわけではない。そんなこと言ったら殺されそうだし……。
ともかくシスコンではない。大切なことだから二回言いました。
「アグ……」
少女は小さな声でそう答えた。
これでも勇気を出して精一杯振り絞った声なのだろう。なんとも可愛い奴だ。
「へぇ、アグちゃんか。俺は柊 真。ここら辺は少し知ってるから道案内してあげるよ」
友達がここら辺に住んでいるし、寄り道した後の帰り道に丁度いいので良く利用しているからほんの少しぐらいは力になれる。
「ほんと……ですか?」
「ああ、本当さ。行き先を教えてくれないか?」
「え〜と、神社!」
一際大きな声で、明るく、そう答えた。
どうやら今まで緊張していたらしい。
まあ、いきなり大きな、しかも男に声をかけられたら怖くて緊張するだろう。
「神社……この辺でいったら恵瑞神社だな。それなら何回か遊びに行ったかことがあるから知ってる。こっちだ」
「あっ、待って!」
歩幅が大きい彼を追いかけて、手をつかんだ。
「これならアグ、もう迷子にならない」
その手はとても柔らかく、強く握ってしまうといとも簡単に壊れてしまいそうな手だが何か何処かで感じた感触がした。
だがそれよりも真の頭の中はアグの笑顔のおかげでお花畑状態だった
「よし着いた。ここでいいのかなアグちゃん」
「はい、ありがとうございました真お兄ちゃん」
麦わら帽子が落ちないように両手で押さえながらぺこりと一礼して、何処かへと走って行った。
「最近の子はしっかりしてるな」
うんうんと頷きながら、神社を出ようとしたが出口には柑奈が待っていた。
よく見るとその手は拳を作り、震えている。
「柑奈……どうしてここに?」
「今日は買い物を手伝ってくれると約束してくれたのに一向に帰ってこないので、シグレさんに電話したらこの辺にいると聞いたのでもしやと思いこの神社まで探しに来たのですが、まさか妹をつくっていただなんて」
ここからでも怒っているのだという気が伝わってくる。このままではやられる。なんとしても誤解を解かなくては。
「か、柑奈。違うんだ。俺はただ道に迷ってた子供をここまで案内しただけで、やましいことなんてこれっぽっちも……」
「話は家に帰ってから聞きます」
柑奈はいつもとは違う、地獄から響いてくるような恐ろしい声で真の首根っこを掴んで家まで引きずって行った。
「柊……先輩」
そんなみっともない姿を一人の後輩が見ていた。
苗島 蓮香だ。ここは彼女にとって大事な場所だ。
目の前にあるのは大きな木。ここの神社で一番大きな木だが神木というわけではない。
だけど蓮香にとってはそれより大切な木だ。
というのも話は十年前に遡る。
「姉様のバカ!」
本当に今思い返すと恥ずかしことなのだが、私は家出をした。
理由はとてもくだらないけど姉様と喧嘩したからで、悪いのはそんなくだらないことで泣いて家を出た私。
子供だからとか関係なく恥ずかしい。
けどその時は家出しかできなかった。
まずは家からさほど遠くない恵瑞神社。ここはひと気が少なくて一人になるには最適の場所であると自負している。
といっても見つけたのはつい最近で詳しいわけではない。
何段も続く階段を一気に駆け上がって神社へと辿り着いた。
何もないところだ。あるのはその建物と賽銭箱それらを取り囲む数本の木々。何とも寂しい神社だ。
「うう、姉様のバカ……」
とりあえず、できるだけ泣いた。大した理由はないが泣いた。涙が枯れるまで泣いた。
ひとしきり泣くと落ち着いて、目をこする。鏡がないから確認できないが目は真っ赤に腫れているだろう。
こんなところ誰にも見られたく……
「どうした大丈夫か?」
見られてしまった。しかも男に。
「だ、大丈夫です」
「本当か?」
「しつこいですね。大丈夫ったら大丈夫です」
「そうか……」
彼は小さく頷くと蓮香の隣に座った。
「なんの嫌がらせですか?」
ここまで来るとさすがの蓮香でもイラっとする。
「いや違う、違う。俺、家出したっていうかさせられたんだよ妹に」
「どういう状況ですかそれ」
「いや〜、妹に“出てけ〜”って言われてな。原因はなんてことない喧嘩なんだけど。それでここなら一人になれると思ったんだけど、君がいるなんて知らなかったんだ」
それを聞いて少し安心した。自分と同じく家出をしている人がいるのだと。
厳密に言えば、彼は家出をさせられたらしいのだが。
「それであなたはいつまでいる気なんですか?」
「君が泣き止むまでかな」
彼の意表をついた答えにドキッとする。
「も、もう泣いてなんかいません」
「“もう”ってことは今まで泣いてたってことだろ」
「う、う……」
この人は苦手な人だ。おばあちゃんみたいにお節介な人だ。こんな人が次に言うのは……
「で、君はどうしたら家に帰ってくれるんだ
」
このような相手を気遣う一言だ。
「君じゃなくて蓮香です。なんであなたは私を家に帰らせたいんですか?誰かに頼まれたとか?」
「いや、ただ蓮香ちゃんの家族が心配してるだろうから早く帰ってあげたほうがいいと思って」
「私はこのままじゃあ帰れません。こんな泣き虫で弱っちい私はまた同じことを繰り返すから……」
家出こそ初めてだが部屋に引きこもったことは何回かある。このまま何も変わらないまま帰ってもまたそうなってしまう。
「よし、なら神社だしお願い事をしよう」
「でも小銭持ってきてない」
慌てて飛び出したので一円すら入っていない。彼もズボンのポケットを片っ端から探すが、ついになかったようだ。
「仕方ないあの木にお祈りしよう。一番大きいから神木なんじゃないのか?」
彼の考えは安易すぎるが私はそうでなくてもそうであってもどちらでもよかったので頷いて見せた。
「よし、じゃあ蓮香ちゃんの泣き虫が治りますように」
パンパンと二拍手して二人で両手を広げても囲めないであろう巨大な木に一礼した。
「柊さんが悪い人に騙されませんように」
彼はそれだけ済ますと階段を勢い良く下って帰って行った。
「一体何がしたかったんだろう?」
これが蓮香と悠斗の初めての出会いだった。




