卒業論文②
三国志より少し後の時代からなら、史料が残っているのである。
「やめとけばいいのに」、と津川教授は溜息をつきながら忠告していたが栄二はやることにした。
頑張れば大学生の力でも、やれるはずという根拠のない意気込みが栄二にはあった。
後藤の卒業論文の原案に対する評価が終わったところで、終業のチャイム音が鳴り響いた。
今週のゼミが終わった。
「田中君、ちょっと?」
後藤や他の学生たちが研究室から出て行くなか、津川教授が栄二だけに手招きをした。
「なんですか、教授?」
「話があるのだけど、この後の時間は空いているかな?」
「……ええ、大丈夫です」
少々考えたのは、この後の時間に「博物館学」の授業があるからだった。
だが、出席したところでいつものように居眠りをするだけなので、栄二はさぼる口実ができたと心中でほくそ笑んでいた。
後藤たちが研究室から退出するのを見届けた後、津川教授は栄二と目を合わせた。
互いの目と目を真剣に合わせるのは、初めてのことだった。一瞬吸い込まれるのではないかと錯覚した栄二だった。
「正直言うけど、今の状態では危ないね」
唐突な一言を津川教授が述べた。
一瞬、どういう意味なのか栄二には理解できなかった。
「唐突すぎですよ、教授。いきなりなんですか?」
「おっと、ごめん。ちゃんと説明しないといけないね。さっきの田中君の卒業論文の原案を聞いた限りでは、卒業論文として執筆するのは到底無理という意味だよ」
「俺の原案は何がいけなかったのですか?」
どうやら、自分の卒業論文のことを言っているらしい。
さっきは意味不明なことしか言われなかったので、今度ははっきりとどこが悪いのか指摘が欲しかった。
しっかりと、この両耳で聞き届けてやろうと思い栄二は津川教授を見据えた。
「さっき僕が言ったことを覚えているかな?『歴史が好きなのだね』というのを」
「ええ」
「よかった。田中君、これだけは言っておく。論文はその分野が好きというだけでは執筆できないよ」
一瞬にして、血の気が引いてしまった。
栄二の耳に津川教授の言ったことが異様に残っていた。まるで体に植え付けられたようである。
『好きだけではできない』
どこかで聞いた覚えがあったが、すぐに思い出した。
今年の二月に栄二は就職活動がうまくいかなかったので、大学の就職活動センターを活用していた。