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卒業論文③

 就職活動センターで栄二の相手をした男の発したセリフが、たったいま津川教授が言ったのと同じだった。


 男が言うには、仕事の内容が好きだけでは、就職はできないらしく栄二に想定外の会社を視野に入れることを勧めていた。


 当時の栄二は就職したかった出版社を全て落とされていたので、(わら)にもすがる思いで男の提案を受け入れた。


 しかし、それでも落ちる勢いは止まらなかった。


 嘘つき野郎め。


 栄二は就職活動センターの男を心中で徹底的に罵倒した。罵倒するだけでは飽き足らず、時には殺してしまうこともあった。


 ナイフで刺すこともあれば、鈍器で後頭部を殴りつけることもあった。


 殺すと苛立ちが煙のように失せていく。


 もちろん全て心中だけでの話である。


 栄二には、そんなことを本気でやる度胸は備わっていなかった。


 自分の考えが常軌を逸していることぐらい分かっているが、栄二には鬱憤を晴らす方法が他になかった。


 男の顔を思い出したので、栄二は津川教授の前であるが唇を噛みしめた。


「気分が悪いのか、田中君?」


「なんでもありません」


「それならいいけど、六月に卒業論文の第一次報告会があるから、それまでに内容をまともに仕上げてくれ」


「はい、そうしようと思います」


「いや、絶対にそうしてもらうよ。今日の原案を聞いた限りでは、論文とは言わない。もはや『小説』だよ」


 もう津川教授の話を聞くのは嫌だった。


 お前もあの男と同じ嘘つきだ。


 栄二は心中で吠えた。


 誰にも聞こえない遠吠えだった。


 一礼だけすると研究室から退出した。廊下では他学部の学生たちのざわめきが聞こえる。


 耳障りだった。


 まるで花火である。


 ただの花火ではない。奴らは動いているから『ねずみ花火』である。


 チュー・チューという鳴き声がうっとうしい。


 いや、うっとうしいのは、こんな考えを持つ自分なのかもしれなかった。栄二は遮二無二しゃにむに)、廊下を走った。


 自分にとって嫌なものから全て逃げたかった。


 それでも、『ねずみ花火』の鳴き声は耳から離れることはなかった。

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