終章 進む世界
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卒業証書と専攻首席に与えられる賞状が実家に届いた。まさか自分が首席を取るなんて思わなかった。
賞状を一読した栄二は笑ってしまった。
「一人で笑って馬鹿みたい」
いつの間にか、かなめが側に立っていた。かなめは栄二が実家に帰るのと同時期に三文社を退社した。
本人が言うには「馬鹿を放っておくと、何をするか分からない」らしい。
現在は実家で一緒に暮らしている。不思議なことに家族は新しく増えた同居人に対して文句一つ言ってこない。
ありがたいが不気味なことである。機会があれば、しっかりと紹介したい。
おそらく、家族はかなめを気に入ってくれるだろう。
ふと、後藤を思い出した。彼はかなめを幻想と言っていたが、とんだ間違いである。
実際にかなめはいる。今も自分の側におり、しゃべっている。相変わらず皮肉屋なのは変わっていないが、そこを奪ったら彼女ではなくなる。
だから、ずっと皮肉屋で性悪女の有坂かなめでいてほしい。
栄二は切実に願っていた。
「栄二」
驚いた。かなめが初めて自分の名前を呼んでくれた。
「名前を呼ぶのに、随分と時間がかかったな」
「もう他人ではないからね」
「えっ?」
「あなたの子供ができたのよ」
またもや驚いた。確かに体を重ねることは実家に帰ってからもあったが、こんなに早くできるとは思わなかった。
「これから家族になるのに、いつまでも他人みたいに『あなた』なんて呼べないでしょう」
「夫は普通、『あなた』だと思うが……」
「私から見れば、栄二は夫というより子供よ」
「そうだな」
かなめの言う通りかもしれない。自分は子供みたいだ。
というより、子供である。
だが、その子供が父親になるのだ。これから就職活動も一からやり直しであるが、なんだかやる気が出てきた。
栄二は自身の拳を握りしめた。
「そうだ。後藤に、このことを知らせないと」
「ええ、そうしましょう」
栄二は机に向かうと便箋とボールペンを準備した。
「栄二、今日の夕飯は何がいい?」
「うーん……ハヤシライスかな」
「馬鹿ね。何回食べればいいのよ。まあ、あなたが食べたいというのなら、それにするわ」
かなめは少し素直になったように感じる。確かに皮肉屋だが、出会ったころとは少し違った皮肉屋である。
新しい命が誕生したら、また変わるかもしれない。
だけど、変わるからこそ人は面白い。変わってこそ人なんだ。
かなめが台所に向かうのを見届けると、栄二は便箋にボールペンをはしらせ始めた。
遠くから様子をうかがっていた栄二の両親には、彼が一人でしゃべっているようにしか見えなかった。
「三文小説の世界」は今日も進んでいる。
『三文小説の世界』(了)




