真実③
目玉をえぐってもいいくらいだ。興奮している栄二をよそに、後藤は口を開いた。
「お前が今まで見ていた『有坂かなめ』は全て幻想だ」
あっという間のことだった。後藤を床に組み伏せた栄二は、目玉をえぐろうとした。
だがそれより素早く、後藤の拳が栄二の顔面に入った。
うずくまった栄二の口中を鉄の味が支配した。
「お前は今まで、彼女とどうやって連絡をしていた?」
立ち上がった後藤が息を切らしながら尋ねた。
「彼女の方から勝手に来ていた……」
「携帯電話はどうした?」
「かなめは、持っていない。随分前に話したはずだ……」
「今時の女で、しかも社会人が携帯電話を持っていないことを変だと感じなかったのか?」
「人には事情がある。お前に彼女の何が分かる……」
かなめはメールアドレスをたくさん持つ人間に対する反発から携帯電話を捨てた。
確かに変わっているかもしれないが、それも一人の人間の持つ考えに違いなかった。
「彼女の気持が、凡人のお前に分かるわけないだろう……」
「当たり前だろう。存在しないのだから、分かろうにも分かれるはずがない。お前は認めたくないかもしれないが、もう一度言う。お前が見ていた『有坂かなめ』は全て幻想だ」
「黙れ!かなめはいた!俺はあいつと買い物にも行ったんだ。きっとスーパーの防犯カメラに映っているはずだ。確認すれば分かる」
「一緒に行ったのなら、周囲の人たちの様子が変だと思わなかったか?」
二人の間に沈黙がはしった。栄二の脳裏に次々とスーパーの客たちの顔が鮮明に蘇ってきた。あの時の奇異な人物に対しての視線は、自分とかなめを見ていたはず。
そうだ、そうに決まっている。
息が荒くなった栄二の顔から汗が流れ落ちて床に落ちた。
「まだ認めたくないようだな。ならば断言しよう。客はお前と『有坂かなめ』を見ていたのではない。お前だけを見ていたのだ」
もはや意識を保つことが限界だった。栄二は冷たいフローリングの床に崩れ落ちた。
公園での出会い、皮肉な口調、論文の添削、就職活動の指摘、買い物、ハヤシライス。
そして抱擁。
全てが幻想だったなんて馬鹿なことがあるはずない。この世に幻想なんかあってたまるか。
床を爪で引っ掻きながらも、栄二は後藤の言っていることに抵抗しようとした。
ふと、遠くから、かなめの声が聞こえてきた。
『さっさと仕度をしなさい。買い物に行くわよ』
「馬鹿め……いるだろう……」
そら見ろと言わんばかりに栄二は呟いたが、蚊が鳴く程度で後藤の耳に入ってなかった。




