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苛立ち④~第二章 卒業論文①

 栄二が手に力を込めると、冊子は一気に縦に引き裂かれた。厚紙でもなく、ページ数も少なかったので握力があまりない栄二でも簡単に裂けた。


 少し気分が晴れたので、またベッドに突っ伏した。


 しかし急いで飛び起きると、洗面所に向かった。


 帰宅してから、まだ手を洗っていなかったことにようやく気付いたのである。



     2



「田中君は歴史が好きなのだね」


 目の前に座っている津川秀雄つがわひでお教授は、栄二に対して満面の笑みを浮かべていた。


「はっ?」


 栄二は、対応に困った。津川教授の発言は、ほめているとも皮肉ともとれるからだった。


 どういう意味か尋ねようとしたが、津川教授はすでに栄二の横に座っている後藤に話しかけていた。


 今は研究室でゼミの時間である。栄二は自分が執筆する卒業論文の原案を発表したが、津川教授に意味不明の発言を投げつけられただけで終わった。


 もっと感想はないのかと文句を言いたかったが、相手が津川教授だからやむを得ないと諦めた。


 栄二は大学で東洋史学を専攻していた。


 東洋史学は中国史のことである。


 栄二は中学の時に三国志のテレビゲームをして以来、そのとりこになってしまったので、大学で三国志の勉強をしようと考えていた。


 大学に入学した当初も三国志の勉強ができると意気込んでいたが、それを見事に打ち砕いたのが三国志の専門家である津川教授だった。


「三国志なんてやったら死ぬよ」


 三国志の研究がしたいと言った際に返答としてきたのが、その一言だったのを栄二は今でも鮮明に記憶している。


 漠然としすぎて意味不明だったので、別の教授に尋ねたところ、三国志の時代は使う史料は限られているため、大学生程度の力では研究することができないという意味だった。


 その教授によると、「あれが津川教授の優しさなのだよ」、と言っていた。


 つまり間違った思考で学問を目指す人物を出さないようにするためらしいが、もう少しましな言い方がなかったのか、と栄二は疑問に思った。


 それでも栄二は津川教授のゼミに入った。もちろん研究するのは三国志の時代だった。


 ゼミには栄二以外にも後藤や数人の同級生がいたが研究するのは三国志の時代ではなく、少し後の時代だった。

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