出会い②
「『三国志』なんて読むの?」
女がいきなり話しかけてきた。栄二は無視しようとしたが、女が「三国志」という単語を出したので無視できなかった。
栄二は心中で自分の三国志好きを呪った。
「読むけど……それがどうかしたの?」
「変わり者ね。公園で小説じゃなくて史料を読むなんて」
さすがに、むっとした。確かに公園で史料を読むことなんてないかもしれないが、初対面の人物にそんなけちを付けられる筋合いはなかった。
「言いたいことはそれだけ?」
「あなた、大学院生?」
この女は会話のキャッチボールというものを知らないらしい。一丁前にスーツなんて着て社会人のように見せているが、中身はただの子供だと栄二は心中で女を蔑んだ。
ここは自分が大人となって答えてやることにした。
「大学四年生だよ。卒業論文のための勉強をしているんだ」
どうだすごいだろうと、心中の栄二は鼻を高くしていた。もちろん現実の栄二も顔には出していないが心中と変わりなかった。
女はそんな栄二に対して素っ気なかった。なぜか地面を向いてしきりに頭をかいている。
「なんだ。たかが卒業論文のために、公園のベンチに座っていたんだ。聞いて損した」
「なんだって?」
「史料なんて読んでいるから、てっきり大学院生かと思ったけど、とんだ見当違いだわ。いるのはただの変わり者。遠くから見ていたけど、切羽つまっているようだったわ。その様子だと、まともな文章は書けてなさそうね」
気味の悪い毒舌だった。やはり無視するべきだったと後悔したが、ここまで馬鹿にされて黙っているわけにはいかなかった。
「読んでもいないくせに、俺のことを言いたい放題言いやがって。そんなに言うのなら、これを読んでから言えよ」
かばんから、執筆途中の卒業論文を取り出した栄二は女に投げつけるように渡した。現在書き上げた卒業論文は二十枚だった。
気だるげな表情で受け取った女は、目を通し始めた。二十枚でもそこそこ時間はかかる。
女は一言も発さずに読み込んでいた。意外にも真面目に読んでくれているようである。
栄二はそこにはびっくりさせられた。
どれほどの時間が経過したか分からないが、女が顔を上げた。
「面白い小説ね」
「それはもう言われた」
「私は初めて言ったわ」
「言ったのは、津川という教授だ」
「そう……これは最初から書き直すべきね。私は知らないけど、その津川という教授は正しいわ。これは論文ではなく小説よ」
女は栄二に卒業論文を返した。突き返すというよりも、相手を諭させる感じの返し方だった。