第三章 出会い①
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六月になっても栄二の就職活動の成果が実ることはなかった。
卒業論文の第一次報告会の出来も散々だった。津川教授からは「また小説のストーリーが発展したね。君は小説家の才能があるかもしれない。ためしにどこかの賞に応募してみるかい?」、と冗談混じりの皮肉を言われる始末だった。
しかし、どんなに冗談の混じった皮肉を述べても津川教授の目は笑っていなかった。
次が最後だと目で語っていた。
第二次報告会は九月である。これでまともな報告ができないと留年の確率が高かった。
公園のベンチに座った栄二は溜息をついた。昼食のクリームパンを一口かじったが、あまりおいしくなかった。
近くにいた鳩が栄二にパンをねだろうとしているらしく寄ってきた。
だが、鬱陶しかったので手で追い払った。
「餌付けされた鳩か……こんなのがいるから、糞害が出たりするのだよ。だけど、鳩は死ぬ時はどこで死ぬのだろう?鳩たちの墓場でもあるのかな?これは研究する価値があるよな」
わけの分からないひとり言を呟きながら栄二はクリームパンを頬張ると、先日図書館で借りた史料に目を通すことにした。
借りたのは『三国志』だった。
自分が使う史料と言えばやっぱりこれしかなかった。
栄二は早速、史料のページを開いて目を通した。
「サンゴクシ……」
どこからか声が聞こえたので栄二は一度、史料から目を離して周囲をうかがった。
名前も知らぬ人が何人か素通りしていくだけであり、彼らが自分に話しかけたとは到底ありえなかった。
気のせいだと断定した栄二は、再び史料に集中することにした。
「『三国志』……」
今度ははっきりと聞こえた。明らかに自分の持っている史料の名称を呟いたようだ。
栄二は史料を閉じると、もう一度周囲を見渡そうとした。
だけど、そいつはすでに真正面に立っていた。
一瞬、黒い塊かと思ったが、すぐに黒いスーツに身を包んでいる人間だと気付いた。
派手な化粧の女だった。引きすぎのアイラインに、頬はリンゴのように赤く染まっているところから、おそらくチークの入れすぎだろう。
まともなのは口紅の塗り方ぐらいである。
スーツも砂やほこりのせいだろうか、少々薄汚れていたので栄二は眉をひそめた。